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ぶどう園物語
しおりを挟む漫画雑誌アックスで連載されていた、ツージーQさんの作品
ぶどう園物語
が無事、完結し単行本化した。
全く別の人が目当てでアックスを読み始め、パラパラとめくった中に「ぶどう園物語」があった。朴訥な絵柄で空白の広い画面に描かれた、私の知らない昭和の東京。
コピー機も携帯電話もインターネットも無かった頃から始まって、現代まで続く余白、空白、独白。
怠惰な生活と刺激的なバンド活動の表裏一体は今も変わらないけど、生活の常識が違っているから今では考えられないようなことが、おとぎ話みたいに思えて来る。
全然まったく別の話なのに、どこか「たま」という船に乗っていた、とダブって見えるのは、昭和の東京の片隅で唯一無二の集団が出来上がる瞬間というのが、似たような要素を抱えているものだから。なのかもしれない。
何しろ世の中は景気がいいから、それだけハミでてこぼれて来るものにも豊かさが残っている。音楽、仲間、行き交う人々と過ぎてゆく日々が淡々と描かれるが、その中にコクのある人間ドラマが詰まっている。未完のままそれらが置き去りにされ、ツージーQさんの物語が進んでゆく。この物語そのものが、そういう
(そういえば、あの人あれからどうなったんだろう?)
と思うタイプの、誰かのストーリーだからなのかもしれない。
前書きや、途中に差し込まれる虚空のつぶやきがとても素晴らしくて、どれも胸を打つ。
眼で見ると同時に脳に沁み込んで来るようなフレーズたち。
作中の余白に浮かぶ言葉や、ナレーションがわりに物語に添えられるフレーズたちも独特で、それはツージーQさんやザ・スターリンの楽曲を知らない私でも、詩的表現の文章としてスンナリと刺さった。細く鋭い注射針のように。
葛藤や後悔を抱えつつも、躍進していく様子を横目に生活の為バンドで演奏する日々。
私が子供の頃はギリギリ、温泉旅館の大広間で晩飯の時に歌う人達が居た。最後にそういう人を見たのは19の時、祖父母と最後の旅行になった三重県の浜島だった。
よりによってメキシコ人が夫婦で歌っていた。メキシコで挫折をして帰国するも、あの国や人々には愛着のあった私は、それを話したくてCDを買いに行った。が、売店に彼らの姿は無く、CDも何処かへ失くしてしまった。
今でも温泉旅館には歌手やバンドの人が居るのだろうか。
私が「ぶどう園物語」に触れたのは、この温泉旅館バンド紀行のお話あたりだった気がする。
余白に浮かぶ色んな言葉が印象的で、中でも登場人物がドラムを叩くときのオノマトペが、まさに狭いスタジオや小さなステージで演奏しているときのそれで。そこが最初に凄く気に入ったところだった。
だからもう、既に遠藤ミチロウさんとは別れてしまったあとだった。
どうして旅に出なかったのか、というあの4つのコマに添えられたフレーズが、自分の挫折にも重なって、まさに「どうにもならないエピソード」のひとつ。ここも大好きな部分です。
どうにもならないエピソードが作品になる、読み物になって人目に触れることを許されることは稀で、お笑いの人の失敗談みたいなもので誰にでも出来そうで出来ることではない。
私はアックスを読むまでツージーQさんのことも知らなかったし、ザ・スターリンと遠藤ミチロウさんのことも名前くらいしか知らなかった。だからこそ素直に、昭和のはみ出し御伽噺として咀嚼することが出来たし、ツージーQさんの作風や描かれた情景と添えられた文章を味わうことが出来たのかも知れない。
静かに東京を後にし、ぶどう園のあった場所を訪れると、ただひとつ残った過去から伸びるヒマラヤスギ。
いまツージーQさんは九州にいらして、この本にも可愛いサインを入れてくださった。アックスストアで予約注文をした特典だ。読者として、同じ人の同じ指で書かれた自分の名前はとても感慨深い。うれしいです。ありがとうございます。
碧いレインコートも、しみじみ拝読いたしました。
寒くて、暗くて、いつもひもじい感覚は、きっと昭和も終わりごろにそれなりにオカネのあった家に産まれた私には先天的に欠けている感覚なのかもしれない。その分、まあ他にちゃんとしんどい思いをしたので世の中へんなところだけはつり合いが取れている。
オモテの平等は心の不平等で、そこを埋めるのは否応なく始まる自分の物語なのだと思う。それが、最後に救いがあろうとなかろうと。誰の目に触れようと触れまいと。
巻末の湯浅学さんの言葉にあるように、意図は自分の思いがけないところで成果を生む。音楽は一度鳴ってしまったら終わりが無く、ずっと響き続ける。
この本も、一度あの頃の匂い、世界、時代を描いたことで、ずっとここで、その時を描き続けるのだろう。
自分もそうなりたいと思って、おこがましいことは重々承知でそっと申し上げるならば、なんだか自分にも似たようなところがあるなあと感じて。ぶどう園物語を読み終わりました。素敵な本でした。ありがとうございました。
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