メトロジェイルの歌姫

羽月楓

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【第8話】鉛の風車

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 テーブルの角から、オレンジ色のひとみが二つ。微かに光を向けている。
 
 トカゲの〝カブ〟

 小動物を狙う肉食獣のようなその眼差しは、いままさに琥珀を捉えている。
 どぎまぎする琥珀。
 彼女のひきつった作り笑いの訳は、懐かしくも苦い、幼少期の思い出にあった。
 
 ――――その日、お父様の書斎に入ると、檻の中から悲しげにこちらを見つめるヨロイトカゲと目が合った。

 わたしは檻を開け彼を逃がしてあげようとしたが、硬い鱗のざらつきが指を擦り、傷を負ってしまった。

 血が滲み……泣いた。
 でも、お父様は慌てることなく「悪気があった訳じゃないさ」と落ち着いた声色で一言残し、その場を後にした。

 わたしが痛みよりも鮮烈に記憶に残っているのは、お父様がトカゲに向けた慈しみの眼差しだった。
 わたしの知らない眼差し。わたしへの愛情は、あの小さな生き物よりも劣っていたのだと感じた。
 
 構ってもらえない。叱ってもくれない。
 叱られた方がまだ、愛情を感じられたのかも知れない。 
 
 あの瞬間、わたしは一人取り残される孤独感を覚えた。心臓がしぼんでしまうような〝寂しさ〟を知った。
 
 それ以来、どうしてもトカゲという生き物に懸念を抱くようになってしまっていた。

 恐怖というよりも、お父様の他への愛情を目の当たりにした幼い嫉妬が、今もなお心のどこかにこびりついているせいだ。

 *
  
 ミナトは〝目〟に行くと言っていた。琥珀はガジュ丸を抱え、意を決して沈黙を切った。
 
 『〝目〟って……危険なの? ヤマサン』
 
 ガジュ丸の機械音声がカブの視線を奪う。ヤマサンがティーカップを置き、強張った表情の琥珀に優しく話し始めた。
 
「ああコハちゃん、ずうとシェルター暮らしやってんな。サイレン、びっくりしたやろ?

 〝目〟っちゅーんはな、あれや……台風の〝目〟みたいなもんや。ほんでな、そのお、日本の周りをおっきな〝目〟が行ったり来たり動き回っとるっちゅー話や。

 噂やで。だいたいなあ、1000時間おきに東京を通る。外の暴風、見たやろ? 〝目〟が来たらあれがスカーって晴れるんや。 絶景やで。今まで住んどったはずなんになあ。
 せや、天地がひっくり返っとんのも、見たか?」
 
 一に対し十も二十も言葉を返され、琥珀はたじろいでしまった。それを見て、質問責めになってしまったなと申し訳なさそうに頬をかくヤマサン。「ええでええで」と、彼はにこやかに席を立った。
 
 狭いリビングには、琥珀とヤマサンが二人きりだった。ぎこちない空気が流れる。
 
 一方、キッチンの円花まどか一花いちかは、ミナトのために椎茸料理を作っていた。
 ああだこうだと息の合った関係は、誰がみても双子だ。
 その姿を覗き見るようにしながら、ヤマサンが再び口を開いた。
 
「ワイも〝目〟、久しぶりに行ってみたかってんけどな、ミナト、ヒョイヒョイ行ってまうやろ? かなわんわあ。あいつはな、昔どっかのパルクール大会で優勝してんねん。あんなん出来るんは、ミナトか海腹川背くらいやで、ハハハ」
 
 聞き慣れない関西弁に眉をひそめながらも、ヤマサンの朗らかな話しぶりに、琥珀の心は少しずつ和らいでいった。
 琥珀は気になっていたことを訊ねてみた。
  
『〝トカゲの手も借りたい〟って、ヤマサンのことでしょ?』
 
 ヤマサンは笑って頷く。
 
「ミナトやなあ。……せやせや。ここだけの話な、咲きかけの花を集めて、花畑をこしらえとるんや。ある〝作戦〟のためにやな。その手伝いをしてほしんや」

 *

「なあミナトくん~、作戦があるんだ」
 
 青年が声をあげた。
 彼はボールピンハンマーを指先でくるくると回し、ミナトに向ける。
 
 着ているのはカラフルな作業着。だが、ただの派手さではない。よく見ると蛍光インクを何度も浴びせたような飛沫模様が散り、動く度に光を鈍く反射している。

 三色で編まれた三つ編み。濃いブルーナカラーは、重量感を誇示するかのように太く編み込まれ、肩にどっしりと乗っている。

 異彩を放つ彼は、ヨホウシの〝ソラ〟。予報のサイレンが鳴った後、ミナトは地下トンネルの新道を戻り、ここ旧・押上おしあげ駅へと来ていた。
 
 風が緩みはじめる。
 〝目〟が来る合図だ。耐風の自動シャッターがゆっくりと開いていく。
 
「女王を~、東京タワーごっと墜っとすのさ~」
 
 ソラが適当な音符をつけて歌った。ミナトは鼻で笑ったが、その後に続いた「マジだよ」の一言に、ふと表情を曇らせた。
 ソラの眼差しは真剣だった。
 
 反転した駅出入り口。その外界には、低く唸りをあげる〝鉛の風車〟が設置されていた。
 それは、かつて地下鉄トンネル内の縦流換気に使われていたジェットファン。

 これらはメトロジェイルの各駅に点在するように配置されていて、今は風力発電機として転用されている。
 だが、この鉛の風車が担う役割は発電だけではない。

 各駅のファンの回転データを解析し、地図上で〝目〟の移動線を読むための装置だった。
 そのため、専門的な知識をもつヨホウシ達は各駅に駐在することになっている。
 
 開ききったシャッターに手を掛け、ミナトは足元を覗き込んだ。
 遥か奈落の底に真昼の太陽が泳いでいるのが見える。
 
 頭上の大地を目で辿って行くと、逆さまの荒んだ墨田区。そこにあるはずのスカイツリーはもはや存在しない。
 嵐と地震にがれ、残ったその基盤だけが地面を隆起させ、突出していた。

 現在、東京で最も高い建造物といえば、風に強い格子構造を持つ東京タワーということになる。
 そしてその電波塔は、東京全域に一斉放送するために女王が支配していた。
 
〝♪~〟
 
 突然、メトロジェイル全域の各放送用スピーカーが同時に鳴った。それはいつも、遊園地で流れていそうな三拍子のクラシックから始まる。
 ミナトとソラは険しい表情で立ち止まったままそれを見つめた。
 
『……罪人のお知らせだ。また一人、秩序を乱す者がいた。私に銃口を向けた反逆者だ。残念だが、すぐに死刑となった。仲間も数名いるだろうが時間の問題だ。

 お前たちは家族だ。安心しなさい、私が守る。さあ、新人類を築き、共に新世界を歩もう』
 
 女王の放送が終わる。数えきれない程の〝罪人のお知らせ〟は、今日もまた見せしめとして全市民の耳に残った。
 
「勝手に狙撃したあの馬鹿だろ? まったく」

 ソラは吐き捨てるようにそう呟き、ホバーバイクで一気に空へと舞い上がった。
 残されたミナトは、無言でペンデュラムを握りしめる。

 その瞳の奥には、隠せないほどの強い鬼火が燃えていた。

 
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