ある女のはなし

人工の蛇

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わたし

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 親会社の親会社の大企業の大炎上プロジェクトに放り込まれた1年目の私は、連日連夜の深夜残業、定時出社、休日出勤に疲れ果てていた。
 SEになったのは、ただ受かったからだ。何の目標もなかった。さらにいうと理系ですらなかった。
数々の企業の面接を受けに受け、落ちに落ちた私が受かった会社は大企業の孫会社と、一応上場はしているけどあまり名前も知られてない地元企業の営業職だけだった。
 
 「やはり大企業が安心!」という家族の声に押され、なんとなく大企業(の孫会社)の内定を受諾することにした。内定後に会社が合併して、勤務地が隣県から関東に変わると言われたのは1月のこと。
 NOといえない新入社員(になる予定の内定者)には会社の決定に従う以外には、どうすることも出来なかった。
新人研修はさすが大企業(の関連会社)、グループ内の教育専門の企業で一ヶ月の座学の研修を受けた。
 その間は同じ社員寮に住む同期と飲みに行ったり、同じ研修を受けている同グループの他会社の同期とも仲良くなり連絡先も交換した。
 そして彼氏も出来た。初めての一人暮らし、都会暮らしは何もかもが新鮮で、毎週末色々な場所に出向いては、テレビでしか見たことのない場所に自分がいることが信じられなかった。写真を撮りまくった。


 研修が終わり、今のプロジェクトに派遣された。そこからだ。私の人生が墜落していったのは。
 他の同期は比較的楽な職場に配置されていたから話は合わない。
 彼氏は「なんでそんなに忙しいの?」と言った。深夜残業が終わり満員電車に揺られ、値引きされたお惣菜をなんとか買ってヘトヘトなときに、電話したいと1時間も電話に付き合わされた。最初は嬉しかった。でも次第に苦痛になってきた。
 彼氏の勉強会に行っている話を聞いているのはまだ良かった。嫌だったのは仕事が大変だと愚痴をこぼすと、最初は共感していた彼氏が「ねえ、夜10時過ぎまで残業してるって嘘なんじゃないの?僕の部署は厳しくて、10時以降に残業する場合は部長の許可が要るから、毎日残業するのはありえない」と嘘つき呼ばわりしたことだった。
 私は10時以降の残業代は勿論のこと、働いている時間分すべてを勤怠につけられる訳ではない。
いわゆるサービス残業だ。

 それを言っても信じてもらえなかった。そして同じグループなのに、子会社である彼氏の会社は自分よりもずっと境遇が恵まれていることに、同じグループという枠に入っているけど、子会社と孫会社の大きな違いを現実を突きつけられたような気がした。

 そして彼氏は浮気した。
 次第に電話をしなくなり、休日のデートも直前でキャンセルするようになった私が浮気していると思ったらしい。


 何のために働いているのか分からなくなった。
 仕事に行くために食事して寝て、休日は片方は出社、もう片方は片付けや体力回復のために眠る日々。
 私は働くために生きているのか、生きているために働くのか分からなくなった。


 死にたいと思ったわけではない。
 辞めたいとは思ったが、有名大学出でもない私が辞めてどうにかなるとは思えなかった。

 その日は寝不足で、私の所属するチームが出したバグについて、会議室に呼び出され、某自動車会社を真似たらしい原因追及のロジックをもって原因と対策を検討する、という名のつるし上げに遭い、ほとほと疲れていた。
 寝不足で視界は霞んでいた。

 だから、雨に濡れた駅の階段で足を滑らせ、あっと思った瞬間には身体が斜めになっていた。
駅の階段を覆う屋根の天井は、丸く、ビニールハウスみたいになっていたことに初めて気付いた。
骨組みなのか横に線がいくつもあって、芋虫みたいだなと思った。


 そこからはブラックアウト。
 そして私はどうやら異世界転生というものしてしまったらしい。
 「え、テンプレofテンプレ。むしろ時代遅れ」と思った。
 しかし声には出せなかった。
 なぜならば私は赤子だったのである。

 ふわふわの白いベッドに寝かされていた。顔の周りにフリルが見えた。
 口には何かが咥えさせられていた。

 なんで異世界だと分かったかというと、お母さん(だと思われる人)に猫みたいな耳が生えていたからである。
 アンビリーバブル。その上、お母さんが後ろ向くと、すらりと長い尻尾が優雅に揺れていたのである。

 私も私もと尻尾を動かそうとしたが、赤子のためなのか全く動かなかった。

 心は大人でも、身体は赤子のためか、ちょっと覚醒したかと思うとすぐに眠くなるのである。
 転生する前の知識は次第に、本当にあったことなのか分からないくらい薄れていった。

 しかし自分の中の、原因追及をされたときの「私のせいじゃないのに。どうして」という苦しみの感情が、私の過去性をずっと確かなものとして忘れさせずにいた。

 次第に私は大人になっていった。
 その間は特に面白いことはなかった。
 面白くないことはあった。

 始めに思ったとおり、ここは犬や猫の耳や尻尾をはやした獣人の住まう世界であること。
 そして私はその中でも珍しい、獣人から産まれているのに耳も尻尾もない獣人であること。
 つまり私は前世と同じ人間なのである。
 アンビリーバブル。悲しすぎる。

 ここでも私は他の人と違う人生を歩まねばならぬらしい。
 私のような獣人が生まれる確率は、どうやら前世でアルビノが産まれる可能性とほぼ同じらしい。

 歩いていると珍しい顔をされる。それだけじゃなくて誘拐されそうになったこともある。
 なんでも私のような耳なし、尻尾無しの獣人の血を飲むと不老不死になれるという言い伝えがある地域もあるらしい。

 なんてこった。
 いきなりハードモードの今世に絶望していた。
 前世が辛かったら、今世はハッピー幸せ、逆ハー万歳ではないのか。
 神様よ、私が一体何をしたというのだ。
 前世の知識を使って無双は諦めた。だってパソコンがない世界では、プログラミングの知識は役に立たない。
出来ないSEだった私は、プログラムは分かっても、なぜ動くのかということや、サーバなどのネットワーク環境についてなど何も知らなかったのである。
 例えるならば、ガスを使って料理は出来るけど、どのようにガスが供給されているのか、ガス台の仕組みはもちろん、なぜガスが燃えるのか、ガスの元素はなどすべて分からないのと一緒なのである。

 よって同じ世代の子達の真似をし、ちょっとだけ計算が得意な子として私は周りから認識されていた。


 アルビノのような耳なし尻尾なしの悩みは、なんと我が国の第三王子が解決してくれた。
 びっくりだ。

 第三王子は前世でいう理系のロボットオタで、何でもかんでも作るのが好きだったらしい。
 今の世界の魔法っぽいもののような電気っぽいものを組み合わせて、一日電気に当てたら充電する、付け耳と付け尻尾を作ってくれた。

 さすがに試作品はいかにも作り物という感じだった。
 それでも満足げな第三王子に何も言えず、私や両親が愛想笑いをしていると、第三王子の側近という金髪の長髪を首のあたりで一つに結んだ、眼鏡をかけた側近がとても可愛らしい白の耳と尻尾にしてくれたのである。
 ちなみに側近は豹の獣人みたいだった。

 白は汚れが目立つからやめてほしかった、がそんなことを言えるはずなんてない。
 第一、機嫌を損ねて、余った木を繋ぎ合わせたみたいな耳と、毛糸にボールをくくりつけただけみたいな尻尾に戻るのはいやだった。

 充電が必要なので私の外出は1日おきになった。
 学校に行くときは、フードをすっぽりとかぶり、だぶだぶの上着を着て耳や尻尾がないことが分からないようにした。
 隣に住むロンという名の男の子が手を繋いで一緒に行ってくれた。

 ロンは熊の獣人で身体が大きかった。
 私はロンのことが好きだった。

 でもロンは私のことが好きじゃなかった。


「そういう訳で、ねえちゃんは幼なじみに売られたというわけだ」
 アンビリーバブル。ロンに裏切られて誘拐された。

 私を見下ろすのはいかにも破落戸、といった上半身裸の大男である。腰にはナイフを差している。
 私は後ろ手で縛られ、口にはタオルが巻き付けられていた。
 あー、とか、うー、とか言う声しか出ない。

「かわいそうだねえとは思うけど、人と違うように産まれたのが悪いのさ」
 大男はそう言うと、どこから出したのか鍵束のようなものをくるくる回し始めた。

「俺たちに捕まったのはまだ”マシ"さ。あの幼なじみ、結構交渉大変だったんだぜ?
値段は勿論、境遇もちゃんとしてないと承知しなかった」

 どういうことだろうと首を傾げると、意外にも親切らしい破落戸は丁寧に教えてくれた。
 どうせなら座ってほしかった。上を見上げすぎて首が痛い。

 話しをまとめるとこうだ。
 ロンは私を誘拐する男達と、私の値段や扱いについて相談していたらしい。
 そして扱いというのは、たとえば血を抜いたり、切り刻んで売ったり、食べたり、飲んだり、というパーツに分ける食材系はNGで、不特定多数に春を売るような娼館系もNG、できたら観賞用やペットとして大切に扱ってくれる人を探してくれていたらしい。

 おいおい。

「まあ、俺たちはまだマシな業者だと思うぜ。これから連れて行くところも、変人だけどまあ悪いやつじゃないし。
大切にはしてもらえるんじゃないか?」
 変人かあ・・・。夜の相手はさせられるのかな・・・。やだなあ・・・・。
 思わず遠い目をしてしまった。
 あっさり受け入れてしまったのは今世では10くらいでも、前世をあわせるとトータルの年齢は30歳以上だから仕方ないだろう。

 どうしようもない現実は、嘆くのではなく受け入れるしかないのだ。
 嘆いたり悲しんだところで、何も変わらない。

「これで良かったんじゃないかと思うよ」
 ぼそり、と大男が呟いた。
 今まで平気だったのに、涙がぶわっと出てきて、視界が滲んだ。

 その後に続く言葉を私は知っていた。
「どうせお荷物だったんだし」



 私が普通に産まれなかったことを両親が気に揉んでいたのは知っている。
 私のせいで、二人が口論になっていたことも。

 それでも私の前では明るく振る舞い、現実を受け入れてくれる両親のことが好きだった。
 3年後に産まれた弟は、”普通”で異質な私を受け入れ、「いつか僕が姉ちゃんを守る」と言ってくれていた。
 弟が産まれたとき、顔を確認したあと、ホッとして肩の力が抜けて自然に微笑んだ両親の顔は一生忘れないと思う。
 お邪魔虫ではなかったと思いたい。しかし、私は無条件に受け入れられるような存在ではなかったのである。


 破落戸の大男には3人の仲間が居た。
 1人は髪が斜めになっていて、狐の耳をはやした細めの男。
 もう一人は黒いフードを被ったくさい男。
 最後の一人は赤い髪でダイナマイトなばでぃをした色っぽい姉ちゃんだ。耳はウサギっぽい。

 ええなあ、と前世も貧乳だった私は胸をガン見してしまった。

 それをどう勘違いしたのか、「乳恋しいのではないか?」と勘違いしたウサギ女はその後、私の世話をせっせと焼いた。まるで母親のように。
「声を出させる訳にはいかないから」と口枷は付けられたままだったが、生のお胸に挟んでもらったりした。
 馬車で移動中で、他の連中が寝ているときなど、こっそり口枷を外して、お乳を口に含ませてくれた。
 どんなプレイかと思った。

 でも邪気のないウサギ女の顔を見ているとなんとも言えず、「ばぶぅ・・」と小さな声を上げ、何も出ない乳首をちゅうちゅう吸った。
 ウサギ女は満足げに微笑み、私の何も生えていない頭を優しく撫でてくれた。


 日が7回くらい沈んだり昇ったりを繰り返した後、私は馬車にのんびーりと揺られ、たまに乳を口に含まされ、ご飯もなんだかんだちゃんと食べさせてもらい、風呂にも入れてもらって(ウサギ女が主張しまくったからだ)、服もなんだかんだ綺麗なのを着せてもらって、誘拐であることと身体の自由、声の自由がないことを除けば、まあまあ良い旅が出来た。

 なんで風呂場や乳を飲まされているときに大声を出さなかったかって?
 出したところで、こいつらよりも悪い奴らに捕まる可能性も高い。
 運良く警察に保護してもらったところで、輸送途中に”思いがけない事故”に見舞われる可能性もあるのだ。
 それだったらまあ、変態であってもちゃんとした人のペットになる方が良かろうというものだ。

 そして、まあ、ウサギ女の幸せそうな顔と、愛おしげに頭を撫でたり、頬を寄せてくれるのがまあまんざらではなかったというのもある。
 レズには目覚めなかった。



 着いたのは豪邸といって差し支えない、しかし瀟洒で洗練された白い屋敷だった。
 引き渡されたのは、ぱっと見イケメン風の30~40代くらいの男だった。そして顔も髪の毛も、耳も尻尾も、目も白色だった。
 耳は犬のようだが、端から長い毛が前に落ちてきていた。
 前世でいうと立て耳の長毛種と言ったところか。

「変態か・・・」
 私は思わず呟いて、破落戸にぱっと口を覆われた。

「僕は世話はしろとは言ったけど、ベタベタ触るのは辞めてくれと言ったはずだよ?」
 思いのほか、若い声で私の飼い主
らしい
白男はいった。

「あい、失礼致しました」
 江戸時代みたいなしゃべり方するな、破落戸。
 そして変態はスルーなんだ、と上目遣いで白男を見ると、にこりと微笑まれてしまった。

 ああ、変態っぽい。変態って普通の人の振りしてるっていうもんな。

 引き渡されるとき、ウサギ女と一悶着合って、(この子は乳離れできてないから私が居ないとダメなんです。ここに来るまでも朝昼晩とわたしのお乳をしゃぶってたんですから!)と人としての尊厳を失うようなことを言われた。
 白男が目を大きく見開いた後、私をちょっと引いた目で見ていたのが忘れられない。

「うん、僕はそっちの要員はいらないんだけど、まあ、この子にとって必要ならいいかな・・・」といい、なんだかんだでウサギ女は私の侍女になった。


 朝昼晩の乳しゃぶりは続いている。
 その上、たまーに絵本の読み聞かせをしてくれる。

 ウサギ女の膝枕で、絵本を目の前に置いてもらい、読み聞かせを聞くのはなかなかよかった。
 そっちには目覚めなかったけど、この白男の屋敷の広い庭の白いブランコで、私は初めて安心して深い眠りにつくことが出来た。


 このまま変態男はどうするのかしら、と思ったら、絵のモデルや服のモデルにしたかったらしい。
 身体を撫でられることはあっても、それは骨格を確かめるため。

 裸婦像を書きたいと言ったときは、ウサギ女がカンカンになって怒った。
 「変態!」と口汚く罵った。

 白男は耳をぺたんとさせて、ウサギ女の前で下着姿になった私を遠慮がちに触った。
 「あん」と小さな声を出すと、ウサギ女は雇用主たる白男をパシンと殴り、白いタオルを持ってきて、目隠しをさせた。
 そしてウサギ女の誘導の元、(「ここはお胸ですよー」など)私の身体を確認していったのである。文字通りに。

 そしてすべての確認を終えた後で、
「なんだ、身体は尻尾以外、普通と一緒なんだ。じゃあ頭とお尻だけ撫でれば良かった」
と至極当たり前のことを言った。

「あ、でも性器は普通じゃないかも」と言うやいなやウサギ女に横蹴りされた。
 触らせて、と言いかけたところでウサギ女に殴られ、引きずられるようにして部屋の外に連れて行かれた。

 雇い主と雇われの関係に思いを馳せた。


 朝ご飯はウサギ女と(私が寝ぼすけでお乳を口に咥えないと一日が始まらないと白男に言ったらしい、誰がとは言うまい)、昼ご飯は白男と、おやつはウサギ女と紅茶とクッキーを食べて、夜ご飯はまた白男と食べた。

 一応侍女らしく、ウサギ女は食事は別で食べるそうだ。


 まあこんな生活もいいかな、と、ロンがどうなったのかや、私がいなくなった家族のことをたまにぼんやりと考えていたとき、事件が起こった。


 白男の家に警察が来たのである。
 家族が私の捜索願を出してくれていたらしい。


 意外にも私のことを見捨てなかったのだな、と胸が熱くなった。
 白男は、あわあわしていた。


 白男は見た目通りにひ弱ですぐに捕まった。
 ウサギ女は破落戸の仲間なので、本来ならば警察に突き出すべきだが、私は一緒に誘拐されたお姉さんだと言い張り、守ることにした。


 そこに、第三王子の側近がやってきたのでびっくりした。

「殿下、お気はすみましたか?」
 冷ややかに言った。

 ははーん。なるほど、白男は第三王子の変装だったのか、と縛られて床に転がされている男を見ると、上から声がした。
「いやー、胸があるって良いねえ」
 はっとして上を見るとウサギ女が、今まで見たことのないキリっとした目をしていた。


 話しをまとめるとこうだ。
 誘拐事件までは本当らしい。

 私に耳と尻尾を渡した後も、護衛(というか私に渡した道具が正常に動いているか確認する人)を付けていたらしい。
 そしてロンの動きに気付き、交渉がまとまりかけたところで破落戸の仲間になったという。

 側近はあのフードを被ったくさい男だった!おどろき!
 第三王子は耳や尻尾だけでは飽き足らず、人体改造や付け胸を開発していたらしい。
 お胸は本物のようにふわふわもちもちで、膝枕もとっても気持ちよかった、ではなくて!
 どうやら技術はとても成長していたようだ。

 だったら助けてよ!ていうか警察来る前に迎えに来いよ!と思ったがウサギ女のお胸には盗聴器やGPSのような物が仕掛けられていたらしく、安全性には問題がなかったそうだ。
 もし何かがあっても第三王子がなんとか出来るとのこと。意外に強いらしい。

 すぐに来なかったのはあれだ、機械オタクらしく、装置の(と第三王子は言った)の耐久性を確かめたかったらしい。
 付け胸の耐久性を確かめて何に使うかは想像しないでおこう。そうしよう。

 あれ?ということは最初から私が乳を吸わなければ、装置の耐久検査は要らなかったわけで、そしたら救出はもっと早かったってこと!????
 おーまいが-!!時は戻せないのである。いま後悔しても仕方がない。


 そういうわけで?
 そういうわけで、私は今宮殿にいる。
 第三王子の応接室という、テーブルや椅子があるほかはダンスが踊れるほどに広い贅沢な部屋で香り豊かな紅茶を入れてもらっている。

「あ、イザベル(初出だが私の名前だ)はレモンを練り込んだクッキーにクロテッドクリームを付けるのが好きだから」
 とウサギ女だったころの知識でもって、私の大好物をメイドさんに用意させてくれた。
 味音痴だって?くどいって? 仕方ない!だって好きなんだもの!

 クロテッドクリームがぬるくなるのは分かっていたが、素直に食べるのはプライドが許さず、じとりと第三王子を見つめた。

 うさぎ女の仮装はやめて、元の格好に王子様っぽいネジネジのついた服装をしている。
 王子は鷹揚に笑った。

 だから自己肯定感の高いやつは、と前世の彼氏を思い出したり、白男を思い出したりした。

「だって危険はなさそうだったんだから仕方ないだろ。
それに俺がいたら安全だったんだし」

 前言撤回。自己肯定感が高いのではなく、責任感がないのだ。

 ごほんと咳払いをしてウサギ女改め、第三王子の後ろに立っていた側近が言った。
「殿下、そろそろ言ってあげたらどうです?」
 第三王子は後ろをふりむくとなぜかニヤリとした。
「そうだな、おい、イザベル。私が付け胸や姿を変える装備を開発したことで、何か良いことがあると思わないか?」

 私は前よりも一層ジト目になってしまったと思う。
 変態プレイが出来るようになってよかったですね、と言わせたいのだろうか。

 椅子にふんぞり返るように凭れて、王子は続けた。
「その顔は分かってないな。何も女に付けさせて胸を大きくするためだけじゃない。
あれをお前に付けてみろ?どうなる」
「胸が・・・・大きくなります」
 ちょっと涙が出そうだった。トータル30歳にして、なぜこんな悲しい願いを言わねばならないのだろう。

 ぶふっと王族にふさわしくない笑い方をした王子は、隣で気まずげに目をそらした側近の背中をなぜかさすった。
 そういう関係???! 性転換!?? 男を女に!?!!?高度な変態!白男さーん!貴方を上回る変態がいましたよーーー!
 しかもこっちは王族だから捕まらないみたいですよーーーー!!!

 やっぱり生まれが肝心なんですね!
 どこに産まれるか、ガチャですよ、ガチャ!親ガチャ!!

 私が白男に思いを馳せて、現実逃避をしていると、王子がコホンと咳をして、改まったように座り直した。
拳を両膝の上に載せて、まるで結婚の挨拶に来た新郎のようだ。
 知らんけど。見たことないけど。前世でも経験ないし。

「だから、身体も耳も変えられると言っているのだ。
それをお前に付けたらどうなる!
耳も尻尾も生やせるだろう!」

「え」

 そうだ。あんなにふわふわしていて、自然なしっぽと耳
とおっぱい
だ。
 自由自在に動かせていて違和感もなかった。
 それになにより、前に作ってもらったのと違って1日休ませる必要がない。
 毎日、24時間使いっぱなし、付けっぱなしでOKだ。

 それはウサギ女と一緒に風呂に入り、一緒のベッドで寝た私が一番よく知っている。

「じゃあ、私は普通の獣人になれるってこと・・・?」
 思わず声が出た。

 にこりともにやりとも言えない、満足そうな顔で第三王子は声を出さずに笑った。
 施政者の持つ、圧倒的に立場が上の者だけが持てる余裕と笑みだった。


 ぽたりと頬を濡らす者が当たって、王宮でも水漏れするんだなと思った。
 きれいなハンカチを後ろから差し出されて、それが私の涙だったことに気付いた。

 そうか、そうか。
 もう、私は”異質”じゃなくて良くなるんだ。

 ハンカチを、差し出してくれた人の顔も見ずに掴み取るようにして、ぐしゃりと握った。それで顔を覆った。
 マナーを教え込もうとした白男が見たらびっくりするだろう。

 そのハンカチを顔に押し当てて、私は人目も気にせずにワンワン泣いた。


 私は人と違う。でもそれは仕方のないことだ。
 そう思っていた。割り切っていたつもりだった。
 でも、本当は全然割り切れてなくて、辛かったのだ。
 そのことに自分自身、初めて気付いた。

 人と違う、それは私の望んだことじゃない。
 遠巻きにされて、指を指されて。
 家族は私のことで気に病んでいないような、私のことを愛している仮面を被っていて、そんな家族に囲まれた私は幸せなんだと思おうとした。

 私が悪い子だから、私が良くない特徴を持ってしまったせいで、家族まで苦しんでいるんだと思っていた。
 だから、それでも受けいれてくれる家族に、「辛い」なんて言えないと思っていた。


 ひとしきり泣いた後、ぐずぐずになって鼻水は垂れるし、ハンカチぐじゅぐじゅだし、それでも第三王子を見上げた。
感謝を伝えたくて。
 齢30を超えていて、バカみたいだ。羞恥心を感じた。

 王子は先ほどと変わらないポーズで見守ってくれていた。
 後ろから太陽の光が斜めになって部屋に差し込んでいた。

「それでだ」
 と続いた言葉に私は目を丸くした。側近は耳を赤くした。


 続いた言葉はこうだ。

 一応、自分たちが付いていたので安全だったとはいえ、自分を売るようなロンのような隣人のいる町に戻るのは気まずかろう。
 だから宮殿で暮らせ。
 そもそもこれを開発したのは側近が私に一目惚れして、なんとかして幸せに暮らさせてやることは出来ないだろうかと一人、仕事の合間に人を訪ね、夜な夜な書物を紐解き研究していたからなのだ。
 それに気付いた慎み深い王子は(本当に第三王子はこう言った)、二人をどうにかして幸せにしてあげたいと、協力を申し出(これを言ったとき、ちょっと側近の額に青筋が浮かんだ。見なかったことにしよう)、そして二人は研究をして、24時間付けっぱなしOK、さわり心地も動作も、まことに本物らしい代物を作り上げた、というわけなのである。

 ぽーっとそれを聞いた私は、泣いた後の虚脱感も相まって、夢なのか現実なのか、言われていることは分かるが、内容は頭に入ってこなかった。

 え?側近が私のことが好き?好き・・・?
 側近は顔を真っ赤にして、耳はもっと真っ赤にして、斜め下を向いていた。しっぽは忙しなく左右に揺れた。

 王子はにやにやと、
「で、ここからはお前の仕事だ。ジャン。ちゃんと自分の口から言え。
そして許しを受けろ」

 王子は立ち上がった。
 私の方に向かって歩いてくると、
「もし断っても、お前のことは宮殿で保護してやる。
ジャンと会うのは気まずかろうから、私の妹の侍女にしてやる。礼儀見習いだ。
妹は天使みたいにかわいいぞ」
と言って、さっさと私の後ろのドアから退出していった。

 その後に足音がいくつか続いたので、私にハンカチをくれた人も立ち去ったのだろう。

 ジャンは顔を真っ赤にしたまま、後ろ手にしていた腕を何度か動かし、心を決めたと言うかのように私の方に歩いてきた。

 心臓がバクバクいっていて、耳まで心臓になったみたいだった。
 目が閉じれなくて、汗も止まらなくて、身体は熱いし、声も出ないし、喉は何かが詰まっているかのようだった。

 側近改めジャンという名だと知った側近は、私の足下にひざまずき、はかせてもらった白いワンピースの裾をつまむと、
「・・・順番は前後したが、君のことは愛している・・・・といったら大げさだな」
にっと顔を初めて上げたジャンは、照れくさそうに、いたずら小僧のように笑った。
 冷静でいるときよりも、顔が幼く見えた。
「君のことは気になっている。不幸な・・・・」
 ちょっと考えて言い直した。
「人と違う個性をもって産まれてきたが、それでもその状況を受け入れて、へんてんこな王子の試作品を受け取っても、気持ちに折り合いを付けて、対応する姿、強さに惹かれた。
まだ恋というには幼く、小さな気持ちだが、君には好意を抱いている。
もし、君が別の人を好きになったらいつでも手放そう。
だが、それまでは、どうか自分が見守りたいと思った。
その気持ちだけは嘘ではない。

だからどうか、僕の気持ちを受け入れてくれないだろうか?まずは共に過ごそう。この宮殿で。
友となり、仲間となり、いつか恋人になれたらいいなと思っている。急がない。せかさない。
見返りはいらない。ただ君の成長と笑う顔が見たい」


 なんて素敵な愛の言葉だと思った。
 そうか、私はこの言葉がほしかったのか。
 私を見てほしかった。

 私の答えは決まっている。
 でも喉がひっついたみたいになっていて、声が出ない。
 涙はぼろぼろと流れてくる。
 泣き顔は不細工なのよ、やめてよ。


 ジャンは少し心配そうな顔をした。
 だめ、早く否定してあげないと。

 そう思えば思うほど、胸は詰まるし、涙はこぼれる。

 だから、裾を握っていたジャンの手をほどいた。
 ジャンが傷ついた顔をしたから、慌てて、ぎゅっと握りしめた。
 えっと言う顔をしたから、やっと言った。

「ありがとう。私を見てくれていて」

 私はそう言って笑った。
 それしか言えなかったんだもん。
 齢トータル30でも愛の言葉への返答には慣れていない。恋愛経験はあって、一応性行為の経験はあっても、こんな素敵な言葉になんて返せば良いのかなんて分からなかったのだ。恋愛初心者だから。恋愛偏差値は低いし。学校の偏差値も低かったけど。


 そんなこんなで?
 私とジャンは二人でひとしきり泣いた後、第三王子の執務室にいき、ひとしきりからかわれたあとで、第三王子の下で働く同僚兼恋人未満として過ごすことになったのだ。
 私は第三王子の寮から、王都内の学校に通わせてもらっている。

 その後はどうなったかって?
 そんな野暮なことは聞くではない!

 ただ一つ言えることは、耳や尻尾があってもなったって、自分は自分でいていいんだと思えるようになったってこと。

 確かなものは何もない。
 ジャンの心さえ、いつ変わるか分からない。
 それでも、あの太陽の光が優しく差す部屋の光景は覚えておこうと思う。




 これにておしまい。めでたし、めでたし。



 おしまい。
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