萬倶楽部のお話(仮)

きよし

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第二章 4

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 馴染みのチャイムが鳴った。本日はこれで帰宅である。
 靴を履き替えようと眞央が自分の下駄箱に手を伸ばそうとすると、呼び止める声がした。振り返ると、見たことがある生徒がいた。昨日の登校の際に、車だまりで眞央に声をかけてきた先輩である。名前は確か……。
「南埼綺斗先輩、ですよね」
「そのとーり」
 あらためて見るとチャラい。毛先の一部分に緑色と白色のメッシュを入れている。ピアスはしていないようであるが、全体から醸し出される雰囲気というか、話し様というか、どこか飄々として掴みどころがないように見える。
「なにか、御用でしょうか?」
「御用か、少し他人行儀な物言いだな」
「それはそうですよ。先輩相手にタメ口はダメでしょう」
 南埼先輩が指を左右に振った。
「自分は気にはせんよ」
「おれが気にするんです。最低限の礼儀は守らないと」
 眞央は、なにか違和感を覚えた。歓迎会と部活動の紹介、これら南埼先輩との接点は、その他大勢に対するものでしかない。ただ、車だまりで声をかけられたのは、個人的なものではある。そして、いま現在も。意図的、なのであろうか。
「警戒してるね」
 南埼先輩は人懐っこそうな笑顔を見せている。これも、作りものではないかと眞央は怪しんでいた。
「そう見えますか?」
「さて、どうかな」
 韜晦している。やはり、やすやすとはいかない面倒な相手である。
「それで、なんです?」
「まあ、とりあえず場所を変えたいんだが、いいかな?」
 眞央は少し考えた。早く帰っても、今日は学校は午前中だけなので、時間的な余裕は十分にある。話ぐらいなら別に断る理由もない。軽い気持ちで、眞央は南埼先輩につき合うことにした。
「ええ、かまいませんよ」
 思えばここが、転換点ターニングポイントであったのだ。
「んじゃ、行きましょうか」
 南埼先輩は、たいそう楽しそうである。まるで、新しい遊びを覚えたての子供のような無邪気さがあった。ただ、それはどこか作為的に感じる。だから、本心は読めない。口笛を吹きながら、眞央の前を歩いている。その口笛が不意にやんだ。
「おっ、あそこに見えるのは」
 南埼先輩の目がなにかを捉えたようである。渡り廊下から中庭に降りて、軽やかな足取りで近づいていく。陽だまりの中で、桜の木の露根を枕に寝転んでいる生徒がいた。猫みたいに丸くなっている。この生徒にも見覚えがあった。西科萌桃華先輩である。南埼先輩が声をかけた。
桃華もかちゃーん。こんなところで寝てると、良からぬことが起こるぞー」
 西科先輩の目がゆっくりと開いた。
「んん、だれ?」
「生徒会の金庫番の綺斗でーす」
「ああ、あやくん、おはよー」
 語尾に欠伸が重なった。体を起こして座りなおすと、大きく口を開けて、大きく伸びをした。目がトロンとしている。そのトロンとした目が、眞央に向いた。
「おはよー」
「あっ、おはようございます」
 眞央は反射的に返事をしてしまった。
「その子、どこの子?」
「新入生の中蔦眞央くんでーす。はーい、拍手拍手ー」
「ぱちぱち」
 声を出して西科先輩が拍手した。計算のない純真無垢で、愛嬌の塊のようである。西科先輩はなにをやらかしても許されるような愛くるしさがあった。裏表が微妙な南埼先輩とは真逆のようである。
「その子、どうするのー?」
こうぱいせんに、紹介しようと思ってね」
「へー、そうなんだー」
「えー、そうなんだー」
 眞央がかすかに警戒したのも無理はない。南埼絢斗先輩、西科萌桃華先輩、そして昂ぱいせん、である。生徒会会長の名前はたしか、東舘昂師だったはずである。
「おれを生徒会長に合わせるつもりなのか? なんのために?」
 唇に拳をあてて眞央が考えていると、西科先輩が再び横になった。
「じゃあ、おやすみー」
「あっ、おやすみなさい」
 眞央の返答は条件反射の落とし子であった。いつも妹と父にしているので、自然に反応してしまうのである。複雑な表情の眞央を見て、南埼先輩は楽しそうに笑いながら、西科先輩の側を離れた。
「あの、放って置いてもいいんでしょうか?」
「ん、構わんよ。ちゃんと警告はしたんだ、それでなにが起ころうと、自分たちが責められるいわれはない」
「いいのかな、ほんとに」
 あんなにおっとりしていると、本当に良からぬことが起こるかもしれない。眞央はそのようなことを南埼先輩に話したが、なんら気にはしていなかった。
「それとも」
 南埼先輩は立ち止まった。振り向いて、人が悪そうな笑みを口元に漂わせている。
「その良からぬこと、やってみるかい?」
「ああ、この人、結構ヤバイ人だな」と眞央は思った。
「冗談、ですよね」
 眞央が尋ねると、南埼先輩が読み辛い表情を見せた。
「自分は、つまらない冗談は嫌いなんだ」
 声色がそれまでとは違って犯し難い雰囲気がした。眞央は少し鼻白んだ。
「面白い冗談なら、許してもらえるのだろうか?」
 考えたが、問いかけることはやめにした。
 眞央は、この人たちとは深く関わらないほうがいいかもしれないと思った。
「あの、南埼先輩、ちょっと今日は、この後用事があるのですが……」
「用事かー、まあ、用があるのなら、無理強いはできないかー」
 南埼先輩は天井を見上げた。
「自分はね、さっきもいったけど、つまらない冗談は嫌いなんだ、そしてね、もっと気に入らないことがあるんだ」
 南埼先輩が尋ねて欲しそうにしていたので眞央は尋ねた。
「それはなんですか?」
「嘘をつかれることさ。もし、嘘をついた奴がいれば、地の果て水の底まで追いかけて必ず見つけ出し、徹底的に報いをくれさせてやる。まあでも、央ちゃんには関係ないだろうけどね」
 あまりにも真面目な顔でいったので、眞央は少し申し訳なさそうに頭を下げた。
「すいません」
「なぜ謝る?」
「嘘をつきました」
「本当か?」
「はい、すいません」
「そうか」
 南埼先輩は真っ直ぐに眞央に目を据えた。
「嘘は気に入らない。必ず報いをくれさせる。おれがそういったから白状したのか?」
「そうです、すいません」
 眞央は申し訳なさそうに頭を下げた。
「ふーん。まあ、いいや。やることは変わらんからね」
 南埼先輩は再び歩き出した。眞央は足取り重く後をついていった。先輩はある扉の前で止まった。扉の上に札が張ってある。「生徒会室」と書かれていた。ドアを開けて中に入り、南埼先輩のいわれるがままに、眞央はソファーに腰掛けた。
「すこし待っててくれ」
 そういい置くと、南埼先輩は、窓際に佇んでいる生徒に向かって歩いていった。手持ち無沙汰の眞央は、カフェテーブルの側にいた生徒に目を向けた。嫣然と微笑む女生徒である。ここは生徒会室なので、相手が誰か考えるまでもない。視線を転じて眞央は自分の掌に目を落とした。背後でドアが開く音がしたが、振り返らなかった。
「まあ、西科さん、こちらへいらしゃい。頭の上に桜の花びらがついてるわよ」
「ふぁーい」
 部屋に入ってきた生徒が北城先輩の言葉を受けて返事をした。眞央は相変わらずうつむいたままである。眞央の側を生徒が通り過ぎた。かと思ったが、そこで停止した。
「えーとー、たしか央くんだったかな」
「ああ、はい」
 顔をあげることなく眞央が応えると、西科先輩は横から覗き込むように眞央の横顔に自分の顔を近づけた。
「だいじょうぶ? なんかー、元気ないみたいだけど」
「ええ、大丈夫です。たぶん」
 眞央は曖昧で他人事のように応えた。
「なにをやらされるんだろう?」
 眞央は俯いて、足元に視線を固定した。
 ここで、過去を遡及していた眞央の意識は、急速に現在へと戻ってきた。
 今、眞央は生徒会室のソファーに座っていた。テーブルを挟んで、南埼先輩がソファーに座っている。テーブルの上には一枚の紙が置かれていた。内容は、以下のような文言であった。
「わたし、中蔦眞央は、嘘をついて、人を惑わそうとしました。よって、南埼綺斗の申し出を受け入れ、最低でも一年間、生徒会の庶務として活動いたします」
 日付けと眞央の自筆の署名がされた紙を見て、南埼先輩は大きく二度、頷いた。眞央は大きく肩を落とし、疲れたようにうなだれた。四人の先輩が代るがわる自分の名前を連呼している。
「あーもう、わかりました。聞こえてますので、少し放っておいて下さい」
 心底面倒くさそうに眞央は応えた。あれこれ考えた。そして現実逃避した。
「ああ、ここにいる人たちみんな、どこかのネジが緩んでいるんだ。きっとそうに違いない。だったら、誰かが閉めてあげないと。おれがいまこの場にいるのは、きっとそのためなんだ。ハハ、ハハ、ハハ」
 中蔦眞央は乾いた笑い声を上げた。
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