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本編
219:修復
シルヴァの言を信じるならば、この黒衣の女性が指輪の向こうの存在、ということのようだ。
「ここはまだ幽明の境故、影の身で我が君に見える無礼をお許しください」
『影の身』……まぁ、マーカーが無いことを思うと、シラーと同じように人形か分身的な意味なのだろうか。
「まぁ、それはかまわないが……まだ?」
「それはまた後ほど……。我が君をいつまでも立ったままにはさせられませんわね」
そう言って黒衣の女性が白い手をかざすと、何もない野から淡く光る糸がいく本も出てきた。
その糸は次第にいくつかの束へと集束していき、一卓のティーテーブルと二脚の椅子が現れる。
「さあ、おかけください。我が君」
「あ、ああ。……その……僕はその呼び方に見合うような者ではまるでないんだが……」
呆気に取られ、流されるまま椅子に座りつつも、ずっと居心地の悪かった呼び方に言及する。
「まあっ。我が君は我が君ですわ。そこな変幻の夢魔が仰ぐことを許しているのでしたら、どうかわたくしめにもお許しくださいませ」
「うぅん……」
まぁ、確かにシルヴァからも「主殿」とか呼ばれているから今更だろうか? シルヴァは言葉ではそう言っていてもかなりフランクだから気にならなかったんだが、この黒衣の女性の恭しい振る舞いは身が固くなってしまう。
というか、恭しくはあるが、押しが強い。
……そういえば、指輪の時からなんだかんだ強引だったし、頑なだったな……ということに思い至り…………諦めた。
「……まぁ、好きに呼んでくれ」
「寛大なお心に感謝いたしますわ」
そう言って、もう一脚の椅子に静かに腰をおろした。
ん? シルヴァはまぁ、動物の姿が常なので仕方がないが、もう一人分の椅子が足りない。
「バラムの椅子は……」
「夜狗は我が君をお守りするのが務めなのですからいらぬでしょう」
「はっ。ああ、いらねぇよ。得体の知れないやつの前だしな」
「……まあっ、殊勝なことで何よりですわ」
「…………」
急速に空気に鋭さが増し、ピシッ、バシッと空間が悲鳴を上げる。
そんな空気など、どこ吹く風でシルヴァが楽しそうに笑う。
『クククッ、やはりそりが合わないであるなぁ、この二人は』
「笑いごとじゃないんだが?」
主に本気で喧嘩になってしまった時の二人の戦闘力を考えての被害的に。黒衣の女性の戦闘力は分からないが、バラムの威圧と互角か、それ以上なので推して知るべし、だ。
『なに、主殿さえいれば、本気で争ったりはせぬであるよ』
「……それならいいんだが……。あの……ところでなんて呼べば?」
二人を諌めようとして、黒衣の女性を何と呼べばいいか分からなかったので、名前をたずねる。
「名乗らず失礼しました。わたくしのことはひとまず『ノー』とお呼びください」
「……分かった。ノー」
何かの略称にしても珍しい呼び方だなと思いつつ。反復する。
「ああ……名を、それも我が君に呼んでいただけるなど、望外の喜びですわ……」
黒衣の女性改めノーが打ち震えている。……意外と感情が豊かそうだ。
『クククッ、「命のツムメ」とあらゆる生命から恐れられた友も主殿の前では形無しであるなぁ』
「こほん。余計なことは言わなくてよろしい、変幻の夢魔よ。さて……」
ノーが仕切り直すようにひとつ咳払いをして、再び手をかざすと、ティーテーブルの上にティーセットが出現した。
ティーカップには今淹れられたばかりのように見える紅茶が注がれていた。
……若干怪しさはあるが……今までの指輪とノーを信じるという意味で口をつける。
「我が君は、この世界を見てどう思われましたか」
ノーも紅茶に口をつけつつ、僕に問うてくる。
「……どう、とは?」
「感じたままでかまいません」
「ふぅむ……」
感じたまま……。
僕はゲームプレイ開始……この世界に訪れるようになってから今までのことを静かに思い起こす。
バラムとの出会い、指輪と失われた言語、石碑の碑文、狂った魔物の襲撃、石像が破壊されていたシルヴァ、彷徨う霊魂、呪いに侵された異界の神とシラー…………そして、欠け月…………。
「闇属性やそれに親しい性質の者たちがおかれている状況が随分と厳しい、というのと、死後の魂関連の機能の不全を感じた」
これは、最初の頃から現在までずっと感じていたことだ。
そもそも闇属性は、ただの光属性の相反属性なだけなのに……いや、だからこそ、光属性の勢力の大きさに比べてあまり勢力として形を成していないのに違和感がある。
闇属性の者たちは確かに存在するのに、だ。
また、彷徨う霊魂や狂った魔物、バラムやシルヴァの初期の状況から、保護や救済があまりにないように思える。
性質として邪なわけではないのにどうしてここまで厳しい状況に置かれているのかと言えば……。
僕は久しぶりに装備の手帳を取り出して、あるページを開く。
そこには、今は砕かれて失われた碑文が記されている。
“闇は往きて帰らず”
「闇属性の者達を庇護する闇の神はどこかに消え、今はこの世界に存在していない。また、その神が担当していたのだろう死後の魂を扱う機能に、大きな問題が起きている」
そして、それは何故か────。
“月は砕け永遠の宵闇に”
“魂は惑う”
「それは欠け月……月が壊れているから」
……これで、答えになっているのだろうか、と顔を上げると、黒いヴェールの向こう、僅かに見える口元がきれいな弧を描いていた。
「ご明察の通りにございます、我が君」
「…………こいつに、何をさせる気だ……」
何かを直感したのか、バラムが低く唸る。
「率直に言ってしまえば、我らすべての闇の同胞たちと慰めを失くした魂の為に……我が君には月を修復していただきたいのです」
「え……」
…………ノーの色々と予想外の頼みに、飲み込むのにしばらく時間を要した。
「月の、修復……そんなことが出来るのか?」
僕も彷徨う霊魂の念や狂った魔物たちの切なさを思えば、月の機能の復活を望みはするが、天体の修復など、スケールが大きすぎて何をどうすればいいのか見当もつかない。
「ええ、必要な準備はすでに揃っていますわ。我が君なら……いえ、我が君にしか出来ません」
「うぅん……?」
ノーの言いようでは、僕は月を直すことがすでに出来るということらしいが……全くイメージが湧かない。
『主殿、我からも頼みたいである。彼のものもよくやってはいるが彼のもの自身も世界も魂も悲鳴をあげておる』
シルヴァからも切実な様子で懇願される。
やりたくないわけではないのだが……と、戸惑っていると、肩に大きな手が置かれる。
「お前ら、さっきから勝手なことばかり言いやがって……」
見上げれば、バラムが赤い錆色の瞳から強い光を迸らせていた。
「そんなもの、こいつが負う必要は微塵もないものだろうが」
肩に置かれた手に力が込められる。
……確かに、僕が負うものではないのかもしれないが……。
どうすればいいのかも分からないのに、突然降って湧いてきた重責を負うなど、中身はただの成人もしていない僕には出来るはずもないが…………ごく個人的な思いでいいのなら、やってみてもいいだろうか?
僕は肩に置かれた手に自分の手を重ねる。
すると、燃えているような瞳が僕に向けられる。……見ているだけで身体の芯に熱が灯るようだ。
「ありがとう。正直荷は重いが、僕にやれるというなら試してみよう」
「…………はぁ。そう言うよな、お前は」
僕の出した答えに瞳の熱を落とし、ため息を吐く。
「割と個人的な打算込みだが、それでも良ければ受けよう」
「……全くかまいませんわ。感謝します、我が君。未だ形を成せないのが口惜しいですが、わたくしの忠誠を捧げましょう」
『我も、感謝するである』
「……まだ、何もしていないが…………受け取ろう」
僕は苦笑しながら二人の心を受け取る。
おそらく微笑んでいるノーがつい、と指を動かすと、目の前に通知が現れる。
〈【エクストラレガシークエスト:月の修復】が発生しました。受注しますか?〉
僕は迷わず〈受注〉のコマンドを入力した。
────────────
黒ずくめカルテット
「ここはまだ幽明の境故、影の身で我が君に見える無礼をお許しください」
『影の身』……まぁ、マーカーが無いことを思うと、シラーと同じように人形か分身的な意味なのだろうか。
「まぁ、それはかまわないが……まだ?」
「それはまた後ほど……。我が君をいつまでも立ったままにはさせられませんわね」
そう言って黒衣の女性が白い手をかざすと、何もない野から淡く光る糸がいく本も出てきた。
その糸は次第にいくつかの束へと集束していき、一卓のティーテーブルと二脚の椅子が現れる。
「さあ、おかけください。我が君」
「あ、ああ。……その……僕はその呼び方に見合うような者ではまるでないんだが……」
呆気に取られ、流されるまま椅子に座りつつも、ずっと居心地の悪かった呼び方に言及する。
「まあっ。我が君は我が君ですわ。そこな変幻の夢魔が仰ぐことを許しているのでしたら、どうかわたくしめにもお許しくださいませ」
「うぅん……」
まぁ、確かにシルヴァからも「主殿」とか呼ばれているから今更だろうか? シルヴァは言葉ではそう言っていてもかなりフランクだから気にならなかったんだが、この黒衣の女性の恭しい振る舞いは身が固くなってしまう。
というか、恭しくはあるが、押しが強い。
……そういえば、指輪の時からなんだかんだ強引だったし、頑なだったな……ということに思い至り…………諦めた。
「……まぁ、好きに呼んでくれ」
「寛大なお心に感謝いたしますわ」
そう言って、もう一脚の椅子に静かに腰をおろした。
ん? シルヴァはまぁ、動物の姿が常なので仕方がないが、もう一人分の椅子が足りない。
「バラムの椅子は……」
「夜狗は我が君をお守りするのが務めなのですからいらぬでしょう」
「はっ。ああ、いらねぇよ。得体の知れないやつの前だしな」
「……まあっ、殊勝なことで何よりですわ」
「…………」
急速に空気に鋭さが増し、ピシッ、バシッと空間が悲鳴を上げる。
そんな空気など、どこ吹く風でシルヴァが楽しそうに笑う。
『クククッ、やはりそりが合わないであるなぁ、この二人は』
「笑いごとじゃないんだが?」
主に本気で喧嘩になってしまった時の二人の戦闘力を考えての被害的に。黒衣の女性の戦闘力は分からないが、バラムの威圧と互角か、それ以上なので推して知るべし、だ。
『なに、主殿さえいれば、本気で争ったりはせぬであるよ』
「……それならいいんだが……。あの……ところでなんて呼べば?」
二人を諌めようとして、黒衣の女性を何と呼べばいいか分からなかったので、名前をたずねる。
「名乗らず失礼しました。わたくしのことはひとまず『ノー』とお呼びください」
「……分かった。ノー」
何かの略称にしても珍しい呼び方だなと思いつつ。反復する。
「ああ……名を、それも我が君に呼んでいただけるなど、望外の喜びですわ……」
黒衣の女性改めノーが打ち震えている。……意外と感情が豊かそうだ。
『クククッ、「命のツムメ」とあらゆる生命から恐れられた友も主殿の前では形無しであるなぁ』
「こほん。余計なことは言わなくてよろしい、変幻の夢魔よ。さて……」
ノーが仕切り直すようにひとつ咳払いをして、再び手をかざすと、ティーテーブルの上にティーセットが出現した。
ティーカップには今淹れられたばかりのように見える紅茶が注がれていた。
……若干怪しさはあるが……今までの指輪とノーを信じるという意味で口をつける。
「我が君は、この世界を見てどう思われましたか」
ノーも紅茶に口をつけつつ、僕に問うてくる。
「……どう、とは?」
「感じたままでかまいません」
「ふぅむ……」
感じたまま……。
僕はゲームプレイ開始……この世界に訪れるようになってから今までのことを静かに思い起こす。
バラムとの出会い、指輪と失われた言語、石碑の碑文、狂った魔物の襲撃、石像が破壊されていたシルヴァ、彷徨う霊魂、呪いに侵された異界の神とシラー…………そして、欠け月…………。
「闇属性やそれに親しい性質の者たちがおかれている状況が随分と厳しい、というのと、死後の魂関連の機能の不全を感じた」
これは、最初の頃から現在までずっと感じていたことだ。
そもそも闇属性は、ただの光属性の相反属性なだけなのに……いや、だからこそ、光属性の勢力の大きさに比べてあまり勢力として形を成していないのに違和感がある。
闇属性の者たちは確かに存在するのに、だ。
また、彷徨う霊魂や狂った魔物、バラムやシルヴァの初期の状況から、保護や救済があまりにないように思える。
性質として邪なわけではないのにどうしてここまで厳しい状況に置かれているのかと言えば……。
僕は久しぶりに装備の手帳を取り出して、あるページを開く。
そこには、今は砕かれて失われた碑文が記されている。
“闇は往きて帰らず”
「闇属性の者達を庇護する闇の神はどこかに消え、今はこの世界に存在していない。また、その神が担当していたのだろう死後の魂を扱う機能に、大きな問題が起きている」
そして、それは何故か────。
“月は砕け永遠の宵闇に”
“魂は惑う”
「それは欠け月……月が壊れているから」
……これで、答えになっているのだろうか、と顔を上げると、黒いヴェールの向こう、僅かに見える口元がきれいな弧を描いていた。
「ご明察の通りにございます、我が君」
「…………こいつに、何をさせる気だ……」
何かを直感したのか、バラムが低く唸る。
「率直に言ってしまえば、我らすべての闇の同胞たちと慰めを失くした魂の為に……我が君には月を修復していただきたいのです」
「え……」
…………ノーの色々と予想外の頼みに、飲み込むのにしばらく時間を要した。
「月の、修復……そんなことが出来るのか?」
僕も彷徨う霊魂の念や狂った魔物たちの切なさを思えば、月の機能の復活を望みはするが、天体の修復など、スケールが大きすぎて何をどうすればいいのか見当もつかない。
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「うぅん……?」
ノーの言いようでは、僕は月を直すことがすでに出来るということらしいが……全くイメージが湧かない。
『主殿、我からも頼みたいである。彼のものもよくやってはいるが彼のもの自身も世界も魂も悲鳴をあげておる』
シルヴァからも切実な様子で懇願される。
やりたくないわけではないのだが……と、戸惑っていると、肩に大きな手が置かれる。
「お前ら、さっきから勝手なことばかり言いやがって……」
見上げれば、バラムが赤い錆色の瞳から強い光を迸らせていた。
「そんなもの、こいつが負う必要は微塵もないものだろうが」
肩に置かれた手に力が込められる。
……確かに、僕が負うものではないのかもしれないが……。
どうすればいいのかも分からないのに、突然降って湧いてきた重責を負うなど、中身はただの成人もしていない僕には出来るはずもないが…………ごく個人的な思いでいいのなら、やってみてもいいだろうか?
僕は肩に置かれた手に自分の手を重ねる。
すると、燃えているような瞳が僕に向けられる。……見ているだけで身体の芯に熱が灯るようだ。
「ありがとう。正直荷は重いが、僕にやれるというなら試してみよう」
「…………はぁ。そう言うよな、お前は」
僕の出した答えに瞳の熱を落とし、ため息を吐く。
「割と個人的な打算込みだが、それでも良ければ受けよう」
「……全くかまいませんわ。感謝します、我が君。未だ形を成せないのが口惜しいですが、わたくしの忠誠を捧げましょう」
『我も、感謝するである』
「……まだ、何もしていないが…………受け取ろう」
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(ムーンライトノベルにも掲載しています)