藤堂海来探偵社

蜉蝣

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第二十五話 開かない裏口

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 ちらっと頭は過ぎったけど、仲西麗華を尾行している最中は十分気をつけていた。リスクがあることは承知だったからだ。だから、尾行がバレたとは考えにくいし、そんな気配もなかった。でも、これは一体……。

「あれ? 社長、まだお出掛けじゃなかったんですか?」

 貸倉庫から二台のノートパソコンと備品の入った紙袋を下げて三島がビルに戻ってきて、呆然と郵便受けの前に立ち尽くす私に声を掛けた。

「ああ、これがさぁ、郵便受けに入ってたんだ」と、私がそのメモ用紙を三島に示すと、三島は足元に荷物をおいて、そのメモ用紙を受け取った。

「〈余計なことはするな。もっと酷いことになるぞ〉って……、何ですかこれ?」
「わかんない。うちの郵便受けにそれ一枚入ってたのを見つけて」
「ということは、うちの会社への脅迫? まさか仲西さんの件で?」
「三島もそう思うよな。朝来た時は郵便受けの中身空っぽにしたんだよね?」

 三島は頷く。ということは、やはり「もっと酷いこと」の意味することは、さっき行われた家宅捜索よりも、という意味になるわけか。一体誰が、こんなものを?

「もしかしたら、さっきの刑事さんの中に渡辺の仲間がいたんですかね?」
「いや、それはどうかな。渡辺の所属署とは管轄が違うし、……管轄が違う仲間がいる可能性もあるけど」
「そうですね、このメモを入れたのはあの刑事さんたちとも限らないし……、でも、このメモ、書き方が曖昧ですね。「余計なこと」って何なのかも具体的に書いてないし」

 そう、仲西麗華を尾行するなとか調査するななどとは書いていない。思い当たるフシはそれしかないんだけど……、と郵便受けの方をちらっと横目で見る。このビルには他に十数社入ってるけど、もしかして投函先を間違えた? あるいは単なるいたずら?

「三島くんは、あの子の尾行中に誰かの視線を感じたりとかは?」
「いやー、結構注意してましたし、尾行より自分が怪しまれないことを優先してましたから」
「だよねぇ。でも思い当たるフシはあの子の件以外にないから、私が事務所に帰ってきたら対策を考えようか」
「分かりました。でも今から社長は、彼女に会いに行くんですよね? それってヤバくないですか?」
「それについてはちょっと考えがあるの。何とか、もうちょい慎重に会ってくるよ。じゃぁ行ってくるね」

 そのメモ用紙を三島から受け取ると、小さく四つに折りたたんで、仕事で使っている手帳に挟み込んだ――。


 会社近くの駐車場で社用車に乗り込むと、取り急ぎアポを取るために、仲西麗華に電話した。

〈はい、仲西ですが〉
「藤堂海来探偵社の藤堂ですが、今お電話よろしいですか?」
〈はい、午前中は自習しているだけなので、大丈夫です〉
「じゃぁ、今からそっちに行ったら会える?」
〈はい、午前中なら大丈夫です〉
「そしたらさぁ、大学の正門前にリリアンって名前の喫茶店があるから、そこで十一時半に入っててもらいたいの。出来る?」
〈その喫茶店は知ってます。十一時半ですね?〉
「うん、必ず十一時半に来てね。変なお願いだけど、あまり遅くても早くても駄目だから」
〈分かりました〉
「じゃぁまた後で、よろしく」

 上手くいくかなぁ……、今から大学に向かったら十一時過ぎには着くと思うから、もし誰かが仲西を見張っていたとしても、先回りすることになるから気付かれないとは思うけど。リリアンの店主には行って直接お願いしよう――。


「いらっしゃいませー。……あら、海来さん、いらっしゃい。毎日ご苦労さまねぇ」

 喫茶リリアンに到着したのは十一時五分。店に入ると、カウンターの中から店主のリリアンおばさんが私にそう声を掛けてくれた。まさかこうなるとは思ってなかったけど、店主と仲良くなっていたことが功を奏した形。

「リリアンさん、こんにちわ。来て早々なんだけど、今日はちょっとお願いがあるんだ。いいかな?」
「何々? 探偵ごっこのお手伝いなら、任せて」

 と、昔、私とほぼ同業種だったリリアンおばさんがニコニコ、目を光らせてカウンターから出て、店に入ってすぐのところに立っていた私の方へ近付いた。

「あのね、ほら、あの子知ってるでしょ? あの子がこのお店に十一時半くらいに入ってくるからさ、入ってきたらすぐこの店の裏口からあの子を出して欲しいの」
「あらあら、それってほんとに探偵ごっこみたいで面白そうね。誰かにあの子が尾行でもされてるってこと?」
「それはわかんないけど、ちょっとやばくってさ。私とあの子が会ってるところを見つかりたくないわけ」
「なるほど。……でもちょっと困ったわね」
「えっ? 何が?」
「ここの裏口のドアさぁ、あるにはあるんだけど、壊れてて開かないの」

 えーっ? マジでか。この前来た時に、裏口あるのは確認してたのに……、どうしよう? これでは計画が……。

「それって、そのドアを叩いたり蹴っ飛ばしたりしても駄目なの?」

 すると、リリアンおばさんは店のカウンターで新聞を読んでいた旦那さんに向かって言った。

「あんたさぁ、今すぐ裏口のドア修理できる?」
「無理無理、素人じゃあのドアはびくともしないよ。ドアの枠が大地震の時曲がっちゃってるから、壁ごと業者にぶっ壊してもらわんと開かん」
「んもー!、だから大地震の後すぐ業者呼んで直せって私言ったのに、このロクデナシ親父! なんとかしなさいよ、毎日毎日ここでタダ飯食ってないでさ!」

 いや、あの……、いきなり夫婦喧嘩されても困るんだけど――。って、ちょっと待てよ。

「リリアンさん、この前剥がしたビールのポスターってまだ捨てない?」
「ああ、あのポスターならまだあるよ」
「じゃああのポスター、また同じそこの窓に貼ってくれない?」
「なるほど! その手があったね。海来さん賢い、なら二枚貼っちゃいましょう」

 リリアンおばさんはそう言うと、すぐにカウンターの奥からポスターを二枚持ってきて、さっさと窓に貼り付けてくれた。これで、外からは店の様子が見えない。私さえ見つからなきゃ良いんだから、我ながらナイスアイデアだ。

「それで、その子が来たら、続いて誰も入ってこれないように、準備中の看板出してドアの鍵閉めてあげるよ。ちょうど今誰もお客さんいないからさ、それまでに誰か入ってきても断っちゃおう」
「ありがとー、助かるわ。じゃぁ今日はお昼、一番高いの注文する」
「いいよそんなの。探偵ごっこ、なんだか楽しいじゃない。それと、ほんとにあの子が誰かに尾行されてないか、外に出て見てあげるよ」

 リリアンおばさんはほんとに楽しそうだった。やっぱり昔興信所の調査員だったから血が騒ぐのだろうか。

「後は、その子がこの店を出ていった後、海来さんがどうやって誰にも見つからないようこの店から脱出するかだね。……それも、今思いついたけど、良い手がある」
「良い手とは?」
「それは後のお楽しみ。ふふふ、探偵ごっこ楽しいねー。そろそろあの子来るんじゃない? もう五分前よ」

 と、リリアンおばさんが言ったと同時に、仲西麗華が店に入ってきた。

「仲西さんこんにちわ、どうぞこちらに」と、私は店の一番奥にあるテーブルに彼女を案内した。

 リリアンおばさんは手筈通り、店の前に準備中と書かれた看板を出し、外に出てドアの鍵を締めた。店の中に残ったリリアンおばさんの旦那さんは、私達に気を使って、カウンターの奥にある厨房に消えた。これで店の中は私と仲西麗華二人きりで、外からは見えない。

「仲西さんごめんね、急に呼び出したりして」
「いえ、そんな……」

 これで、仲西麗華とこうして対面で会うのは最初の依頼の日から数えて二回目。その時もそうだったし、ずっと尾行している最中もそうだったけど、彼女の表情はいつもどこかに影があって暗い。私にはほとんど目も合わさないし、笑ったところなど見たこともない。彼女の状況を考えたら当然と言えば当然なのだが、私だってこれから話す内容の重さを考えたら、彼女への気遣いのための笑顔すら出来なかった。

「仲西さん、あなたにとって覚悟が必要な話があるの。最後までしっかり聞いてね、いい?」
「……はい」

 私は、すぅっと大きく一呼吸してから言った。

「単刀直入に言うわ、仲西さん、あなた妊娠してるでしょう?」

 意外なことに、彼女は私のその言葉に無反応だった。他の人に知られて驚くはずだと思っていたのに。

「話を続けるけど、どうしてそれが私に分かったか。証拠があるの」

 私はそう言って、昨晩撮った、あの喫茶店での写真をスマホに表示させて仲西に示した。

「申し訳ないけど、調査の一環で、黙ってあなたを尾行させてもらった。その時に撮ったもの。これはあなたですよね?」

 仲西麗華は、少し斜め下に視線を移して、少しも表情を変えず小さくそれに頷いた。

「そして、ここに写っているあなたがバッグから出したこの用紙、ここをちょっと拡大するけど……、ここには妊娠届出書と書いてあって、その下には受診した病院の印鑑が押してあります。妊娠週数と出産予定日も。あなたの記名こそまだされてない用紙ですが、これはあなたがその病院で妊娠を診断してもらって病院から渡された用紙ですね? 間違いない?」

 今度もさっきと同じように彼女が小さく頷くだけ。

「で、あなたを妊娠させたのは、この男なの?」

 ところが、無反応なまま、今度はそれに頷かなかった。違うのか?

「どうなの? 大事なことだから、はっきり答えて欲しい――」
「藤堂さん、私……」

 やっと表情を変えたけど、すごく辛そうに顔を顰めて、俯く。私は彼女の言葉を待った。そして今にも消え去るかのような小さな声でやっとこう言った。

「……生むしか方法がないんです」

 やはり。相手の男の支配欲を満たすためだけに、無理やり妊娠させられて、望まない相手の子供を出産までさせられるというわけか。そんな残酷なことはあって良い筈はない。私は怒りに震えて、大声を上げそうだったが、必死で堪えた。

「そんな事はありません。生まなくて済む方法はあります」
「えっ?」

 彼女は、子供を生まないと家族に危害を加えられると考えて、それしかないと思い込んでいたのだろう。私もそうだったし。

「その子供を生まず、そして渡辺の脅迫にも屈しなくていい方法です。ただ、どうにかして結局は事件を解決しないと話にならないですけど、仲西さん、子供ってね、そんなに簡単に生まれてくるわけはないんですよ。一般的には流産の確率は一割程度はありますから」
「でも、そんな流産なんて、それこそ簡単には出来ないと……」
「それはそうです。無茶な運動するとか、お腹を叩くとか、そんな事をしたって流産なんか滅多にするものではありません。ですが、もし流産したとすれば、相手がどんなに出産を望んでいたって、流石にあなたを責めることは出来ないし、諦めるしかないわけでしょう?」
「……それは、そうですが」
「だったら、中絶しちゃえばいいんですよ。新しい命には残酷な話でもありますけど、望まない相手との妊娠の中絶は認められています。ご存知ですよね?」
「……藤堂さん、それが出来るならやってます。でも私には――」
「だから、もし中絶したとして、相手に中絶したなんて分からせなきゃいいんですよ。要はバレなきゃいいってこと」

 そう、カンナがリアルな絵を書いてもらって、髪を切らずにショートヘアーの応募書類を作成できたように、単純な話が、騙してしまえばいいのだ。そのためには、病院に協力してもらい診断書なりなんなり、流産したと捏造して書いてもらわないといけないのだろうけど、そんなことくらい出来ない筈はないだろう。彼女のためなら私が一肌脱いでやる。

「……藤堂さん、それは出来ません」
「いや、出来るってば。私が協力――」

 しかし、彼女はそのまま黙って席を立ち、呆気にとられる私を尻目に、喫茶店のドアの鍵を内側から自分で開けて、そのまま出ていってしまった――。
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