173 / 174
エピローグ
8-20 常盤の決意
しおりを挟む
「続いて弓の方だが」
八雲が促したので、永は緊張で息を飲みながら弓を手に取る。竹製で等間隔に蔓が巻かれている。
「凄い、なんか、懐かしいというか、不思議な気分だ」
永は弓を持ちながらその姿を上から下へと見ていく。更に八雲は机の上の二本の矢にも言及した。
「鏃も磨いて矢に仕立て直した。翠破と紅破で一手だ」
矢に使われる鳥の羽は反りの向きで表裏があり、半分に割いて使用する。一本の矢に使う羽は裏表を同じに揃えるため矢は二種類でき、これを一手と呼ぶ。
永は蘇った二本の矢にも感慨深い視線を送って、八雲に礼を述べた。
「ありがとうございます!」
「弓には康乃様からいただいた御神木の弦を巻いてある。資実姫の加護を得られるようにとな」
「重藤の弓ですね。凄いや、なんだかビリビリ来るよ」
「本来の神気に加えて、資実姫の神気がそれを補助しているからね。これは、本当に凄い弓だよ」
皓矢は親指を立てて弓に太鼓判を押した。
「試しに射ってみるか?」
「いいんですか?」
八雲はそう言って一同を眞瀬木の修練場に案内する。それは作業場のある所から更に奥で、ほぼ森の中と言ってもいい程だった。
「凄い、こんな所があるなんて」
「修練用の矢だ。ゆがけも使うか?」
「あ、はい」
八雲に道具を一式借りて、永は射場に立って精神を統一した。しばらく目を閉じていたが、やがて瞳を開き、流れる様な所作で弓を引き矢を射る。
「──ッ!」
放たれた矢はおよそ常識では考えられないような速さで飛び、オーラのようなものを纏いながら目掛ける的を瞬時に破壊した。
その様に射った永自身が目を丸くして口をポカンと開ける。
「すげ……」
蕾生が驚愕の声を漏らしたが、八雲は一度頷いて淡々と言った。
「結構。ちゃんと鍛錬しているようだ。だがその弓の力はこんなものではない。更に精進するがいい」
「はい!ありがとうございます!」
永は声を張り上げて一礼した。そして横から満を持して皓矢がニコニコ笑いながら言い出す。
「名前なんだけど──」
「うわ、出た……」
「常盤慧殊って言うのはどうかな?」
それを聞くなり鈴心が拍手喝采する。
「お兄様、ブラボーです!」
「常盤、慧殊……。ま、まあまあかな!」
永にとってはそれが精一杯の譲歩の態度だった。
「かっこいいぞ、永」
蕾生が棒読みで言えば、永も同じ調子で言い返す。
「いやいや、白藍牙に比べたら」
「常盤慧殊もなかなか」
「ははは……」
「ははは……」
二人のやり取りを好意的に捉えている皓矢は満面の笑みで満足そうだった。
「喜んでもらえて嬉しいよ」
「さすがはお兄様です」
鈴心もすっかり悦に入っており、永と蕾生との美的センスとは隔たりがある事を梢賢は側から見て思った。なんだかんだでこいつらもコント集団だな、と。
「僕の決意を聞いてほしいんだけど……」
「うん?」
永はおもむろに三人に向き直った。蕾生はその表情から確かな、そして新たな決意を感じ取る。
「僕は今まで鵺っていうのは、計り知れない化け物で、それこそ天災みたいな存在だから呪われたことは不運だったって、どこかで諦めてた」
「……」
確かに鵺は人智を越える存在で、眞瀬木などが神格化するほどのものだ。永の考えももっともだと蕾生は思った。
「でも、今回の事でよくわかったよ。鵺のせいで人生を狂わされ破滅していく人が僕らの周りに何人もいたんだ」
永はそこで鈴心と目を合わせた。長い、永い時間を振り返るように。
「僕らだけでは飽き足らず、僕らに関わった人達まで破滅させていく鵺を、絶対に許してはいけない。鵺は──憎むべきものだ」
「そうだな……」
戦うべきなのは鵺の呪いではなく鵺そのものなのだ、と蕾生も迷わずそう思う。
「僕らの運命は呪いを解くだけじゃ終われない。必ず鵺を倒す。そう決めたんだ」
永が前を向く。
それだけで蕾生も鈴心も心に芯が通る。
永の正しさが、永が正しいと思うことが、蕾生と鈴心の支柱だ。
「──うん、わかった」
蕾生は永の望みを叶える、と心に誓う。
「ハル様の御心のままに」
鈴心は目を閉じて御意を示す。
「どうせなら目標はでっかい方がええ!」
新たに加わった梢賢は運命と戦うことを決める。
最後に永は笑って言った。
「みんな、これからもよろしく」
ピリリリ、と皓矢の電話が鳴った。
「失礼、おや、星弥だ」
画面を確認して呟いた言葉に、鈴心はギクリと肩を震わせた。きっとまたうるさいに違いない。
「もしもし、星弥?ごめんね連絡もしないで」
一人で星弥のお小言を聞きたくなかったのか、皓矢は無意識にスピーカーフォンにして電話に出た。だが、星弥の一声は──
「兄さん!早く帰ってきて!!」
「どうした?」
切羽詰まった様子の妹の声にただならない事情を悟った皓矢はすぐに表情を強張らせた。
「研究所が大変なの!乗っ取られるかもしれない!」
「落ち着きなさい、どういうことだい?」
「玉来!玉来建設が乗り込んでくるんだって!」
その名前は永にも聞き覚えがあった。前回の転生。彼の姿が思い出される。
「まさか。千明さんはどうしてるんだい?」
「それが玉来のおじ様が行方不明なの!生きてるかもよくわからないの!!」
「──なんだって?」
それは、かつての宿命の残火が再び燃え始めたことを意味していた。
舞台は再び銀騎研究所へ。
第二部 了
転生帰録3 へ続く
八雲が促したので、永は緊張で息を飲みながら弓を手に取る。竹製で等間隔に蔓が巻かれている。
「凄い、なんか、懐かしいというか、不思議な気分だ」
永は弓を持ちながらその姿を上から下へと見ていく。更に八雲は机の上の二本の矢にも言及した。
「鏃も磨いて矢に仕立て直した。翠破と紅破で一手だ」
矢に使われる鳥の羽は反りの向きで表裏があり、半分に割いて使用する。一本の矢に使う羽は裏表を同じに揃えるため矢は二種類でき、これを一手と呼ぶ。
永は蘇った二本の矢にも感慨深い視線を送って、八雲に礼を述べた。
「ありがとうございます!」
「弓には康乃様からいただいた御神木の弦を巻いてある。資実姫の加護を得られるようにとな」
「重藤の弓ですね。凄いや、なんだかビリビリ来るよ」
「本来の神気に加えて、資実姫の神気がそれを補助しているからね。これは、本当に凄い弓だよ」
皓矢は親指を立てて弓に太鼓判を押した。
「試しに射ってみるか?」
「いいんですか?」
八雲はそう言って一同を眞瀬木の修練場に案内する。それは作業場のある所から更に奥で、ほぼ森の中と言ってもいい程だった。
「凄い、こんな所があるなんて」
「修練用の矢だ。ゆがけも使うか?」
「あ、はい」
八雲に道具を一式借りて、永は射場に立って精神を統一した。しばらく目を閉じていたが、やがて瞳を開き、流れる様な所作で弓を引き矢を射る。
「──ッ!」
放たれた矢はおよそ常識では考えられないような速さで飛び、オーラのようなものを纏いながら目掛ける的を瞬時に破壊した。
その様に射った永自身が目を丸くして口をポカンと開ける。
「すげ……」
蕾生が驚愕の声を漏らしたが、八雲は一度頷いて淡々と言った。
「結構。ちゃんと鍛錬しているようだ。だがその弓の力はこんなものではない。更に精進するがいい」
「はい!ありがとうございます!」
永は声を張り上げて一礼した。そして横から満を持して皓矢がニコニコ笑いながら言い出す。
「名前なんだけど──」
「うわ、出た……」
「常盤慧殊って言うのはどうかな?」
それを聞くなり鈴心が拍手喝采する。
「お兄様、ブラボーです!」
「常盤、慧殊……。ま、まあまあかな!」
永にとってはそれが精一杯の譲歩の態度だった。
「かっこいいぞ、永」
蕾生が棒読みで言えば、永も同じ調子で言い返す。
「いやいや、白藍牙に比べたら」
「常盤慧殊もなかなか」
「ははは……」
「ははは……」
二人のやり取りを好意的に捉えている皓矢は満面の笑みで満足そうだった。
「喜んでもらえて嬉しいよ」
「さすがはお兄様です」
鈴心もすっかり悦に入っており、永と蕾生との美的センスとは隔たりがある事を梢賢は側から見て思った。なんだかんだでこいつらもコント集団だな、と。
「僕の決意を聞いてほしいんだけど……」
「うん?」
永はおもむろに三人に向き直った。蕾生はその表情から確かな、そして新たな決意を感じ取る。
「僕は今まで鵺っていうのは、計り知れない化け物で、それこそ天災みたいな存在だから呪われたことは不運だったって、どこかで諦めてた」
「……」
確かに鵺は人智を越える存在で、眞瀬木などが神格化するほどのものだ。永の考えももっともだと蕾生は思った。
「でも、今回の事でよくわかったよ。鵺のせいで人生を狂わされ破滅していく人が僕らの周りに何人もいたんだ」
永はそこで鈴心と目を合わせた。長い、永い時間を振り返るように。
「僕らだけでは飽き足らず、僕らに関わった人達まで破滅させていく鵺を、絶対に許してはいけない。鵺は──憎むべきものだ」
「そうだな……」
戦うべきなのは鵺の呪いではなく鵺そのものなのだ、と蕾生も迷わずそう思う。
「僕らの運命は呪いを解くだけじゃ終われない。必ず鵺を倒す。そう決めたんだ」
永が前を向く。
それだけで蕾生も鈴心も心に芯が通る。
永の正しさが、永が正しいと思うことが、蕾生と鈴心の支柱だ。
「──うん、わかった」
蕾生は永の望みを叶える、と心に誓う。
「ハル様の御心のままに」
鈴心は目を閉じて御意を示す。
「どうせなら目標はでっかい方がええ!」
新たに加わった梢賢は運命と戦うことを決める。
最後に永は笑って言った。
「みんな、これからもよろしく」
ピリリリ、と皓矢の電話が鳴った。
「失礼、おや、星弥だ」
画面を確認して呟いた言葉に、鈴心はギクリと肩を震わせた。きっとまたうるさいに違いない。
「もしもし、星弥?ごめんね連絡もしないで」
一人で星弥のお小言を聞きたくなかったのか、皓矢は無意識にスピーカーフォンにして電話に出た。だが、星弥の一声は──
「兄さん!早く帰ってきて!!」
「どうした?」
切羽詰まった様子の妹の声にただならない事情を悟った皓矢はすぐに表情を強張らせた。
「研究所が大変なの!乗っ取られるかもしれない!」
「落ち着きなさい、どういうことだい?」
「玉来!玉来建設が乗り込んでくるんだって!」
その名前は永にも聞き覚えがあった。前回の転生。彼の姿が思い出される。
「まさか。千明さんはどうしてるんだい?」
「それが玉来のおじ様が行方不明なの!生きてるかもよくわからないの!!」
「──なんだって?」
それは、かつての宿命の残火が再び燃え始めたことを意味していた。
舞台は再び銀騎研究所へ。
第二部 了
転生帰録3 へ続く
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
エレンディア王国記
火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、
「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。
導かれるように辿り着いたのは、
魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。
王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り――
だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。
「なんとかなるさ。生きてればな」
手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。
教師として、王子として、そして何者かとして。
これは、“教える者”が世界を変えていく物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる