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エピローグ
8-11 奇跡の鏃
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今ここにある硬鞭は、鵺の疑似魂であり、鵺の妖気を増幅する呪具でもある。そこまで聞いた梢賢は眉を顰めて言う。
「だいぶヤバいシロモンやな。こんなんどうやって保管しとけばええんや?」
「康乃様もそれを憂いていた。あんな事があっては藤生も眞瀬木も、雨都さえもこれを持て余すだろう」
八雲がそう答えると、皓矢が細かく頷きながら身も蓋もない事を言う。
「なるほど。それならば鵺人とやらに押し付けてしまえと、そういうことですね?」
「え!?ちょっと、慧心弓を作ってくれるんじゃないの!?」
どうも話が弓に行かない様なので永は焦った。しかし八雲は落ち着いている。
「最後まで聞け。この硬鞭は犀芯の輪から作ったのだから、慧心弓から抽出した鵺の妖気とともに、慧心弓自身の神気も僅かに取り込まれている」
「つまりね、慧心弓の神気のコピーが硬鞭の中にあるからそれを取り出して、新たな弓に宿らせれば慧心弓の複製弓が作れるかもってことだよ」
言葉の足りない八雲の説明を皓矢が補ったことで、永にも理解ができた。鈴心も同様で、弾んだ声を出す。
「すごい!本当ですか!?」
「かつて慧心弓を雨都から借りた時にとった記録によれば、慧心弓はその神気の中に鵺の妖気を取り込んでいたらしい。だからこそ、慧心弓は鵺に対する武器として有効なのだ」
「なるほど。慧心弓のメカニズムとしては、毒には毒を持って制すってことかな。鵺の妖気を神気で包んで放つ矢は、確かに効きそうだ」
皓矢は嬉々として慧心弓の分析に思いを馳せている。しかし、すぐにハタとなって八雲に問うた。
「ただ、今は、中で妖気と神気の割合が逆になっていませんか?神気が妖気に包まれた状態だ」
「そうだ。珪の設計でその様に調整した。その割合を元に戻して弓に宿らせれば、理論上は可能だ」
「すげえじゃねえか、永、やったな!」
蕾生は八雲が「可能」と言った言葉で判断して喜んだ。だが、永はまだ疑っている。
「う、うん……。でも、そんなことが本当にできるの?」
「問題は、そこだ」
永の不安を肯定するように、八雲は少し顔を曇らせる。そしてまず皓矢が見解を述べた。
「詳しく調べないとはっきりとは言えないけど、現在の硬鞭の中にある慧心弓の神気が少な過ぎる。おそらく、眞瀬木珪によって鵺の妖気が増幅されたのでは?」
「でも、妖気と神気を反転させたのは八雲さんですよね?逆の作業をすればいいのでは?」
鈴心の疑問は当然だったが、八雲はさらに難しい顔をしていた。
「確かにそうなのだが、銀騎の見立て通り俺が扱った時よりも妖気が増幅されているのでは勝手が変わるからかなり困難だ」
「あいつ、ほんとに碌でもないことしやがったな……」
永も悔しそうに歯噛みしていた。
「なんとかならんの?」
梢賢も救いを求めて皓矢を見た。皓矢は腕を組んで深く考える。
「硬鞭の中の神気を増幅できたらあるいは──」
「だがどうやって?」
「……」
八雲とともに黙ってしまった皓矢に、突如永が低く笑った。
「ふっふっふ。まだまだだな皓矢」
「急にどうしたハル坊?」
「いつ出そういつ出そう、もしかしてこいつの出番なんてないのかもしれないと思っていたけど、ついに来たね」
「何がだよ?」
とっておきの物をもったいぶるのは永の癖なのだが、蕾生もさすがに焦れた。
そうして永は更に大袈裟な動作でゆっくり桐の箱をポーチから取り出して掲げて見せる。
「ジャーン!この子達の事をお忘れですかあぁ!?」
「──あ」
それを見た皓矢は目を丸くしていた。鈴心も晴れやかな顔になって叫ぶ。
「そうか、翠破と紅破ですね!」
「何!?」
突然の新たな神具の登場に、八雲でさえも驚愕していた。
「そう、僕の可愛い二本の矢!その鏃がここに揃ってんのよ!?」
「そうか、そいつに慧心弓と同じ力が宿ってるんやな!?」
梢賢も明るい声に戻っていた。永は勢いのままに桐の箱を皓矢に握らせる。
「ね?これ、使えるでしょ?」
「確かに。出来るかもしれない」
箱を開けて鏃を手に取る皓矢の瞳には、強い光が宿っていた。
「ふむ。鏃の神気で奥に隠れている神気を釣り上げることができれば──」
「スポーン!てか?やば、興奮するわ!」
すっかり安心した梢賢はもうふざけていた。
「光明が見えましたね、八雲さん」
「うむ、久々に腕が鳴るな。銀騎の、出来れば手伝ってはくれないか?」
「それはこちらからもお願いしたい所ですよ」
皓矢と八雲が互いに笑いかけながら言うと、鈴心もいっそう安心して声を弾ませた。
「お兄様!」
「バンザーイ!」
「バンザーイ!」
永と梢賢も手を上げて喜んでいる。その様子を蕾生は笑いながら見ていた。
やはり、事態はなんとかなるものだ。それはきっと永がずっと頑張っているからだと思った。
「では早速作業に取り掛かろう」
八雲が硬鞭を作業机に置くと、梢賢は突然大声で止めた。
「あああ、ちょっと待って!」
「どうした?」
「その前にスジ通さな!」
そう言うと、梢賢は硬鞭をひったくって作業場を飛び出した。
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「康乃様もそれを憂いていた。あんな事があっては藤生も眞瀬木も、雨都さえもこれを持て余すだろう」
八雲がそう答えると、皓矢が細かく頷きながら身も蓋もない事を言う。
「なるほど。それならば鵺人とやらに押し付けてしまえと、そういうことですね?」
「え!?ちょっと、慧心弓を作ってくれるんじゃないの!?」
どうも話が弓に行かない様なので永は焦った。しかし八雲は落ち着いている。
「最後まで聞け。この硬鞭は犀芯の輪から作ったのだから、慧心弓から抽出した鵺の妖気とともに、慧心弓自身の神気も僅かに取り込まれている」
「つまりね、慧心弓の神気のコピーが硬鞭の中にあるからそれを取り出して、新たな弓に宿らせれば慧心弓の複製弓が作れるかもってことだよ」
言葉の足りない八雲の説明を皓矢が補ったことで、永にも理解ができた。鈴心も同様で、弾んだ声を出す。
「すごい!本当ですか!?」
「かつて慧心弓を雨都から借りた時にとった記録によれば、慧心弓はその神気の中に鵺の妖気を取り込んでいたらしい。だからこそ、慧心弓は鵺に対する武器として有効なのだ」
「なるほど。慧心弓のメカニズムとしては、毒には毒を持って制すってことかな。鵺の妖気を神気で包んで放つ矢は、確かに効きそうだ」
皓矢は嬉々として慧心弓の分析に思いを馳せている。しかし、すぐにハタとなって八雲に問うた。
「ただ、今は、中で妖気と神気の割合が逆になっていませんか?神気が妖気に包まれた状態だ」
「そうだ。珪の設計でその様に調整した。その割合を元に戻して弓に宿らせれば、理論上は可能だ」
「すげえじゃねえか、永、やったな!」
蕾生は八雲が「可能」と言った言葉で判断して喜んだ。だが、永はまだ疑っている。
「う、うん……。でも、そんなことが本当にできるの?」
「問題は、そこだ」
永の不安を肯定するように、八雲は少し顔を曇らせる。そしてまず皓矢が見解を述べた。
「詳しく調べないとはっきりとは言えないけど、現在の硬鞭の中にある慧心弓の神気が少な過ぎる。おそらく、眞瀬木珪によって鵺の妖気が増幅されたのでは?」
「でも、妖気と神気を反転させたのは八雲さんですよね?逆の作業をすればいいのでは?」
鈴心の疑問は当然だったが、八雲はさらに難しい顔をしていた。
「確かにそうなのだが、銀騎の見立て通り俺が扱った時よりも妖気が増幅されているのでは勝手が変わるからかなり困難だ」
「あいつ、ほんとに碌でもないことしやがったな……」
永も悔しそうに歯噛みしていた。
「なんとかならんの?」
梢賢も救いを求めて皓矢を見た。皓矢は腕を組んで深く考える。
「硬鞭の中の神気を増幅できたらあるいは──」
「だがどうやって?」
「……」
八雲とともに黙ってしまった皓矢に、突如永が低く笑った。
「ふっふっふ。まだまだだな皓矢」
「急にどうしたハル坊?」
「いつ出そういつ出そう、もしかしてこいつの出番なんてないのかもしれないと思っていたけど、ついに来たね」
「何がだよ?」
とっておきの物をもったいぶるのは永の癖なのだが、蕾生もさすがに焦れた。
そうして永は更に大袈裟な動作でゆっくり桐の箱をポーチから取り出して掲げて見せる。
「ジャーン!この子達の事をお忘れですかあぁ!?」
「──あ」
それを見た皓矢は目を丸くしていた。鈴心も晴れやかな顔になって叫ぶ。
「そうか、翠破と紅破ですね!」
「何!?」
突然の新たな神具の登場に、八雲でさえも驚愕していた。
「そう、僕の可愛い二本の矢!その鏃がここに揃ってんのよ!?」
「そうか、そいつに慧心弓と同じ力が宿ってるんやな!?」
梢賢も明るい声に戻っていた。永は勢いのままに桐の箱を皓矢に握らせる。
「ね?これ、使えるでしょ?」
「確かに。出来るかもしれない」
箱を開けて鏃を手に取る皓矢の瞳には、強い光が宿っていた。
「ふむ。鏃の神気で奥に隠れている神気を釣り上げることができれば──」
「スポーン!てか?やば、興奮するわ!」
すっかり安心した梢賢はもうふざけていた。
「光明が見えましたね、八雲さん」
「うむ、久々に腕が鳴るな。銀騎の、出来れば手伝ってはくれないか?」
「それはこちらからもお願いしたい所ですよ」
皓矢と八雲が互いに笑いかけながら言うと、鈴心もいっそう安心して声を弾ませた。
「お兄様!」
「バンザーイ!」
「バンザーイ!」
永と梢賢も手を上げて喜んでいる。その様子を蕾生は笑いながら見ていた。
やはり、事態はなんとかなるものだ。それはきっと永がずっと頑張っているからだと思った。
「では早速作業に取り掛かろう」
八雲が硬鞭を作業机に置くと、梢賢は突然大声で止めた。
「あああ、ちょっと待って!」
「どうした?」
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