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第三章
3-35 里の闇
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「あんな、息子はんの奥さん、剛太くんのお母さんに乳癌の疑いがかかったんよ」
「ああ……」
その一言で永は大部分を察したが梢賢の話を黙って聞くことにした。
「里には小さな診療所しかなくてな。ここでは大病患ったら逆らわずに療養して静かに死を待つのが常識なんや」
「ですが、こと次期当主の奥方ともなれば話は別、ということですね?」
「せや。剛太くんが生まれたばっかだし、不憫すぎる言うて、特別に街の病院にかかる許可が出た。その検査に夫婦で出かけた日に──」
「事故にあったのか?」
蕾生の問いに梢賢は静かに頷いた。
「なんという……」
「確かに不幸なことだけど、どこが闇なの?」
永の質問に、梢賢はますます暗い顔で話す。
「葬式出してしばらく経った頃や、里で陰口叩くもんが出てきた。厳格な里の掟を当主自ら破ったからこんなことになった──てな」
「ひどい……」
鈴心はその出来事に感情移入して青ざめていた。
「康乃様はそんなこと気にせんで無視しとった。だがな、奥方の実家は違った」
「奥さんも村の人なんだね」
「そら、当然や。で、責任を感じた奥方の実家は──とうとう一家心中してもうた」
「──!!」
その結末に蕾生ですらも大きな衝撃を感じた。鈴心は恐怖で震え出す。
「……」
永だけは冷静にその話を噛み締めているようだった。
梢賢は初めて悲痛な気持ちを吐露した。
「そん時オレは子どもやったけど、酷いもんやったで。思えば、そん時かもしれんよ。里に嫌気がさしたのは」
「梢賢」
「ん?」
蕾生は改めて感じていた。この村の特異性と終末が近いことを。
「この村は、終わってるぞ」
「──かもしれんな」
その言葉に、梢賢は目を閉じ深く息を吐いて頷いた。
「楓サンが、言ってた」
「?」
「里はもう限界だって。なんとかしないと、もっと酷い、取り返しのつかない事が起こるって」
「ああ……楓婆は正しかったかもしれんなあ」
梢賢は既に諦めているような顔をしていた。永はそれを何とかしたくてかつて聞いた言葉の真の意味を探る。
「僕は、雨都の呪いが解けたら、君達の村は救われるんだと思ってた。だから楓サンはあんなに一生懸命だったんだって。でも、そうじゃなかったのかもしれない」
「雨都の呪いと、この里の闇は関係あらへんよ」
弱々しく言う梢賢に永は首を振ってきっぱりと言った。
「関係ないことはないよ。楓さんはまず雨都の呪いを解いて、この村の結界を解きたかったんじゃないかな。
雨都がここに来たことで、村の掟はより厳しくなってしまった。そこに責任を感じて、雨都がまず自由になることで、村の解放のための一歩目にしたかったんじゃないかな」
「ほうか……だとしたら、オレ達は楓婆の遺志を無駄にしたことになるな」
梢賢は楓の顛末を悲しみ過ぎて何もしてこれなかった祖母を思いやっていた。祖母だけではない、両親も姉も、そして梢賢自身も。この家は、楓が死んだ時からずっと止まったままだ。
「まだだ、まだ無駄じゃねえ」
だが蕾生の瞳にはまだ光が宿っている。
「ライオンくん……」
「梢賢が俺たちをここに呼んでくれた。何かできることが、あるはずだ」
「ライはやる気のようですよ?まだ自分は他所者だからって逃げるんですか、梢賢?」
鈴心が挑発すると、梢賢は困ったように笑った。
「えー……?若者は単純やから困るわあ」
「僕は、楓サンの遺志を継げるのは梢賢くんだと思うよ」
「斜に構えとったハル坊まで熱くなっとる!?──わかった、オニイサンは降参ですわ。若者に導かれましょ」
梢賢が永達を探した本当の理由は、導いて欲しかったのかもしれない。里の闇を見て見ぬ振りをして自分だけ抜けることもできた。だが、それは首元の楓石が引き留めていた。
楓が信頼したであろう彼らなら、梢賢を、ひいては里そのものを光ある道へ導いてくれる。そんな希望があったのかもしれない。
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「ああ……」
その一言で永は大部分を察したが梢賢の話を黙って聞くことにした。
「里には小さな診療所しかなくてな。ここでは大病患ったら逆らわずに療養して静かに死を待つのが常識なんや」
「ですが、こと次期当主の奥方ともなれば話は別、ということですね?」
「せや。剛太くんが生まれたばっかだし、不憫すぎる言うて、特別に街の病院にかかる許可が出た。その検査に夫婦で出かけた日に──」
「事故にあったのか?」
蕾生の問いに梢賢は静かに頷いた。
「なんという……」
「確かに不幸なことだけど、どこが闇なの?」
永の質問に、梢賢はますます暗い顔で話す。
「葬式出してしばらく経った頃や、里で陰口叩くもんが出てきた。厳格な里の掟を当主自ら破ったからこんなことになった──てな」
「ひどい……」
鈴心はその出来事に感情移入して青ざめていた。
「康乃様はそんなこと気にせんで無視しとった。だがな、奥方の実家は違った」
「奥さんも村の人なんだね」
「そら、当然や。で、責任を感じた奥方の実家は──とうとう一家心中してもうた」
「──!!」
その結末に蕾生ですらも大きな衝撃を感じた。鈴心は恐怖で震え出す。
「……」
永だけは冷静にその話を噛み締めているようだった。
梢賢は初めて悲痛な気持ちを吐露した。
「そん時オレは子どもやったけど、酷いもんやったで。思えば、そん時かもしれんよ。里に嫌気がさしたのは」
「梢賢」
「ん?」
蕾生は改めて感じていた。この村の特異性と終末が近いことを。
「この村は、終わってるぞ」
「──かもしれんな」
その言葉に、梢賢は目を閉じ深く息を吐いて頷いた。
「楓サンが、言ってた」
「?」
「里はもう限界だって。なんとかしないと、もっと酷い、取り返しのつかない事が起こるって」
「ああ……楓婆は正しかったかもしれんなあ」
梢賢は既に諦めているような顔をしていた。永はそれを何とかしたくてかつて聞いた言葉の真の意味を探る。
「僕は、雨都の呪いが解けたら、君達の村は救われるんだと思ってた。だから楓サンはあんなに一生懸命だったんだって。でも、そうじゃなかったのかもしれない」
「雨都の呪いと、この里の闇は関係あらへんよ」
弱々しく言う梢賢に永は首を振ってきっぱりと言った。
「関係ないことはないよ。楓さんはまず雨都の呪いを解いて、この村の結界を解きたかったんじゃないかな。
雨都がここに来たことで、村の掟はより厳しくなってしまった。そこに責任を感じて、雨都がまず自由になることで、村の解放のための一歩目にしたかったんじゃないかな」
「ほうか……だとしたら、オレ達は楓婆の遺志を無駄にしたことになるな」
梢賢は楓の顛末を悲しみ過ぎて何もしてこれなかった祖母を思いやっていた。祖母だけではない、両親も姉も、そして梢賢自身も。この家は、楓が死んだ時からずっと止まったままだ。
「まだだ、まだ無駄じゃねえ」
だが蕾生の瞳にはまだ光が宿っている。
「ライオンくん……」
「梢賢が俺たちをここに呼んでくれた。何かできることが、あるはずだ」
「ライはやる気のようですよ?まだ自分は他所者だからって逃げるんですか、梢賢?」
鈴心が挑発すると、梢賢は困ったように笑った。
「えー……?若者は単純やから困るわあ」
「僕は、楓サンの遺志を継げるのは梢賢くんだと思うよ」
「斜に構えとったハル坊まで熱くなっとる!?──わかった、オニイサンは降参ですわ。若者に導かれましょ」
梢賢が永達を探した本当の理由は、導いて欲しかったのかもしれない。里の闇を見て見ぬ振りをして自分だけ抜けることもできた。だが、それは首元の楓石が引き留めていた。
楓が信頼したであろう彼らなら、梢賢を、ひいては里そのものを光ある道へ導いてくれる。そんな希望があったのかもしれない。
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