萬倶楽部のお話(仮)

きよし

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第二章 1

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 中蔦眞央なかつたまひろが通う高校は、小高い丘の中腹辺り、切り開いた森の中にあった。森に埋もれているのとは少し違う。校舎は森に抱え込まれるように建てられてはいたが、遠く市街地を望めるように、運動場グラウンド側は広く開けていた。旧校舎にあたる三階建ての人工的な構造物は、離れた場所からでは上層部のみが姿を見せていたが、近くから見上げると、なかなかに趣があり、年を経た古風な佇まいには素直に感嘆してしまう。新校舎のほうは前衛的な造形で、なんでも、著名な建築士の設計であるという。それも、本校の出身者なのだそうだ。だからこそというべきか、なんとなく「愛」を感じさせる。
 学校の近くには実質この高校専用のバスの停留所があった。眞央は自転車を漕ぎながら坂を登っていたが、丁度バスが停車しており、数人の生徒が降車しているのが見えた。そんな彼らを目の端に捉えながら、眞央は自転車を降りて校門から構内に入った。最初に目につくのは花時計である。円形で、四分割されてあり、色を少しずつ変えた花々が咲き乱れている。後で知ったことであるが、植えられている花々は、芝桜やマリーゴルド、ワスレナグサ、チューリップ等などであるそうだ。その花時計を囲うように通路があり、三時の方角に進むと駐輪所がある。眞央は当然そちらに向かうことになる。
 入学式以来なので、ほぼ初めての登校であった。通路の外側に各運動部が勧誘を兼ねた紹介というか、紹介を兼ねた勧誘というか、ともかく、先輩たちが趣向を凝らした方法で、新入生に声をかけていた。眞央もサッカー部やバスケットボール部の勧誘を受けたが、丁重に断りながら、駐輪場で自転車を止めた。それから下駄箱に向かった。自分が何組かは入学式のときに張り出されていたし、式典の後に各自各教室に別れてショートホームルームが行われていたので、足取りには迷いがなかった。
 旧校舎には、下駄箱が三学年全てまとまって置かれてあり、職員室や購買部、用務員室などがある。各学年の教室は第一新校舎にあった。眞央の教室は、第一新校舎の一階の一番奥である。ちなみに、第二新校舎には、音楽室や理科室、保健室、図書室などの特別教室があった。
 旧校舎と新校舎の間には渡り廊下があり、屋根が設けられているので雨の日にも濡れずに移動できるようになっている。空から俯瞰すると、渡り廊下は中庭を囲うようにコの字型になっていた。そのコの字型の横の辺が新校舎で縦の辺が旧校舎である。中庭には桜の木が五本植わっており、最古木の樹齢は旧校舎の築年数と等しく五十年ほどであるらしい。後は十年ごとに植樹され、今に至る。時期的に桜の木は満開であり、風に吹かれた花弁が舞い、それはそれは見事であった。桜の木陰にはベンチが置かれてあり、花壇には季節の花々が咲き誇り、芳しい香りが匂い立っていた。昼食をここで食べる生徒もいるとのことである。このあたりの情報は、学校のウェブページから仕入れた。
 正規のサイトの他に裏のサイトもある。眞央も興味本位で覗いたことがあるが、徐々に眉根が寄ってしまうのは避けられなかった。表立ってはいえない悪口が縷縷記されてあったり、ある特定の生徒のあることないことが書かれてあったり、教師の悪口や学校の女生徒のランクづけやイケメン四天王、本校出身者の著名人の紹介など多種多彩である。匿名で書かれている記事がほとんどなので、あまり他人に見ることをお薦めはできなかった。
 まあガス抜きが必要なのもわからないではなかったが、それはそれは、かなり酷い内容のものまで書かれてあったりすると、目で文字を追うことすら嫌気がさしてしまう。眞央は、この手の投稿にはどうしても好意的、寛容的にはなれなかった。感情的に不快感や嫌悪感を覚えてしまう。悪口をいうのであれば、堂々と実名でやるべきである。匿名にするのは、責任を放棄した卑怯者の所業である、と思うのだが、匿名だからこそ、できるのであろう。もうこれは、どうしようもない、と割り切ってしまうしか手立てはないのであろうか。
「おれは潔癖なのかな?」
 隠れて安全なところから批判したり悪口をいったり、悪戯するのを許されるのは、小学生の三年生頃までだと思う。年齢でいえば九歳である。その年齢以上であれば、善悪の判断はつくだろうし、責任を問えると思うのだ。そのようなことを同級生に話したところ、厳しすぎるのではないかと反論された。
「あまり杓子定規なのはどうかと思うぞ」
 人それぞれ、成長の度合いは単一ではありえない。大人での一年ともなれば、あまり差異はない。しかし、子供の頃の一年は幼ければ幼ないほど違いが大きくなる。中には早熟といわれる子供もいるだろうが、それでも、多数派ではないであろう。
「多数派ではないかもしれない。でも、できるはずだ」
「なにが、頑なにそういわせるのかね?」
 眞央はすぐには応えずに、口をつぐんで考え込んだ。
 母が亡くなったのは、眞央が九歳のときであった。その年齢を基準にして考えてしまうのはどうしようもなかった。自分でもできたのだからと、他人にも求めてしまうのである。
 父を支え、妹が寂しくないようにする。これは、人生をかけてでも叶えたかった。父娘おやこふたりが屈託なく笑い、幸せな人生だと思えるようにしたかった。そんなふたりの姿を見るのが、眞央の唯一の望みであった。時間がすべてを解決するとは考えてはいなかったが、いくらかの救いにはなるはずである。でないと、あまりにも酷ではないか。
「おれはそのようにやってきたからだろうな」
 眞央は絞り出すように語った。同級生は、それ以上追求はしなかった。眞央の母が亡くなっていることを知っていたからであろう。
 母が亡くなった以前とそれ以後の眞央には、明らかな違いがあった。ひとことでいえば、無理をしなくなった。怪我をしたり病気に罹っている余裕などなかった。経済的な理由ではなく、優先して守りたい人がいたからである。
 眉をひそめた眞央を見て、その同級生は励ますように眞央の背中を軽く叩いた。
「あまり抱え込むんじゃないぞ」
「ああ、わかってはいるんだがな……」
 眞央の返答は、どうしようもなく、歯切れが悪くなってしまうのであった。
 眞央は脳裏にうかんだ子供の頃の記憶を振り払うために顔を振った。そして、現在の自分の立場を考えてみた。
 中蔦眞央、十六歳、一年一組、出席番号十三番。これが今の彼の立ち位置であった。同組には馴染みの顔がかなりあった。同じ中学校出身者とグループになるのは極々自然であろう。それから日数をこなしていけば、グループもまた違ったものに変わっていく。
「はあ」
 眞央は大きく溜息をついた。どうにも、新たな関係をつくるのは面倒であった。しかし、これから同じ教室で授業を受ける以上は、全く無視するわけにはいかなかった。孤高を気取るつもりは端からない、極々普通の、どこにでもいる、十六歳の少年に過ぎないのだから。
「ぼちぼちでいこう」
 省力少年眞央は、そう胸の内で自分にいい聞かせた。
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