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第一章 最強パーティ、一夜にして糞雑魚パーティへ

第45話 レベル2とレベル5の差は大きい

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 すでに奴らがこちらの存在に気づいているのは俺らも承知済み。お相手さんはとっくのとうに臨戦態勢だ。
 角から飛び出した異形は前傾姿勢を取ったまま減速することなくこちらへ向かってくる。
 また一つ覚えの突撃かよ!! 
 前回の戦いではは突撃をなんとか逸らしてその隙に攻撃しようとしたが間に合わず肩をえぐられる羽目になってしまった。
 だが今回は違うぞ。レベルアップの恩恵を見せてやるよ! 待ちに徹する必要はない!

「行くぞ!!」

 俺は床を蹴り上げ異形に向かって突進する。
 こちらの戦法もシンプルだ。盾を正面に据えての突撃だ。
 今の俺の肉体なら盾が吸収しきれない衝撃を受け止めることができるはずだ。
 脆弱だった昨日では取れなかった戦い方だ。己の肉体を駆使する。これこそファイターの戦い方よ!
 勝負は俺と異形の肉体がぶつかり合ってからの一瞬。
 俺の体が俺の想像通りに動き、ネズミ野郎の動きが俺の想像通りに動くなら……この勝負勝てるはずだ。
 突撃してくる異形の肩と俺の構える盾が激しくぶち当たる。

「ぬううっ!」
「ギャイ!!」

 目の前に火花が散る。異形との衝突で盾が実際に放ったのかそれとも俺が目を回しただけなのか区別がつかなかった。
 俺と異形。どちらも衝撃で体勢を軽く崩してはいるがお互いにダメージはない。
 なんにせよ盾は突撃を受け止め俺と異形はお互いの首に手が届く距離で相対する。

「シャアッ!」

 尖らせた爪で刺し貫こうと異形がフック気味に左腕を伸ばしてくる。
 ひどく汚く、荒れていて、だけれども鋭い爪だ。貫いてから”返す”と肉ごと持っていかれる。
 効率的に人の肉をえぐる事ができる。そんな機能を有している爪だ。食らうわけにはいかない。

「それはもう見た!」

 狙いは首筋。外れても肩に当たればいい。そんな突きだ。この前の異形もそうだった。わかりやすい奴だ!
 俺は体を左に逸らして自らの首と肩を異形の腕の軌道上から逃がす。
 渾身の突きを躱された異形の上半身が泳ぐ。前のめりだ。

「ふんっ!!」
「ギッ!?」

 異形の左膝の裏側を蹴り込む。攻撃を躱され、関節を蹴られた異形のバランスは更に崩れる。
 いくらこちらのレベルが上がったとはいえ相手はまだまだ格上だ。
 一手、二手こちらが優勢を取ろうと地力で巻き返してくる。
 一手目は回避、二手目はこの蹴りだ。
 もう少しレベルがあればここからソードで切り捨てて勝負をつけることができたはずだ。だが今の俺の実力ではここで決着とはいかない。
 更に一手必要だ。

「食らえっ!」
「ギャギィ!」

 盾で異形の右の脇腹を思い切り打ち付ける。『人間なら肝臓がある位置』だ。
 盾は鋼で縁取られている。肝臓をそんなもので叩かれたのならばたまらないはずだ。
 こいつの身体構造は恐らく人間のそれと変わらない。どうだ!? 
 脇腹を叩かれて異形は想像通りの反応を見せてくれた。
 
「オッ……ゴェ……」

 動きが止まり苦悶の表情を浮かべる。やはりあったか。同じ位置に器官が!
 間髪入れずに盾を押し付けて異形を壁に叩きつける。
 次だ! 常に手を打ち続けないと正気を取り戻される! 

「これはどうだ!?」
「ギャッ!」

 壁に叩きつけられた衝撃で異形の姿勢が崩れる。つまり急所ががら空きってことだ。俺はそこに金的をお見舞いした。
 人間と同じ器官を持つならばこれも効くはずだ。
 鉄のブーツの金的だ。睾丸が腹部にまで達するほどの勢いで蹴り上げる。
 ドムッという音が足先から響く。そのすぐ後に違和感が足へ伝わる。
 いや、正しくは何も伝わらないことに俺は違和感を覚えた。

「睾丸が……生殖器官がないのかこいつは!」

 器官を……生殖器を蹴り上げた感触が足先に一切なかったのだ。肝臓はあるが生殖器はない?
 単植生殖? それともスライムみたいに分裂? いやありえない。このナリでそれはありえない!
 こいつは生物としても異形だ。だが……だがそんな考察はこいつをぶっ殺した後だ!
 大事なのはせっかくの金的のダメージが薄かったことだ。
 叩きつけられた衝撃で作れた隙はほんの一瞬だった。異形が臨戦態勢を取り直し再び爪の攻撃を繰り出してくる!
 地力で勝る相手に冷静になられたら勝ち目はない。 
 
「だが……仕込みはもう……終わってる!」

 盾を異形の目の前にふんわりと放り投げる。俺と異形の間に一枚の盾が浮かぶ形だ。
 当然お互いの視線が盾で遮られることになる。

「ギャイッ!?」

 盾で姿が見えなくてもわかる。
 膝裏への蹴り。脇腹への打撃。そして金的。全て下半身への攻撃に集中させたのはこの為。
 奴は下半身への攻撃にしか注意を向けていないはずだ。
 ロングソードを両手で握り上段に構える。ギフン直伝の構えだ。
 ファイターが侍みたいに戦っちゃいけないって法律もあんめえ!
 盾が重力に引かれ落ちていく。
 盾の後ろの異形は……下からの攻撃に備え、上方向に一切気を払っていなかった。狙い通り!
 あとはギフンのアドバイス通り『何も考えずに思いっきり振り下ろせ』を実行するだけだ。

「もらっっ、たあああ!!」
「ギャイイイイイイイイイイイイ!!」

 無防備な異形の左肩へ上段からの振り下ろしをお見舞いする。
 左肩から胸まで肉を切り裂きロングソードが走る。剣は心臓に届いていた。

「両断は……無理か。それでも十分だ」
「ギ、ギイイ!! ギャイイ!!」

 筋肉に邪魔をされて真っ二つとまではいかなかったが、心臓に届けば十分だ。
 剣を異形の体から引っこ抜いた瞬間にドス黒い血が吹き出す。
 異形は怯えた目つきでこちらを見やるがそれも瞬間のこと。すぐに異形は倒れ伏せた。
 肩から胸に走る傷口から大量のドス黒い血がドクドクと流れ出たがすぐに血も流れ切り、異形の体から命が消え失せた。

「ま、とりあえずピンで倒せない相手ではなくなったな」

 倒れた異形を見下ろしながら思わずポツリと呟いてしまった。
 何にせよ一対一でこいつに勝てることがわかったのは大きいぞ。

「おー。アイザック勝ったじゃない。やるじゃない。相変わらず酔っ払いの喧嘩みたいな戦い方ね」
「俺のタクティカルな戦い方を酔っぱらいの喧嘩としか見えないなら当分結婚は無理だろうなベルティーナ」
「我が魔力にて蓄えられし炎の噴流よあまねく憎しみとなりて敵を……」
「詠唱やめて! もう火だるまになりたくないから! ごめんなさい!」

 売り言葉に買い言葉で危うく二日連続火だるまになりかけたぞ……
 全く。ファイターってのは剣と盾だけで戦う職業じゃないの! なんでもありなの!
 といった反論は胸にしまっておこう。ま、なにはともあれ……

「勝ったぞ!! これが前衛ファイターの意地じゃい!」

 俺は勝鬨《かちどき》を上げた。 オラア! 近接職のレベルアップは地味とか言わせねえぞ!!
 と、と、と。アホみたいに浮かれてる場合じゃない。

「他の二人はどうなってるんだ」 

 そうだそうだ。勝利の興奮で忘れてた。ギフンとソニアはどうなったんだ?
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