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7月13日 CLUB ROCK'N'ROLL
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幸せは歩いてこない。の巻。
長い事、Twitter(X)で映画やプロレスや音楽のお話をしたり、私が書いたものまでもご覧下さっている埜々花(ののか)さんが名古屋にお見えになるというので、私もライブにご一緒させていただくことにしました。
会場は新栄の
CLUB ROCK'N'ROLL
というところ。
なんと数年前にお邪魔していた。
演者として。
怪奇紙芝居の赤井さんにお招き頂き、怪談ライブに出演したときの会場がこちらだった。
世間は三連休。
名古屋は大混雑。
井上陽水さんの歌みたいになった名鉄特急パノラマスーパーを降りて合流し、
会場へと向かう通り道にあるビブリオマニアさんでちょっと本を物色。
実は欲しいものがあったのだが、結構なサイズだったので断念。
また行こう。
でも、ののかさん(以下ひらがなとします)は私が買うか買わないか逡巡している間に松原タニシさんの新刊をバッチリ購入していた。
開場前に現場へ。
名古屋駅から新栄までなので、実際わりと歩けてしまう。
というか、この混み様の名古屋で地下鉄なんか乗るのもゴメンだし、他の乗客のみなさんだってこの加湿器を積んだ小型戦車みたいのがパットン将軍よろしく乗り込んでくるのなんかゴメンだろう。
幸いにして雨予報の土砂降りも晴れ予報のカンカン照りもなく、この時期にしてはなんとも過ごしやすい気温と湿った冷たいビル風を浴びながら難なく歩けた。
名古屋駅を出てローカルCMバンバン打ってる専門学校のねじれたビルの角を久屋大通に向かってずーっと歩く。
で、中区役所の路地まで来たら曲がる。
ホストクラブと居酒屋さんが増えてきたら、あんかけスパゲッティのレンガのビルんとこを曲がって(ビブリオマニアさんは、このビルの斜向かいだ)アパホテルを通り過ぎたら突き当りを左、次の角を右。
そのまま高架を潜っていくと、CLUB ROCK'N'ROLLがある。
やってご覧。着くから。
名古屋の街は曲がりくねった路地がない。全部真っすぐだ。
と、河村(きゃーむら)さんが言っていた通りである。
本日の出演者は
裸体(らたい)
それでも尚、未来に媚びる
ANABANTFULLS
の3つのバンドたち。
カウンターで「実は数年ぶりで…あのときは…」などとご挨拶しつつ、ざわざわしているうちに始まった。
最初が「裸体」というバンド。
若く見えていたが私よりちょっとお兄さんな人たちだった。
開場後の物販コーナーで爪を切っていたのはベースのカズヤさんだったんだなあ。
私も15年ぐらい前はベースのカズヤくんだったなあ。
手足が長いからステージ狭しと揺れ動くさまが絵になるし、この日ステージに上ったメンバー全員のなかでいちばん目に力があるヒトだった。じっと視線を吸い寄せられて、あの鋭い眼光に捕まってしまったが最後。詞やメロディや歌声、リズムと同じぐらい、あの眼力が現場でのバンドの求心力を担っているんじゃないだろうか。
ボーカルのペーターさんは同い年だった。Twitter(X)でMVの感想をつぶやいたらすぐに拾ってくれて、その曲も演奏(や)ってくれて。
肩の力を抜いて、いい距離いい価値観で、音楽や現場と向き合いたい。
そう語る背景にどれだけの七転八倒を咀嚼してきたのか。
その一つ一つをイチイチ語らず、ひとつひとつの楽曲に込めていく。
大ベテランの武術家やプロレスラーみたいな境地に向かっている感じで、かっこよかった。そうやって自分の足元と世間の足並みを見比べて、いちいち動じない37歳は本当にかっこいい。キレイで夢のある美辞麗句を垂れ流すより、質実剛健な裸足の男であり続けて欲しい。
二番目。お目当てでもあった「それでも尚、未来に媚びる」というバンド。
そういうバンド名なのだ。
いつもずーっと、ののかさんがこのバンドの話をしているので心の底に少しずつ「気になる」が降り積もっていた。
街のフライヤーとかネットの記事でバンド名だけ見てたら、私のようなニンゲンは正直あまり良いイメージを抱かなかったと思う。
お前もファミマのレジ上で人畜無害に塩水ぶっかけたみてえなバンドしやがって!
などとのたまい、ギエロン星獣よろしく罵詈雑言の放射能を巻き散らかして辺り一面を焼け野が原(Cocco好き)にしていたかもしれない。
でもそこは、文化度のシグナルが自分と似ている…と勝手に思っているヒトが入れ込んでいる様子が信頼できた。
(自分もライブ見てみようかな、気になるなら見たほうが早いよな…)
どんなバンドなんですか?
どんなとこが好きなんですか?
お気に入りの曲とかネットで見聞きできますか?
と、ののかさんに尋ねるより早くTigetで予約完了のスクショを撮り、
「ぼ、ぼぼボキも、ライブ、見るんだナ。オニギリの具はコンブが、兵隊の位なら、大将なんだナ」
と告げた。
もちろんランニングにコウモリ傘でグーグルピクセル片手に。大将、最先端だな。
実際に目の当たりにした「それでも尚、未来に媚びる(以下、それ媚び)」は、なんというか凄まじかった。
よく、こんな人達が売れないのはおかしい!という感嘆詞があるけど、こんだけやりたい放題やりながら世間が言う通りの売れ方するのなんか、実際絶対無理だ。
それでもバカ売れしてほしいと思うのは、ひとえに「報われて欲しい」からだ。
応援しているバンドが。バンドを応援している自分が。
今日の3つのバンドは、進路も行き先も違うけど同じ海の上を何度もすれ違ってゆく船みたいで。それ媚びの魅力は詩的な表現と感情の迸りと刹那、刹那を掴むボーカルがーこさんの生き方、目端のきかせ方。それを鼓舞しつつ自分の表現に向かっていくギターと、フロント三名がやりたい放題できるだけの丈夫で幅の広いリズムの、完璧な役割分担と自己主張だったと思う。
私ゃバンドやってたといっても鳴かず飛ばずの中百舌鳥で、別に音楽に対して造詣も含蓄もない。でも、メキシコに居た数ヶ月と街角のライブハウスで数年の間アレコレ聞いて選んできた音と言葉、出会ってきたヒトたちは今でもきっちり心の奥底に詰まっていて。
それを開口一番、がぱっと開けてきたのが、がーこさんだった。
あの瞬間まで自分がスキンヘッドであることも忘れていたし、あっ掴まれる!と思ったのでアタマを差し出したら、あんなことに。
光栄でした。ののかさんは「ぎゃー!」って言ってコーフンしていました。
「グリコ・アイスの実」になった気分。
ギターのろくさんが今日お誕生日だと言われてニコリともせず、演奏中もずーっと俯いてしかめっ面なんだけど、体の動きは柔軟かつ動的で。
よく見ていると、しかめっ面の種類が時々、変わっていて。
ああ、この人いま笑ってるんだ。
と思ってからは、そこも注目していた。うにっ!っと睨んだり、にへーっと唇をへの字に曲げたり、辺りをヤブニラミで見渡したり。実は凄く感情豊かで、ただ発露の個性が強かったのだ。と、感じた。
何しろ初めて見る人達しか居ないので、違う国にしれっと密入国して、その場にいる人達の日常と非日常の境目に私だけが立っていたのを、がーこさんがアタマ掴んで引っ張り込んでくれた。
名前と楽器が結びつかないまま轟音と人いきれに身を任せていたのが物凄く居心地良くてオルタナティブだった。
トリはANABANTFULLS(略称アナバン)というバンド。
健康的かつ熱血さわやかちょっと不良バンドの裸体。
不健康不健全不適合眼光ギラギラギリギリのそれ媚び。
この表裏一体陰陽逆転のふたつのバンドを向こうに回し、今日の舞台を締めくくるのだから凄い。
私はひたすら踊らされていた。
というのも。
ののかさんのライブ仲間で陽気な男「ちゃんちかさん」と乾杯し、いろいろ伺うと
「アナバンは、踊りましょう。踊ったらエエんです」
と今思えば非常に適切なアドヴァイスを頂いていたおかげで。
歌詞の奥行きや音色の激しさに巻き込まれつつ、グルーヴに身を任せることが出来ました。
電気じゃないほうの。
どんなに激しい言葉も、ひずみゆがんだ音色も、FootのUnderがTrampledするようなリズムに乗せてしまえば踊ってしまえるのだ。
踊れる曲を作ろう!
として、ああなったのではなく。いろんなこと考えてるうちに
ああもう!踊ってしまえ!!
となったような。
少なくとも、この日に目撃した三組のバンドは、そうした印象を信じさせてくれるパワーがあったと思うし、他人も自分も信じられなくなったときに、すがりつけるものがあるのは幸せで。
私は7月13日、とても思い出深い日でもあって。
ものすごく好きだった人とただ一日いっしょに居られた日だった。
でも2024年の7月13日は、それを完全に忘れていた。
毎年、気に病んで仕方がないのに。
あの人に見つけてほしくて、私はずっとネットで不毛なことして、漸く拾ってくれる人が現れて…あのときと同じ名前で頭一つ、いや髪の毛いっぽんでも(ないけど、毛)世に出ることが出来たらと思っていた。
ちなみにその人は大事な所が不毛だった。これだいじ。当時の彼氏の命令だったらしい。
でまあ、この日。
物凄い色んなストレス、人に言えないこと…言ってもシャレにも笑いにもならず、なんなら目ざといやつに火を点けられたらオイル怪獣タッコングみたいになりそうな(怪獣のよく出るライブ日記だねえ)ことが降りかかって降り積もって振り切れなくって割り切っていたつもりで俯いていた。
だからいつもと違うことがしたかったのかもしれないし、あの場所あの時間に呼んでもらえたとも思いたいし。
そんな夏が確か其処にあったし、声を聞いて蘇ったのも私だし。
ああ幸せだな、と。
4000文字も、そのうち1000文字ぐらいはイランことばっか書いておいてナンだけど。
十数年ぶりに幸せだったんだな私は。7月13日。
ちなみに終演後、ののかさんが
「小説家さんで、今度デビューするんですよ」
と、がーこさんに紹介してくださった。色んなお話をさせていただけて、うれしかった。
でもホラー小説と聞いた瞬間に「こわいやん!よめへん…!」となったうえでビブリオマニアさんでののかさんが買った本を見て
「わあー怖い本や!!」
と、松原タニシさんの新刊を見て手を引っ込めてしまっていたのが可愛かった。
こんな可愛くて歯茎のきれいな人が、瞳孔の奥に宇宙があるみたいな目をして歌い叫び己を問い続ける。
がーこさんは、存在自体が文学そのものだ。
ライブハウス、バンド、音、言葉、それは文化の結晶であり、刹那の積み重なりのひとつひとつだ。でも、その文脈は語られなければ途絶えてしまう。
あんなに謎めいて魅力を秘めたヒエログリフだって、ナポレオンの時代に解明されるまで何千年もかかってしまったのだ。
いま自分たちが守れなければ、失われたあとの空白は計り知れない。
でも「お前が守らなかったから失われましたー!推しは推せるうちにー!」
とか出る側、組む側が言うの、オレ大キライだし、そこはそれ言わないで突っ張ってよ!と思う。
なんとか、この豊かな文化の中でだけでも、楽しく激しく生きていられたらいいと思う。
行ってよかった。聞いてよかった。踊ってよかった会えて良かった。
ののかさん、ありがとう。
長い事、Twitter(X)で映画やプロレスや音楽のお話をしたり、私が書いたものまでもご覧下さっている埜々花(ののか)さんが名古屋にお見えになるというので、私もライブにご一緒させていただくことにしました。
会場は新栄の
CLUB ROCK'N'ROLL
というところ。
なんと数年前にお邪魔していた。
演者として。
怪奇紙芝居の赤井さんにお招き頂き、怪談ライブに出演したときの会場がこちらだった。
世間は三連休。
名古屋は大混雑。
井上陽水さんの歌みたいになった名鉄特急パノラマスーパーを降りて合流し、
会場へと向かう通り道にあるビブリオマニアさんでちょっと本を物色。
実は欲しいものがあったのだが、結構なサイズだったので断念。
また行こう。
でも、ののかさん(以下ひらがなとします)は私が買うか買わないか逡巡している間に松原タニシさんの新刊をバッチリ購入していた。
開場前に現場へ。
名古屋駅から新栄までなので、実際わりと歩けてしまう。
というか、この混み様の名古屋で地下鉄なんか乗るのもゴメンだし、他の乗客のみなさんだってこの加湿器を積んだ小型戦車みたいのがパットン将軍よろしく乗り込んでくるのなんかゴメンだろう。
幸いにして雨予報の土砂降りも晴れ予報のカンカン照りもなく、この時期にしてはなんとも過ごしやすい気温と湿った冷たいビル風を浴びながら難なく歩けた。
名古屋駅を出てローカルCMバンバン打ってる専門学校のねじれたビルの角を久屋大通に向かってずーっと歩く。
で、中区役所の路地まで来たら曲がる。
ホストクラブと居酒屋さんが増えてきたら、あんかけスパゲッティのレンガのビルんとこを曲がって(ビブリオマニアさんは、このビルの斜向かいだ)アパホテルを通り過ぎたら突き当りを左、次の角を右。
そのまま高架を潜っていくと、CLUB ROCK'N'ROLLがある。
やってご覧。着くから。
名古屋の街は曲がりくねった路地がない。全部真っすぐだ。
と、河村(きゃーむら)さんが言っていた通りである。
本日の出演者は
裸体(らたい)
それでも尚、未来に媚びる
ANABANTFULLS
の3つのバンドたち。
カウンターで「実は数年ぶりで…あのときは…」などとご挨拶しつつ、ざわざわしているうちに始まった。
最初が「裸体」というバンド。
若く見えていたが私よりちょっとお兄さんな人たちだった。
開場後の物販コーナーで爪を切っていたのはベースのカズヤさんだったんだなあ。
私も15年ぐらい前はベースのカズヤくんだったなあ。
手足が長いからステージ狭しと揺れ動くさまが絵になるし、この日ステージに上ったメンバー全員のなかでいちばん目に力があるヒトだった。じっと視線を吸い寄せられて、あの鋭い眼光に捕まってしまったが最後。詞やメロディや歌声、リズムと同じぐらい、あの眼力が現場でのバンドの求心力を担っているんじゃないだろうか。
ボーカルのペーターさんは同い年だった。Twitter(X)でMVの感想をつぶやいたらすぐに拾ってくれて、その曲も演奏(や)ってくれて。
肩の力を抜いて、いい距離いい価値観で、音楽や現場と向き合いたい。
そう語る背景にどれだけの七転八倒を咀嚼してきたのか。
その一つ一つをイチイチ語らず、ひとつひとつの楽曲に込めていく。
大ベテランの武術家やプロレスラーみたいな境地に向かっている感じで、かっこよかった。そうやって自分の足元と世間の足並みを見比べて、いちいち動じない37歳は本当にかっこいい。キレイで夢のある美辞麗句を垂れ流すより、質実剛健な裸足の男であり続けて欲しい。
二番目。お目当てでもあった「それでも尚、未来に媚びる」というバンド。
そういうバンド名なのだ。
いつもずーっと、ののかさんがこのバンドの話をしているので心の底に少しずつ「気になる」が降り積もっていた。
街のフライヤーとかネットの記事でバンド名だけ見てたら、私のようなニンゲンは正直あまり良いイメージを抱かなかったと思う。
お前もファミマのレジ上で人畜無害に塩水ぶっかけたみてえなバンドしやがって!
などとのたまい、ギエロン星獣よろしく罵詈雑言の放射能を巻き散らかして辺り一面を焼け野が原(Cocco好き)にしていたかもしれない。
でもそこは、文化度のシグナルが自分と似ている…と勝手に思っているヒトが入れ込んでいる様子が信頼できた。
(自分もライブ見てみようかな、気になるなら見たほうが早いよな…)
どんなバンドなんですか?
どんなとこが好きなんですか?
お気に入りの曲とかネットで見聞きできますか?
と、ののかさんに尋ねるより早くTigetで予約完了のスクショを撮り、
「ぼ、ぼぼボキも、ライブ、見るんだナ。オニギリの具はコンブが、兵隊の位なら、大将なんだナ」
と告げた。
もちろんランニングにコウモリ傘でグーグルピクセル片手に。大将、最先端だな。
実際に目の当たりにした「それでも尚、未来に媚びる(以下、それ媚び)」は、なんというか凄まじかった。
よく、こんな人達が売れないのはおかしい!という感嘆詞があるけど、こんだけやりたい放題やりながら世間が言う通りの売れ方するのなんか、実際絶対無理だ。
それでもバカ売れしてほしいと思うのは、ひとえに「報われて欲しい」からだ。
応援しているバンドが。バンドを応援している自分が。
今日の3つのバンドは、進路も行き先も違うけど同じ海の上を何度もすれ違ってゆく船みたいで。それ媚びの魅力は詩的な表現と感情の迸りと刹那、刹那を掴むボーカルがーこさんの生き方、目端のきかせ方。それを鼓舞しつつ自分の表現に向かっていくギターと、フロント三名がやりたい放題できるだけの丈夫で幅の広いリズムの、完璧な役割分担と自己主張だったと思う。
私ゃバンドやってたといっても鳴かず飛ばずの中百舌鳥で、別に音楽に対して造詣も含蓄もない。でも、メキシコに居た数ヶ月と街角のライブハウスで数年の間アレコレ聞いて選んできた音と言葉、出会ってきたヒトたちは今でもきっちり心の奥底に詰まっていて。
それを開口一番、がぱっと開けてきたのが、がーこさんだった。
あの瞬間まで自分がスキンヘッドであることも忘れていたし、あっ掴まれる!と思ったのでアタマを差し出したら、あんなことに。
光栄でした。ののかさんは「ぎゃー!」って言ってコーフンしていました。
「グリコ・アイスの実」になった気分。
ギターのろくさんが今日お誕生日だと言われてニコリともせず、演奏中もずーっと俯いてしかめっ面なんだけど、体の動きは柔軟かつ動的で。
よく見ていると、しかめっ面の種類が時々、変わっていて。
ああ、この人いま笑ってるんだ。
と思ってからは、そこも注目していた。うにっ!っと睨んだり、にへーっと唇をへの字に曲げたり、辺りをヤブニラミで見渡したり。実は凄く感情豊かで、ただ発露の個性が強かったのだ。と、感じた。
何しろ初めて見る人達しか居ないので、違う国にしれっと密入国して、その場にいる人達の日常と非日常の境目に私だけが立っていたのを、がーこさんがアタマ掴んで引っ張り込んでくれた。
名前と楽器が結びつかないまま轟音と人いきれに身を任せていたのが物凄く居心地良くてオルタナティブだった。
トリはANABANTFULLS(略称アナバン)というバンド。
健康的かつ熱血さわやかちょっと不良バンドの裸体。
不健康不健全不適合眼光ギラギラギリギリのそれ媚び。
この表裏一体陰陽逆転のふたつのバンドを向こうに回し、今日の舞台を締めくくるのだから凄い。
私はひたすら踊らされていた。
というのも。
ののかさんのライブ仲間で陽気な男「ちゃんちかさん」と乾杯し、いろいろ伺うと
「アナバンは、踊りましょう。踊ったらエエんです」
と今思えば非常に適切なアドヴァイスを頂いていたおかげで。
歌詞の奥行きや音色の激しさに巻き込まれつつ、グルーヴに身を任せることが出来ました。
電気じゃないほうの。
どんなに激しい言葉も、ひずみゆがんだ音色も、FootのUnderがTrampledするようなリズムに乗せてしまえば踊ってしまえるのだ。
踊れる曲を作ろう!
として、ああなったのではなく。いろんなこと考えてるうちに
ああもう!踊ってしまえ!!
となったような。
少なくとも、この日に目撃した三組のバンドは、そうした印象を信じさせてくれるパワーがあったと思うし、他人も自分も信じられなくなったときに、すがりつけるものがあるのは幸せで。
私は7月13日、とても思い出深い日でもあって。
ものすごく好きだった人とただ一日いっしょに居られた日だった。
でも2024年の7月13日は、それを完全に忘れていた。
毎年、気に病んで仕方がないのに。
あの人に見つけてほしくて、私はずっとネットで不毛なことして、漸く拾ってくれる人が現れて…あのときと同じ名前で頭一つ、いや髪の毛いっぽんでも(ないけど、毛)世に出ることが出来たらと思っていた。
ちなみにその人は大事な所が不毛だった。これだいじ。当時の彼氏の命令だったらしい。
でまあ、この日。
物凄い色んなストレス、人に言えないこと…言ってもシャレにも笑いにもならず、なんなら目ざといやつに火を点けられたらオイル怪獣タッコングみたいになりそうな(怪獣のよく出るライブ日記だねえ)ことが降りかかって降り積もって振り切れなくって割り切っていたつもりで俯いていた。
だからいつもと違うことがしたかったのかもしれないし、あの場所あの時間に呼んでもらえたとも思いたいし。
そんな夏が確か其処にあったし、声を聞いて蘇ったのも私だし。
ああ幸せだな、と。
4000文字も、そのうち1000文字ぐらいはイランことばっか書いておいてナンだけど。
十数年ぶりに幸せだったんだな私は。7月13日。
ちなみに終演後、ののかさんが
「小説家さんで、今度デビューするんですよ」
と、がーこさんに紹介してくださった。色んなお話をさせていただけて、うれしかった。
でもホラー小説と聞いた瞬間に「こわいやん!よめへん…!」となったうえでビブリオマニアさんでののかさんが買った本を見て
「わあー怖い本や!!」
と、松原タニシさんの新刊を見て手を引っ込めてしまっていたのが可愛かった。
こんな可愛くて歯茎のきれいな人が、瞳孔の奥に宇宙があるみたいな目をして歌い叫び己を問い続ける。
がーこさんは、存在自体が文学そのものだ。
ライブハウス、バンド、音、言葉、それは文化の結晶であり、刹那の積み重なりのひとつひとつだ。でも、その文脈は語られなければ途絶えてしまう。
あんなに謎めいて魅力を秘めたヒエログリフだって、ナポレオンの時代に解明されるまで何千年もかかってしまったのだ。
いま自分たちが守れなければ、失われたあとの空白は計り知れない。
でも「お前が守らなかったから失われましたー!推しは推せるうちにー!」
とか出る側、組む側が言うの、オレ大キライだし、そこはそれ言わないで突っ張ってよ!と思う。
なんとか、この豊かな文化の中でだけでも、楽しく激しく生きていられたらいいと思う。
行ってよかった。聞いてよかった。踊ってよかった会えて良かった。
ののかさん、ありがとう。
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