こちらは死神のアチラです~流行りの転生者が多すぎて仕事に追われていますが、毎日楽しいです~

色彩和

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第一五章 「第三階層を任せられている『執行人』から、だねえ」

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 Ⅰ

 アチラは久方ぶりに局長に命じられ、「奈落」へと足を運んだ。これまた久方ぶりに、アチラが天敵と認識しているサイガに出会ってしまい、視界に捉えた瞬間に全速力で逃げ出したのは言うまでもない。捕まると厄介なことこの上なく、しかも時間を無駄に使ってしまうことになる。そのため、アチラはとにかく逃げ続け、最終的には返り討ちにした後、用件をさっさと終わらせて局長の元に戻ったのであった。
 局長へ報告を済まし、さっさと退出してしまおうとアチラが踵を返したところで、局長であるレイが呼び止めた。アチラは珍しいなあ、と思いつつも、首を傾げながら足を止めて局長へと向き直る。
 レイの次の言葉を待っていれば、飛んできたのは言葉ではなく、何やらカードのようなものであった。ただ、ただ、ピッと投げられる。レイのお得意の武器ではないことを一瞬で判断したアチラは、あまり警戒することなく、それをしっかりと掴む。自分の手のひらよりも大きいカードのようなものを掴んでからよく観察した。
 それは、どうも白い封筒のようで。

 ――の一通の便箋であったのだ。

 アチラは封筒をまじまじと見つめた。だが、開くことはしなかった。目の前に立っている、自身の上司に向かって尋ねる。
「……何、これ?」
 つい発する声が低くなってしまったことは、無理もないだろう。なんと言っても、宛先が不明なのだから。警戒してもおかしくないものである。
 だが、アチラの問いを予想していたのか、レイはあっけらかんと告げるだけであった。
「お前をご指名だ。後で確認しておけ」
「ええー……、嫌なんだけどー……。さっきも『変態』から逃げたっていうのにー……」
 アチラの言う「変態」とは、アチラの天敵である、サイガのことである。
 だが、レイはアチラの不服などなんのその、キッパリと斬り捨てた。
「つべこべ言わずに持っていけ。良いな」
 レイはそれだけ言うと、もう用はないと言わんばかりにひらひらと手を振る。それは、「退出して良い」という意味でよくレイが合図するものであった。
 アチラはこれ以上言っても無駄であることを悟り、肩をすくめる。今度こそ局長室を後にするのであった。
 長い廊下を歩く。時折、局員がすれ違うが、ほとんど人の姿はない。静かな廊下に、アチラの靴音のみがやけに響いていた。
 ……さーて、どうしようかなあ。もうそろそろ休憩時間だよねえ。
 アチラは自身のスマートフォンを、ローブのポケットから取り出して時間を確認する。あと二、三分で休憩時間になろうとしていた。今から自分の担当階層に戻ったところで、休憩時間となってしまうだろう。
 ……このまま、ゆっくりと歩いて食堂に向かうとしようかあ。さっきまで苦労していたんだし、多少は許してくれるでしょ。
 アチラは懐に封筒をしまうと、足取り軽く食堂へと向かうことにした。
 この頃アチラはすでに、封筒を開けていないことも、それどころか封筒の存在すらも忘れているのであった――。



 Ⅱ

 アチラは食堂に着くと、悩むことなく日替わり定食を選択した。注文してすぐに用意してくれ、お盆を持って席に着く。手を合わせてから熱いお茶を一口啜り、それから箸を手にする。汁物を口にして、米を口にすれば、疲れた身体にゆっくりと染み渡っていく。多少なりとも疲れが緩和したように思えるのだから、食事は凄いと、アチラは思う。
 はあ、美味いなあ……。やっぱり、日替わり定食は最高だよねえ……。
 毎日メニューが変わるのが醍醐味の日替わり定食が、アチラのお気に入り。ごくたまに違うメニューを注文することがあるが、それは本当にまれである。彼はほとんど毎日のように日替わり定食を頼んでいた。
 アチラがゆっくりと味わって至福の時間を過ごしていれば、アチラの目の前にお盆が置かれる。
 食堂の机は、すべて長机だ。相当な人数が腰掛けられるように設定されている。だいたい仲の良いグループで食べているか、そのグループから離れて一人の時間を楽しむか、というほぼ二択の状態ではあるが、アチラの目の前に置かれるということは、おそらく前者の可能性が高い。アチラの目の前に盆を置いたということは、アチラに用がある者か、もしくはアチラと親しい者か。
 アチラが視線を向けていれば、目の前に腰かけたのはシノビで。お、と思ったアチラはシノビに声をかける。
「お疲れ、シノビ。生きているかい?」
「……その質問には答えかねる」
 アチラの問いかけに、シノビは眉を寄せた。不服そうに告げた後、一つ息をつきながら言葉を紡ぐ。
「……だが、仕事はだいたいの区切りもついた。午後には終わるだろう」
「さっすが」
 シノビの言葉に、アチラは満足したとばかりに指を鳴らした。パチンと鳴ったが、今回は何も飛び出してこない。ただ、気分が上がったがために鳴らしただけだったからであった。アチラがニヤリと笑いかければ、それに応えるかのようにシノビもフッと笑った。

 ――カズネの一件に区切りがつくと、シノビの仕事は以前よりも格段に減少した。
 シノビが仕事に追われているところは、ほとんど見なくなったのである。つまり、仕事がちゃんと割り振られるようになり、階層ごとでまとめられているということだ。本来の仕事の循環に直ったのであった。正規ルートを通るようになって、仕事量のバランスが取れている、と局長からアチラに直々に話があったのは記憶に新しい。
 もっとも、アチラやユウの仕事量はほとんど変わっていないのだが。むしろ、徐々に増してきているのが現状である。それだけ世界――現代の変化が生じてきているのだろう。

 アチラは記憶を遡らせた後、シノビに再度声をかけた。
「まあ、シノビが無理せずに仕事を行えているなら、俺はそれで良いんだよ。俺はそれだけが気がかりだったからさあ。……それにしても、すごく久しぶりにシノビの顔を見た気がするよねえ」
 アチラがそう告げれば、シノビは肩をすくめる。
「お主が出張やら何やらで外にばかり出ているからだろう。私は基本担当階層にいるのだから」
「不本意ながら駆り出されているだけなんだけどねえ」
 アチラはシノビの言葉に、ため息混じりに返答する。
 すると、シノビは不思議そうに一瞬目を丸くしてからすぐに表情を戻す。それから、アチラへと言葉を紡いだ。
「……なんだ、やけに楽しそうではないか」
 その言葉に今度はアチラが目を丸くする。だが、すぐに目じりを和らげると、ニヤリと笑った。
「まあ、面倒なことのほうが多いんだけどねえ。……賑やかなのは、楽しいでしょ。それに、退屈しなくて済むし」
 アチラは笑みを零しながら、心底楽しそうに告げる。
 シノビはそれを見て、また目を丸くした。目を瞬かせ、心底驚いたと言わんばかりに言葉を零す。
「……まさか、お主の口からそのような言葉が出てくるとはな」
「失礼だなあ、もう。俺だって、たまにはそういうこと言うって」
「たまには、なのか」
 二人で軽口を叩き合う。アチラは食事を終え、シノビが食事を続けながら談笑していれば、声をかけられる。
「なんだ、妙に賑やかじゃないか」
 アチラとシノビが視線をそちらへと向ければ、そこにはユウとカズネが立っていて。二人ともお盆を手にして立っているところを見るに、席を探している中でアチラたちの姿を見つけたのだろう。
 アチラがひらりと片手を挙げる。
「お、お疲れ」
「む、ユウ、カズネ」
 シノビが名前を呼べば、ユウがニコリと笑う。
「隣、良いかな?」
「どうぞー。それにしても、珍しい組み合わせ再びだねえ」
 アチラの隣にユウが腰掛け、シノビの隣にカズネが腰掛ける。
 ユウの問いかけに、アチラが答えつつも、ついでに茶化しておく。
 すると、ユウが苦笑した。
「たまたま食堂の前で会ったんだよ。良ければ、と誘ったんだ」
「へえ、さすがユウ。で、カズネもユウに懐いたってわけ?」
「そんなんじゃないわよ!」
 ユウの説明にアチラが納得しつつも、そのままカズネへと視線をチラと向ける。それから、問いかけてみれば、カズネは何やら強めに返答してきた。ほのかに顔が赤く染っているように見えるが、アチラは特に触れることもなく、「ふーん」とだけ告げる。興味なさそうに告げたものの、その視線はいまだにカズネに向けられている。
 じっと視線が向けられているのに耐えられなくなったのか、カズネが口を開く。
「……な、何よ」
「別にー。……ただ、カズネも変わったんだなあと思っただけ」
 ま、良い変化だよねえ。
 アチラがクスリと笑えば、カズネは顔を真っ赤にする。バッと勢いよく顔を俯かせてしまったため、表情は分からないものの、急な変化にアチラは首を傾げる。
 ユウは苦笑し、それから口を開く。
「それよりも、アチラ、局長から聞いたぞ。呼び出しがあったって」
「えー、局長からの呼び出しなら行ったけど?」
 アチラがなんのことと問わんばかりにユウに返答すれば、ユウは「おいおい」と呟きつつも、再度言い直す。
「もう忘れているのか?    なんか、封筒の呼び出しがあったんだろう?」
 ユウの言葉に、アチラは少しばかり間を置いてからぽんと手を打った。
「そうだった、忘れていた」
「アチラ……」
「……お主、ユウがいて良かったな」
 ユウとシノビの呆れた声が耳に届くが、アチラはそれに反応を示さない。
 それよりも、と思う。
 この封筒、どこかで……。
 アチラは記憶を呼び覚ます。今さらながらに見たことのある封筒だと思った。宛先不明の白い封筒。何も記されていないそれは、ごくたまに自分宛に送られてくる。それも決まった相手で――。
「……あ」
 アチラは思い出した。以前からだいぶ時間が経っていたため、つい忘れてしまっていた。だが、警戒しなくて良い相手だと分かれば、自分にも余裕が出てくる。
 アチラの表情を見て、ユウは不思議に思ったのか問いかけてくる。
「アチラ、相手は誰なのか分かったのか?」
「大丈夫、大丈夫。ようやく思い出したよ、俺としたことが。……多分、だからねえ」
 アチラはパチンと指を鳴らす。すると、封筒の端がピッと切れた。それから、封筒から文書を取り出し目をサッと走らせた。そして、ニヤリと笑う。
「ほーらね」
 アチラがそう告げれば、再度ユウが問いかける。
「相手は誰だったんだ?」
 ユウの問いかけに、アチラはニヤリと笑ったまま、二つに折られた文書を見せる。
「――第三階層を任せられている『執行人』から、だねえ」
 アチラは語尾にハートでもつきそうなぐらい、楽観的に告げるのであった。



 Ⅲ

 アチラの言葉に、三人は食事の席であるということも忘れてガタリと大きな音を立てながら立ち上がる。
 アチラは思わず目を瞬いた。
「何、何?    どうしたわけ?    食事中でしょ?」
「し、『執行人』って……、アチラは会ったことがあるのか!?」
 アチラの言葉には返答せず、ユウは逆に問いかける。驚きのあまりに声が大きくなっているが、それすらも気にしないほどに驚いているのだろう。普段のユウならありえない行動である。
 そのユウの言葉を強調するかのごとく、シノビとカズネが頷く。
 アチラはそれに対してあっけらかんと返すだけであった。
「あるよ」
「お、俺は一回も――」
「ああ、そりゃあ『執行人』は警戒心が強いから」
 アチラはそれだけ告げてから、三人に席に着くように手で合図する。
 三人は渋々席に着いた。それから、じっとアチラへと視線を向けてくる。説明を求められているのだろう。
 アチラは肩をすくめた。
「『執行人』の正体を知る者は、この転生局の中でも極わずか。おそらくだけど、局長と俺以外会えていないと思うよ。それに、俺でも両手で数えられるほどしか会えていないんだからねえ」
 アチラは一応指折って数えてみる。だが、やはり両手で数えられるほどしか会ったことがなかった。
 アチラも呼び出しを食らわないと基本的に足を運ばない。なんと言っても、「執行人」は気分屋だ。局長ですら、呼び出されないと行かないと、以前聞いたことがある。
 大方、誰から呼び出されていたのか、局長もこの封筒を見て勘づいていたに違いない。

――第三階層を任せられている、薙刀使い、通称「執行人」。
その姿を見た者は、極わずかであり、存在だけが知られている。基本的には、パーソナルスペースが狭い者なので、関係がないと話すらしようとは思わないらしい。仕事は基本的に行っている、と局長から話を聞いたことはあるものの、アチラもほとんどよく知らない相手であった。

 すると、アチラの話を聞いてポツリとカズネが言葉を零す。
「……私も、ない」
「カズネは特にだと思うよ。カズネは俺たちの中でも一番新しく入っている。だから、『執行人』が呼び出すことなんて、まだしばらくはないだろうねえ。俺としては、ユウがまだ会えていないってほうが不思議なんだけど」
 アチラがそう返せば、様子を見守っていたシノビが口を開く。
「……お主はいつもそのようにして呼ばれていたのか」
「大体ね。さっきまでは宛先なくて警戒していたんだけど、そういえばそうだったなあって思い出したんだよねえ。以前呼び出されたのなんて、随分前のことだし」
 アチラは便箋をヒラヒラと揺らす。
 ユウはそれをおもむろに受け取り、開いて中に記載されてる文章に目を走らせる。よく読んでから、ポツリと言葉を紡いだ。
「……アチラ。果たし状、の間違いではないんだよな?」
「誤解されやすいけど、違うねえ。あいつ、口下手なんだよねえ」
 アチラはユウの言葉を否定してから、ついでに説明をつけ加える。
 ユウはそれを聞いて文章へと再度目を通すも、乾いた笑いを零すことしかできなかった。


 ユウがそう思うのも無理はないだろう。
 何せ、便箋にはこう記載されていたのだから。

 ――死神。
 今宵、零の数字を刻む頃、我が部屋へ足を踏み入れたし。
 執行人

 これだけしか、記載されていなかったのである。


 ユウは一つため息をつく。
「……今の今まで『執行人』のことはほとんど知らなかったけど、こんな身近に知っている者がいたとは。しかも、顔合わせまでしているなんて」
 アチラは「まあまあ」と宥めてから、カラカラと笑う。
「面白いでしょ。あいつ、よく分からないんだよねえ」
 アチラですら、まだよく知らない相手である。毎回呼び出しを食らったとしても、何を話したと聞かれれば、「大したことはない」と返答できるほどしか話していないのだ。
 だが、第三階層を任せられているということは、ユウに次ぐ強さを持ち、審判を下しているということ。
 もう少し、今後のためにも知りたいところだよねえ。
 局長がどれほど「執行人」とかかわっているのかは、アチラにも分からない。というのも、アチラも局長であるレイも、「執行人」と何を話したのかは共有したことがなかった。仕事の話だとしても、共有しなくて良い話だろうと判断できるものだったからである。だから、お互い「会って話をした」ぐらいの報告はし合うものの、それ以上は何も伝えたことがない。
 少し、考え直したほうが良いかもねえ……。
 局長と情報交換するようにしようか、そう考えていれば、シノビが黙り込んだアチラへと問いかける。
「……大丈夫なのか?    アチラ」
 その確認は、「執行人」と会ってのことなのか、アチラの心境のことなのか。
 アチラはそれを前者と捉え、軽く返答する。
「問題ないよ、だいたい大した話じゃないしねえ。そんな文章とはかけ離れた話しかしないから、心配しなくて良いよ」
 アチラの答えに、三人は頷くも、その中でカズネがポツリと呟く。
「……全然、どんな人なのか、想像ができない」
「右に同じく」
「同感だよ」
 カズネの言葉に、シノビとユウが反応する。間髪入れずに肯定する二人を見て、カズネが頷く。
 アチラはそれを見て、やれやれと首を振るのであった。



 Ⅳ

「邪魔するよー」
 アチラは時間通りに、第三階層へと足を運んでいた。大鎌を片手に、相手の返答を聞くことなく足を踏み入れれば、目の前にはすでに呼び出した人物が立っていて。だが、姿はハッキリと見えずにいた。
 第三階層は、他の階層に比べて暗くなっている。それは、「執行人」がそう望んだからであり、暗闇の中で立っているような感覚に陥る空間であった。
 アチラは思わずニヤリと笑って、一定の距離を保ちながら声を発する。
「――久しいね、『執行人』?」
 アチラが声をかければ、闇の中で衣の擦れる音がする。「執行人」が動いた。ゆっくりとアチラへと近づいている。
 空間の中で、街灯が付き始める。徐々にそれは奥まで続いていき、道を示しているかのようであった。
 該当に照らされて見えた姿は、顔にベールをかけた者で。その者は、何も発することなく、アチラと多少の距離を空けて立ち止まる。片手には、アチラの大鎌にも負けないほどに大きな薙刀を抱えていた。衣が擦れる音は、着ている着物から発せられたものだろう。

 二人の間は、わずか一メートル――。

 ――アチラは「執行人」と静かに対峙するのであった。
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