おそらく、僕だけ違うゲームをしている。

鵩 ジェフロイ

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本編

208:選択の影

 キリリリリィィィ!!!!

「っ」

 突如、歪な甲高い音が大きく鳴り響く。その音の不快さに思わず耳を塞ぐ。

「だから、キミを傷つける方法をずっと考えていたんだ」

 シラーが舞台上のバレエダンサーのようにくるくると回る。

「それで思いついたんだ。キミを直接八つ裂きにすることが出来ないなら、キミの大切なものを八つ裂きにすればいいんだって。その方がずっと、ずーっと、苦しいよね?」
「な、に……?」

 くるくると回っていた、シラーがピタッと止まり、ポーズを決める。
 細い腕だけがしなやかに動く。

 動きにつられるように、その先へ目を向けると────。


 ────そこには、傷だらけで膝をつくバラムがいた。


「っ、バラム! ……ぐっ!」

 認識した瞬間、慌ててバラムに駆け寄ろうとするが、勢いよく何かにぶつかって反動で倒れこんでしまう。
 いろんなところが痛むが、今はかまっていられない。

 すぐに起き上がり、ぶつかった場所あたりに手をついてみると、壁のようなものがあるようだった。……素早く根を伸ばして確かめてみるが、隙間なく、僕とバラムを隔てる、視えない壁がある。

「バラム!」

 せめて、バラムとの意思疎通を試みようと呼びかけながら壁を叩くが、バラムの反応はなく、こちらに気づく気配もない。
 ウィスパーも相変わらず不通だ。

「くっ、一体なにがどうなって……」

 目の前に窮地に陥っているバラムがいるのに、駆け寄ることも声を届けることも出来ない状況に、焦りと苛立ちが胸の内で暴れまわる。気分がひどく悪くなってきた。


 ……………………落ち着こう。


 一歩、壁から離れて深呼吸をし、なるべく身体のこわばりを解くように努める。

「……すぅー……はー…………」

 ……そうだ。
 この光景はシラーが僕に見せたものだ。まず、この光景が本当に存在するのかどうか、というところから疑ってみるべきだろう。

 僕は《慧眼》に力を注いで補強しながら、不可視の壁とその向こうのバラムを視る。

 ……うぅん。
 どうりで反応も無ければ、ウィスパーもまだ不通なはずだ。同じ空間にいるように見えて微妙にズレた、異なる空間の同じ広間にいる、ということらしい。
 ただ……あのバラムは正真正銘、本物のバラムだ。

 それにしても、今のバラムがここまで傷だらけになるなんて一体なにがあったというのだろう。
 バラムのいる空間を見回すと、バラムから少し離れたところで、大きな黒い影と、それに比べると小さな黒い影がぶつかり合っていた。

「あれは……」

 小さな方は、バラムの大剣の能力である《走狗召喚》で召喚出来る狗だ。
 そして、その狗が相対しているのは────。


[狂った魔物の影・三つ首の獣型(禁呪)]
永劫に癒えない飢えの為に常に命を求め、命を貪る。
たとえ影であろうとも、行動原理は変わらない。
それは、選ばれなかった世界の悲痛な《渇望》により、全てを奪い尽くす影として顕現した。

滞りの呪い子シラーの加護を受け、《滞りの呪い》を行使することが出来る。

分類:魔物
生息地:-
属性:無
弱点:聖属性
素材:魔石(極大)
状態:-
特殊効果:《渇望》《滞りの呪い子の加護》《幻梟》


「狂った魔物の……“影”……?」

 どうも狂った魔物から一捻り加えた存在なのだと思うが……『三つ首の獣型』とあるように、狂った魔物の獣型の頭が一つの胴体に三つついていて、さらに大きくした見た目をしている。…………形だけならば、つい最近も思い浮かべたことのある、神話上の怪物に似ている。

 ……この魔物とバラムが戦っていることは偶然なのだろうか?

 そして“選ばれなかった世界”とは……。

「ふふっ、あの子たちも許せないんだ。世界から課せられた宿命から自分だけ逃れた裏切り者がね」

 三つ首型から得られた情報に気をとられていると、シラーが楽しげに言う。

「だから“加護”とやらを与えたと?」
「そうだよ。だって、不公平だからね」
「……」

 気になる情報や言いたいことはあり過ぎるが、今はバラムの窮地をどうにか出来ないか集中しなければ。

 視たところ、バラムは僕のように禁呪を完全に無効化出来ているわけではなかったらしい。おそらく、対抗し得る禁呪そのものは持っていないからだろう。
 傷から入り込んだ呪いによって、立つことすらままならないような強烈なデバフが入っているようだ。

 そして、小さいながらも三つ首型と渡り合っている狗が『根』なのも納得だ。『根』の狗には《腐朽》の力が備わっていたはずだから。あと、何故か《幻梟》が取り憑いているのもこの狗の力がどこかで発動したのだろう。
 しかし、体格や攻撃能力の差で、渡り合うことは出来ても押し切るには至らない。

 バラムが復帰出来なければ、いずれ狗が倒されて、バラムにその牙が向かうだろう。

 同じ空間にいたなら秘技を使って何とでもアシスト出来るのに……と、思ったところで、はたと気づく。


「ん? ……あ」


 視界に映っているのに一向に存在を示すマーカーが現れないシラーと違って、空間はズレていても三つ首型とバラム、ついでに狗のマーカーは感知出来ていることに。

「……ぐ。もっと早く気づくべきだった……!」

 自分の視野の狭さに歯噛みしながら、まずは三つ首型に〈宵暗の帳〉をかける。

“グルガアアァ! ガ……グル…………”
“バウ?”
“な、に……?”

 すると、三つ首型は糸が切れた人形のように突然意識を失い、地に伏す。無事に秘技がかかりはしたが……手応えが弱い。空間の隔たりを越えてかけたからだろうか。もしかしたらそう長くは保たないかもしれない。

 しかし、バラムの体勢を立て直す時間を稼げれば十分だろう。

 僕は〈汚れを濯ぐ〉でバラムを蝕む呪いを取り除き、〈我が力を与えん〉で禁呪に抗する為の力をありったけ注ぎ込む。オマケで聖属性もつくが、元々狂った魔物そのものへの特効を持っているバラムには本当にオマケ程度だ。

“っ! トウノっ!?”

 僕の力に気づいたバラムが辺りを見回して僕を探すが……そちらの空間に僕はいない。……目が合ったりはしないものの、注意を向けている方角は割と合っている。バラムの卓越した感覚の鋭さ故だろうか。

「ん?」

 何か、別の視線を感じてそちらを向くと……『根』の狗と“目が合った”。

 …………僕の要素が強いからだろうか? とりあえず、狗にも秘技で力を与えておこう。ねだられている気もするし。
 尻尾を振って喜んでいる。…………他の力の狗はもう少し獰猛さというか、威厳みたいなものがあった気がするんだが…………まぁ、いいか。


“グル……? グルルルルッ”


 そうこうしている内に、三つ首型が目覚めてしまう。やはり、秘技の効きが悪かったようだ。
 しかし……。


“……チッ。お前にかまってる暇は無くなった”


 バラムが大剣を大きく振ってかまえる。呪いの影響からしっかり脱せたようだ。


“““グルガアアアアアアアッ!!!!”””


 三つ首型の頭の全てから咆哮が放たれる。ただの咆哮ではなく、呪いが込められているようだ。

 避けるのは至難の業だが……もう避ける必要はない。

 バラムはその咆哮を真っ向から受けながらも、三つ首型へ突撃していき、剣を振り下ろした。

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