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第3話

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貧乏子だくさん。
貴族とは名ばかりのそんな貧しい家で私は10人兄弟の5番目として生まれた。
両親は食い扶持を稼ぐために日々家を空け、家の中は兄弟の数が多すぎて常に混沌としていた。
兄弟の誰もがいつもお腹を空かせ、不衛生な状態だった。
そして、10歳になったある日、国の決まりで魔力を鑑定する検査を私も受けることになった。
街はずれの教会に行ったのはその時が最初で最後。一番上の兄に手を引かれ連れていかれたその場所は、初めて目にした神聖な空間だった。
ステンドグラスが至る所にはめ込まれた、たくさんの小塔が寄せ集まってできた室内は、多彩な色で溢れている。そして、気が狂ったように掘られた様々な彫刻。目に飛び込んでくる情報の多さに眩暈を覚えた。自身を輝かせる為に、全身を黄金の装束で飾り付けた祭祀に、私は丸く大きな水晶に手をかざすように言われる。
ドキドキしながら小さな手をかざしてみると、とたんに真っ黒な禍々しい闇が水晶からあふれだし、教会内を暗闇に変えた。突然のことに驚いて、私はその場で腰を抜かして座り込む。
「誰か、明かりを!」
数名が長い詠唱をつぶやくのが聞こえる。
真っ暗な中、祈りのようなその音の響きはやわらかくも荘厳で皆の心を落ち着かせた。
長い詠唱が終わると、教会内に光が戻った。
「いやはや。驚いた。これは、すごい。この子は国内でも指折りの魔力保持者だ。」
ぽかんとする私を残して、大人たちがせわしなく動き出す。
あれよ、あれよと言う間に私は馬車に乗せられて、これまでの家族と会うこともなく、その日のうちにそのまま公爵家の養女となった。
後から、実家には多額のお金が支払われたと聞いた。そのお金で家族はもう飢えることもなく、健康に暮らしているそうだ。
あの頃、両親は生活に追われる毎日で、兄弟は皆荒れていた。そんな家では愛情を感じることは難しかったので、家を出されると聞いて私は特になんの感慨も沸かなかった。ただ、もう飢えることはないのだと、そのことが嬉しかった。
公爵家で新しく家族となった3人、父上に母上、そして兄上との関係はとても希薄だった。時々、家庭教師によって私に教えこまれたマナーのチェックが母上から都度はいったが、それだけだった。
私は愛情に飢えていた。
使用人にかしずかれてもとても寂しかった。
公爵家にやってきて、2か月たったある日、物凄くおめかしをされて、公爵家の両親と兄上とともに王宮へ連れていかれた。煌びやかなお茶会が開かれていた。
そこで私は初めて婚約者だとリアム・アインホルン殿下に引き合わされた。
10歳だった私と8歳だったリアム様とのファーストコンタクト。
目の前の天使は今まで目にしたあらゆる物の中で一番美しく、キラキラと輝いていた。
私は秒で彼のとりこになった。
ふくふくのほっぺが、サラサラの髪の毛が、煌めくエメラルドグリーンの瞳が、ああ…全てが尊い。
私はなんとか仕込まれたマナーを発揮して、見事なカーテシーをきめる。
無事に型通りの挨拶が終わった後で、二人っきりにされる。
親睦を深めるための時間。
リアム様は無言でただそこにいた。無関心な表情でただそこにいた。
私はリアム様を見つめるだけで底知れぬ愛情が湧きだすのを感じる。
誰かをずっと愛したかったのだ。
そして誰かに愛されたかった。
私はリアム様のふくふくほっぺを両手で包み、近距離で真っ直ぐ見つめる。
エメラルドグリーンの瞳は今、私だけを映している。
そのことにすごく満足すると、満面の笑顔で私は彼を抱きしめた。
無気力なリアム様はされるがままだ。
「あなたが、私の家族になってくれるのね。嬉しい。」
私は、彼のマシュマロほっぺにキスをする。
そして、やわらかい彼の手を引いて王宮の広大な庭を駆け回った。
今まで一人で遊んで見つけたたくさんの遊びを彼にも教えてあげる。
泥団子をつくって、転がしてぶつけたり、アリの巣をほじくりかえしたり。そして、木にも登った。
リアム様の表情もだんだんと生き生きとして、笑顔になる。
二人で夢中になって時間を忘れて遊んだ。
別れ際、泥だらけとなった互いの服をリアム様がクリーンの魔法で綺麗にしてくれた。
8歳で魔法をすでに使えるチートさよ…。
そのころの私はリアム様のスペックの凄さが何も分からずただただ喜んでいましたわ…。
「キャロル、私もあなたと家族になるのが、嬉しい。」
リアム様ははにかみながらそう言って、私の手に何かを握らる。
手を開いて見ると、黒くて固いいびつな形の小さな石があった。
日にかざしてみると、光の当たったところが虹色に輝いている。
私はそれをとても気に入った。
「ありがとう。リアム。大事にするね。」
私は彼を抱きしめ、ふくふくほっぺにキスをする。
リアム様も私のほっぺにキスを返してくれた。
その日、私たちはとても仲良しになった。
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