滅びの都と約束の旅 第2部 高昌夢花録~復讐の終わりと新たな旅立ち~

瑠璃有莉

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第1章 百四十年の夢の終わり

三王子の想い

 王の急死でざわめき立つ王宮で、王を支えていた三王子達は今後についての協議を始めた。唐軍が高昌城市に進軍を続けている今、一刻の猶予もなかった。

 三王子の意見は一致していた。これ以上の抵抗はいたずらに被害を増やすだけ。できるだけ速やかに唐に降伏する、それ以外選択肢はなかった。

「父祖が切り拓いたこの土地を、これ以上荒らすことはできない」
 王太子智盛の言葉に、二人の弟王子は頷いた。

 高昌王国は建国以来、灌漑や開拓に力を入れ、この国を西域一の農業国にまで築き上げた。特に農業の中核をなす地下水路は、造るのはもちろん維持管理も難しく、ここまで大規模な水路を発展させた国は他になかった。

 その価値を知らぬ唐軍に全てを破壊されることを、彼らは何より恐れた。

「しかし兄上」
 交河公が兄の言葉に続いていった。
「唐にくだるのは良いとして、西突厥とはどうしていくおつもりですか」

 そもそも高昌国は西突厥に従属しており、今回の唐軍侵攻に際しても、応戦したのは主に西突厥の駐留軍だ。唐軍が高昌城に迫らんとする今、さらなる援軍を派遣してくるはずだ。

「それは、二十年前にならう」
「二十年前――」
 兄の言葉に、交河公の顔色が変わった。幼い頃の辛い日々が蘇ったからだ。
「ああ、義和の頃と同じ事をする」
 
 今から二十七年前、中華では隋の頃のことだ。煬帝の高句麗遠征に高昌は西突厥と共に参加した。

 そして王と王太子が高句麗遠征で不在となったとき、この事変は起こった。

 留守を任されていたはずの王弟が、そのまま王位を簒奪したのだ。高句麗遠征から戻った文泰達は、クーデターの起こった高昌城には入れず、西突厥に移動しそこで亡命政権を樹立した。

 義和王の政変は七年間続いた。

 その間、高昌城に残された二人の王子――第一王子智盛と第二王子智湛は、質子として不自由な生活を強いられた。

 一方、西突厥で生まれ育った智興は、亡命政権で王太子の後継とされ、多くの者にかしずかれた生活を送った。

 しかし文泰が西突厥の力を借りて政権を取り戻し、高昌に戻ってからは立場は逆転した。二人の王子は、再びかつての栄華を取り戻し、智興は「忘れられた王子」として西突厥に残された。

 この待遇の差は、二十年経った今でも双方の禍根となっていた。
 しかし、成人し官位を得た今は、互いに王族としての自負のもと、支え合い補い合って政務に当たってきた。

「智興、今すぐ西突厥に向かう準備に入れ」
 西突厥に、二十年前と同じように亡命政権を作り、時間を稼ぐ――これが王太子智盛が出した結論だ。

「お前は、私たちと違い可汗カガンの血を引き、妻もとくだ。西突厥にとって担ぎ上げるにはちょうど良い血筋だ」

 阿史徳家は、可汗カガン・阿史那家の姻戚氏族だ。皇后にあたる可賀敦ハトンは必ず阿史徳家から出すのが、遊牧帝国突厥の決まりとなっていた。
 一方の高昌も、王の一族である麹家は張家から、張家は麹家からと、二大門閥が互いに姻戚関係を結ぶことが通例となっており、智盛も智湛も張家から妻を迎えていた。

「智湛はいますぐ、残す者と送る者を振り分けてくれ。どちらに転んでも、この国が残るように」

「承知いたしました。しかし兄上、うえはどうしますか?」
 義母上とは隋から降嫁した華容公主のことだ。いつも笑顔を絶やさない春風のように爽やかな貴婦人で、わだかまりがあった三王子の仲を取り持ったのも彼女だった。

 三王子達は彼女とは血の繋がりがなくとも、実の母のように心から敬い、慕っていた。
  
 華容公主は北周の皇室・宇文氏の出自で、唐の皇室とも遠縁にあたっていた。それ故、唐に降ったとしても、無下に扱われる可能性は低かった。

 しかし、もし降嫁をにされ、唐の京師みやこに戻されることになったら――老齢にさしかかった彼女には、行く手にある荒涼たる沙漠・莫賀延磧ばくがえんせきを渡るだけの体力はもうない。すなわち死出の旅となる可能性が高い。

「西突厥の都・千泉ザンブル城は寒冷な地ですが、高昌と違い寒暖差は激しくありません。もし、義母上がおいでになるなら、細心の注意を払い、心地よく過ごせるよう、衣食住は長安風に整えましょう。何に変えても義母上をお守りいたします」

 これは二人の兄が自分の覚悟を試しているのだと、田地公は悟った。何故なら彼女を唐に渡せない以上、行き着く先は漠北の草原しかないからだ。

「よく言った。智興」
「では、義母上はそなたに託す。ゆめゆめ不便をかけぬように努めよ」
 兄たちは口々にそう言った。
かしこまりました」
 田地公は深く頭を下げた。

 そして田地公にはもう一つ、片付けなければならない問題があった。
「恐れながら兄上、私には一つ問題がございます」
「何だ? 申してみよ」
 王太子の許しを得て、田地公は言葉を続けた。

「十三年前のことがあり、私には兵権がありません。道中、臣民の保護はどうしたらよいでしょうか」
 その言葉に、二人の兄は大声で笑った。

「白々しい。譚家の者たちがおるのだろうに」
「私たちが知らないとでも思っていたのか。表向き義賊だ何だと北路を荒らし回っている連中が、実は譚家であり、お前の手の者であることは、みな知っているぞ」

 この十年の苦労が無事果たされたと田地公は安堵した。
 表向きは女狐に盗賊団の首領を務めさせ、裏では譚家として譚耀を中心に高昌王国のために働かせてきた。

 兄王子二人を陰ながら救ったことも幾度かあり、薄々自分たちの仕業だと解るようにつづけた。その努力が今、実ったのだ。

「まだ正式に王位に就いていないから、後ほど正式な印璽を贈る」
 智盛はしやくで田地公を指し示しながら告げた。

「ここに譚家の再興を許す。田地公麾下とし……」
「今、将軍位に空きがないので、印璽と共に適当な将軍名を作って位を授けましょう。どうせ西突厥へ行くまでの繋ぎですから」
 口ごもった兄に交河公が助け船をだした。

「だそうだ。取りあえず、譚家の末っ子には将軍位をやる。西突厥でお前が王となれば左衛将軍でも何でも好きなのを授けるがいい」
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