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第三章
3-10 陰謀
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眞瀬木の敷地内に古くみすぼらしい離れ屋がある。珪はその内部を綺麗に整えて事業のための事務所にしていた。
最近はずっとこの離れ屋におり、父の墨砥や妹の瑠深と重要時以外は顔を合わせないことが多くなった。
珪はデスクに向かい、反応しない羅針盤を眺めながら口端に笑みを浮かべていた。
「犀瞳の標を持たずに街に出るとは、ね」
「それだけ雨都梢賢が本気になったということでしょう」
後ろに控えている男がそう言うと、珪は振り返って面白がるように尋ねる。
「ちょっとつつきすぎたかな?」
「珪様も意地が悪うございますからな」
「はは、それは僕にとっては褒め言葉だね」
「恐れ入ります」
男は恭しい態度を崩さなかった。それに満足した珪は男を指差しながら試すように聞く。
「で?我が弟は今日は街で何をすると思う?」
「街で彼がすることはひとつでしょう」
「菫、か」
その名を口に出すのは珪にとっては気持ちの良いものではない。だがまだ彼女には利用価値がある。
「鵺人を伴って、子どもらしい情に訴えた説得でもするのでは」
男が頭を下げながら言うと、珪は顎に手を当てて顔を歪めた。
「ふむ……菫のことだ、絆されたりはしないだろうけど、──邪魔だな」
「では先んじて菫に言い含めまする」
「そうだね。せいぜい梢賢をその美貌で誘惑するようにとね」
「──ご冗談を」
男がフッと笑いかけると、珪はその何倍もの声で笑った。
「ははは。ところで葵の具合はどうだい?」
「順調です。ただひとつ不安があるとすれば──」
「ああ、藍とかいう子か。気にすることもないだろう。どうせ何もできはしない」
「そうですな。葵が近づけば、自ずと必要なくなるでしょう」
しかしすぐに珪は苦虫を噛み潰したような顔で毒を吐いた。
「全く、とんだ甘ったれの坊やだ。菫の教育が悪い」
「これは耳が痛いですな、長年後見してきた身としては」
男は言いながら苦笑していた。葵のことも、珪にとってみればただの道具。珪は少し背筋を正して男に言い含める。
「まあいい。これは千載一遇のチャンスだ。梢賢が生まれ、まんまと鵺人を誘き寄せることができた。ここからは一切のミスは許されないよ」
「もちろん肝に銘じておりまする。では、取り急ぎ」
「ああ、よろしく頼む」
珪の言葉に深く一礼をした男はそのままの体勢で陽炎のように揺らめいてその場から消えた。
椅子に深く座り直した珪は独り笑いながら呟く。
「ふう……もうすぐだ。この目で鵺を──」
デスク上の羅針盤に手の中の平たく黒い石を転がして、珪はこれから起こる素晴らしい出来事に思いを馳せる。
黒い光がコロコロと弄ばれるように不規則な円を描いていた。
===============================
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最近はずっとこの離れ屋におり、父の墨砥や妹の瑠深と重要時以外は顔を合わせないことが多くなった。
珪はデスクに向かい、反応しない羅針盤を眺めながら口端に笑みを浮かべていた。
「犀瞳の標を持たずに街に出るとは、ね」
「それだけ雨都梢賢が本気になったということでしょう」
後ろに控えている男がそう言うと、珪は振り返って面白がるように尋ねる。
「ちょっとつつきすぎたかな?」
「珪様も意地が悪うございますからな」
「はは、それは僕にとっては褒め言葉だね」
「恐れ入ります」
男は恭しい態度を崩さなかった。それに満足した珪は男を指差しながら試すように聞く。
「で?我が弟は今日は街で何をすると思う?」
「街で彼がすることはひとつでしょう」
「菫、か」
その名を口に出すのは珪にとっては気持ちの良いものではない。だがまだ彼女には利用価値がある。
「鵺人を伴って、子どもらしい情に訴えた説得でもするのでは」
男が頭を下げながら言うと、珪は顎に手を当てて顔を歪めた。
「ふむ……菫のことだ、絆されたりはしないだろうけど、──邪魔だな」
「では先んじて菫に言い含めまする」
「そうだね。せいぜい梢賢をその美貌で誘惑するようにとね」
「──ご冗談を」
男がフッと笑いかけると、珪はその何倍もの声で笑った。
「ははは。ところで葵の具合はどうだい?」
「順調です。ただひとつ不安があるとすれば──」
「ああ、藍とかいう子か。気にすることもないだろう。どうせ何もできはしない」
「そうですな。葵が近づけば、自ずと必要なくなるでしょう」
しかしすぐに珪は苦虫を噛み潰したような顔で毒を吐いた。
「全く、とんだ甘ったれの坊やだ。菫の教育が悪い」
「これは耳が痛いですな、長年後見してきた身としては」
男は言いながら苦笑していた。葵のことも、珪にとってみればただの道具。珪は少し背筋を正して男に言い含める。
「まあいい。これは千載一遇のチャンスだ。梢賢が生まれ、まんまと鵺人を誘き寄せることができた。ここからは一切のミスは許されないよ」
「もちろん肝に銘じておりまする。では、取り急ぎ」
「ああ、よろしく頼む」
珪の言葉に深く一礼をした男はそのままの体勢で陽炎のように揺らめいてその場から消えた。
椅子に深く座り直した珪は独り笑いながら呟く。
「ふう……もうすぐだ。この目で鵺を──」
デスク上の羅針盤に手の中の平たく黒い石を転がして、珪はこれから起こる素晴らしい出来事に思いを馳せる。
黒い光がコロコロと弄ばれるように不規則な円を描いていた。
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