おそらく、僕だけ違うゲームをしている。

鵩 ジェフロイ

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本編

162:隔たり ※大剣使い視点

 このイベントとやらが始まってから、ずっと苛立っている。


 それは、アイツの“フレンド”という奴ら以外の異人だったり、異人をこの世界に送り込んでこの“イベント”とやらを開く“運営”とかいう異人の親玉みてぇなものだったり、無力な己自身にだ。

 このイベントとやらが始まってすぐ、最早どうすることも出来ない粗末な船に転送させられ、すぐに海に呑み込まれて、どうにも不自然に意識を失った。

 不思議と何のダメージも怪我もなく、気づけば漂着していたが────しっかりとこの腕に抱いていたはずのあいつが腕の中にいないことに気づいた時は血の気が引いた。

 すぐに感知系の技能や感覚を総動員してあいつの居場所を探すと、すぐに見つけることが出来たが、最悪なことにまだ海の中だった。

 俺はなりふり構わずあいつの元に向かう。……あいつの生命力は十分にあるし、そもそも真の意味で死ぬことは無いというのに嫌な予感が止まらなかった。今すぐにでもあいつの元に行かないと永遠に俺の手からすり抜けていってしまうような最低最悪な予感だ。

 その後、意識の無いあいつを見つけだし、こいつの為ならと山羊の力も借りて一刻も早く岸へと引き上げた。

 他の異人達よりも随分時間がかかったが、意識を取り戻した時は心底から安堵した。


 ただ、本調子では無いのが“絆”からも俺の“嗅覚”からも察することが出来た。生命力には何の問題も無いが……きっとこいつの“魂”が弱っている。

 こいつ自身もそれが分かっているのかいないのか、素直に《変化》して俺の懐で眠りについた。…………ここが異空間じゃなかったら、すぐにでもひん剥いてこいつに熱を分け与えたい。が、出来ないのでさらに苛立ちが募る。

 苛立ちを抑えようと、眠るトウノの羽毛に鼻を埋めて目一杯吸い込む。心を落ち着かせるにはこの匂いが一番だ。


 前に同じような状態になった時は、彷徨う霊魂と過剰に共鳴した時だ。今回の引き金は、間違いなく海だろうと考えている。

 シャケ茶漬けとかいうよく分からん名前の異人が言うには、この島に辿り着く為の『演出』のようなものだとか言っていたが、直接この島に転送すればいいだろうがと思わずにはいられなかった。


 懐のこいつの安全を確保する為に仕方なく、岸や森の入り口周辺で何やらしている異人達を見張る。異人というよりは異人を餌か何かだと思った何かが寄ってこないか、だが。

 ……異人達も遠巻きにだが、俺に意識を向けているのが気配で分かる。

「へぇー、あれがあの『鉄銹ニキ』? 初めて見た」
「ワイルド系イケメンかー、結構タイプかもっ! このゲームって恋愛的な好感度システムってあるんだっけ?」
「さぁ? あれ、でも好感度めちゃくちゃ上げたプレイヤーと盟友契約したから、そもそもこのイベントにいるんじゃなかった?」
「そうなの? 盟友、っていうのはよく分かんないけど、それと恋愛は別なんじゃないのー?」

 俺に聞こえてないと思って、好き勝手言っている声が聞こえる。

『ククク、お主も中々耳目を集めているであるなぁ』

 当然、この食えない真っ黒な山羊……姿はネズミだが、にも聞こえていたのか、面白そうなオモチャでも見つけたかのように揶揄ってくる。相手にしてられるか。

「は、知るか」
『まぁ、お主は主殿がいれば他はどうでもいいであろうからな』
「……」

 ……こいつの鬱陶しいところは何故か、俺以上に俺の性質を把握していることだ。正確には俺ではなく『夜狗』という種族のことを言っているんだろうが…………関係無い。
 俺は俺だ。種族なんてものはどうだっていい。トウノに触れることが出来る唯一であり、守り通す力があるならば。


「……ていうか、このリアルなゲームでNPCと恋愛ゲーすんのって……なんかちょっと怖くない?」
「えっ、何で?」
「いや、だって向こうは架空の存在っていうか……例えばこのゲームが無くなったらあっさり消えちゃうわけじゃん? うっかり本気になっちゃったりしたらさー」
「ほぇー、全然そこまで考えてなかったわ! まぁ、そん時はそん時?」
「あんたのそのひたすら前向きなところは羨ましいわ……」
「へへっ、そうかな」
「いや、私が言うのもなんだけど、褒めてるかどうかは微妙じゃない?」


 …………。


 異人達は異人以外の存在、つまり俺達を指して『NPC』と呼ぶことがある。そういう時にくっつく言葉は『ゲーム』だの『架空の存在』など、言ってることはよく分からんが、向こうもこちらを『別の世界』と強く認識する為に使っている気がする。

 トウノからそういった壁を感じたことはほとんど無いが、あいつもまた異人で『別の世界』の住人だ。……ずっと、本当はどう思ってるのか明らかにするのが…………怖くて避けてきたが、そろそろはっきりさせないと、この先に進むことは出来ないのだと、直感や本能みたいなものが告げる。


『ふむ……異人達にとって、こちらは一種の『夢』のようなものなのかもしれないであるな』


 大した感慨も無さそうな山羊の声が響く。

 夢の、世界……。

 また、己の力ではどうすることも出来ない、どうすればいいのか分からない苛立ちが溢れてきたところで、俺を何よりも虜にする匂いに意識が向く。


「……は」


 懐で小さく寝息を立てる存在を見れば、あっという間に苛立ちが霧散して、どんなものが立ちはだかってもぶちのめせるような力が湧く。

 そうだ、そもそもこいつがどんな存在であれ、どこにいるのであれ、諦めるつもりははなから無い。

 そのことを今一度確かめるように小さな体温に口づけを落とした。


 *


 ……くそったれ。

 何となく一番安全だと思った場所にトウノを寝かせたが、何かの夢だかなんだかの入り口だったとかでふざけたことになっている。

 山羊の分体からの耳打ちによれば、何者かから呼ばれているとのことだ。くそったれ。
 
 転生してから、あいつを利用しようとする存在はほとんどいなくなったはずなのに、未だにこういうことがあるのはどういうことなんだ。

 しかも納得のいかないことに、こんな事態が進んでいてさえ、洞窟の奥にいた方があいつは安全だと直感が告げていることだ。

「はぁ」

 あいつの傍にいられないのは腹立たしいが、安全が第一だとなんとか己の今すぐにでもあいつの元に行きたい衝動を抑え込む。……いや、目の前のデカ猫にぶつけてやろう。
 何だか、このデカ猫とあいつを引き合わせたくない、気もする。


「グ、グルゥゥゥッ……!『母よ……!』」


 デカ猫を俺が主体となって相手取り、何人か異人が吹き飛ばされて“死に戻り”をしていたが、最低限の損害でこいつの体力を順調に削ることが出来た。

 デカ猫が大きく体勢を崩した隙を見て、飛び出した俊敏な影がある。一番最初にあいつと“フレンド”とやらになった『あぬ丸』とかいう異人だ。手にはあいつが作っていた変な形をした『ハリセン』とかいう道具を持っている。

 一気にデカ猫の体を駆け上がったその異人は、デカ猫の頭部目掛けて、ハリセンを振り上げる。


「そりゃあ!」


 スパアァァンッ!


「グルゥ!?」

 デカ猫の横っ面にハリセンが命中し、何となく場違いな軽快すぎる打撃音が響く。

 そして。

「グル…………嗚呼、母よ……」
「「「!」」」

 デカ猫の体が歪み、縮んでいったかと思うとそこには────────人型の男が現れた。


 それを見た異人の誰かが気の抜けた感嘆の声を漏らす。



「わぁ、エキゾチックマッチョイケメン!」
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