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第670回。さらばダイナマイト・キッド
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いつかこの日が来ると思っていた。
それはそう遠くない未来で、だけど今日じゃないと思っていた。
その日が遂にやって来てしまった。
私が大好きで、世界中のマットで愛された、史上最強のジュニアヘビー級レスラー。
爆弾小僧ダイナマイト・キッドが亡くなった。
享年六十歳。
若すぎるが、晩年を療養して過ごしたためあの年代に活躍した、あのタイプのレスラーの中では、正直長生きした方だと思う。
ホーク・ウォリアー、デイビーボーイ・スミス、リック・ルード、ザ・グラジエーター。
みんなみんなもっと若かった。
今更プロレスファン、それも往年のファイトを愛してやまない人にキッドのことを改めて語ることなんてないのだけれど、ダイナマイト・キッドというプロレスラーが、いやひとりの男がこの世を去ったことが非常に残念で、さみしくてならない。
170センチほどの身長でアメリカ、カナダ、日本でも巨漢レスラーに対して臆せずに立ち向かい、同じジュニアヘビー級では初代タイガーマスクと伝説的な死闘を繰り広げ、また従兄弟のデイビーボーイ・スミスと組んだブリティッシュ・ブルドッグスではジョー&ディーンのマレンコ兄弟と後世に残るタッグマッチを行うなど逸話は数知れない。
生まれ故郷イギリスでデビューし、レスリングの基礎や様々なテクニックをみっちりと身に着けていたことと、あくなき鍛錬で超一流のファイターとなった。
本人の著書・PURE DYNAMITEでは各地で彼を潰そうといわゆる裏技を仕掛けてくるレスラーや、自身の過剰なイタズラへの仕返しをしてくるレスラーがいても逆に返り討ちにしていたとか…。
その本は新日本プロレスの棚橋弘至選手によれば「8割がイタズラ、2割がステロイドについて書かれた本」という評。私も発売されてすぐ買って何度も読んだけど、概ねあっていると思います。
ダイナマイト・キッドという名前に恥じぬ爆弾ファイト、過激なレスリングの代償はあまりに大きかった。だけど、本人がそれを悔いたり躊躇ったことはおそらくなかった。時に真っ逆さまになって頭からマットに突き刺さり、時にリングの対角線上をすっ飛んでヘッドバッドをお見舞いし、場外乱闘でも一切の躊躇なく大暴れ。いつなんどきも全力ファイト、限界を超える死闘を何度も繰り広げてきた。
やはり新日本プロレスでの初代タイガーマスクとの一連の名勝負が頭に思い浮かぶけれど、全日本プロレスでのマレンコ兄弟とのタッグマッチは本当に、その頃にしたら全く新しい時代のプロレスを。今になって見ると現代プロレスの基本的な型を作り出している。
体は決して大きくないけれど、技術とスピードと臆せぬ心が生み出すエモーション。
図体のデカい木偶の坊みたいな選手も、打撃や強烈な技を受けたがらない臆病者も、キッドは痛烈に批判していた。そしてその言動にたがわぬファイトを続けていた。
彼の自伝に書かれている通り、そのダメージを回復・軽減するため、またあの表面張力の限界とまで謳われた凄まじい筋肉を維持するためにも多量の薬物を摂取していたことが彼の選手生命や、ひいては寿命まで縮める結果となってしまった。
何年も前に半身不随で車椅子だという噂が流れ、それは悲しいかな事実であった。
また最後に来日した際も、見る影もないほどやせ細っていた。
私が生まれたころがちょうど全盛期くらいだったのだろう。
ちょっと前にGスピリッツでインタビューを読んだときは、まだ会話は出来ていた。当然ながら調子は良くなさそうだったけど、自身の事を描いた映画が製作され久々に公の場に姿を現していた。再婚し、静かな余生を送っているようだった。
あのダイナマイト・キッドは姿を消したが、往年のファンの心には確かに刻まれている。
そんな幸せな時代だったと言えるだろう。
だがそれも長くは続かなかった。それは覚悟しているつもりであっても、やはり現実を目の当たりにすると目の前の画面の中に映し出されたニュースが上手く理解できない。脳が文章を咀嚼して意味を飲み込むことが出来ない。
キッド。行ってしまったのか。
私は私で勝手にダイナマイト・キッドを名乗り、ラジオやインターネットに投稿を始め、今もこうしてここであなたのことを書いている。
子供のころに見たビデオテープ。筋肉の塊のような男が、虎の仮面を被った男をボコ殴りにする衝撃映像。怖くて仕方がなかったが、何故か血のたぎりを抑えられなかった。ドキドキして、体中に力が漲って来るような、居ても立っても居られない衝動が湧き上がってきた。
それが私のプロレスという概念そのものとの出会いだった。ダイナマイト・キッドという男がいなかったら、私はプロレスを好きになってはいなかったかもしれない。
ダイナマイト・キッドという男にかつて魅せられた少年が実際にその後レスラーとなったケースも沢山ある。ダイナマイト・キッドという男が残した技や動き、そして教訓は今日も生き続けている。
ありがとう、キッド。
さようなら、キッド。
ダイナマイト・キッドは永遠に消えない導火線を走る炎を残して去って行った。
それはそう遠くない未来で、だけど今日じゃないと思っていた。
その日が遂にやって来てしまった。
私が大好きで、世界中のマットで愛された、史上最強のジュニアヘビー級レスラー。
爆弾小僧ダイナマイト・キッドが亡くなった。
享年六十歳。
若すぎるが、晩年を療養して過ごしたためあの年代に活躍した、あのタイプのレスラーの中では、正直長生きした方だと思う。
ホーク・ウォリアー、デイビーボーイ・スミス、リック・ルード、ザ・グラジエーター。
みんなみんなもっと若かった。
今更プロレスファン、それも往年のファイトを愛してやまない人にキッドのことを改めて語ることなんてないのだけれど、ダイナマイト・キッドというプロレスラーが、いやひとりの男がこの世を去ったことが非常に残念で、さみしくてならない。
170センチほどの身長でアメリカ、カナダ、日本でも巨漢レスラーに対して臆せずに立ち向かい、同じジュニアヘビー級では初代タイガーマスクと伝説的な死闘を繰り広げ、また従兄弟のデイビーボーイ・スミスと組んだブリティッシュ・ブルドッグスではジョー&ディーンのマレンコ兄弟と後世に残るタッグマッチを行うなど逸話は数知れない。
生まれ故郷イギリスでデビューし、レスリングの基礎や様々なテクニックをみっちりと身に着けていたことと、あくなき鍛錬で超一流のファイターとなった。
本人の著書・PURE DYNAMITEでは各地で彼を潰そうといわゆる裏技を仕掛けてくるレスラーや、自身の過剰なイタズラへの仕返しをしてくるレスラーがいても逆に返り討ちにしていたとか…。
その本は新日本プロレスの棚橋弘至選手によれば「8割がイタズラ、2割がステロイドについて書かれた本」という評。私も発売されてすぐ買って何度も読んだけど、概ねあっていると思います。
ダイナマイト・キッドという名前に恥じぬ爆弾ファイト、過激なレスリングの代償はあまりに大きかった。だけど、本人がそれを悔いたり躊躇ったことはおそらくなかった。時に真っ逆さまになって頭からマットに突き刺さり、時にリングの対角線上をすっ飛んでヘッドバッドをお見舞いし、場外乱闘でも一切の躊躇なく大暴れ。いつなんどきも全力ファイト、限界を超える死闘を何度も繰り広げてきた。
やはり新日本プロレスでの初代タイガーマスクとの一連の名勝負が頭に思い浮かぶけれど、全日本プロレスでのマレンコ兄弟とのタッグマッチは本当に、その頃にしたら全く新しい時代のプロレスを。今になって見ると現代プロレスの基本的な型を作り出している。
体は決して大きくないけれど、技術とスピードと臆せぬ心が生み出すエモーション。
図体のデカい木偶の坊みたいな選手も、打撃や強烈な技を受けたがらない臆病者も、キッドは痛烈に批判していた。そしてその言動にたがわぬファイトを続けていた。
彼の自伝に書かれている通り、そのダメージを回復・軽減するため、またあの表面張力の限界とまで謳われた凄まじい筋肉を維持するためにも多量の薬物を摂取していたことが彼の選手生命や、ひいては寿命まで縮める結果となってしまった。
何年も前に半身不随で車椅子だという噂が流れ、それは悲しいかな事実であった。
また最後に来日した際も、見る影もないほどやせ細っていた。
私が生まれたころがちょうど全盛期くらいだったのだろう。
ちょっと前にGスピリッツでインタビューを読んだときは、まだ会話は出来ていた。当然ながら調子は良くなさそうだったけど、自身の事を描いた映画が製作され久々に公の場に姿を現していた。再婚し、静かな余生を送っているようだった。
あのダイナマイト・キッドは姿を消したが、往年のファンの心には確かに刻まれている。
そんな幸せな時代だったと言えるだろう。
だがそれも長くは続かなかった。それは覚悟しているつもりであっても、やはり現実を目の当たりにすると目の前の画面の中に映し出されたニュースが上手く理解できない。脳が文章を咀嚼して意味を飲み込むことが出来ない。
キッド。行ってしまったのか。
私は私で勝手にダイナマイト・キッドを名乗り、ラジオやインターネットに投稿を始め、今もこうしてここであなたのことを書いている。
子供のころに見たビデオテープ。筋肉の塊のような男が、虎の仮面を被った男をボコ殴りにする衝撃映像。怖くて仕方がなかったが、何故か血のたぎりを抑えられなかった。ドキドキして、体中に力が漲って来るような、居ても立っても居られない衝動が湧き上がってきた。
それが私のプロレスという概念そのものとの出会いだった。ダイナマイト・キッドという男がいなかったら、私はプロレスを好きになってはいなかったかもしれない。
ダイナマイト・キッドという男にかつて魅せられた少年が実際にその後レスラーとなったケースも沢山ある。ダイナマイト・キッドという男が残した技や動き、そして教訓は今日も生き続けている。
ありがとう、キッド。
さようなら、キッド。
ダイナマイト・キッドは永遠に消えない導火線を走る炎を残して去って行った。
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