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第92回。にゃーおのはなし。
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掲載日2017年 05月08日 01時00分
にゃーお、と呼ばれる男が居た。
私が「彼」を初めて見かけたのは、たしか小学2年ぐらいの時だった気がする。
通学路を友達数人と歩いていた時、前の方から自転車に乗った小汚いオッサンがやってきた。
ガラガラに濁りきっただみ声で、楽しそうに大声をあげて歌っている。
白いランニングシャツに、白い薄い短パン。
小太りの体形、脂っこい薄らはげ。
強烈なビジュアルと歌声で衝撃的な登場をした彼は、さらに驚くべき行動に出る。
私たちは自転車道のある広い歩道を横に4人並んで歩いていた。
左から2番目に私。左端の、一番自転車道に近い場所に居たのは、太田のケーちゃんだった。
彼は大声で歌い続けながら、ケーちゃんに向かって突進してきたのだ。
えっ!? えっ!?
戸惑いながら、私は思わずケーちゃんを自分の方に引っ張った。
一緒に居たてっちゃんとマサも、すぐさま逃げ出せるように身構えた。
でも、このオッサンが次に何をしでかすかわからないので、下手に動くことも出来なかった。
ケーちゃんはよろけながら私の後ろに隠れた。
私は彼を睨みながら怒鳴った。
「何するんだジジイ!」
彼はこう答えた。
「にゃーお」
???
全員の頭の上にメタルギアソリッドばりの?マークが浮かび上がった。
このオッサン、おかしいひとか。
彼はそのまま自転車で走り去っていった。
次の日。
私たちは彼との出来事を声高に吹聴した。未知なるオッサンとの遭遇。小学男子の心をくすぐるその噂は、近所に住んでいる私の兄貴分であるシゲキ君の耳にも届いた。
その日の帰り道、シゲキ君がやって来て彼について知っていることを教えてくれた。
それによると、あのオッサンはここ何年も目撃されている一種の浮浪者のような人で、誰に何か危害を加えるわけではなく、ただひたすら歌うか、子供を見かけると猫の鳴きまねをするのだという。
ただ、それだけの人。
そうして、その口癖(というか唯一のセリフ?)のために、いつしか「にゃーお」と呼ばれるようになったという。
私が初めて「にゃーお」という呼び名を聞いたのはこの時が最初だった。
その後も、にゃーおの目撃情報が相次いだ。
ジャスコで、ダイエーで、墓地で、ユニーを壊してアピタを立てている工事現場で、駅で、丸栄百貨店で、あちこちの通学路で…よその小学校でも見たことある奴がいるという。
そうしてとうとう、あの男が動き出した。
シゲキ君「和哉、にゃーおの居場所がわかったぞ!」
キッド(←本名、和哉)「えっ、どこどこ?」
シゲキ君「それを今から確かめるんだよ」
正直、薄気味悪くて乗り気じゃなかった。
あいつは絶対にケーちゃんを自転車ではねようとしていた。あの時私が睨み付けた時のにゃーおの目は私の方を向いているけど、多分本当はどこも見ていなかった。それが心底気持ち悪くて、出来れば近寄りたくないなあ…なんて思っていた。
それでもシゲキ君に押し切られて、結局は自転車で走り出した。
行先は高台にある緑地公園の裏手に広がる墓地。私の家の代々のお墓もある、なじみ深い場所だった。
緑地公園には桜の木が沢山植わっていて、その奥に墓地がある。
墓地と公園の境目のところに長い階段があって、中腹に神社がある。
にゃーおは、この神社を包む森の中に住んでいるという…そんな馬鹿な。
でもシゲキ君はこれまでも、そしてこれ以降も数々の伝説を打ち立てていく頼もしい兄貴分なので、私は逆らわずにシゲキ君についていった。
階段の下に自転車を停めて、二人でひょいこらひょいこら登って行く。
慣れた道のりなので足取りは軽いが、この見慣れた景色の中に、あの得体のしれない中年が棲みついて、今もどこかを跋扈していると思うと、やっぱり気味が悪かった。
シゲキ君「おい、あれ!」
それは神社の境内から森の奥を見渡した、そのさらにずっと奥にあった。
ダンボールとか廃材とか、色んなものを積み上げたり張り付けたりして作った、掘立小屋ともいえないような代物だ。
キッド「シゲキ君!…ほら、あれ!」
私は見つけてしまった。木の枝と枝の間に渡された薄汚れた物干し竿に乱雑にひっかけた、白いランニングシャツを。あれは間違いなく、にゃーおがいつも来ているやつだ。
てか、洗い替えがあったんだな。
今書いてて思った。
シゲキ君「よし、二手に分かれて探そう」
キッド「なにを?」
シゲキ君「エロ本」
キッド「はあ?」
エロと聞いて照れくさいので、私はわざと笑った。
シゲキ君「にゃーおの隠れ家には、あいつが集めたエロ本がいっぱいあるらしい。H君の兄貴が言ってた。和哉だけには教えてやるからな」
だがシゲキ君は大まじめだった。
結局、小屋と森の中を散々探し回ったけど、エロ本のエの字も出てこなかった。元々そこの墓地には結構きわどいエロ本がたくさん捨てられていて、それを拾ったとかいう噂に尾ひれがついたのだろう。
キッド「ねえ、そろそろ帰ろうよ」
シゲキ君「そうだな。あいつが帰ってくるかもしれないし…」
帰り道、シゲキ君は憮然としていた。
結局、この日は小屋の場所を突き止めただけだった。
私もシゲキ君も、このことは誰にも言わなかった…と思う。少なくとも私は、エロ本を探しに行ったと思われたら嫌だったので、誰にも言わなかった。
しばらくして、にゃーおは姿を見せなくなった。
死んだとか、実は病院から逃げ出した人だったとか、元は社長だったが会社が倒産しておかしくなったとか、いろんな噂だけが流れて、いつしかそれさえも忘れられていった。私も彼の事などすっかり忘れてしまった。
そして時は流れて。
私は中学2年になった。シゲキ君とは同じ柔道部で、やっぱり同じように毎日仲良く練習して、帰り道では替え歌や格闘ごっこをして楽しく遊んでいた。
でも一つ変わったことと言うと、私に彼女が出来たことだった。
その彼女と、たまに部活をさぼって出歩くことがあった。
ある日、緑地公園の奥の神社に行こうと思った。
あそこは奥まった場所にあって普段からあまり人が寄り付かない。カップルご用達のイチャつきスポットでもあるベンチが幾つかあった(ココには書けないような出来事を目撃したこともある)ので、当時の彼女を連れてやってきたのだ。
やましい気持ちがあったわけじゃない。フツーに人目につかずにおしゃべりがしたかっただけだ。絶対に。
ベンチの背もたれに体を預けて、四方山話をしていたら、あっという間に日が暮れてきた。名残惜しいのと別れ汚い性格なのとで結構粘っていたけれど、さすがに帰らなくちゃならなくなった。
その時…背後の茂みからガサガサと音がする。誰かが近付いて来ている…この頃は、まだボンタンにちょぼいリーゼントのお兄様方がいきなりやって来て
「オイテメーチョーシコクナヨ」
なんて言ってくるという、しょぼいビーパップハイスクールみたいな事がたまにあった時分だった。
すわ喧嘩か!
と身構えた私の目の前に、いきなり白いシルエットが躍り出てこう言った。
「にゃーーお」
…生きていたのか。
にゃーおは相変わらず白いランニングと短パンで、その濁りきった眼はやっぱり、どこも見てはいなかった。
あれからさらに10年以上経った。
にゃーおの小屋は、私が高校生の頃に消えてなくなっていた。
今でも、お墓参りをするたびに思い出す。
墓地にはそこら中から捨てられた猫たちが棲みついて、にゃーおにゃーおと鳴いている。
にゃーお、と呼ばれる男が居た。
私が「彼」を初めて見かけたのは、たしか小学2年ぐらいの時だった気がする。
通学路を友達数人と歩いていた時、前の方から自転車に乗った小汚いオッサンがやってきた。
ガラガラに濁りきっただみ声で、楽しそうに大声をあげて歌っている。
白いランニングシャツに、白い薄い短パン。
小太りの体形、脂っこい薄らはげ。
強烈なビジュアルと歌声で衝撃的な登場をした彼は、さらに驚くべき行動に出る。
私たちは自転車道のある広い歩道を横に4人並んで歩いていた。
左から2番目に私。左端の、一番自転車道に近い場所に居たのは、太田のケーちゃんだった。
彼は大声で歌い続けながら、ケーちゃんに向かって突進してきたのだ。
えっ!? えっ!?
戸惑いながら、私は思わずケーちゃんを自分の方に引っ張った。
一緒に居たてっちゃんとマサも、すぐさま逃げ出せるように身構えた。
でも、このオッサンが次に何をしでかすかわからないので、下手に動くことも出来なかった。
ケーちゃんはよろけながら私の後ろに隠れた。
私は彼を睨みながら怒鳴った。
「何するんだジジイ!」
彼はこう答えた。
「にゃーお」
???
全員の頭の上にメタルギアソリッドばりの?マークが浮かび上がった。
このオッサン、おかしいひとか。
彼はそのまま自転車で走り去っていった。
次の日。
私たちは彼との出来事を声高に吹聴した。未知なるオッサンとの遭遇。小学男子の心をくすぐるその噂は、近所に住んでいる私の兄貴分であるシゲキ君の耳にも届いた。
その日の帰り道、シゲキ君がやって来て彼について知っていることを教えてくれた。
それによると、あのオッサンはここ何年も目撃されている一種の浮浪者のような人で、誰に何か危害を加えるわけではなく、ただひたすら歌うか、子供を見かけると猫の鳴きまねをするのだという。
ただ、それだけの人。
そうして、その口癖(というか唯一のセリフ?)のために、いつしか「にゃーお」と呼ばれるようになったという。
私が初めて「にゃーお」という呼び名を聞いたのはこの時が最初だった。
その後も、にゃーおの目撃情報が相次いだ。
ジャスコで、ダイエーで、墓地で、ユニーを壊してアピタを立てている工事現場で、駅で、丸栄百貨店で、あちこちの通学路で…よその小学校でも見たことある奴がいるという。
そうしてとうとう、あの男が動き出した。
シゲキ君「和哉、にゃーおの居場所がわかったぞ!」
キッド(←本名、和哉)「えっ、どこどこ?」
シゲキ君「それを今から確かめるんだよ」
正直、薄気味悪くて乗り気じゃなかった。
あいつは絶対にケーちゃんを自転車ではねようとしていた。あの時私が睨み付けた時のにゃーおの目は私の方を向いているけど、多分本当はどこも見ていなかった。それが心底気持ち悪くて、出来れば近寄りたくないなあ…なんて思っていた。
それでもシゲキ君に押し切られて、結局は自転車で走り出した。
行先は高台にある緑地公園の裏手に広がる墓地。私の家の代々のお墓もある、なじみ深い場所だった。
緑地公園には桜の木が沢山植わっていて、その奥に墓地がある。
墓地と公園の境目のところに長い階段があって、中腹に神社がある。
にゃーおは、この神社を包む森の中に住んでいるという…そんな馬鹿な。
でもシゲキ君はこれまでも、そしてこれ以降も数々の伝説を打ち立てていく頼もしい兄貴分なので、私は逆らわずにシゲキ君についていった。
階段の下に自転車を停めて、二人でひょいこらひょいこら登って行く。
慣れた道のりなので足取りは軽いが、この見慣れた景色の中に、あの得体のしれない中年が棲みついて、今もどこかを跋扈していると思うと、やっぱり気味が悪かった。
シゲキ君「おい、あれ!」
それは神社の境内から森の奥を見渡した、そのさらにずっと奥にあった。
ダンボールとか廃材とか、色んなものを積み上げたり張り付けたりして作った、掘立小屋ともいえないような代物だ。
キッド「シゲキ君!…ほら、あれ!」
私は見つけてしまった。木の枝と枝の間に渡された薄汚れた物干し竿に乱雑にひっかけた、白いランニングシャツを。あれは間違いなく、にゃーおがいつも来ているやつだ。
てか、洗い替えがあったんだな。
今書いてて思った。
シゲキ君「よし、二手に分かれて探そう」
キッド「なにを?」
シゲキ君「エロ本」
キッド「はあ?」
エロと聞いて照れくさいので、私はわざと笑った。
シゲキ君「にゃーおの隠れ家には、あいつが集めたエロ本がいっぱいあるらしい。H君の兄貴が言ってた。和哉だけには教えてやるからな」
だがシゲキ君は大まじめだった。
結局、小屋と森の中を散々探し回ったけど、エロ本のエの字も出てこなかった。元々そこの墓地には結構きわどいエロ本がたくさん捨てられていて、それを拾ったとかいう噂に尾ひれがついたのだろう。
キッド「ねえ、そろそろ帰ろうよ」
シゲキ君「そうだな。あいつが帰ってくるかもしれないし…」
帰り道、シゲキ君は憮然としていた。
結局、この日は小屋の場所を突き止めただけだった。
私もシゲキ君も、このことは誰にも言わなかった…と思う。少なくとも私は、エロ本を探しに行ったと思われたら嫌だったので、誰にも言わなかった。
しばらくして、にゃーおは姿を見せなくなった。
死んだとか、実は病院から逃げ出した人だったとか、元は社長だったが会社が倒産しておかしくなったとか、いろんな噂だけが流れて、いつしかそれさえも忘れられていった。私も彼の事などすっかり忘れてしまった。
そして時は流れて。
私は中学2年になった。シゲキ君とは同じ柔道部で、やっぱり同じように毎日仲良く練習して、帰り道では替え歌や格闘ごっこをして楽しく遊んでいた。
でも一つ変わったことと言うと、私に彼女が出来たことだった。
その彼女と、たまに部活をさぼって出歩くことがあった。
ある日、緑地公園の奥の神社に行こうと思った。
あそこは奥まった場所にあって普段からあまり人が寄り付かない。カップルご用達のイチャつきスポットでもあるベンチが幾つかあった(ココには書けないような出来事を目撃したこともある)ので、当時の彼女を連れてやってきたのだ。
やましい気持ちがあったわけじゃない。フツーに人目につかずにおしゃべりがしたかっただけだ。絶対に。
ベンチの背もたれに体を預けて、四方山話をしていたら、あっという間に日が暮れてきた。名残惜しいのと別れ汚い性格なのとで結構粘っていたけれど、さすがに帰らなくちゃならなくなった。
その時…背後の茂みからガサガサと音がする。誰かが近付いて来ている…この頃は、まだボンタンにちょぼいリーゼントのお兄様方がいきなりやって来て
「オイテメーチョーシコクナヨ」
なんて言ってくるという、しょぼいビーパップハイスクールみたいな事がたまにあった時分だった。
すわ喧嘩か!
と身構えた私の目の前に、いきなり白いシルエットが躍り出てこう言った。
「にゃーーお」
…生きていたのか。
にゃーおは相変わらず白いランニングと短パンで、その濁りきった眼はやっぱり、どこも見てはいなかった。
あれからさらに10年以上経った。
にゃーおの小屋は、私が高校生の頃に消えてなくなっていた。
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