おそらく、僕だけ違うゲームをしている。

鵩 ジェフロイ

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本編

240:加護と恩寵

 痴情のもつれの気配はいったん置いておいて、龍星というプレイヤーがどんなデバフにかかっているのか、これも一応個人情報ではあるので多少ぼかしながら共有すると、皆一様に「うわぁ……」という顔になった。

「おっ、掲示板で話題になってるぞ」
「どうやら、かなり位の高い天使の加護を返上しようとして一悶着あったようですね」

 虚空を見つめているシャケ茶漬けと検証野郎Zが掲示板で確認した内容を読み上げる。

「とりあえず……一応あいつとフレンドだからDMで聞いてみるわ」
「ありがとう、頼む」

 ということで、シャケ茶漬けが龍星から聞き取りをしてくれることになった。近づかないのは……賢明な判断だろう。まだ、何が起こるか分からない。

『クククッ、『祝福』ならまだしも『加護』を返上とは! 異人は相変わらず命知らずであるなぁ!』

 シルヴァが愉快そうに笑う。
 それにしても祝福と加護か……たまに特殊効果の説明欄などで見かけたが、アルストではどういう扱いなのかは微妙に分からない。

「その二つは何か違うのか?」
「神とその配下は、自身または属する神の力の一端を祝福や加護として分け与えることができるのです」
「ほぅ」

 僕の疑問にはノーナが答えてくれた。
 それによると、祝福は効果が低い代わりに広く分け与えることができ、加護は祝福よりも効果が高い分、相当気に入った者へ限定的に与えられるようだ。また『分け与える』とあるように、自分の力を多少なりとも削って与えるため『加護』ともなると慎重になるらしい。

 ……ふぅむ、なんか、最近、似たような構造の説明を目にしたような……。

「……もしかして『祝福』や『加護』系のものが他にもあったりするのだろうか?」
「ご明察の通り『加護』の上には『恩寵』がございますわ」
「あー……」

 やはり、そうか。僕の腰を抱えている存在をチラッと振り返る。目が合った。

『ちなみに『恩寵』ともなると直接睦み合わないと与えられないである!』
「えっ…………うーん?」

 直接睦み合う、とは……たぶん、性交渉、なのだと思うが……あの時点ではバラムと口づけすらしたことがなく、強いて言えば《編纂》しただけなんだが……と、首を捻っていると、ノーナがため息を溢しながらウィスパーで僕、バラム、シルヴァにしか聞こえないように語りかけてくる。

『あの時、あの場は闇の聖域がまだ機能していて、そこで夜狗は我が君の中に侵入しました。……つまり、そういうことですわ』
『クククッ、“闇きは閨”である故な、主殿』
『……あー』

 つまりは闇の聖域イコール『閨』でバラムの……情報?が入ってきたことそれ自体が睦み合いカウントになっていたようだ…………でも、まぁ。

『バラムとだったなら、いいか』

 それこそもう身体的にも睦み合ってもいるわけだし、些細なことだろう。と、ひとり納得して頷く。

「夜狗よ、舞い上がるのは結構ですが、だらしない顔はよしなさい」
「うるせぇ」

 ノーナに指摘されてバラムが顔を少し引き締める。……ふふふ、ようやく《慧眼》にも慣れてきて、顔を向けなくてもバラムの少し嬉しそうな顔をバッチリ目撃できた。
 絆からそれに気づいたバラムに頬を捏ねられるが僕は満足だ。

「恩寵、ですか……教会の総本山の精鋭部隊だという『恩寵騎士団』と関係あるのでしょうか」

 検証野郎Zが顎に手を当てながら呟く。

「ほーん、全員恩寵持ちってことなのかなぁ?」
「それは……」

 本当に騎士団全員が“そう”なのだとしたらだいぶ……奔放というかなんというか……。もしかしたらかなり少人数なのかもしれないし、そもそも名前だけで本当の恩寵を受けていない可能性の方が高いが。

『ククッ! 恩寵を受けても受けていなくても中々破戒的な名前の騎士団であるなぁ……ククッ、クハハハッ!』

 シルヴァがめちゃくちゃ笑っている。

 ちなみに、今の僕との盟友契約は「加護より気持ち上」くらいの感じだそうだ。

 ……とりあえず、僕の恩寵相当のものはバラムにしか与えることはできないだろう。


 と、ここでシャケ茶漬けの龍星への聞き取りが一段落したらしい。

「……つまり、龍星は元々『闇の』とか『暗黒の』という……平たく言えば厨二なものが大好きで、闇の世界があると知ったならなんとしてもそこに行けるように、まずは《陽獅子の天使へリオネの加護》を返上しようとして激怒され、気づいたらここに堕とされていたと」
「そういうことみたいだな……」
「なんか……天使にも少し同情しちゃうな」
「でも目的はちゃっかり達成してるねぇ」
「「「確かに」」」

 現状、ここには闇の世界の者に招かれないと来ることは難しい。それを相当の代償を払ったとはいえ、ここに来れているのは素直に感心する。

 身体の制御がほとんど効かないらしいのだが、満足げにサムズアップしている……気がする。なんだか個性的な人だ。

 ちなみに、今まで唯一闇属性のものが安定的に入手できたシルヴァのダンジョンには行こうとしてはへリオネに阻止され、それまでは攻略重視で引き下がっていたが、闇の世界と聞いてはもう我慢できなくなったそうだ。


 ────その時、空間全体が瞬時に熱くなった。


「っ」

 熱く、そして重い。
 バラムに庇われ、軽減されてもなお辛い。

 そして、この闇の領域に似つかわしくない、灼熱の陽光が舞い降りた。

 眩しいが《慧眼》は相手の姿を正確に捉えている。
 陽炎のように揺らめき逆立つ髪と、太陽のように燃え盛る瞳、なんの防御力もなさそうな薄衣を適当に引っ掛けているだけだが、そこから覗く肢体は鋼のように屈強で、小麦色の肌は輝き、力と生命力に満ち溢れている。防具などよりもこの肉体の方が頑健なのだと察せられる。
 手には三叉の槍が握られており、背中には光輪と二対の陽炎に揺らめく翼を背負っていた。

 彼女の名は────。

「おや、久しぶりですね。陽獅子」

 『陽獅子の天使へリオネ』まさに、龍星をここに堕とした張本人だ。情報には『四大天使の一翼』とか書いてある。
 ノーナの口振りからして、へリオネと面識があるようだが……。

「錘女……チッ、面倒な女が蘇りおって…………月を狙ったというのにかすり傷ひとつつかぬか」

 燃え盛る瞳の視界に入っただけであらゆるものが焼失してしまいそうだが、睨まれたノーナも月もどこ吹く風だ。つよい。

『……限界であるな。お主たちを帰すである』
「た、頼むっす、シルヴァパイセン……」
「あっちー!」
「っ、アルプ大丈夫……?」
「ゴ主人ノオカゲデナントカ……」
「ヒィッ! 陽獅子の天使まで来るなんて世界の終わりやぁ……!」
「興味深いですが、さすがに死に戻りそうですね」

 シャケ茶漬けたちがへリオネが存在しているだけで発する熱に死に戻りそうになっているのを見兼ねて、シルヴァがシャケ茶漬けたちを通常のフィールドへと帰す。……龍星は残っているが。

「……お前が、闇の世界を再興した異人か……」
「……」

 そして、へリオネの目が僕に向けられる。幻梟は既に取り憑いているが……かかる気配はない。これでも現状、害意はないようだ。僕を庇うバラムは……まだ問題なさそうだが……危険そうなら〈闇き閨〉をかけてしまおうか?

「我が君の御心次第で貴女を簡単に無力化できるのですから、対話をしたいならその鬱陶しい熱を下げなさい」
「……厄介な」

 ノーナの言葉に、へリオネが心底嫌そうな顔をする。……体感、少し熱が下がっただろうか? ノーナ曰く“対話”をする意図があると見て、秘技を《編纂》するのは少し待つことにする。


 それにしても“対話”か……。何か僕に用があるのだろうか? 用があるのはそこの龍星かと思っていたのだが……と、考えているとへリオネが口を開いた。


「……お前の真の姿を見せよ。神のごとき、しかしおぞましい者よ」

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