死にたがりの与平

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第1話「風のなかの与平と母の家」

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第1話「風のなかの与平と母の家」

むかしむかし、山あいの小さな村に、与平(よへい)という青年がおった。
与平は母ちゃんとふたり、ひっそりと暮らしていた。

与平は大柄で食いしん坊。
朝から米を二膳、昼も山盛りの飯をかき込み、夜は腹をさすりながら茶碗を置くのが日課だった。
性格はおっとりして、どこか子どものように素直で、ちょっとの物音にも肩をすくめる気弱さがある。
村の若者たちにからかわれても、いつもの調子で笑ってしまう。

「おい、与平。また川べりで寝っ転がってらぁ」
「働かねぇで、冬こせるど思ってんのか?」

そんな声を受けても、与平はにへらと笑い、
「んだども、なんとかなるべぇ」
と、どこまでものんきに返すのだった。

母ちゃんはその対照のように、働き者で明るい人だった。
朝早くに起き、薪を割り、畑を見回り、家中をせっせと掃除してから、ようやく腰を伸ばす。
頼まれごとがあれば嫌な顔ひとつせず手を貸し、
「生きでるだけでありがてぇことよ」
と、誰にでも微笑みかけた。

与平がぼんやり空を見上げているのを見ても、母ちゃんは怒らない。
「与平や、おめぇはやさしい子だ。いつか力が出るべ。焦らんでええ」
そう言って頭をくしゃりと撫でてくれた。

季節は巡り、春には菜の花が風に揺れ、夏には蛍が川面に浮かんだ。
家の中にはいつも母ちゃんの作る汁物の湯気が立ちのぼり、その匂いだけで心が満たされた。
村人はみな「与平の母ちゃんは立派な人だ」と言い、
母ちゃんはただ静かに「ありがてぇことよ」と笑っていた。

ところが秋の終わりごろから、母ちゃんの背にわずかな影が落ち始めた。
畑で腰をおろす時間がふと長くなり、時折、胸に手をあてて息をつくことがあった。
それでも母ちゃんは気丈に笑って、
「ちょっと疲れただけだわい」
と、ごまかすように立ち上がった。

与平も心配にはなったが、
「まあ、すぐ良くなるべぇ……」
と、いつもどおり川べりに寝ころび、流れる雲を目で追った。

冬の風が凍える朝のことだった。
母ちゃんは家の布団でひと休みしており、軽く咳をひとつこぼした。
その音は家の静けさの中にぽつりと落ち、どこかいつもと違って聞こえた。

「母ちゃん、だいじょぶか……?」

与平がそばで手を握ると、母ちゃんは薄く微笑み、かすかにうなずいた。
だが次の瞬間、そのまま静かに目を閉じてしまった。

「……母ちゃん! 母ちゃん!」

与平の大きな体が、子どものように震えた。
膝をつき、母ちゃんと何度も呼び、肩を揺らし、床を叩き、嗚咽で言葉にならない声を上げた。

「どして……母ちゃん……どしてよ……」

涙はとめどなく流れ、
その姿は母ちゃんに守られてきた幼子そのものだった。
村人には決して見せたことのない弱さが、与平の胸の奥からあふれ出していた。
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