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東館北斗

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乙女街道

命短し

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春になれば、百花繚蘭咲き乱れ薄桃、橙、黄金色。頭のさきから脚の先まで彼女たちには春の祝福が与えられる。いずれ散りゆく花弁の一片さへ美しく舞っていくことを知っているのだ。それでも彼女はまだ五分咲き。ふわふわくるくる華を謳歌して軽やかに。
つっ、とそう、彼女にとって幸か不幸か、視線の端に捕らえてしまった。それは花を啄む蝶のやう。しかも蝶は美しく蜜の香る花にしか興味が無い。このままでは、いけない。あの蝶を捕らえるのだ。あの蝶でなくてはならないのだ。
花はより華麗に、どんどんと盛に近づいていく。強欲と育つ花の大輪よ、誘惑と育つ花の芳しさよ。あぁ、花は盛、春の繚乱。
たとえ蝶に選ばれずとも。いずれ醜く萎れるのなら、今咲き誇れ、咲き尽くせ。
次もまた繰り返される花のために。



今年もまた、春が訪れる。長く、暗く、寒い季節を越えた生命が咲き乱れる。
彼もまた蛹から羽化し、この世の美しさにうっとりと見とれるのだ。地を這い、草を食み、青い空を見上げるばかりだった彼は、固くなった身体が柔く解き放たれ自由を得る。
見上げる空よりも余程高く、尚深い空を己が翼で飛び回る。眼下に広がる花畑は甘い蜜と鮮やかな花弁で織り成される極楽。
知っているのだ、彼は。極楽の華は美しく咲き誇り己を誘惑しているのだと。
ふっと、視界の端に捕らえてしまったのだ。薄紅や黄色の柔らかそうで優しそうな花の中に、あまりにも刺激的な、激情の朱を。
それは近づけば傷つけられ、焦がれても焦がれても近づくことは叶わない。高嶺の花。
蝶の哀れ、近づくことの叶わない花を想い続ける一瞬の生命よ。
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