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本編
166:厄介過ぎる呪い
開いた壁の先、階段を降っていくことしばし。
壁が開いてから、おそらく、下から漂ってきている甘さと生臭さが混ざった“匂い”は強さを増し、かなり呼吸を躊躇われるくらいになっている。
「うっ……」
『匂いが辛いであるか?』
『ああ、かなり……。シルヴァは平気なのか?』
正直、あまりそのまま吸い込みたくないので《変化》はせずに、外套を引っ張ってきて、鼻と口の辺りを覆っている。会話もなるべくウィスパーにしよう。
『厭な気配は感じるであるが、主殿の様子から察せられるような強い不快感は感じていないであるな』
『そうか……』
シルヴァも何も感じていないわけではないようだが、僕ほどの不快感ではないらしい。
『主殿は夜狗の小僧との盟友契約がかなり深まっているであるからなぁ。夜狗の能力の一部を主殿も使えてしまっているのかもしれないであるな』
『バラムの……』
……ふと、こんなものではないのかもしれないが、僕が《編纂》してしまうまでバラムが感じていた不快感というのはこういう感じだったのだろうか、という考えが過る。
確かにこれは中々防ぐことも出来ずにしんどいなぁ、と実感を持って思った。
『む、広い空間に出そうである』
『ああ』
そんなことを考えている間にも、階段の終わりに、広い空間の入り口が見えてきた。
その空間に足を踏み入れると────。
「うっ、ぐ……」
『ぬ、我もかなりキツいであるな……』
先程から感じていた匂いがより濃密に充満していた。目や肌にも刺激を感じるほどだ。
今まで問題無さそうだったシルヴァも辛そうだ。
そして、この匂いの元らしき“モノ”が石造りの広間の中央の大きな台座……いや、祭壇?らしきものの上にあった。
その“モノ”は見上げるほど大きいということ以外はよく分からず、全体が何かグジュグジュとしたものから出来ていた。
そしてそのグジュグジュから溢れ出た粘り気のある液体が時々ボコっとした気泡を出しては破裂し、この刺激臭を放っていると思われる。
……正直、見た目も匂いも何もかも最悪だ。気を抜くとお腹の辺りから何か迫り上がってきそうな気がする。
『ぬぅ……流石の我でも触れるのも躊躇われるであるな……』
確かに、これに触れたら何らかの状態異常を受けてしまいそうだ。というか、この匂いを嗅いでいる今、状態異常を受けていないのが不思議なくらいだ。
『……そうだ、とりあえず《解析》を……』
まずは何か情報が欲しいと《解析》を発動する。
[穢された黒曜岩]
異界を統べる黒曜天母の依代である巨大な黒曜岩。本来は邪なるものを清め、退ける権能があるが呪いにより、不浄をとめどなく吐き出し続けている。
分類:依代
状態:《呪い》
特殊効果:《腐れの呪い》
「《腐れの呪い》……? うっ……」
つい、口にしてしまった。
『……なるほど、それでこの惨状であるか』
珍しくシルヴァの声や表情が嫌悪感に満ちたものとなっていた。
「何か知っているのか?」
『まぁ、ただ滅ぼしたいだけであれば、大抵の力ある存在すら滅ぼせる唾棄すべき禁呪である』
「…………とりあえず、ものすごく危険なものだということは分かった」
『うむ。それだけ理解していればいいである』
「ふぅむ……」
今まで黒曜天母の『修復』という言い方が気になっていたのだが、対象は黒曜天母そのものというよりはこの依代のことを指していたのかもしれない。
「依代ならまだ、黒曜天母そのものは無事な可能性はあるのだろうか……?」
『どうであるかのぅ。《腐れの呪い》はその侵蝕力の強さから、あまり楽観視は出来ないであるな』
「そうか……発動元みたいなものがあれば、それを何とかすれば消えるのだろうか?」
『この呪いの厄介なところは、たとえ術者が滅んでも止まらないところでなぁ。しつこさは天下一品なのである』
「……本当に厄介だな……」
『全くである』
とりあえず、ここからどうすれば良いのか分からないので、クエストの説明欄が更新されていないか確認する。
すると更新されていて、内容としては「まずは解呪するか浄化しよう」と書かれていた。
この惨状と文面の淡白さの温度差が激しすぎる……。
『随分と簡単に言ってくれるであるな』
クエストの更新内容を伝えたシルヴァもこの反応だ。
というか、ここまで来るとこれは僕とシルヴァだけで対処するようなクエストなのだろうか? 現状、この空間に来れるのが僕とシルヴァ、あと多分バラムくらいしかいないことになっているが、何とかして他のプレイヤーなども入って来れるようにすべきなのだろうか?
うーん、まぁ、ひとまず。
「一応、試せることは試してみてからダメそうだったら考えよう」
『うむ! 解呪や浄化なら主殿が一番能力が高いと思うである!』
一番能力が高いかは、どうだろうか。……流石に高いのかもしれない。主に様子のおかしな技能や秘技のおかげで。
ということで早速、綺麗にするならこれかなという秘技〈汚れを濯ぐ〉を空間全体にかける。とにかくこの匂いや周囲の粘り気のある液体だけでもどうにかしたくて〈我が力を与えん〉も込めて、効力を高めて発動させた。
その結果────。
「……“広間全体は”綺麗になったか?」
『大分過ごしやすくはなったであるな!』
広間全体に溢れていた、粘り気のある液体やそこから放たれる刺激臭によってひどく淀んだ空気は綺麗さっぱり消えたように思える。
もう階段を降る前くらいには息もしやすい。
しかし……。
「依代は変わらず、だな」
『であるなぁ』
肝心の依代は相変わらずグジュグジュとした状態のままであり、なんならまた新たに粘り気のある液体を溢れさせている。
依代をどうにかしなければ、あっという間に元の状態に戻ってしまうだろう。
「うーん……やはり“解呪”をしないといけないのか?」
『それが出来れば何とやらであるがのぅ……《腐れの呪い》は禁呪の中では手軽に出来る割に、解呪はそれを行った者に多大な負荷がかかるであるから、主殿1人で対処はして欲しくないであるなぁ』
「そうか……本当に厄介な呪いなんだな」
シルヴァの言う“手軽”がどの程度なのかにもよるが、この呪いの性質を鑑みての“負荷”がどんなものなのか嫌な予感がすごい。
『そうなのである……もう発動以外は全てが面倒くさくなるのである!』
「じゃあ、解呪……は最後に考えるとして、まだ浄化方面で粘ってみるか?」
『うむ!』
ということで、今度は《縁覚編纂士トウノの旋律》で継続的に〈汚れを濯ぐ〉〈我が力を与えん〉の二つ、ハイパワー浄化セットの秘技を浴びせかける。
シルヴァのダンジョンから流れてくる経験値をまたAPに振っている為、このように大雑把に使っても大分余裕が出来るようにはなっている。
ちなみに、今は人の目が無いので弾き慣れたヴァイオリンの方を使っている。
そうして、ハイパワー浄化セット演奏を続けることしばらく。
「うぅん……外側は浄化出来ている気がするんだが……」
『うむ、外側は浄化されておるな。主殿の力が満ちてきてとても気分が良くなってきたである!』
「気分……? ああ、〈我が力を与えん〉も使っているからか? …………ん?」
その時、ふと、引っかかるものがあり、演奏しながらすこしだけ首を捻る。
……つい最近、ほとんど同じようなことをしていた気が…………。
ボゴッ
「『あ』」
引っかかりを覚えた直後、広間の床から長くうねったものが石の床を砕いて突き出てきた。
“それ”は最初の1本を皮切りに、次々に床を突き破って生えてくる。
……黒い繊維質の触手のようなもの、シルヴァやジャルグのダンジョンで生やした僕の“根”だ。
そしてその根達は、一目散に広間の中央を目指し────依代に群がった。
「『あっ』」
……触れると絶対に良くなさそうなグジュグジュに、全く躊躇うことなく。
壁が開いてから、おそらく、下から漂ってきている甘さと生臭さが混ざった“匂い”は強さを増し、かなり呼吸を躊躇われるくらいになっている。
「うっ……」
『匂いが辛いであるか?』
『ああ、かなり……。シルヴァは平気なのか?』
正直、あまりそのまま吸い込みたくないので《変化》はせずに、外套を引っ張ってきて、鼻と口の辺りを覆っている。会話もなるべくウィスパーにしよう。
『厭な気配は感じるであるが、主殿の様子から察せられるような強い不快感は感じていないであるな』
『そうか……』
シルヴァも何も感じていないわけではないようだが、僕ほどの不快感ではないらしい。
『主殿は夜狗の小僧との盟友契約がかなり深まっているであるからなぁ。夜狗の能力の一部を主殿も使えてしまっているのかもしれないであるな』
『バラムの……』
……ふと、こんなものではないのかもしれないが、僕が《編纂》してしまうまでバラムが感じていた不快感というのはこういう感じだったのだろうか、という考えが過る。
確かにこれは中々防ぐことも出来ずにしんどいなぁ、と実感を持って思った。
『む、広い空間に出そうである』
『ああ』
そんなことを考えている間にも、階段の終わりに、広い空間の入り口が見えてきた。
その空間に足を踏み入れると────。
「うっ、ぐ……」
『ぬ、我もかなりキツいであるな……』
先程から感じていた匂いがより濃密に充満していた。目や肌にも刺激を感じるほどだ。
今まで問題無さそうだったシルヴァも辛そうだ。
そして、この匂いの元らしき“モノ”が石造りの広間の中央の大きな台座……いや、祭壇?らしきものの上にあった。
その“モノ”は見上げるほど大きいということ以外はよく分からず、全体が何かグジュグジュとしたものから出来ていた。
そしてそのグジュグジュから溢れ出た粘り気のある液体が時々ボコっとした気泡を出しては破裂し、この刺激臭を放っていると思われる。
……正直、見た目も匂いも何もかも最悪だ。気を抜くとお腹の辺りから何か迫り上がってきそうな気がする。
『ぬぅ……流石の我でも触れるのも躊躇われるであるな……』
確かに、これに触れたら何らかの状態異常を受けてしまいそうだ。というか、この匂いを嗅いでいる今、状態異常を受けていないのが不思議なくらいだ。
『……そうだ、とりあえず《解析》を……』
まずは何か情報が欲しいと《解析》を発動する。
[穢された黒曜岩]
異界を統べる黒曜天母の依代である巨大な黒曜岩。本来は邪なるものを清め、退ける権能があるが呪いにより、不浄をとめどなく吐き出し続けている。
分類:依代
状態:《呪い》
特殊効果:《腐れの呪い》
「《腐れの呪い》……? うっ……」
つい、口にしてしまった。
『……なるほど、それでこの惨状であるか』
珍しくシルヴァの声や表情が嫌悪感に満ちたものとなっていた。
「何か知っているのか?」
『まぁ、ただ滅ぼしたいだけであれば、大抵の力ある存在すら滅ぼせる唾棄すべき禁呪である』
「…………とりあえず、ものすごく危険なものだということは分かった」
『うむ。それだけ理解していればいいである』
「ふぅむ……」
今まで黒曜天母の『修復』という言い方が気になっていたのだが、対象は黒曜天母そのものというよりはこの依代のことを指していたのかもしれない。
「依代ならまだ、黒曜天母そのものは無事な可能性はあるのだろうか……?」
『どうであるかのぅ。《腐れの呪い》はその侵蝕力の強さから、あまり楽観視は出来ないであるな』
「そうか……発動元みたいなものがあれば、それを何とかすれば消えるのだろうか?」
『この呪いの厄介なところは、たとえ術者が滅んでも止まらないところでなぁ。しつこさは天下一品なのである』
「……本当に厄介だな……」
『全くである』
とりあえず、ここからどうすれば良いのか分からないので、クエストの説明欄が更新されていないか確認する。
すると更新されていて、内容としては「まずは解呪するか浄化しよう」と書かれていた。
この惨状と文面の淡白さの温度差が激しすぎる……。
『随分と簡単に言ってくれるであるな』
クエストの更新内容を伝えたシルヴァもこの反応だ。
というか、ここまで来るとこれは僕とシルヴァだけで対処するようなクエストなのだろうか? 現状、この空間に来れるのが僕とシルヴァ、あと多分バラムくらいしかいないことになっているが、何とかして他のプレイヤーなども入って来れるようにすべきなのだろうか?
うーん、まぁ、ひとまず。
「一応、試せることは試してみてからダメそうだったら考えよう」
『うむ! 解呪や浄化なら主殿が一番能力が高いと思うである!』
一番能力が高いかは、どうだろうか。……流石に高いのかもしれない。主に様子のおかしな技能や秘技のおかげで。
ということで早速、綺麗にするならこれかなという秘技〈汚れを濯ぐ〉を空間全体にかける。とにかくこの匂いや周囲の粘り気のある液体だけでもどうにかしたくて〈我が力を与えん〉も込めて、効力を高めて発動させた。
その結果────。
「……“広間全体は”綺麗になったか?」
『大分過ごしやすくはなったであるな!』
広間全体に溢れていた、粘り気のある液体やそこから放たれる刺激臭によってひどく淀んだ空気は綺麗さっぱり消えたように思える。
もう階段を降る前くらいには息もしやすい。
しかし……。
「依代は変わらず、だな」
『であるなぁ』
肝心の依代は相変わらずグジュグジュとした状態のままであり、なんならまた新たに粘り気のある液体を溢れさせている。
依代をどうにかしなければ、あっという間に元の状態に戻ってしまうだろう。
「うーん……やはり“解呪”をしないといけないのか?」
『それが出来れば何とやらであるがのぅ……《腐れの呪い》は禁呪の中では手軽に出来る割に、解呪はそれを行った者に多大な負荷がかかるであるから、主殿1人で対処はして欲しくないであるなぁ』
「そうか……本当に厄介な呪いなんだな」
シルヴァの言う“手軽”がどの程度なのかにもよるが、この呪いの性質を鑑みての“負荷”がどんなものなのか嫌な予感がすごい。
『そうなのである……もう発動以外は全てが面倒くさくなるのである!』
「じゃあ、解呪……は最後に考えるとして、まだ浄化方面で粘ってみるか?」
『うむ!』
ということで、今度は《縁覚編纂士トウノの旋律》で継続的に〈汚れを濯ぐ〉〈我が力を与えん〉の二つ、ハイパワー浄化セットの秘技を浴びせかける。
シルヴァのダンジョンから流れてくる経験値をまたAPに振っている為、このように大雑把に使っても大分余裕が出来るようにはなっている。
ちなみに、今は人の目が無いので弾き慣れたヴァイオリンの方を使っている。
そうして、ハイパワー浄化セット演奏を続けることしばらく。
「うぅん……外側は浄化出来ている気がするんだが……」
『うむ、外側は浄化されておるな。主殿の力が満ちてきてとても気分が良くなってきたである!』
「気分……? ああ、〈我が力を与えん〉も使っているからか? …………ん?」
その時、ふと、引っかかるものがあり、演奏しながらすこしだけ首を捻る。
……つい最近、ほとんど同じようなことをしていた気が…………。
ボゴッ
「『あ』」
引っかかりを覚えた直後、広間の床から長くうねったものが石の床を砕いて突き出てきた。
“それ”は最初の1本を皮切りに、次々に床を突き破って生えてくる。
……黒い繊維質の触手のようなもの、シルヴァやジャルグのダンジョンで生やした僕の“根”だ。
そしてその根達は、一目散に広間の中央を目指し────依代に群がった。
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(ムーンライトノベルにも掲載しています)