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第7章「もう一人じゃない」
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放課後、杏子は真帆に声をかけた。窓の外では早くも陽が傾きはじめ、校庭の木々が長い影を作っている。
「今日も用事があるんだ。先に帰っていいよ」
真帆は少し不満そうな顔をした。
「また?最近ずっとそうだよね。何やってるの?」
「あのね…」杏子は少し迷った。でも、もう隠す必要はないような気がした。「実は、友達を助けようとしてるんだ」
「友達?誰?」
「前田琴音さんっていう子。みんな忘れちゃってるけど、本当はクラスにいたんだよ」
真帆は不思議そうな顔をした。
「前田…さん?聞いたことないけど…」
「だよね」
杏子は悲しそうに言った。
「でも本当にいたんだ。窓際から三つ目の席の子。静かな感じの子で。そして今、彼女は消えそうになってる。私しか覚えてないの」
真帆は心配そうに杏子を見た。マフラーの結び目を緩めながら。
「大丈夫?変な話だよ…」
表情が真剣になり、
「杏子、疲れてるんじゃない?最近、合唱コンクールの練習も忙しいし…」
「信じられないよね」
杏子は苦笑いした。
「でも本当なんだ。琴音さんは私と同じで、音に色を感じることができる特別な子なんだ」
「音に色?」
真帆は眉をひそめた。
「それって…」
「うん、共感覚っていうんだって。私も小さい頃からあるんだ。風の音が青く見えたり、声が途切れたりするの」
真帆は黙って杏子の話を聞いていた。窓の外では秋の夕暮れが深まり、紅葉した木々が金色に染まっている。
「杏子…」
真帆がしばらく考え込んだ後、慎重に言った。
「あなたのそういう特別なところは知ってたよ。でも、見えない人のことまでは…」
彼女は言葉を選びながら続けた。
「私にはわからないから…正直、心配になる」
「そうだよね」
杏子は少し肩を落とした。
「信じられなくても大丈夫。これは私が見つけないといけないことだから」
二人の間に重い沈黙が流れた。
真帆はしばらく考え込むように黙っていたが、やがて決意したように言った。
「わかった。詳しくは聞かないけど、もし助けが必要なら言ってね。どんなことでも」
彼女は少し照れたように続けた。
「杏子を信じるから」
「え?」
杏子は驚いた。
「本当に?」
「うん」
真帆は微笑んだ。
「私には見えなくても、杏子が大切に思ってることなら、それを尊重するよ。それが友達ってものでしょ?」
「ありがとう!」
杏子は嬉しくなって真帆にハグした。
「本当にありがとう!」
________________________________________
杏子は音楽室へ向かった。廊下には合唱コンクールの練習を終えた生徒たちが散らばり、冷えた秋の夕方に校舎を出ていく。扉を開けると、部屋の雰囲気が少し変わっていた。冷たさの中に温かいものが混ざっている。
「琴音さん、来たよ」
黒板に文字が浮かんだ。昼間よりも少し濃い。
『杏子…待ってた…』
「友達にも話したんだ」
杏子は椅子に座った。
「私の特別なことも。隠さないほうがいいって思ったから」
『勇気がある…』
「琴音さんはどんな音楽が好きなの?」
杏子は質問してみた。もっと琴音のことを知りたかった。
『ピアノ…弾くと色が見える…虹みたいに…』
「素敵だね!」杏子は目を輝かせた。
「私も聞いてみたい」
黒板の文字が消え、しばらく何も起こらなかった。と思ったら、突然部屋に音楽が流れ始めた。目に見えない誰かがピアノを弾いているような、透明で繊細な音色。
「わあ!」杏子は驚いた。「これ、琴音さんが弾いてるの?」
音楽が部屋に満ちると、杏子の目の前に色が広がり始めた。青や紫、緑や赤。まるで空気が色を帯びたように。窓の外の夕焼けと溶け合い、幻想的な景色を作り出していた。
「見える!音の色が見える!」
音楽が止むと、部屋の隅に紫色の影が現れた。今度は前より少しはっきりと。静かな立ち姿の少女がうっすらと見えた。
「琴音さん!」
杏子は立ち上がった。
「もっと見えるようになった!」
影が少し動いた。手を振っているみたい。
「戻ってきてるんだね。みんなに忘れられても、私は忘れない」
杏子は近づいて言った。
「あなたは特別な才能を持った大切な友達だから」
黒板に新しい文字が浮かんだ。
『杏子…あなたのおかげで…少しずつ…戻れそう…』
「本当?」
杏子は喜んだ。
「もっと何かできることある?」
『明日…みんなに話して…私のこと…』
「みんなに話す?」
杏子の表情が一瞬こわばった。みんなの前で話すなんて、自分の特別なことも含めて…想像するだけで恐ろしかった。
『忘れられないように…記憶に残るように…』
「そうだね…」
杏子は言った。心臓がドキドキと打ち始めた。
「でも、みんなが変な目で見るかもしれない。信じてもらえるかな…」
不安が込み上げてきた。
影がゆっくりと揺れた。心配しているよう。黒板に新しい文字が浮かんだ。
『大丈夫…あなたは強い…』
杏子は静かに息を吐いた。
「わかった…やってみる。苦手だけど、勇気を出すよ」
勇気を振り絞るように言った。
「明日、クラスのみんなに琴音さんのことを話すね」
影がゆっくりと頭を下げた。お辞儀をしているみたい。窓の外には夕陽が校庭の木々を赤く染めていた。
「教えて?琴音さんの好きなこととか、趣味とか。みんなに話せるように」
そして琴音は話し始めた。黒板に次々と言葉が浮かび、杏子はそれをノートに書き留めていった。琴音の好きな本のこと、音楽のこと、一人で空を見るのが好きだったこと…。文化祭の準備で一人で作業していたこと、合唱コンクールで声が小さくて注意されたこと。
時間が経つのも忘れるくらい、二人は話し続けた。
________________________________________
夜、家に帰った杏子は、明日の準備をした。琴音のことをみんなに伝えるための言葉を考え、写真立てに入れる折り紙の星も作った。窓の外では、冷えた夜空に星が瞬いている。
でも、杏子の胸は不安でいっぱいだった。明日、クラスのみんなの前で話すこと。自分の特別な能力のことも明かすこと。誰も信じてくれなかったらどうしよう。変な目で見られたらどうしよう。
「でも、やるしかない」
杏子は自分に言い聞かせた。
「琴音さんのために。そして、私自身のためにも」
ベッドの中で、杏子は琴音の奏でたピアノの音色を思い出した。温かい掛け布団に包まれながら、音には確かに色があった。そして琴音の音楽は、とても美しい色だった。その色を他の人にも見せてあげたい。
「明日、必ず戻ってきてね。私、頑張るから」
杏子はそう願いながら、緊張と期待が入り混じった気持ちで目を閉じた。
「今日も用事があるんだ。先に帰っていいよ」
真帆は少し不満そうな顔をした。
「また?最近ずっとそうだよね。何やってるの?」
「あのね…」杏子は少し迷った。でも、もう隠す必要はないような気がした。「実は、友達を助けようとしてるんだ」
「友達?誰?」
「前田琴音さんっていう子。みんな忘れちゃってるけど、本当はクラスにいたんだよ」
真帆は不思議そうな顔をした。
「前田…さん?聞いたことないけど…」
「だよね」
杏子は悲しそうに言った。
「でも本当にいたんだ。窓際から三つ目の席の子。静かな感じの子で。そして今、彼女は消えそうになってる。私しか覚えてないの」
真帆は心配そうに杏子を見た。マフラーの結び目を緩めながら。
「大丈夫?変な話だよ…」
表情が真剣になり、
「杏子、疲れてるんじゃない?最近、合唱コンクールの練習も忙しいし…」
「信じられないよね」
杏子は苦笑いした。
「でも本当なんだ。琴音さんは私と同じで、音に色を感じることができる特別な子なんだ」
「音に色?」
真帆は眉をひそめた。
「それって…」
「うん、共感覚っていうんだって。私も小さい頃からあるんだ。風の音が青く見えたり、声が途切れたりするの」
真帆は黙って杏子の話を聞いていた。窓の外では秋の夕暮れが深まり、紅葉した木々が金色に染まっている。
「杏子…」
真帆がしばらく考え込んだ後、慎重に言った。
「あなたのそういう特別なところは知ってたよ。でも、見えない人のことまでは…」
彼女は言葉を選びながら続けた。
「私にはわからないから…正直、心配になる」
「そうだよね」
杏子は少し肩を落とした。
「信じられなくても大丈夫。これは私が見つけないといけないことだから」
二人の間に重い沈黙が流れた。
真帆はしばらく考え込むように黙っていたが、やがて決意したように言った。
「わかった。詳しくは聞かないけど、もし助けが必要なら言ってね。どんなことでも」
彼女は少し照れたように続けた。
「杏子を信じるから」
「え?」
杏子は驚いた。
「本当に?」
「うん」
真帆は微笑んだ。
「私には見えなくても、杏子が大切に思ってることなら、それを尊重するよ。それが友達ってものでしょ?」
「ありがとう!」
杏子は嬉しくなって真帆にハグした。
「本当にありがとう!」
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杏子は音楽室へ向かった。廊下には合唱コンクールの練習を終えた生徒たちが散らばり、冷えた秋の夕方に校舎を出ていく。扉を開けると、部屋の雰囲気が少し変わっていた。冷たさの中に温かいものが混ざっている。
「琴音さん、来たよ」
黒板に文字が浮かんだ。昼間よりも少し濃い。
『杏子…待ってた…』
「友達にも話したんだ」
杏子は椅子に座った。
「私の特別なことも。隠さないほうがいいって思ったから」
『勇気がある…』
「琴音さんはどんな音楽が好きなの?」
杏子は質問してみた。もっと琴音のことを知りたかった。
『ピアノ…弾くと色が見える…虹みたいに…』
「素敵だね!」杏子は目を輝かせた。
「私も聞いてみたい」
黒板の文字が消え、しばらく何も起こらなかった。と思ったら、突然部屋に音楽が流れ始めた。目に見えない誰かがピアノを弾いているような、透明で繊細な音色。
「わあ!」杏子は驚いた。「これ、琴音さんが弾いてるの?」
音楽が部屋に満ちると、杏子の目の前に色が広がり始めた。青や紫、緑や赤。まるで空気が色を帯びたように。窓の外の夕焼けと溶け合い、幻想的な景色を作り出していた。
「見える!音の色が見える!」
音楽が止むと、部屋の隅に紫色の影が現れた。今度は前より少しはっきりと。静かな立ち姿の少女がうっすらと見えた。
「琴音さん!」
杏子は立ち上がった。
「もっと見えるようになった!」
影が少し動いた。手を振っているみたい。
「戻ってきてるんだね。みんなに忘れられても、私は忘れない」
杏子は近づいて言った。
「あなたは特別な才能を持った大切な友達だから」
黒板に新しい文字が浮かんだ。
『杏子…あなたのおかげで…少しずつ…戻れそう…』
「本当?」
杏子は喜んだ。
「もっと何かできることある?」
『明日…みんなに話して…私のこと…』
「みんなに話す?」
杏子の表情が一瞬こわばった。みんなの前で話すなんて、自分の特別なことも含めて…想像するだけで恐ろしかった。
『忘れられないように…記憶に残るように…』
「そうだね…」
杏子は言った。心臓がドキドキと打ち始めた。
「でも、みんなが変な目で見るかもしれない。信じてもらえるかな…」
不安が込み上げてきた。
影がゆっくりと揺れた。心配しているよう。黒板に新しい文字が浮かんだ。
『大丈夫…あなたは強い…』
杏子は静かに息を吐いた。
「わかった…やってみる。苦手だけど、勇気を出すよ」
勇気を振り絞るように言った。
「明日、クラスのみんなに琴音さんのことを話すね」
影がゆっくりと頭を下げた。お辞儀をしているみたい。窓の外には夕陽が校庭の木々を赤く染めていた。
「教えて?琴音さんの好きなこととか、趣味とか。みんなに話せるように」
そして琴音は話し始めた。黒板に次々と言葉が浮かび、杏子はそれをノートに書き留めていった。琴音の好きな本のこと、音楽のこと、一人で空を見るのが好きだったこと…。文化祭の準備で一人で作業していたこと、合唱コンクールで声が小さくて注意されたこと。
時間が経つのも忘れるくらい、二人は話し続けた。
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夜、家に帰った杏子は、明日の準備をした。琴音のことをみんなに伝えるための言葉を考え、写真立てに入れる折り紙の星も作った。窓の外では、冷えた夜空に星が瞬いている。
でも、杏子の胸は不安でいっぱいだった。明日、クラスのみんなの前で話すこと。自分の特別な能力のことも明かすこと。誰も信じてくれなかったらどうしよう。変な目で見られたらどうしよう。
「でも、やるしかない」
杏子は自分に言い聞かせた。
「琴音さんのために。そして、私自身のためにも」
ベッドの中で、杏子は琴音の奏でたピアノの音色を思い出した。温かい掛け布団に包まれながら、音には確かに色があった。そして琴音の音楽は、とても美しい色だった。その色を他の人にも見せてあげたい。
「明日、必ず戻ってきてね。私、頑張るから」
杏子はそう願いながら、緊張と期待が入り混じった気持ちで目を閉じた。
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