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【第14話】修理完了
しおりを挟む自分の部屋だったはずの場所。
行き場を失くした琥珀は、黙ったまま部屋の隅の方に立ち、ただ考えを巡らせていた。
この部屋はもともとシエリが使っていたものなのだろうか。
シエリが沈黙を切る。
「……あんた、この辺で歌ってるらしいわね。やめてくれる? 私のファン盗ってくの」
光を歌う〝漆黒の歌姫〟が現れた、そんな噂が流れていた。
奪わないで。
誰も、何も、奪わないで。
私から、たったひとりの光を奪わないで。
シエリの脳裏に、あの日の光景が甦る。
――――反転の日。
断ち切られる地層。
その日、親友のミユウと私は久しぶりに二人きりで海ほたるにドライブに出掛けていた。
湾岸線を抜けて長いトンネルに入る頃、二人は来月の結婚式の話題で盛り上がっていた。
「シエリ、当日歌ってくれるの?」
「当たり前よ、私の結婚式でミユウも歌ってよね」
「結婚式、予定あるの?」
「ある……わけないじゃん!」
近い未来の花嫁。
その笑い声が、助手席の温もりが、ありふれた日常が、まだそこにあった。
次の瞬間、悪魔の様な非日常が割り込んで来るまでは。
突き上げる地鳴り。
停電し、流れるように消えていくトンネルの天井の明かり。
暗闇の中、
キィィィィィ、ガシャァン。
幾重にも重なるブレーキ音、車同士の接触。
ケータイからは、止めても止めても鳴り止まない地震の警告音、そして窓の外の悲鳴……。
やがて重力が傾き始める。
テールランプの列がトンネル内をゴミのように滑り落ちていくのが見えた。
そして無重力。
車窓から脱出しようとしていたミユウは宙へ放り出され――
闇に消えていった。
さらにトンネルは回る。
私の叫びは闇に呑まれ、ただ凍てつく風だけが頬を打った。ミユウの消えた方へ走る。トンネルを出ると、そこは映画でも見たことのない様な怪奇な世界。
逆さまの世界。
私はトンネルの淵に立ち尽くした。
反転した奈落の空をじっと見つめた。
ミユウは……帰ってこなかった。
嘆いた。泣き喚いた。叫んだ。
何もかも失くなった世界に。
一緒に落ちてあげる勇気すら無かった自分に。
色が消え、私の世界はモノクロに塗りつぶされた。
ある光が現れるまでは。
*
「何とか言いなさいよ」
『わ、わたし……あのガガガ……』
「あなた、それがないと話せないの? 変なの」
シエリは呆れたように溜め息をつき、工具を手に取った。手際よく机の上のガジュ丸を解体していく。
「一応頼まれたからやってあげるわよ」
耳に掛けたブロンドがうつむき加減に揺れ、大人びた美麗な横顔が見え隠れする。
「誰よ、これ開けたの。ネジの順番めちゃくちゃじゃない……足りないし」
毒を含んだ舌打ちとともに、ネジを机に転がす。琥珀は何も言わず、静かに立ち上がり部屋を出て行った。
ふと見上げると、放送用のスピーカーがそっぽを向いている。
あの日、壁に向かってひっそりと歌ったつもりのアカペラが、そのスピーカーからも流れてしまっていたのかも知れない。
恥ずかしさもあるが、そのおかげで自分の世界が少しだけ明るくなったと琥珀は思い出していた。
笑い合う仲間も増え、慕ってくれる人が出来て、……自分のことを嫌う人も。
低い唸りがアーク全体の空気を震わせる。やがて通気口の轟音が、いつもの街のざわめきとして溶け込む。
〝目〟が通り過ぎたのだ。
琥珀は外壁にもたれ、じっとアークの天井を見ていた。
1時間が過ぎようとしていた。
ヤマサンはまだ帰らない。
シエリの眉間にわずかに影が落ちるが、嫌な予感を振り払うかのように彼女の手は作業を急ぎ、ついに最後のネジを締め上げた。
ガジュ丸の上部が光り、電子音が短く鳴る。
修理は完了した。
*
ヤマサンは湿気た地下街を急いでいた。
暴風が殴ったガラスの破砕音に不意打ちされ、反射的に身を屈める。
息が上がったまま身体を壁際に押し付けた。右脛に違和感を覚える。出血している。
ふらつきながら顔を上げると、さっきの宝石店に暴風の渦が侵入していくのが見えた。みるみる硝子のショーケースを飴細工のように粉々にしていっている。
「なんや、メトロジェイルに帰れんやないか。と、ここで二択クイズや。野垂れ死ぬか、破れ目から墜ちるか。正解者には漏れなく地獄ツアーの副賞付きやで」
ヤマサンはぶつぶつと独りごちりながらも、さらに進もうとしたが、地下鉄へ向かうための通路は崩れた瓦礫で完全に封鎖されている。
目に入った近くの階段場に入り、ルーフを滑り降りると、商業施設内の地上一階へと出ることが出来た。
彼はとうとう足を引きずりながら、まるでゴミ屋敷と化した店内を横切っていく。
かつての土産品店だろうか。床には、埃がこびりついたキーホルダーや鉄屑が無造作に散らかっていた。踏み出す度に金属片も軋む。
正面から、映画スクリーンほどの大きなガラス張りの一面が彼を迎えた。
いくつも並ぶマリオン壁と呼ばれる柱の間隙から外を覗くと、吹き荒ぶ灰色の街並みが嵐の中に見えた。無論、それは逆さまに吊られた街だ。
唯一の帰路は、50m先に見える旧・押上駅出入り口へ何とか潜り込むことだ。その為には、歩道橋を捥ぎ取り飛ばすほどの暴風を潜り抜けねばならない。
店の外には、湾曲した白いベランダが三段、層をなして重なっている。そこから垂れ下がる蔦は暴風に舞い踊り、まるで落武者たちの乱れ髪のようにも見えた。
地上に残された緑は、人類が退いたその隙を狙うごとく、雨の降らない世界でもなお逞しく根を張り生き延びている。
「今度ここに〝目〟が来るんは、いつになるか分からへんしな。せやなあ、あいつらみたいに吹き飛ばされんよに、ベランダ伝ってくしかあらへんかなあ」
彼はその場にしゃがみ込み、肩からぶら下がるペンデュラムに手を添える。
特大のマグロリールを組み込んだ、特注の代物。
あの頃、初めてマグロを釣り上げた時の感触が、金属越しにわずかに蘇る。だが今は感傷に浸っている場合ではない。生傷はじわじわと血を滲ませ、足も限界のようだ。
その時、嵐の中に影が見えた。
高圧配電線にぶら下がり、滑るようにこちらにやってくる銃を持った者たちがいる。
「ほんまかいな! こんな嵐の中を……」
ヤマサンは躄り、身を隠した。
目の前のシャッターが開かれ、業風が店内に吹き込む。漆黒の装備、黒地に白線円を象った腕章――3人の革命派だ。
「は……反女王派やないかい、生きとったんか!」
咄嗟に出てしまった声に気付かれ、3人に取り囲まれる。
「今はいい、なにも訊くな」
意外な一言に肩を竦めるヤマサン。目の前には、銃口ではなく手が差し伸べられていた。
半信半疑でヤマサンがその手を取ろうとした瞬間――
ダダダダダダダ…………ッ!
突如、連続する金属音。
灼けた鉄の匂いが暴風に混じり、鼻先を焼くように掠めた。
ヤマサンは喫驚し、目を見開いた。
目の脇で、無惨にもひとりの革命派戦士の身体がビクビクと弾かれ、店内に鈍い音を立てて転がった。
すぐさま別の革命派の男がヤマサンの腕を掴み、立てたソファーの影へと引きずり込む。
「なんでやねん! どないなっとんねん!」
転がった戦士は動かない。
ひとりの戦士が人差し指を口元に立て静寂を示した。
沈黙。もう片手で銃口をゆっくりと道路へ向ける。
ヤマサンがそっと視線を向けると、暴風の対岸に赤い影が動くのが見えた。
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