おそらく、僕だけ違うゲームをしている。

鵩 ジェフロイ

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番外編

小話:バラムの帰郷 9

 職人の町『ユイット』を出る頃には、日が傾きだしていて、バラムの先導で黄昏色に染まった森の中を進んでいる。

 その森は豊かな瑞々しい森といった風ではなく、冬になる手前の彩りの少なくどこか乾いた静かな森、といった感じだった。
 周囲に魔物や動物の気配はなく、誰も口を開かないため、ただ、馬が乾いた草や葉を踏みしめる音だけが響く。


 そうして進むことしばらく。


 バラムが乗るシルヴァが足を止める。……目的地に到着したようだ。

「ここが、俺が住んでいた家だ」

 バラムが顎で指して言う。

 木々が少しだけ開けたそこには、屋根は落ち、かろうじて四角く囲う崩れた壁と石が敷き詰められた床があるのみの、家の名残りだけがあった。

 バラムがシルヴァの背を降りたので、僕もそれに倣ってアンバーの背から降りて、バラムの元へ歩を進める。

 あたりはもうすっかり日が沈み、最後の陽光がわずかに残るのみとなっているが……僕たちにはあまり関係ないか。

 バラムは僕が追いつくのを待って、ゆっくりと家に向かって歩きだした。

「俺は、どこで誰から生まれてきたかも分からん孤児だった。まぁ、珍しくもなんともねぇが」
「……ああ」

 バラムが生まれ育った境遇をポツポツと語りだす。孤児だというのは……正直、意外でもなかった。面倒見の良いバラムに家族がいれば何をおいても気にかけるはずだし、傭兵に身を投じ、若くして力を大きくつけるほどの無茶をする必要もない。

 さらに語るところによると、バラムは生まれてきたときから苛まれていた不快感によって情緒が安定せずあたり構わず暴れていたという。それもあって、孤児院にも外の孤児のグループにも馴染めなかったようだ。
 ……仕方のない状況だったとは思うが、共同体からは異物と見做されてしまうだろう。

「孤児の中でも厄介者だった血も繋がってないガキを婆さんは世話を焼いてくれた」
「お婆さん?」
「ああ。……今思えば、町外れのこんなところに住んでる婆さんにも何かあったのかもしれんが」
「ふぅむ……確かに、こんな辺鄙なところで老いた女性が一人で暮らすというのは違和感があるな」

 なんらかの資産や収入があった可能性もあるが……普通に考えれば、そのお婆さん一人の生活でさえ決して楽なものではなかっただろう。そんな中でさらに少年を一人世話をするというのは僕程度では想像もできない苦労があったはずだ。

 少ししんみりとしてしまいながらも、朽ち果てた家へと足を踏み入れる。
 そんな空気を払拭するかのように、今にも崩れそうな壁を指で弾く。

「はっ、俺が暴れて壁に穴をあけたら夜だろうが平気で外に放り出すし、町の奴らになんの効果もない装飾品を口八丁手八丁で売りつけてた強かなババアだったがな」
「……ふ、そうか」

 ただのか弱いお婆さんではなかったようだ。
 というか。

「暴れて壁に穴をあけるって……」

 壁は土壁のようだが、今も残っているということはそれなりに頑丈なのだろうと察せられる。十分な栄養をとれていたかも怪しい少年時代からそんなパワーがあったのか……。

『クククッ、今のお主ならば防御魔法のかかった堅牢な城壁も軽々と穴をあけられるであろうのぅ』
「必要もねぇのにするか、んなこと」

 フクロウの姿となって柱の上にとまったシルヴァが口をはさむが……必要があればできるのか、とか、まぁサイクロプスとの戦いを見ればできて当然か、とかいろいろと考えがめぐる。

 バラムは眉間に皺を寄せて嘆息したあと、朽ちた家屋を眺めて言う。

「……殺しても死なねぇような婆さんだったが、俺がギルドに登録できるようになる年にぽっくり逝っちまった」
「……そうか……お墓などは……」
「ねぇ。婆さんに言われた通りに、森のさらに奥で燃やしてそれきりだ」
「そう、か」

 ……バラムがとうにここを離れていることと、朽ちた家を見れば、主が去ったことは容易に推し量れた。…………なんとなく、お婆さんの指示はバラムをこの場所に縛りつけないためか? と思った。



 ────僕は目を閉じて静かに、今はもう何処にもいないお婆さんへ感謝を捧げる。



 ふと、この旅の起点になった言葉を思い出す。

「そういえば、僕に見せたいものとはこの故郷……だったのか?」
「……いや、見せたいものは別にある」

 バラムはそう言うとおもむろに落ちた屋根の残骸をどかしはじめる。城壁にも穴をあけられるようなバラムには軽いものだ。
 そうして埋もれていた石造りの床があらわになり、そのうちの大きめの塊を一つ持ち上げる。

 すると、その下にはポッカリと穴があいていた。自然にあいた穴ではなく、整えられ補強された形跡が見てとれるので、ちょっとした収納スペースとして造られたもののようだった。

 その穴からバラムが何かを取り出し、被っていた土を払った。

「……ずっと忘れてたんだが、これをお前に」


 そう言って渡されたのは────古くボロボロになった一冊の本だった。


「これは……装丁は本だが、中は手記になっているのか」

 ボロボロなので慎重に中身を確認すると、さまざまなことを思いつくままに書き留めた手記であるようだった。

「婆さんのものだ。……妙なことをいろいろと知ってたんでな。ここにあるよりはお前の元にある方がいいだろう」
「ほぅ」

 この手記はそのお婆さんのものらしい。確かに、ところどころに今まで聞き馴染みのない『まじない』についてだったり、なにやらその時々の星の動きなどが記されていた。

 ふぅむ……。

「……もしかしてバラムが教えてくれた星の伝承はお婆さんから?」
「まぁ……そうだな」
「なるほど……。………………ん? ……う、うぅん?」

 なんとなく最後の方のページをめくると……衝撃の文章が目に入って来て、理解するのに何度も読み返してしまう。

「どうした?」
「…………見た方が早いと思う」

 僕はそのページをバラムに見せた。

「あん? …………は?」

 それを見たバラムが内容を理解するのと同時にフリーズする。
 そこに記されていたのは……。


――――――――――――

バラム
自分の力を恐れる程度のことで
異人の編纂士殿を逃すんじゃないよ

しっかり離さないでおやり


異人の編纂士殿
手のかかるやつだが性根はいい男だ
よろしく頼むよ

家の壁に穴をあけたら
ほっぽって頭を冷やさせておやり

――――――――――――


 と、あった。ついでに言えば《古ルートムンド語》で。

 ……『異人』の『編纂士』など、心当たりは一人しかいないし、そもそも何故僕とバラムが“そう”なっていそうなことを前提にしてこの手記に書かれていそうなのかが理解不能だ。もう、乾いた笑いしか出てこない。

「ははは……お婆さん……何者だったんだろうな……」
「あ、の、ババア……ッ!」

 バラムは悪態をつきつつも片手で顔を覆って、思考の海に沈んでしまったようだった。……よく知っていた間柄だからこそ一番混乱するのだろう。

「我が君、わたくしも拝見してよろしいですか?」
「ん? ああ」

 今まで家の外にいたノーナが興味を示してきたので、手記を渡す。シルヴァも肩に飛んできて覗きこんでいた。

「なるほど……この手記を書いた者は月が砕ける前の『星見』に近いわざを修めていたようでございますね」
「えっ」
『ほう? クククッ、であればこのような予言じみた言葉を残せるのも納得であるなぁ!』
「もっと言えば夜狗の末裔を見つけ保護していたことも偶然ではなかったのではないかと」
「……ええ?」

 ノーナたちの言葉に、混乱する頭がさらに混乱することになる。


「うぅん……」


 …………たまにある、畳みかけるような衝撃の事実はなんなのだろうか…………と顔をあげれば、完全に日が沈んだ夜空にいくつもある星のひとつが、大きく瞬いたように見えた。

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