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11.おでこごっちん
しおりを挟む昼下がり、太陽が顔を出しているとはいえ風は冷たく冬の気温には抗えない。
それでもレイリアは息抜きに時折ガゼボで仕事をするのをやめなかった。
ある日、授業時間の隙間に、ジルバードはふと外を見る。
そこには午後の日差しの木漏れ日に照らされた銀髪、足を組み紅茶を嗜みながら片手間に書類を片付けるレイリアを見つけた。
ラッキーな日だった。専属侍女がハーティから違う侍女に代わり、前よりはずっと楽なスケジュールになっても、限られている自由時間ではどれだけ探しても一回もレイリアをお目にかかることが出来ない日ばかりだったからだ。
ほっぺたが緩み、まんまるの黒目が歓喜を孕んで瞬く。
その姿だけをただひたすら探し続け、毎夜寝る前は明日は一目みられますようにと祈って眠るそんな毎日が、報われた気がした。
それからジルバードは、少なくない頻度でレイリアがガゼボで書類仕事をすることを知った。
特に、天気のいい日の午後は侍女を後ろに控えさせて読書をしている日なんかもある。
昼食を摂り終わると、大急ぎで『特等席』に向かう。
ガゼボから少し離れた客室は全面ガラス張りになっていてそこからはレイリアの顔から一挙手一投足まではっきり見ることの出来るジルバードにとっては、もうそれはとっておきの部屋だった。
───
「…招待状?」
お気に入りの場所である豪奢な柱と緑が基調とされた円い天井のガゼボの下、ページを捲っていた手を止める。
緩く顔を上げた際に目の端に見えたのは、遠いが、存在感のある客室のガラスの向こうでじっとこちらを見つめるジルバード。
必死すぎて頬と額がガラスにはりついてしまっている。
いつからだったか、レイリアがガゼボにいる時は、互いの時間の許す限りああしてこちらを見ているジルバード。向こうはバレていないと思っているのかどうなのかは知らないが少々不気味だ。まあそれはとりあえずいい。
「左様にございます。ジルバード様宛にお茶会の招待状がざっと20通ほど届いております」
ジルバードはまだ披露会を行っていない。世間的にはまだジルバードがハミルトン家の養子に取られたことは公表していない訳だが、もちろん人の口に戸は立てられない。
ジルバードがこの家に来て大体2ヶ月弱。
つい3週間ほど前に侍女と講師に処罰を下してから、急に招待状が届くようになったという。
この3週間の間に講師であるクラレンス子爵家とハミルトン家の正式な契約打ち切り、そしてボルド・クラレンス本人、子息、子女への処罰や専属侍女の処分内容までが尾びれ背びれをつけて貴族社会を駆け巡った。
専属侍女の内容、という詳細な部分まで広まっているのは、髪を抜き、首都を1日裸体で歩かせたからだろう。
講師はその後焼けた自分の顔を受け入れることが出来ず、心の病に臥せっているというが、まあ知ったことでは無い。
つまるところ、長男であるレイリアが『養子のジルバードを贔屓にしている』という確実視されている噂が広まっているということだろう。
まあ、贔屓というのはまた違うが原作では完全に『万が一のために引き入れられたスペア』という印象でしか無かったわけなので、結果的に良いと言えるだろう。
「そうか、一度行かせてみるのもいいな。名簿を。」
手袋を填めたまま左手を出すと、その上にそっと上質な黒いレザーの名簿が手渡される。
上から爵位順に招待状を送ってきた家名及びジルバードと同年代の子息子女の名前がまとめられている。
「は、王太子までいらっしゃるとはね」
王太子──最終的に主人公アシェルと愛を育む相手。
公爵家嫡男としてのイメージとしては特筆すべき箇所のない優秀な王太子。人当たりも良く、勉学にもよく励み、剣術もそこそこの腕前。
アシェルに対してだけ何となく俺様気質で多少強引なところが読者に受けが良かった。
他の貴族の『ジルバードに取り入りたい』という邪な思いではなく、ただ単純に俺が気にかけたというジルバードを一目みたいだけの興味本位だろう。
─── まだ、早すぎる。
ジルバードと、王太子もといライオネルを会わせるのは気が乗らない。
それに、王太子の招待を受ければ形式的にも兄である自分も一緒に出席しなければならないだろう。
王太子の茶会に兄弟揃って出席だなんて冗談ではない。よって却下だ。
普通に考えれば王家からの招待状を蹴るだなんて許されることでは無いだろうが、そこも問題ない。
名簿を上から指でなぞる。原作を読み込んでいたころの記憶が蘇り、ある家名と名前に指が止まった。
「─伯爵家。ルシアン・クレール」
クレール伯爵家。代々伝わる由緒正しき魔道士一族。
攻撃、守備、治癒。各分野1人は優秀な魔道士を輩出している。
ルシアンもその例外でなく、4歳になってから数ヶ月すると水属性の魔力をその身に宿した。
水属性は極めると氷結を操ることができるようになるため希少価値も高く、クレール家は手放しで喜び『家名の誉れ』として育て上げる。
ルシアン自身も、自分はこの国の至宝の1人であると信じて疑わず、その期待を背負い誇り高く邁進してきた。
───ジルバードに相対するまでは。
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