不定期エッセイ キッドさんといっしょ。

ダイナマイト・キッド

文字の大きさ
1,108 / 1,328

橋本コールは鳴り止まない

しおりを挟む
小橋さん、三沢さん、川田さん、長州さん、大仁田さん、そして違う意味のコールでケロさんと。プロレスも大きな声で応援できない今、盛大にコールをしていた頃を思い出して書いております。
今回は橋本真也さん。

今年で亡くなられて何年になるだろう。毎年7月のご命日には、自分の事も含めて思い出すのが橋本真也さんのこと。

私は1986年生まれのプロレスファンです。
物心ついてワールドプロレスリングを毎週見るようになってすぐ、その後長年にわたって日本マット界を蝕む病魔の、最初の大きな発作が起こりました。
99年1月4日の新日本プロレス東京ドーム大会
↑このワンフレーズで何があったかわからない人に簡単にご説明しますと
・新日本プロレスという日本最大規模のプロレス団体は毎年1月4日に東京ドームで大会を開くことが恒例となっていました
・当時の新日本プロレスでは破壊王の異名を持つ橋本真也さんがトップレスラーとして大活躍中でした
・橋本さんの絶頂期とも言える97年、柔道銀メダリストの小川直也さんがアントニオ猪木さんの設立したUFOなる格闘技団体に入団、新日本プロレスで橋本さんを相手にデビュー。しかも橋本さんに勝利します
・その後の再戦では橋本さんが勝利し、遂に決着戦と言われたのが1月4日東京ドーム大会でした
・しかし結果は小川直也さんの暴走によりノーコンテスト。橋本さんは大観衆の眼前でボロ負けしてしまいます
・これが大きなきっかけとなり橋本さんはやがて新日本プロレスを退団、自身の団体旗揚げに向かいます。一方で新日本プロレスも、折からの格闘技ブームの煽りや運営のまずさが際立ち、未曽有の危機を迎える暗黒時代へと突入してゆくのでありました。

とこんな感じで……、もうここで意味わからんという方は、今回は置いて行っちゃうと思います。また懲りずに見に来てネ

ひとくちに99年1月4日の東京ドーム大会でも色んな事があったんですが。
これまた新日本プロレスとは水と油とされていた大仁田厚さんが東京ドームの花道をくわえタバコで闊歩し、試合では佐々木健介さんに追い詰められるものの起死回生の顔面ファイヤーで邪道ワールドに引きずり込み
メインイベントでは武藤敬司さんがスコット・ノートンを相手にIWGPヘビー級王座を防衛。
俺がプロレスを守る!
と宣言。これが、この先しぶとく続く暗黒時代の光となる武藤さんの口から出たセリフというのがまた感慨深いですね。

1.4事変(上でまとめた出来事を縮めて「イッテンヨンじへん」と呼ぶこともある)以降、橋本さんは新日本プロレスで復帰するものの、紆余曲折の末にプロレスリング・ゼロワンなる団体を旗揚げ。新日本プロレスから独立する事になります。
この辺りの出来事は、もう真実も真相もわからない、昭和の巌流島とか猪木舌出し失神事件とか、モントリオール事件とか、ああいったプロレス界の摩訶不思議箱のなかに入ったんだと私は思うことにしています。各々の解釈や主張があって、思惑があって、たぶん誰もが本当の事を話しているし、本当の事なんてわからない。
そういう都市伝説とか陰謀論みたいなもので。
端的に言えば、今後、宝島社が出すムックのネタには困らないぐらいの謎と衝撃がある。
そういう事件でした。

私はそれを小学校6年生で目撃したのかな…いやあ、最初はもう
「橋本真也があんな負け方をするなんて!小川め、許せん!!」
と思って熱心に橋本さんを応援したし、その後の負けたら引退スペシャルとか、天龍源一郎さんとの復帰戦とか、一通りの流れは追っていたけれど
だんだん、もうどうせこんなの決着つかないし、つけさせる気もないんだな、と思ってしまって。乱入、暴走、煽るだけ煽って消化不良が続くんで嫌になってしまった。

この事件が起きるまでと起きてからの色んな事情や通説風説お前の説は、コッチがアレコレ言う事じゃないし、もっといえば選手関係者その他いろんな人が今後もいろんなこと言うだろうけど、それだってハナシ半分に聞いておくぐらいがちょうどいい。
さっきも書いたけど、もうこんなもんに真実も真相もない。メシの種が転がってるだけだ。
ざっくり説明がてら書いたけど、1.4事件についての解釈や講釈は一切お聞きしませんし不要で御座いますので遠慮してちょ。自分で記事を書くなりスペースでも開くなりすればいい。

私が新日本プロレスで破壊王として暴れているところをリアルタイムで見られたのは本当に短い間のことだった。
そして、ゼロワン旗揚げ後の流転の人生……というよりも、一度は成功したかに見えたもののその後はジリ貧で凋落し、そのまま僅か40歳で世を去ってしまうまでを見守ることになった。

その中には伝説的ともいえる旗揚げ戦での大乱闘や団体の枠を超えた顔合わせもあれば、全日本プロレスでグレート・ムタと三冠ヘビー級選手権を行ったこともあり、はたまたハッスルでハッスルキングとしてファイトする姿もあれば、一部インターネットの好事家の間ではもはや説明不要の
コラコラ問答
までも含まれていた。たった4~5年という短い間ではあったが、そこに凝縮された様々な出来事が現在のマット界にもたらした影響は決して小さくない。
ゼロワン旗揚げ当初は、本当に
破壊無くして創造無し
の言葉通りに因習や古い慣例、価値観を破壊し、新しい戦いを創造しよう!という機運があるように感じたし、橋本さんに対しての期待もあった。しかし、それも長続きしなかった。
信じられないような戦いが実現した一方で、信じられないほど呆気なくそれは終わりを迎えた。

橋本真也さん率いるプロレスリング・ゼロワン一行が豊橋市に来たのは、崩壊の少し前。たぶん2003年かな…?ポスターに年号が記されていないのと、この日に買ったパンフレットは会場で盗難に遭い、撮った写真も見つからないしで…けど高校生だったのは確かなのでそのぐらいだ。

下手な使い方をして怒られた人も居たけど「田舎のプロレス」というのは良いもので。
田舎住まいじゃ情報を得る、ハナシについて行くのだって週刊の専門誌やスポーツ新聞、あとたまに地上波ぐらいしか手段がなく。衛星放送も始まってたと思うけど、ガキの時分でそんなものに加入してもらえることは無かったし、ファンクラブとかそういうのがあったとして、やっぱり経済的に厳しいものがある。
そんな田舎のプロレスマニアの元へ、団体が選手を率いてやってくるのだからたまらない。これぞ巡業の醍醐味だ。

手元の橋本真也さんサイン入りポスター(家宝)から伺える当時のメンバーは橋本さんを筆頭に、大谷晋二郎さんと田中将斗さんの炎舞連夢、高岩竜一さん、組長のニックネームでお馴染みの藤原喜明さん、今やデスマッチのカリスマ・葛西純さんも名を連ねていた。そこに外人レスラーや期待の新人も加わって、なかなか個性的な陣容となっている。

今でも覚えているのは、崔領二選手が出て来た試合で物凄いハイキックを放ち、対戦相手をKOしてしまった場面。ホントに見てるお客さんがみんな
あっヤバ!
って思うような蹴りがマトモに入って、そのまま一発KOだった。暫く立てなかったもん。

あとやっぱり大谷晋二郎・田中将斗組は熱かった。大谷さんは豊橋って滅多に来なかったけど、田中さんはFMWで何度も来てくれているから、やっぱりその頃から見に来ている人が大勢いるんよね。私もだけど。テレビで見てた大谷晋二郎さんと、FMWでずっと見てた田中将斗さんが組んでて、しかも勢いがあって実力は申し分なし。面白くないわけがないわな。
試合後は熱狂したファンを引き連れて、ロビーから2階に上がる階段(これがまたイイ位置にあるんだ)にちょっと上がってそこでお馴染みの炎舞連夢集会をやってくれたのも嬉しかった。ああ、コレがあの空間か!と……汗くさい人いきれの後ろの方で高校生の私も感激してた。

そして、その後が真打登場。破壊王・橋本真也さんの入場だった。
もういっちばん最初の、爆勝宣言のイントロのアタマのフレーズが鳴り出した瞬間ぐらいだったかな。
あんな大きな、地鳴りみたいな歓声が出るんだってぐらい、体育館の屋根が吹っ飛ぶぐらいの橋本コールが自然と巻き起こってさ。みんな待ってたんだ、この瞬間を。これぞ田舎のプロレスの真骨頂ってやつだ。
花道に殺到するファン、遠巻きに大騒ぎするファン、我先にと橋本さんのガウンやハチマキに手を伸ばすファン。その中に私も居た。高校生のくせに、FMWや大日本といった団体で場外戦から花道タッチまで慣れたものだったから(後年、外タレバンドのライブを見に行くようになってからはモッシュピットでも役に立った)人の波をどんどこ掻き分けて、遂に橋本さんのガウン、肩のあたりに辿り着いた。
ツルッツルでスベッスベ。もう、まさに高級品って感じの生地だった。触り心地が抜群にいい。
このゼロワンの前に全日本プロレスが豊橋に来た時、天龍源一郎さんのガウンにもタッチしたけど…それと甲乙つけがたいぐらい、橋本さんのガウンも物凄い手触り良かった。

もう正直、試合の事は全然覚えていない。ただただ、目の前にあの「破壊王・橋本真也」がいることが嬉しくて、蹴ったりチョップしたりするたびに隣近所のお客さん同士で盛り上がっていた。そのまま試合が終わり、引き上げてく橋本さんたちをまた追いかけてもみくちゃになって、戻ってきたら座席に置いてあったパンフレットやらタオルやらがなくなってて
常連仲間のおじさんに
「ああ、盗られちゃったねえ…可哀想だけど、そういうことする奴もいるんだよネ…」
と慰められ、廊下の自販機でジュースをおごってもらった。

結局それが、私にとって「最初で最後の橋本真也」になってしまった。
豊橋の広小路にあるお店でチケットを買ったら、ゼロワン初の豊橋大会なんだからと橋本さんがポスターにサインをしてくれたそうだ。店のオジサンいわく橋本さんは滅多にそういうことをしなかったとのことで、大変に有難いことだと今でも大事にお部屋に貼っている。
それが2003年か2004年の出来事だとして、それから僅か1年弱。
2005年7月上旬。
橋本真也さんが亡くなった。その知らせを、私はメキシコで聞いた。
プロレスラー養成学校、闘龍門MEXICOの寮で、誰かが急に
橋本さんが亡くなったらしいよ
と言い出した。私は、まさか破壊王が死ぬだなんて微塵も思ってなかったから、どなたか闘龍門に関係する人の中で、橋本さんという方がお亡くなりになられたのか、ぐらいに思っていた。
したらビックリよ。
こんなにも早く、こんなにも呆気なく、橋本さんは旅立ってしまった。
その前後の事も色んな話が出ているけど、それはいいや。
私にとっては、やっぱり青春の1ページで在り、思い出のレスラーでもあり、怪我続きでその時も確か療養中だったはずだけど……いつかまた戻ってきてくれると信じていた。

ちなみに私の母は橋本さんの訃報をニュースで聞いて、その日の新聞各紙の記事を切り抜いてくれてあった。私はその年の7月のうちに帰国したあと、その記事を読み返した。
ああ、本当に居なくなってしまったんだな
その時に改めて実感して、また寂しくなったのを覚えている。

2003年には、私の敬愛する冬木弘道さんも亡くなられていて、この時は橋本さんと抗争中だった。その冬木さんに続いて橋本さんまで……。返す返すも、今この時点でご存命なら相当なエピソードが語られたであろうし、もしも現役選手だとしたら夢の顔合わせはまだまだ実現しただろうし、プロレス界の勢力図も変わってただろうし。
アレコレと想像すればするほど、本当に、どデカいパズルピースを失ってしまったんだなと実感する。

あの時、私のパンフレットを持ってきやがった手癖の悪い大糞バカタレはともかく。地元の体育館でも、東京や大阪の大会場、または小さな会場でも、わりとその場にいる人と瞬間的に友達になってもらって、一緒に見て楽しんだり騒いだりしたのもいい思い出だ。
そして、その大きなお楽しみの一つが、大きな声で応援する事であり、入場や試合中の選手の名前を叫ぶことであり……早くまた、大きな声で応援出来るようになるといいよな。

残念ながら橋本真也さんは、亡くなられて十何年と経つけれど、あの人の事だからいつか急に蘇って暴れ出すかもしれないし、その日のために、もしくは私たちが天国プロレスのお客さんになった時のために、いつでも大きな声で応援できるようにしておかなくちゃならない。
したら天国プロレスも分裂、分裂、また分裂で、今じゃ地上より団体が多かったりしてな。

それじゃ笑えないし死んでもまだ追いきれないから、今のうちに統一戦でもやっててくれないかな。橋本真也VSダイナマイト・キッドとかやってるかもよ。お互い全盛期の状態で、ちょっと見てみたいと思いませんか?
皆さんも、橋本さんと戦わせたい、戦ってほしかった、または、もう一度戦って欲しかったレスラーは居ますか?
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

真面目な女性教師が眼鏡を掛けて誘惑してきた

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
仲良くしていた女性達が俺にだけ見せてくれた最も可愛い瞬間のほっこり実話です

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...