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終章「二人の秘密」
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あれから一週間が経った。寒風の強まる11月。窓の外の木々はほとんど葉を落とし、冬の足音が近づいていた。
「おはよう、杏子!」
教室のドアを開けると、琴音が手を振って迎えてくれた。窓際から三つ目の席に座る彼女は、もう消えかけることはなくなった。穏やかな表情で、静かに座る姿が教室に溶け込んでいる。
「おはよう、琴音ちゃん」杏子はマフラーを外しながら笑顔で返した。
琴音が戻ってきた日から、クラスの雰囲気は少し変わった。みんなが琴音に興味を持ち、彼女の特別な才能について質問していた。そして、自分たちの中にある特別なものについても話し始めた。
「ねえ、今日も行く?」
琴音が小声で聞いた。
「うん、行こう」
杏子はうなずいた。
二人には新しい秘密の場所ができた。あの使われなくなった音楽室。今では二人だけの特別な場所になっていた。
________________________________________
昼休み、杏子と琴音は音楽室へ向かった。廊下は冷え込み、息が白く見える。
「あ、杏子に前田さん!」
真帆が廊下で二人を見つけた。
「また音楽室?」
「うん」
杏子は答えた。
「一緒に来る?」
「今日はパス」
真帆は笑った。
「二人の特別な時間でしょ?合唱コンクールの準備で忙しいし」
琴音と杏子は顔を見合わせて微笑んだ。
音楽室に入ると、いつもの静けさが二人を包んだ。でも、もう冷たくはなかった。琴音がいるから、部屋は温かかった。
「杏子ちゃん」
琴音がピアノの前に座った。
「今日は新しい曲を弾いてみるよ」
「わあ、聴きたい!」
杏子は椅子に座った。
琴音が弾き始めると、部屋中に色が広がった。青や紫、赤や黄色。杏子の目には音が作り出す色のハーモニーが見えた。窓の外は曇り空だったけれど、部屋の中は色に満ちていた。
「きれい…」
杏子はつぶやいた。
琴音は目を閉じて弾いていた。彼女も同じように音の色を見ているんだろう。
「杏子ちゃん」
琴音は弾きながら言った。
「私ね、あのとき本当に消えるところだった」
「うん」
「でも、あなたが見つけてくれた。私の声を聴いてくれた」
「琴音ちゃんが呼んでくれたから」
杏子は答えた。
「あの頃は、この特別なことが嫌いだった」
琴音は続けた。
「誰にも話せなくて、一人ぼっちで、変だと思われるのが怖かった」
「私も」
杏子は共感した。
「だから火曜日には坂を登らないとか、いろんなルールを作ってた」
「そうだったんだ」
琴音は微笑んだ。
「でも今は違う。特別なことは、素敵なことだって思える」
「うん」
杏子はうなずいた。
「お母さんが言ってたよ。『特別な才能』だって」
琴音の弾くピアノが高らかに響き、部屋中に色を作り出す。その色たちは、まるで生き物のように踊っていた。窓の外では、初雪の予感がする寒さ。
「私たち、友達だよね?」
琴音が聞いた。
「もちろん」
杏子は即答した。
「特別な友達」
琴音の演奏が終わると、二人は窓際に立った。校庭では他の生徒たちが、マフラーやコートを着て元気に遊んでいる。
「あのね」
杏子は言った。
「昨日、新しいことに気づいたんだ」
「何?」
「空を見上げると、雲の動きに音が聞こえる気がするの」
「私も!」
琴音は嬉しそうに言った。
「薄い紫色の音でしょ?」
「そう!まさにそれ!」
二人は声を上げて笑った。
同じものを感じられる喜び。それは言葉では言い表せないほど特別なことだった。
「杏子ちゃん」
琴音が真剣な顔で言った。
「ありがとう」
「何が?」
「私を見つけてくれて、理解してくれて、必要だって言ってくれて」
琴音は少し照れながら言った。
「あなたがいなかったら、私はもう…」
「私こそありがとう」
杏子は琴音の手を取った。
「もう一人じゃないって教えてくれて」
二人の手が触れると、不思議なことに小さな光が生まれた。薄紫色と薄い青色が混ざり合ったような、きらきらとした光。
「見える?」
杏子は驚いた。
「うん」
琴音も目を丸くした。
「私たちの色だね」
「私たちの色…」
杏子はその言葉を声にしないまま繰り返した。
窓から差し込む光が二人を包み込み、部屋全体がきらきらと輝いた。その光の中で、杏子は思った。
「これからも一緒に、音の色を探そうね」
「うん」
琴音は笑顔でうなずいた。
「まだ見つけてない色がたくさんあるよ」
チャイムが鳴り、二人は教室に戻る準備をした。でも、この特別な時間の余韻はまだ二人の間に残っていた。
「ねえ、琴音ちゃん」
杏子は部屋を出る前に言った。
「これからも火曜日は坂を登らないルール、続けようと思うんだ」
「どうして?」
琴音は不思議そうに聞いた。
「もう隠さなくていいのに」
「隠すためじゃなくて」
杏子は笑った。
「大切なものを見つけるために。あの遠回りの道がなかったら、あの日音楽室を見つけられなかったかもしれないから」
琴音は理解したように微笑んだ。
「じゃあ私は…水曜日は星を折るルールを作ろうかな」
「どうして?」
今度は杏子が聞いた。
「あの日、杏子ちゃんが私に折り紙の星をくれたから」
「大切な思い出だから」
琴音は照れながら言った。
二人は手をつないで音楽室を後にした。廊下を歩きながら、二人の周りにはかすかな光が漂っていた。誰にも見えないかもしれないけれど、二人にははっきりと見えた光。
それは彼女たちだけの秘密。音が作る色の秘密。そして、特別な友情の色。
教室に戻ると、真帆が手を振っていた。
「どうだった?」
彼女は興味深そうに聞いた。
二人は顔を見合わせて笑った。
「秘密!」
二人は声を合わせて言った。
真帆は首をかしげ、一呼吸して笑い出した。
「あはは、二人とも本当に仲良しだね。杏子、勇気出して琴音ちゃんのこと話してくれてありがとう。おかげで素敵な友達ができたよ」
「うん」
杏子は深くうまずいて見せた。
「最初は怖かったけど、話してみてよかった」
いつか話すかもしれない。もっとたくさんの人に、この特別な世界のことを。それぞれの中にある特別なものを大切にしてほしいから。
杏子と琴音の冒険は、まだ始まったばかり。これからも二人は一緒に、音の色を探し続けるだろう。そして、もう二度と一人ぼっちにはならない。
二人は教室の窓から外を見た。寒くなってきた空に、冬の訪れを告げる雲が流れている。でも、杏子と琴音の心は温かかった。自分たちの特別な才能を受け入れ、互いを見つけ、理解し合えた喜びは、どんな冬の寒さも溶かしてしまうほどだったから。
「杏子ちゃん、次の音楽の時間、一緒に演奏しない?」
琴音が提案した。
「みんなに音の色を見せてあげたいの」
「うん」
杏子は明るくしっかりした声で答えた。
「やってみよう」
「おはよう、杏子!」
教室のドアを開けると、琴音が手を振って迎えてくれた。窓際から三つ目の席に座る彼女は、もう消えかけることはなくなった。穏やかな表情で、静かに座る姿が教室に溶け込んでいる。
「おはよう、琴音ちゃん」杏子はマフラーを外しながら笑顔で返した。
琴音が戻ってきた日から、クラスの雰囲気は少し変わった。みんなが琴音に興味を持ち、彼女の特別な才能について質問していた。そして、自分たちの中にある特別なものについても話し始めた。
「ねえ、今日も行く?」
琴音が小声で聞いた。
「うん、行こう」
杏子はうなずいた。
二人には新しい秘密の場所ができた。あの使われなくなった音楽室。今では二人だけの特別な場所になっていた。
________________________________________
昼休み、杏子と琴音は音楽室へ向かった。廊下は冷え込み、息が白く見える。
「あ、杏子に前田さん!」
真帆が廊下で二人を見つけた。
「また音楽室?」
「うん」
杏子は答えた。
「一緒に来る?」
「今日はパス」
真帆は笑った。
「二人の特別な時間でしょ?合唱コンクールの準備で忙しいし」
琴音と杏子は顔を見合わせて微笑んだ。
音楽室に入ると、いつもの静けさが二人を包んだ。でも、もう冷たくはなかった。琴音がいるから、部屋は温かかった。
「杏子ちゃん」
琴音がピアノの前に座った。
「今日は新しい曲を弾いてみるよ」
「わあ、聴きたい!」
杏子は椅子に座った。
琴音が弾き始めると、部屋中に色が広がった。青や紫、赤や黄色。杏子の目には音が作り出す色のハーモニーが見えた。窓の外は曇り空だったけれど、部屋の中は色に満ちていた。
「きれい…」
杏子はつぶやいた。
琴音は目を閉じて弾いていた。彼女も同じように音の色を見ているんだろう。
「杏子ちゃん」
琴音は弾きながら言った。
「私ね、あのとき本当に消えるところだった」
「うん」
「でも、あなたが見つけてくれた。私の声を聴いてくれた」
「琴音ちゃんが呼んでくれたから」
杏子は答えた。
「あの頃は、この特別なことが嫌いだった」
琴音は続けた。
「誰にも話せなくて、一人ぼっちで、変だと思われるのが怖かった」
「私も」
杏子は共感した。
「だから火曜日には坂を登らないとか、いろんなルールを作ってた」
「そうだったんだ」
琴音は微笑んだ。
「でも今は違う。特別なことは、素敵なことだって思える」
「うん」
杏子はうなずいた。
「お母さんが言ってたよ。『特別な才能』だって」
琴音の弾くピアノが高らかに響き、部屋中に色を作り出す。その色たちは、まるで生き物のように踊っていた。窓の外では、初雪の予感がする寒さ。
「私たち、友達だよね?」
琴音が聞いた。
「もちろん」
杏子は即答した。
「特別な友達」
琴音の演奏が終わると、二人は窓際に立った。校庭では他の生徒たちが、マフラーやコートを着て元気に遊んでいる。
「あのね」
杏子は言った。
「昨日、新しいことに気づいたんだ」
「何?」
「空を見上げると、雲の動きに音が聞こえる気がするの」
「私も!」
琴音は嬉しそうに言った。
「薄い紫色の音でしょ?」
「そう!まさにそれ!」
二人は声を上げて笑った。
同じものを感じられる喜び。それは言葉では言い表せないほど特別なことだった。
「杏子ちゃん」
琴音が真剣な顔で言った。
「ありがとう」
「何が?」
「私を見つけてくれて、理解してくれて、必要だって言ってくれて」
琴音は少し照れながら言った。
「あなたがいなかったら、私はもう…」
「私こそありがとう」
杏子は琴音の手を取った。
「もう一人じゃないって教えてくれて」
二人の手が触れると、不思議なことに小さな光が生まれた。薄紫色と薄い青色が混ざり合ったような、きらきらとした光。
「見える?」
杏子は驚いた。
「うん」
琴音も目を丸くした。
「私たちの色だね」
「私たちの色…」
杏子はその言葉を声にしないまま繰り返した。
窓から差し込む光が二人を包み込み、部屋全体がきらきらと輝いた。その光の中で、杏子は思った。
「これからも一緒に、音の色を探そうね」
「うん」
琴音は笑顔でうなずいた。
「まだ見つけてない色がたくさんあるよ」
チャイムが鳴り、二人は教室に戻る準備をした。でも、この特別な時間の余韻はまだ二人の間に残っていた。
「ねえ、琴音ちゃん」
杏子は部屋を出る前に言った。
「これからも火曜日は坂を登らないルール、続けようと思うんだ」
「どうして?」
琴音は不思議そうに聞いた。
「もう隠さなくていいのに」
「隠すためじゃなくて」
杏子は笑った。
「大切なものを見つけるために。あの遠回りの道がなかったら、あの日音楽室を見つけられなかったかもしれないから」
琴音は理解したように微笑んだ。
「じゃあ私は…水曜日は星を折るルールを作ろうかな」
「どうして?」
今度は杏子が聞いた。
「あの日、杏子ちゃんが私に折り紙の星をくれたから」
「大切な思い出だから」
琴音は照れながら言った。
二人は手をつないで音楽室を後にした。廊下を歩きながら、二人の周りにはかすかな光が漂っていた。誰にも見えないかもしれないけれど、二人にははっきりと見えた光。
それは彼女たちだけの秘密。音が作る色の秘密。そして、特別な友情の色。
教室に戻ると、真帆が手を振っていた。
「どうだった?」
彼女は興味深そうに聞いた。
二人は顔を見合わせて笑った。
「秘密!」
二人は声を合わせて言った。
真帆は首をかしげ、一呼吸して笑い出した。
「あはは、二人とも本当に仲良しだね。杏子、勇気出して琴音ちゃんのこと話してくれてありがとう。おかげで素敵な友達ができたよ」
「うん」
杏子は深くうまずいて見せた。
「最初は怖かったけど、話してみてよかった」
いつか話すかもしれない。もっとたくさんの人に、この特別な世界のことを。それぞれの中にある特別なものを大切にしてほしいから。
杏子と琴音の冒険は、まだ始まったばかり。これからも二人は一緒に、音の色を探し続けるだろう。そして、もう二度と一人ぼっちにはならない。
二人は教室の窓から外を見た。寒くなってきた空に、冬の訪れを告げる雲が流れている。でも、杏子と琴音の心は温かかった。自分たちの特別な才能を受け入れ、互いを見つけ、理解し合えた喜びは、どんな冬の寒さも溶かしてしまうほどだったから。
「杏子ちゃん、次の音楽の時間、一緒に演奏しない?」
琴音が提案した。
「みんなに音の色を見せてあげたいの」
「うん」
杏子は明るくしっかりした声で答えた。
「やってみよう」
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ありがとうございます。たまたま目にしたのですが、児童書とわかっててもいきなりの緊張展開。はじめから読みます!
たんばりんさん、コメントありがとうございます!親子で読める良書の創作を心がけてますので、引き続きお楽しみいただけるようがんばります!