おそらく、僕だけ違うゲームをしている。

鵩 ジェフロイ

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番外編

小話:バラムの帰郷 5

 入るとすぐに酒場になっているようで、内装は洋画などでたまに観るような、おしゃれなライブバーのような印象だった。

「あら、ご新規さんかしら。ちょうど演奏が途切れてしまったの。誰か弾ける方がいたら奢らせてもらうわ」
「え……」

 入るなりバーカウンターの中にいる、煙管をふかす女性からそう声をかけられる。

「それでしたら、わたくし共の旦那様が」

 ノーナが応えるが「旦那様」とは? と、首を捻っていると、ノーナとカウンターの女性の視線が僕に注がれていた。

「…………あ、僕か?」
「どういうつもりだ、てめぇ……」
「潜むことばかりが“目立たない”こととは限りません」
「あ゛あ゛?」
「……ふぅむ」

 つまりノーナはこういう流れに自然に乗ることも「その他大勢」に溶けこむ一貫だと言いたいのだろうか? ……まぁ、目立ったところで大多数の人には僕たちを正しく認識できないだろう。それに、演奏は結構好きだし……。

「一曲だけで良ければ」
「そうこなくっちゃ。さぁ、ステージにある楽器ならなんでも好きに使ってかまわないわ」
「分かった」

 ということで小さなステージへと向かう。
 うぅん……ユヌの酒場でも多数の人の前で演奏はしたが、こうしてステージに立って注目されると思うと、急に緊張してくる。

 見たところラベイカもヴァイオリンも無さそうだ。となれば、《過ぎし日の面影》で姿を変えたストラウスでも出すか……? とも思ったが、そんなことをしたら「馴染むために弾く」という目的が台無しになりそうな気がしたのでとりあえずこの案は却下とする。

「ん?」

 普通に私物のラベイカでいいか? と考えていると、ステージの隅に布を被った大きな箱状のものがあることに気づく。この形と大きさは……。

「これは……弾けるのだろうか?」
「ああ、それね。珍しかったから買ってみたんだけど、弾き手が中々いないのよねぇ。買ったばかりだからそのまま弾けるとは思うけど」
「そうか」

 カウンターの女性に確認をとって、布をとると……タンスのような奥行きと、僕の胸くらいの高さのある鍵盤楽器があった。オルガン……というよりはアップライトピアノだろうか? ヴァイオリンと違ってあまり練習してないので錆びつきまくっているだろうが……そのくらいでむしろちょうどいいだろう。

 ということで、さっそく演奏しようと椅子に座ると────。

「ん? バラム?」

 何故かバラムもステージに上がっていて、これまたステージに置かれていたアコースティックギターを手にとっていた。

「……お前を一人きりにはしねぇ」
「ふ、そうか」

 バラムの僕を想う心に触れて頬が緩む。……身体も触れたくなってくるが、今は我慢だ。代わりに、旋律に僕の想いを込めよう。


 そうして僕は、白い鍵盤に触れる。


 バラムと演奏するなら、曲は決まっている。
 僕の旋律はそう複雑なメロディでもないし、《巧演》の補正もあってそれなりな演奏はできた。ヴァイオリンとはまた違った、滑らかでこっくりとした音色と、アコースティックギターの音色が交わり、ハーモニーを奏でていく。

 ……気づけば、客席のどこからか歌が聴こえてきた。皆が思い思いに口ずさんでいるらしい。朧げながら聴き取れる詩は、愛に揺れる切なさと希望の詩のようだ。

 いつの間にかバラムとだけではなく、この空間のすべてと一体となったかのような不思議な感覚になりつつ演奏を終えた。

 少しの間のあと、まばらとも、喝采とまでもいかないほどよい量の拍手が湧き起こる。

「ふぅ……」

 妙な余韻に少しぼんやりしながら立ち上がると、すでにバラムが傍にいて腰に腕を回された。僕と客席の間に立って、歩くように促される。
 バラムに包まれているのが心地よくてそれに身を委ねていると、耳は椅子と床が擦れる音やさまざまな呟きを捉える。

「ああ……なんか、降りてきた……」
「早く……早く、この儚く消えてしまいそうな感覚を形にせねば……!」
「この旋律の原風景を幻視したようだ……」
「描きたい……描きたい……」

 僕たちがノーナとシルヴァが待っているカウンター席に戻るころには、客席にいた幾人かは何かに取り憑かれたようにフラフラと席を立ってどこかへと行ってしまった。

 カウンター席につくと、変わらず煙管をふかしている女性が目の前にやってくる。

「素朴だけど良い演奏だったわ。あの楽器も教会のオルガンとはまた違った良い音が鳴るのね。……さ、約束通り奢らせてもらうわ。何を飲む?」
「ありがとう。そうだな……悪いが、酒じゃないもので何かオススメがあれば」
「あら? 飲めないのかしら?」
「飲めはするが弱くて……まだ旅も途中だし」

 相変わらず、飲酒はバラムに止められたままだし、不測の事態がないとも限らないので控えておく。

「ふふふ、分かったわ。そちらの傭兵さんは?」
「……こいつと同じやつ」

 ということで、アルコール抜きのカクテルのようなフルーティーな飲み物を出された。……うん、美味しい。

「それにしても、たった一度の演奏で燻ってた才能たちを目覚めさせちゃうなんてね」
『クククッ、「妖精の恋」「芸術家の愛人」たるお主も形無しであるなぁ』
「ホントよ」
「いや、そんなことは……」
「ふふ、やっぱり驚かないのね。ま、当然よね」
「う、うぅん……」

 そう、この目の前の女性こそがこの宿屋の店名を象徴する存在、僕たちの世界では生命力と引き換えに芸術家に素晴らしい才能やひらめきを与える存在として有名な────古き妖精『リャナンシー』だ。

 リャナンシーは妖艶に微笑み、僕たちを楽しそうに眺める。

「それにしても興味深いわ。運命の長姉や夢魔の中でも『変幻』を従えておきながら、最も懐に入れているのが年若い夜狗だなんて。それに夜狗が自ら芸事を扱うなんて」
「あ゛?」

 リャナンシーの言葉にカチンときたのか、バラムが低く唸る。……確かに、訳知り顔の住民に会うと事あるごとにバラムと一緒にいることが意外だとか、夜狗とはこういうものだろう、というような反応をされるのは……なんか、引っかかる。

 よし。

「誰になんと言われようと僕にはバラム以外にあり得ないし、人の心を震わす感性だって僕よりもずっとある」

 と、言っておこう。……宣言するとスッキリするな。

「……『ツグハル……』」
「む」

 直後、腰にずっと回っていた腕に強く身体を引かれ、口づけの雨が降ってくる。……嬉しくはあるので、そのままにしておこう。

「あら、見せつけられちゃったわ」
「はぁ。我が君……とついでに夜狗をからかうのもいい加減になさい」
「ふふ、はぁい」

 知り合いだというのは本当なのか、ノーナとリャナンシーが気安い様子でやりとりしている。まぁ……こういうところが多かれ少なかれあるのは今まで出会った妖精に共通していることなので、仕方のない性分なのだろう。

「お詫びとこの町の芸術を祝福してくれたお礼に、この宿の特別な一室を用意したから、ぜひ休んでいってちょうだいな」
「それはありがたいが……祝福?」

 そんなことはした覚えがないが……。

『我が君も日増しに力を増しているであるからなぁ、相性の良い力を発揮すれば祝福程度は振りまいてしまうである』
「え゛っ」

 ……いろいろと確認したいこととツッコみたいことはあるがとりあえず……。

「ストラウスで演奏しなくて良かった……」
『クククッ、であるな!』


 さて、部屋も用意してくれているようだし、このあとの予定もあるので休ませてもらおうかと部屋に引っ込むと……。

「お、おお……」

 僕とバラムに用意された部屋はとても広く、いたるところに花が飾りつけられ、香りも雰囲気も甘い空間が広がっていた。

 しかし、この場で最も甘いのは────。


「んむっ、ぁ、ふぅ……ん……バラム……」
「はぁ……ツグハル……」


 二人で演奏したときから燻っていた甘い疼きを焚きつけるように触れ合う。バラムの体液、体温、触れる肌の感触と心、すべてが濃密な甘さで……僕は、それに進んで溺れていった。


 
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