二度目の勇者。~20年前に封印した魔王が復活したけど、何でまた俺が勇者なの? 役目は終わったんじゃないの? もうおっさんで節々痛いんだけど~

真上誠生

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一話、俺に期待されても困るって。

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「……今日はいないよな?」

 俺は少しだけ扉を開け、外を確認した。剣が空から落ちて来てから早10日。最初は家の前に集っていた奴等も今では普通の暮らしに戻っていた。

 では、俺はその10日間何をしていたか説明しよう。……家に引きこもってました。これぞ俺が編み出した必殺技、居留守!

 神が間違えて、誰も居ない俺の家の前に剣をぶっ刺した……そういう流れに持っていければ皆が興味を無くすと思ったからだ。そして、その賭けは無事に成功した。

 しかし、その代わりに大事な物を失った。それは食べ物。ずっと何も食べないわけに行かず、保存食をちみちみと消費していった結果、今や食料は0! このままでは餓死をしてしまいかねない。

「そろそろこの街とも離れる時が来たな……」

 特に思い入れもなかったのでさっさと違う街に移ろうと思い、荷物も無かったので手ぶらでこっそりと外へと出た。

「あっちぃ……」

 照り付ける太陽が俺の身体を焼く。大体いつも引きこもっていたせいか、いつの間にか太陽の光が苦手になっていた。

「そろそろ、火の季節か……」

 火の季節は外が焼けるように暑い。額からは、じっとりとへばりつくような汗がじんわりと滲み出してきた。

「で、どうしたもんかな、これ……」

 額の汗を拭いながら、目の前にある『聖剣グングニル』をじっと見つめる。ここ一週間程は街の奴等が勇者チャレンジをして引き抜こうとしていたが誰一人成功していなかった。これは、聖剣自体が持ち手を選ぶからだと言われている。

「……なぁ、なんで俺なの?」

 聖剣に語り掛けるが、武器が言葉を話すわけがない。何言ってんだ俺、と自嘲気味に笑いながら、その横を通り過ぎていく。

 武器は持って行くつもりはなかった。だって、もう旅はこりごりだったから。

 今更、こんなロートルが魔王を倒しに行ったところで勝てる訳がない。それなら世界滅亡までの間をだらだらと過ごすのが吉だ。俺は勇者である自分ごとここに置いていく。

「すまないが、世界を救いたいのだったら他を当たってくれ。じゃあな」

 聖剣に背を向け、別れの言葉を伝える。そして、俺は違う街に行こうとした……その時だった。

『⋯⋯トマさん、行かないで』

 突然、脳内に声が響く。初めての出来事に、身構えて周囲を見回した。

「なんだっ、これは!? 新手の攻撃か!?」

 しかし、辺りには誰もいない。あるのはこの剣だけだ。

『ごめんなさい、貴方がいいって言ったせいで……』

 頭の中には、悲しそうな女性の声が聞こえてくる。まさか、そんなわけ……。そう思いながらも、予感は確信に変わっていく。

『ごめんなさい、トマさん……私、貴方じゃなきゃ……』

「もしかして⋯⋯お前なのか?」

 震える指で、剣を指差す。すると、少し間が空いた後『はい』と小さく言葉が返ってきて、俺は頭を抱えてしまった。





「お前、話せたのかよ……」

 俺は今、違う街へと向かっていた。もちろん剣を背中に担いで。

 家には鞘なんて上品な物は置いてなかったので、ありったけの布でぐるぐる巻きにしてある。もちろん綺麗で清潔な布ではない。俺が寝床として愛用していた汗の臭いがたっぷり染み込んだボロ布だ。神が現状を見れば泡を吹いて倒れるに違いない。

『すみません、話すの恥ずかしくて……』

 くぐもった女の子の声が脳内に聞こえる。くそっ、これが人間の女なら滅茶苦茶可愛いかっただろうに!!!

 英雄色を好むと聖書には書かれていたが、実際俺も女は好きだ。ただ、金もない根無し草の俺には街の女は近寄ってこなかった。自分で言うのもあれだが、見てくれはそこまで悪くなかったはずなんだけどな……。

 ……いや、それも昔の話か。今は腹の出てるただのおっさんだ。それに、ちょっと髪が薄くなってきてるしな。起きると髪の毛が何本か抜けてるんだよ、歳を取るって無常だなぁ。

『──あの、き、聞いてます?』

「ああ、すまんすまん。少し考え事をしていた。で、なんだって?」

 滅入りそうになっていた気分を無理矢理元に戻し、グングニルとの会話に集中することにした。

『い、いえ。なんで中々外に出てこなかったのかなぁって聞きました……』

「あ、それか。えっと、一つ言っていい?」

『はい』

 ……これ、言ってもいいのかな? いいや、決意表明って大事だし言ってしまえ。

「俺、魔王退治に行くつもりないから」

『──え、えええええええええええええええええええええ!!!!!』

 うるさっ!? 思わず耳を抑えるが、脳内に響く声に関係は無く、俺はただその音による暴力を受け入れるしかなかった。

『ど、どうしてですか!?』

「いや、だって俺おっさんだよ? 今更勇者をしろだなんて無理無理」

『でも、こんなに純粋な魔力に溢れているのに。この清らかな魔力が私は好きで……いえ、なんでもないです! 忘れてください!』

「……確かに、魔力は純粋かもしれんな」

 性交をすると魔力が濁ると聞いたことがある。だが、それは微々たるもので生きる上で何も困ることは無い物であるが、魔法生命体であるグングニルには敏感に感じ取れるのかもしれない。

 俺は、勇者でなければ賢者にでもなれたはずだ。賢者になるには性交をせずに40年という月日を注ぎ込むだけでいい。簡単なことだ、俺にとってはな。

 ⋯⋯つまり何を言いたいかと言うと、このトマ・シャユウは未だに童貞ということだ! わが生涯に一杯の悔いありッ!

「えっと、グングニル……言いづらいな。ニルちゃんって呼んでいいか?」

『は、はい……ニルちゃん……』

 おい、そんな可愛い女の声で嬉しそうな声を出すな。剣相手に欲情しそうじゃねぇか。いやいや、流石にそれは……。

 胸の中で葛藤したが、今はそんなことよりもニルに伝えなければいけないことがある。……それは今の俺の現状。

「ニルちゃん、いいか? おっさんはな、すぐ死ぬぞ」

 昔なら転んだって別に平気だった。多少の擦り傷程度で済んだだろう。でも、今なら骨を折るかもしれない。それ以上の大怪我をする可能性だってある。

 ──そもそも、こうやって久々に歩くだけで既に腰が痛いんだが!? こんな状態でどうやって戦えと!?

「おっさんが戦える訳ないだろ? 昔は昔、今は今。過去の栄光なんて意味がない。聖剣であるニルちゃんにはわからないかもしれないけどな」

『それでも、私は……』

 そう言って、ニルは黙ってしまった。少しきつく言い過ぎたか? そう言えば、久々に女性と会話しているっていうのに、意外とどもらずに喋れるな。

 最後に女と話したのいつだったっけなぁ……。確か十年……。いや、そもそもこの子を女性としてカウントするのか、俺!?

『あの、トマさん!!!』

「うわっ、なんだ!?」

 頭の中にニルの大きな声が響く。いきなりはやめてくれ、心臓に悪い。いや、冗談じゃなくて本当にバクバクしてるから。

『それでも、私の勇者は貴方しか考えられないんです!』

「はは、その言葉だけは嬉しいよ。後さ少し声抑えてくれない?」

 俺は、ニルの言葉を笑って受け流すのだった。
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