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olvidar.(みんなのMY WAY)

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2022年5月22日、日曜日
大衆プロレス松山座 生野本公演
この日のお目当ての一つが、九州のルチャ集団MY WAYの皆さんでした。

初めてその存在を知ったのは、MY WAY所属のルチャ少年、ヴァンヴェール・ジャック選手のTwitterでした。当時、中学生で既に未来を見つめる視線の先には、太陽とルチャリブレの国メヒコがうつっていた逸材。

最近では各地の団体・大会に出場して名を上げているようで、遂に松山座にも飛来することが決まった時には内心ガッツポーズでした。やっと見れる、やっと会える。
彼らの出演が間違いなく今公演の目玉であるということは、ジャック選手のお父さんであるヴァンヴェール・ネグロ選手と座長のトリオに対して対戦相手として同門のユーセー☆エストレージャ選手が入り、そこにアグー選手とCHANGO選手が加わった盤石の布陣が組まれたことでも伺える。

特にCHANGOさんは、2005年にルチャリブレの総本山、大聖堂、アレナ・メヒコでデビューした経歴を持つ。世界中に、メキシコに、日本にも、ルチャドールは星の数ほどいる。
その星の数ほどいるルチャドールにあって、本物のエストレージャは何人も居ない。
その何人も居ないエストレージャであっても、アレナ・メヒコでデビュー戦を飾れる選手なんてもっと少ない。CHANGOさんは日本人として、メキシコにおける外国人の新人選手として、それをやった男なのだ。

僕は18歳の春、それを眼前で見届けることが出来た。

アレナ・メヒコ。両国国技館と日本武道館を足して後楽園ホールで割ったような、ルチャリブレの殿堂。僕は一度だけアレナ・メヒコで受け身を取ったことがある。
リングサイドの通路に敷いてあったスノコみたいな板が濡れてて、走った拍子にステーン!とひっくり返ったのだ。
遥か上空でゆっくり、くるーりくるーり回るアレナ・メヒコの天井は高かった。
だが天井よりも高いものがアレナ・メヒコには存在する。目には見えないけれど、それは
敷居
だ。あそこのリングに上がると言うことは、大相撲の幕内として両国国技館の土俵に上がるとか、歌手としてマジソン・スクエア・ガーデンの舞台に立つとか、そのぐらいのレベルの話。

長いこと松山勘十郎座長の応援をして、座長の作り出す世界に触れて、その深奥は覗けなくとも考えていることはおおよそ掴んで解きほぐすことが時々出来るようになった気がする。
答え合わせをしてもらおうと思っても、僕が「これってこうなんですか!?」と聞いたところで、あの人はニヤっと笑うだけなんだけど。

あえてMY WAY勢VS松山座という図式にせず、競い合う男二人を中心に腕っこき同士をぶつけることで、MY WAYという集団の持つポテンシャルとキャパシティ、そしてジャック選手とユーセー選手が持つ個々の魅力と実力を引き出すための仕掛けだったのではないか。私はそう思って、このメインイベントを迎えました。

試合は笑いありジャベあり華麗なる空中弾ありの熱戦で、思わずリングサイドで座長が
「こんな試合は久しぶりだ……!」
とこぼし、試合後の物販でも疲労困憊な様子を見せていたほどの激闘に。だけどその激闘のなかで、座長は確実に手ごたえを掴んでいた。あの満足そうな顔。座長の顔には喜びが満ち満ちていた。そう思えるほどの、顧客満足度200%のメインイベントだったのではないでしょうか。

かつて僕もルチャドールに憧れて、メキシコまで行くには行ったけど、何にも出来ないで帰って来ちゃった。だから、選手に向かって試合のこと技のこと見た目のことなんか言えないし、毎回そういうところは言いっこなしにしている。それは試合を見た他の人がそれぞれ考えたらいいし、良しにしろ悪しにしろファンが何を言ってたとしても、やってる張本人が自分のいいとこもダメなとこも自覚してなきゃ、あの四角いリングに上がる資格なんぞありゃしないのだ。

でメインイベント。
ジャック選手とユーセー選手の、こりゃウケるわけだわ!というビックリ空中戦や、素早く力強く生命力に満ち満ちた瑞々しい魂のぶつかり合い。プロレスは、ルチャリブレは、お金と身体とアタマ使って見るものだが、感じるために動かすのはCorazonだ。
そこに真っすぐ届いて響いて突き刺さるようなルチャリブレ。

プロレス好きなガキのやるルチャごっこ、では決してない。お金の取れる本物のルチャリブレ。座長が眩暈坂に入れば、親子で仲良くチョウチョを取り合って賑やかに歩くし、合体技のタイミングはバッチリ、何よりお父さんであるヴァンヴェール・ネグロ選手の熟達した立ち振る舞いが座長の横に居ても劣るどころか頼もしい。

対するアグー選手、CHANGO選手の(ジャック選手の立場に立って見れば)手強さ、(ユーセー選手の側からしたら)頼もしさ。日本各地の団体を渡り歩き試合をして来た、叩き上げの実力者たちと組ませたことで、座長の期待が伺える。
千両役者の采配で、千両役者ばかりが揃った舞台で如何に戦うか。注目の的だ。
メキシコ式のノータッチルール(リング上で試合を行う権利を持つ選手がロープの外に出た時点で、通常なら必要なタッチをせずに選手が交代してリングに上がって試合を続行できるルール)で行われた目まぐるしい試合でした。
ジャック選手が技を失敗してしまえば、ここぞ!とばかりにCHANGO選手がしゃしゃり出てイジる。それだけジャック選手のことを、あのボサボサ頭で隠した視線の先でよーーく観察していた、狡猾で残忍な密林の毒猿が獲物と認めた、ということでもある。あんな敵に回したくない人も居ないが、敵と見なされるということは一流だということだ。
アグー選手のような重量級の選手にも物怖じせずぶつかり、CHANGO選手とは技術で渡り合い、持ち合わせた潜在能力とセンスを存分に発揮してくれたと思います。

さて。
いま私は自分の拙い経験や文章力をフル回転して、2300文字も使ってヴァンヴェール・ジャック選手のことを褒め続けて来た。

ユーセー☆エストレージャ選手はこれからも、きっとこんなことがいっぱいあると思う。

ジャック選手は目立つ。親子ルチャドールとしてネットニュースの見出しにもなり、動きも見た目も華やかで愛嬌もあって、これから何年も彼の躍進を間近で見続けることになると思う。
何かと比較をされながら。

この先ジャック選手と喧嘩したり、彼のことを快く思えないことや、もしかしたら万が一、気の迷い、心の疲れから、何か後ろめたく暗い考えを起こしてしまう時が来るかもしれない。

だからユーセー選手、どうか腐らずに、前を向いていつまでも、ジャック選手の隣にいて欲しい。彼には絶対に、君が必要だ。

あの試合を見て、僕は、松山勘十郎座長がジャック選手とユーセー選手を戦わせた理由がなんとなくわかる気がするのです。それは共に切磋琢磨しグローアップしてほしいという思いもさることながら、この先みんなで前に進んでいくと色んな奴が寄ってきたり、言ってきたりすると思う。そんな時に、親子でも(親子だからこそ)わかり得ないことや、ましてや応援してくれるファンには絶対に言えない、見せられない姿であっても、ユーセー選手にならきっと曝け出せると思うから。

竹馬の友、という言葉があるように、同じ夢を持って同じリングに上がっている者同士でしかわからないことが沢山ある。
ユーセー選手にはユーセー選手の魅力があるし、それが存分に発揮された試合だった。素早さ、パワーは互角でも、僕はユーセー選手が走っている姿がとてもカッコイイと思ったし、場外にすっ飛んでいく時の姿勢の美しさや思い切りの良さも素晴らしかったと思う。

売店でラス1のタオルを買った時、パンフレットにサインを入れてくれましたね。
未来のエストレージャを、いま話題の少年ルチャドールを見れたという喜びを感じているとき、ちゃんとジャック選手はユーセー選手にもパンフレットを渡してくれたし、ユーセー選手も当たり前のように快く受け取ってサインを書いてくれましたね。その自覚、胸を張ってルチャドールとして人前に出ているという姿を見て、僕は自分に出来なかったルチャドールという生き方を感じられて、それが眩しくて、かっこよかった。

16歳という年齢は数字と目安でしかないのだけれど、そしてその16歳の(世間的には)子供に35のオトナが勝手な期待を背負わせるのなんて、青少年健全育成の見地からしたら大間違いの第一歩なのだけれど、その若さで一人前のルチャドールとして生きていることは、もはや育成される側の青少年としてみたら、余人に真似出来るようなものではないのです。横に居るジャック選手と比較されれば何かと思うこともあるだろうけど、そもそも君ら物凄い事やってるんだよ、と。

自分で自分がわかってない奴にリングに上がって戦うことは出来ない。だからこそ、比較され続ける二人にしかわからないことがきっと沢山ある。
ユーセー☆エストレージャというルチャドールは、この先もずっと、MY WAYという集団にとって、そしてヴァンヴェール・ジャックというルチャドールにとって、不可欠な男であると確信しています。道を分かつことも、お互いに休んだり試合したくても出来なかったりする日が来るかもしれない。だけど、お互いにお互いを必要としているのはきっと変わらないと思う。

あなた方お二人の人生が末永く微笑みと喜びと戦いに満ちた日々であることを心から願っています。

僕はジャック選手なら、僕が果たせなかった夢の忘れ物(olvidar)を、海を越えて取って来てくれるんじゃないかと内心勝手な期待を持っていました。
だけどそれは誤りでした。
ヴァンヴェール・ジャック選手と、ユーセー☆エストレージャ選手。二人なら、きっと海を越えて、世界に羽ばたいてくれると思っています。

ありがとう。とても素晴らしい時間を過ごせました。
ルチャリブレが好きでよかった。プロレスのことを、ずっと好きでよかった。
僕のolvidarを勝手に託して、これからも応援しています。
先は長い。無茶や無理をするなと言ってもやるのはわかっているから、どうせやるなら長い目で見て、無理も無茶も無駄にしないようにして欲しい。
ずっと素晴らしい戦いのなかで、生きていられますように。

そして8月公演には、まだ見ぬ強豪が出演することも決定。
昭和のプロレスで終わったフレーズかと思いきや、日本は広い。星の数ほどいるルチャドールたちの中から、また一人、新たな刺客が送り込まれる。
いつかMY WAYと松山座、という図式でも当たってみて欲しいなあ。でも座長から
どっちの味方をするんだ!?
と聞かれたら、ニヤっと笑って答えないでおこうっと。
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