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インディープロレスに破壊王がやってきた!
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7月11日は橋本真也さんの御命日
2005年7月11日にお亡くなりになって早15年
私が橋本さんの訃報を聞いたのはメキシコでした。寮の2階にあるリビングルームに飛び込んで来た第一報を、誰も信じられないと言った感じでした。なんというか
え、どういうこと?
橋本さんが亡くなったって、あの橋本(真也)さん?
と、私としてはさっぱり要領を得なかったのを覚えています。何しろまだあの頃若かった橋本真也さんが、そんな急に亡くなるだなんて。誰もが想像すらしなかったのではないでしょうか
思えば私が本格的にプロレスにハマった時期は橋本真也さんの絶頂期で、当時の新日本プロレスを象徴する選手の一人でした。スコット・ノートンやスタイナー兄弟、トニー・ホームなどの海外のスーパーヘビー級ともぶつかり合い、新日本プロレス内外の選手と激闘を繰り広げていました。私が好きだったのは、やっぱりWARとの対抗戦での天龍源一郎さんとの試合でした。ゴツゴツして無骨極まりない、あの当時の最高峰の一つともいえるジャパニーズ・スタイルここに極まれりといった感じでした。今思えば双方ともにとんでもない打撃を受け止め、また打ち放っていたんだなとゾっとします。近年明かされたエピソードでは、この時期の橋本さんはリング外でも絶好調のトンパチキングだったようで。セミとかスズメとか、そんなことが起こっているとは当時つゆ知らずでした。思えばケロちゃんこと田中リングアナウンサーの著書、新日本プロレスの旅日記シリーズでもその片鱗は伺えたのではありますが……
それからしばらくのち、問題のあの試合を迎えることになろうとは……
やっぱりそれも想像すらしなかったことでした
97年。小川直也さんがプロレス入りし、そのデビュー戦の相手が橋本真也さんでした。華々しく行われたデビュー戦は小川直也さんへの期待の表れでもあると思っていた半面、勝負にならないのではないか、とも……しかし大番狂わせが起きて、そこからの橋本真也さんは新日本プロレスの象徴から一転、様々な思惑の絡み合うコップの中の渦に巻き込まれていきました。小川直也さんの事で言えば、資質の高さは疑いようのないものでしたが、ことプロレスという世界では名選手とか名人とは呼べず。勿体なかったな、と思うばかりです。もっとちゃんとじっくりプロレスをしていれば、もしかするとまた違っていたんじゃないかなと。
2020年になってみれば結果的に橋本さんも小川さんもオモチャにされたようなもので……それも今考えたら、なんだか些末な話に感じてしまいます。団体同士の交流や選手の行き来が今ほど活発ではなく、また大きな団体がドンとあってインディーが乱立する中で、業界最大手の一角にありながら過渡期すら超えて臨界点を迎えつつあった新日本プロレスから噴き出したマグマが遂にこぼれ、大きな岩を押し流してしまった、と
まあその数年後には違うマグマも噴き出すわけだけどな、ナア金沢。ウン
衝撃の1.4事変を、私は先ず週刊誌で知りました。愛知県の田舎ではどんなにいい試合でも放送が1週間か、長いと2週間近く遅れていました。だからまず週刊ゴングでチェックした後で実際に試合を見ると言った感じでプロレスと接するしか当時は方法がなかったのです。中学生ぐらいで遠征するほどの小遣いもなし。そんなプロレス辺境の地にも、あの異様な試合のニュースはすぐさま伝わってきました。あの試合で小川さんの行く先はほぼ決まったと言えるのではないでしょうか。相手の技を受けたり、相手の良さを引き立てたりすることが出来ないまま、名前だけが売れてしまった。最初は暴走王であればよかった。そして暴走王でいるしかなくなってしまった。そして橋本さんも破壊王であり続けるために、最終的には自身のプロレス団体「ゼロワン」を旗揚げすることになります
当時は橋本真也が新日本プロレスから独立、なんて話ではなく。なんかよくわからない立ち位置だけどZEROというのが出来るよ、という感じだったのが、いつの間にか独立団体に
この辺りの事は、もうあんまりゴタゴタしてたのと、私がすっかり新日本プロレスのやり方に疲れてしまい他の団体や選手に熱中していたので詳しくはわかりません。視聴率だ、観客動員だ、と猪木・小川的なやり方を持ち上げるばかりの週刊誌の記事にも疑問を持っていました。映像で見る試合や会場の様子は、明らかに専門誌の記事と雰囲気が異なっていたからです
私の愛するインディープロレスに橋本真也がやってきた!
橋本さんはゼロワンを率いて私の住む豊橋市にもやってきました。初の巡業ということで、橋本さんもサービスしてくれたのでしょう。当時よくスポーツ用品店の店先にプロレスが来ることを知らせるポスターが貼られていたのですがそこに直筆のサインが入ったものが幾つか用意されていました。そのお店でチケットを買うと一枚もらえるというわけで、迷わず買いました。そして今でも私の部屋にご本尊として貼ってあります
破壊王・橋本真也の文字と橋本さんの写真に、デカデカと書かれたサイン。老舗のスポーツショップのお爺さん曰く、橋本さんは滅多にサインをしないから貴重だよ、とのこと
そして当日、ゼロワンの試合は今も昔も熱かったです
大谷晋二郎選手や崔領二選手の試合が印象深く、またFMW時代から応援していた田中将斗選手がまた見れたのも嬉しかったです。確か崔選手のハイキックで、当時所属していた若手レスラーをノックアウトしてしまったはず
そんな波乱もあってのメインイベント。遂に橋本真也がやってくる
場内のボルテージは最高潮。花道には人があふれ、その中には私も居ました。リングアナウンサーのオッキー沖田さんに何度も
そこは通路ですので空けてくださいね
と優しく注意されたにもかかわらず、そこを動く人はいませんでした。私も動けませんでした。というか前に出すぎて、もう引き返すことも出来なくなってました。
オッキー沖田さん、あの時はすみませんでした
小さな田舎の体育館いっぱいに詰めかけたお客さんが今か今かと待ちわびていた橋本さんのテーマ曲、爆勝宣言が高らかに鳴り響き、あの巨体がヌーっと姿を現しました。私は他のお客さんと一緒にハシモトコールを叫びながら、懸命に手を伸ばしてガウンに触れました
ツルツルしてる
物凄い上質な、ツルッツルスベスベの生地でした
すげえ……! と思っていたら試合開始
正直、試合の事はあまりよく覚えていません。夢中で叫んでいたことだけは確かでした。あの橋本さんの試合が見れる! と思ってからの私はまるで熱に浮かされていたようなもので、試合が終わって席に戻ると、買ったグッズやカメラのフィルムが入った袋がすっかりなくなっていました
やられた……!?
会場内をくまなく探しましたが遂に見つかりませんでした。パンフレットも買ったのに。オッキーさんの注意を聞かなかった報いを、こんな形で受けようとは。今でも残念でなりません。てか盗った奴、返せよコノヤロー!
試合後、会場を後にする橋本さんを偶然見かけました。ビシっとした服に着替えて、迎えの車に乗り込んでどこかへ去って行きました
それが私の最初で最後の生破壊王の姿でした
2005年の7月。実を言えば、その時私は一瞬だけ帰国を撤回していた時期があったのです。みんなに引き留めてもらって、励ましてもらって、私は同期に
やめるの、やめる!
と言った記憶がハッキリあります。にもかかわらず、結局やめちゃってるんですが
あの時、早々に帰国をしていたら訃報は日本で聞いていたでしょう
帰国すると母がスポーツ新聞を買い込んで、切り抜きを作ってくれていました
アンタ好きだったら、橋本さん
と
今でも部屋に貼り付けてある橋本さんのいるゼロワンのポスター
これを見るたびに、ああ自分はあの破壊王を間近で見ることが出来たんだな、とちょっと気分が良くなります。ご本尊にはそんなご利益があるようです
橋本真也さんありがとう。今でも、そしてこれからも私はあなたを忘れません
2005年7月11日にお亡くなりになって早15年
私が橋本さんの訃報を聞いたのはメキシコでした。寮の2階にあるリビングルームに飛び込んで来た第一報を、誰も信じられないと言った感じでした。なんというか
え、どういうこと?
橋本さんが亡くなったって、あの橋本(真也)さん?
と、私としてはさっぱり要領を得なかったのを覚えています。何しろまだあの頃若かった橋本真也さんが、そんな急に亡くなるだなんて。誰もが想像すらしなかったのではないでしょうか
思えば私が本格的にプロレスにハマった時期は橋本真也さんの絶頂期で、当時の新日本プロレスを象徴する選手の一人でした。スコット・ノートンやスタイナー兄弟、トニー・ホームなどの海外のスーパーヘビー級ともぶつかり合い、新日本プロレス内外の選手と激闘を繰り広げていました。私が好きだったのは、やっぱりWARとの対抗戦での天龍源一郎さんとの試合でした。ゴツゴツして無骨極まりない、あの当時の最高峰の一つともいえるジャパニーズ・スタイルここに極まれりといった感じでした。今思えば双方ともにとんでもない打撃を受け止め、また打ち放っていたんだなとゾっとします。近年明かされたエピソードでは、この時期の橋本さんはリング外でも絶好調のトンパチキングだったようで。セミとかスズメとか、そんなことが起こっているとは当時つゆ知らずでした。思えばケロちゃんこと田中リングアナウンサーの著書、新日本プロレスの旅日記シリーズでもその片鱗は伺えたのではありますが……
それからしばらくのち、問題のあの試合を迎えることになろうとは……
やっぱりそれも想像すらしなかったことでした
97年。小川直也さんがプロレス入りし、そのデビュー戦の相手が橋本真也さんでした。華々しく行われたデビュー戦は小川直也さんへの期待の表れでもあると思っていた半面、勝負にならないのではないか、とも……しかし大番狂わせが起きて、そこからの橋本真也さんは新日本プロレスの象徴から一転、様々な思惑の絡み合うコップの中の渦に巻き込まれていきました。小川直也さんの事で言えば、資質の高さは疑いようのないものでしたが、ことプロレスという世界では名選手とか名人とは呼べず。勿体なかったな、と思うばかりです。もっとちゃんとじっくりプロレスをしていれば、もしかするとまた違っていたんじゃないかなと。
2020年になってみれば結果的に橋本さんも小川さんもオモチャにされたようなもので……それも今考えたら、なんだか些末な話に感じてしまいます。団体同士の交流や選手の行き来が今ほど活発ではなく、また大きな団体がドンとあってインディーが乱立する中で、業界最大手の一角にありながら過渡期すら超えて臨界点を迎えつつあった新日本プロレスから噴き出したマグマが遂にこぼれ、大きな岩を押し流してしまった、と
まあその数年後には違うマグマも噴き出すわけだけどな、ナア金沢。ウン
衝撃の1.4事変を、私は先ず週刊誌で知りました。愛知県の田舎ではどんなにいい試合でも放送が1週間か、長いと2週間近く遅れていました。だからまず週刊ゴングでチェックした後で実際に試合を見ると言った感じでプロレスと接するしか当時は方法がなかったのです。中学生ぐらいで遠征するほどの小遣いもなし。そんなプロレス辺境の地にも、あの異様な試合のニュースはすぐさま伝わってきました。あの試合で小川さんの行く先はほぼ決まったと言えるのではないでしょうか。相手の技を受けたり、相手の良さを引き立てたりすることが出来ないまま、名前だけが売れてしまった。最初は暴走王であればよかった。そして暴走王でいるしかなくなってしまった。そして橋本さんも破壊王であり続けるために、最終的には自身のプロレス団体「ゼロワン」を旗揚げすることになります
当時は橋本真也が新日本プロレスから独立、なんて話ではなく。なんかよくわからない立ち位置だけどZEROというのが出来るよ、という感じだったのが、いつの間にか独立団体に
この辺りの事は、もうあんまりゴタゴタしてたのと、私がすっかり新日本プロレスのやり方に疲れてしまい他の団体や選手に熱中していたので詳しくはわかりません。視聴率だ、観客動員だ、と猪木・小川的なやり方を持ち上げるばかりの週刊誌の記事にも疑問を持っていました。映像で見る試合や会場の様子は、明らかに専門誌の記事と雰囲気が異なっていたからです
私の愛するインディープロレスに橋本真也がやってきた!
橋本さんはゼロワンを率いて私の住む豊橋市にもやってきました。初の巡業ということで、橋本さんもサービスしてくれたのでしょう。当時よくスポーツ用品店の店先にプロレスが来ることを知らせるポスターが貼られていたのですがそこに直筆のサインが入ったものが幾つか用意されていました。そのお店でチケットを買うと一枚もらえるというわけで、迷わず買いました。そして今でも私の部屋にご本尊として貼ってあります
破壊王・橋本真也の文字と橋本さんの写真に、デカデカと書かれたサイン。老舗のスポーツショップのお爺さん曰く、橋本さんは滅多にサインをしないから貴重だよ、とのこと
そして当日、ゼロワンの試合は今も昔も熱かったです
大谷晋二郎選手や崔領二選手の試合が印象深く、またFMW時代から応援していた田中将斗選手がまた見れたのも嬉しかったです。確か崔選手のハイキックで、当時所属していた若手レスラーをノックアウトしてしまったはず
そんな波乱もあってのメインイベント。遂に橋本真也がやってくる
場内のボルテージは最高潮。花道には人があふれ、その中には私も居ました。リングアナウンサーのオッキー沖田さんに何度も
そこは通路ですので空けてくださいね
と優しく注意されたにもかかわらず、そこを動く人はいませんでした。私も動けませんでした。というか前に出すぎて、もう引き返すことも出来なくなってました。
オッキー沖田さん、あの時はすみませんでした
小さな田舎の体育館いっぱいに詰めかけたお客さんが今か今かと待ちわびていた橋本さんのテーマ曲、爆勝宣言が高らかに鳴り響き、あの巨体がヌーっと姿を現しました。私は他のお客さんと一緒にハシモトコールを叫びながら、懸命に手を伸ばしてガウンに触れました
ツルツルしてる
物凄い上質な、ツルッツルスベスベの生地でした
すげえ……! と思っていたら試合開始
正直、試合の事はあまりよく覚えていません。夢中で叫んでいたことだけは確かでした。あの橋本さんの試合が見れる! と思ってからの私はまるで熱に浮かされていたようなもので、試合が終わって席に戻ると、買ったグッズやカメラのフィルムが入った袋がすっかりなくなっていました
やられた……!?
会場内をくまなく探しましたが遂に見つかりませんでした。パンフレットも買ったのに。オッキーさんの注意を聞かなかった報いを、こんな形で受けようとは。今でも残念でなりません。てか盗った奴、返せよコノヤロー!
試合後、会場を後にする橋本さんを偶然見かけました。ビシっとした服に着替えて、迎えの車に乗り込んでどこかへ去って行きました
それが私の最初で最後の生破壊王の姿でした
2005年の7月。実を言えば、その時私は一瞬だけ帰国を撤回していた時期があったのです。みんなに引き留めてもらって、励ましてもらって、私は同期に
やめるの、やめる!
と言った記憶がハッキリあります。にもかかわらず、結局やめちゃってるんですが
あの時、早々に帰国をしていたら訃報は日本で聞いていたでしょう
帰国すると母がスポーツ新聞を買い込んで、切り抜きを作ってくれていました
アンタ好きだったら、橋本さん
と
今でも部屋に貼り付けてある橋本さんのいるゼロワンのポスター
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