幽霊

めじろ

文字の大きさ
上 下
1 / 1

201

しおりを挟む
家に幽霊がいる。
気付いたのはつい最近のこと。 


古いアパートの一室に、私は2週間前
越してきた。201号室。
住んだ理由はただ1つ。家賃が1万円という超安値だったからだ。


私の職業は小説家である。
とは言っても、決して売れているわけでもなく、命を繋いでいるのは、バイト代で買うコンビニの飯と、いつ途絶えるか知れない実家の仕送り。

ただ小説の題材と、刺激とインスピレーションを与えてくれるようなものを探して、時折ふらふら夜の街を徘徊したりしているがなにも浮かばない。

バイトのない時間はほぼ全ての時間、
鉛筆を動かしひたすら机に向かう。

インスピレーションなんて大袈裟だ。そんな言葉は私にはない。ふと思いついたままの話を書き並べているだけだ。それだけで、まあ、売れるわけがない。

何度も賞に応募した。小さな賞は2度だけ当選したことがあるが、小説家の夢を前進させるような、大きな賞は未だに取ったことがない。
だから今日も、書く。書く。
自分ではない、誰かの話を。毎日毎日。

そもそもなぜ小説家なんで目指そうと思ったのか、
正直分からない時もある。

最近気が付いた。どうやら私は才能がないらしい。


毎日フラフラ歩き
歩き、歩けど何も浮かばず
ただ忙しない街の景色が流れ
昼間の服屋のショーウィンドウに、
薄く映っているのは、くたびれた中年の男。だらし無く、生気のない黄色い目だった。

幽霊みたいだ。
 
雨がジャージに染みる。天気予報は外れる。今日は傘がない。
足早にアパートに行き、錆びた鉄と埃が湿った匂いを嗅ぎながら、
ギシギシと階段を登る。

自分の部屋に入ってカバンを玄関前の廊下に投げ、短い廊下の先の
リビングの薄いベッドに身を投げる。



黄色じみた天井を見上げた。
私はいつまで夢にしがみついて生きるのだろう。
私は
……
目に入る四角いエアコンから、目の周りが黒っぽい女が長い髪を垂らし、こちらを逆さまで覗いている。

この世のものではない。こんな私でも分かる。
幽霊。

私は心の中でつぶやく

「またお前かよ。」


私はこいつの存在を知っている。
少し前から。

この部屋は事故物件なのか。あまりよく知らないのだが。まあ駅も近いし設備もまあまあ有るのに1万円というのは、なにかあるとは思ったが。

初めてみた時の感想は、これだった。

「あ、幽霊。」



いつも私の家の、
エアコンの上にいる。この幽霊は。
這いつくばるようにして、エアコンと天井の暗い隙間に体を挟み、
顔を覗かせている。

こいつは私を上から覗くのが趣味なようだ。原稿を書いている間も見ているのは、鬱陶しくて仕方がない。しかも上からみているのだから、書いている内容が丸見えではないか。
読まれていたらどうしようなどと心配に思うことはある。

一般の、
部屋に幽霊がいる人間とは些かズレた方向に悩みながら、
でも、幽霊は文字など読めないんじゃないか?などという都合のいい考えに落ち着いた。なら大丈夫かもしれない。
勝手に安心する。

別に怖くはない。
ホラーものの小説はよく読んでいた。
呪い。踏み入ってはいけない場所。血文字、手形。幽霊。怨霊。逃げる人間、追う幽霊。得体の知れないものに追いかけられる恐怖に、人はみな逃げ回る。
呪いをかけられたり取り憑かれたりして、
結末によっては死んでしまったり、気が狂ったりするものもある。

しかし私の場合、
なにか具合が悪くなることもない。考えてみると心霊現象もあまり無く、
あちらが喋りかけてくるようなこともない。人間があれこれイメージを膨らませているだけで、
現実の幽霊は案外大人しいのかもしれない。

むしろ最近の私は、
金もないし家に呼ぶような友人もいない。
そして、慣れると、
こいつを観察するのは、案外楽しい。
小説を書かない時間には
こいつを見る事くらいしか楽しみを見い出せない。
私も落ちぶれたなと思う。

ぼぉっと天井をみる。
口の中が黒い。赤ではなく、黒い。
きったねえな。死ぬ前に海苔でも口に詰め込んだかと思うほどドス黒い。せめて口ぐらい綺麗にしてから死んだらどうなんだ。
それとも、それも叶わない程のひもじい死に方をしたのか。


そしてその口は、これでもかというほど開き、いつも笑っている。
にちゃあ。

そんな音がしそうな程。



というか、幽霊というのはこんなにはっきり見えてしまっていいものなのか。

私には分からない。
女は笑う。なにが可笑しいのかこちらにはさっぱりだ。
幽霊にしか分からないツボがあるのだろうか。



私の部屋には、幽霊がいる。

ひとつ言えるのは、この先、
私はこの部屋を出ていく気はないということ。
心霊アパートだろうが、なんだろうがどうでもいい。私は小説で飯を食えるようになるまで、書き続けることだけに専念したい。

幽霊界で大炎上覚悟で言う。
私は今正直、このパチモン幽霊に構っている暇も無ければ、呪われている暇もない。
私は時間がない。

こいつも別に私に怖がられたいわけではないだろう。
お互い干渉しないことが、この共同生活(?)において大切なことだ。
幽霊は幽霊。私は私。お互い邪魔をしない。それでいい。

誓ったわけではないが、この女も、その暗黙の了解を理解しているのか、
私の邪魔をするような怨霊っぽい事
(テレビの中から出てくる、洗面所に髪の毛を撒き散らす等)も今の所してくる様子はない。つまり私に害はない。
それならいい。放っておけばいい。
 

私は今日も、頭上からの視線を横目に、
四角い机に向かって、小説を書く。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...