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後日譚

白と緑1/4

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「勝負よ、伝説レジェンドっ!」

 マルア国にあるドゥークという町の冒険者ギルドに呼ばれて、難易度Sのクエストを滞りなく完了した。報告を終えてギルドハウスをでたところで、抜身の剣を握る見知らぬ女性が僕がいる方へ向かって叫んだ。多分、僕に言ったのだと思う。不本意ながら、現在世界で唯一、伝説レジェンドランクの冒険者とは僕のことだ。
 でもできれば、僕の聞き間違いか思い違い、そもそも冒険者の『伝説レジェンド』ではないということであってほしい。冒険者以外で伝説レジェンドというネーミングの役職を聞いたことがないけど。
 淡い期待を込めて、女性が塞いでいる方向とは逆方向へ足を向ける。
「ま、待ちなさいよ伝説レジェンドっ! 黒の竜討伐者ドラゴンスレイヤーアルハでしょう!? 逃げるの!?」
 はい、僕逃げます。
 大体、こんな町中の、他の人の目がある前で「勝負だ」とか言い出す人とはお近づきになりたくない。人前で戦闘を促すのは、いくら帯剣が許されてる世の中でもどうかと思う。
 あとその二つ名、本人認めてませんから。大きな声で言わないで。
「待てって言ってるでしょう!」
 背後の気配が、かなりの速さで僕との距離を詰めた。あろうことか剣を振りかぶっている。避けると他の人や物に剣が当たるかもしれないから、振り返りざまに短剣で受けた。
「危ないですよ」
 努めてゆっくり言い聞かせて、そっと剣を押しやる。
 女性は軽やかな身のこなしで、僕と距離をとった

 改めて女性を見る。白に近い銀髪を後ろで一つにまとめていて、瞳は翠色。メルノより背は高いけど、冒険者としては小柄だ。金属製の胸鎧は重たそうに見えるのに、先程の動きからして問題にしていないようだ。
 友人の英雄ヒーロー、ハインと同じくらい強い。
「逃さないわよ!」
 女性が再び剣を構えて突進してきた。
 こちらも再び短剣で止める。
「わかったよ。どうしたら終わりにしてくれる?」
「貴方が負けを認めるまで……」
「僕の負けです。参りました」
 言いながら、そのまま短剣で剣を押し返し、両手を上げて降参のジェスチャーをした。
「じゃ」
 女性が口をぽかんと開いたまま動かないのをいいことに、速やかにその場から離脱した。
 別の女性が近寄って、銀髪の女性に何か話しかけているのがちらっと見えた。

 このやり取りの間中、ヴェイグはずっと笑いを噛み殺していた。
〝久しぶりに遭遇したな〟
「町中で女性からっていうのは初めてじゃないかな」
〝そうだったか。アルハは相手が誰であろうと態度が変わらぬから、気付かなかった〟

 冒険者ランクが伝説レジェンドになり、顔と名前が広く知られてしまった。町中ではフードを深く被って過ごしているのに、冒険者ギルドで名前を呼ばれるとすぐにバレてしまう。
 僕に勝てば即座に冒険者ランクが上がると思いこむ人が度々いて、自称英雄ヒーローまたは伝説レジェンド候補から幾度となく勝負を挑まれてきた。
 尚、そんな下剋上制度は存在しない。
 更に、冒険者ギルドは冒険者同士の私闘を禁止しているから、僕に勝ってもランクは上がるどころか処罰を受けて下がる可能性のほうが大きい。
 はじめの頃は真面目に、スキルやヴェイグの魔法を駆使し、なるべく穏便に相手を行動不能にしてきた。場合によっては私闘禁止以前に町中で剣を抜くんじゃありませんと説教もした。
 一組対応するのに早くても一時間、酷いときは半日かかるのを何度か繰り返すうちに、ぶっちゃけ面倒になった。
 それで、先程のような対応をするようにした。
 僕自身は伝説レジェンドのランクに全く固執していない。冒険者さえ辞めさせられなければ、ランクはなんでもいい。
 確かに英雄ヒーロー伝説レジェンドともなるとギルドの恩恵を「本当にいいの?」というレベルで受けられる。でも例えば宿泊施設の利用だって、適性料金を払えばいいだけの話だ。普通に冒険者をやっていれば無理な額じゃないし、むしろ悠々自適に暮らせる。
 負けを認めたことがギルドに伝わり、降格させられたとしても、僕は困らない。

 実際に、僕が負けを認めたとギルドへ申告した人も何人かいた。
 その人達は全員、ギルドから私闘を申し込んだことについて厳重注意を受けて終わっているそうだ。

 ただ、今回の相手は少々特殊な方向にしつこかった。

 町の中心から離れたところにとった宿で装備の手入れをしながらヴェイグと駄弁っていると、扉をノックされた。
 気配は宿のご主人と、他に二人。一人は、昼に勝負を挑んできた人に思える。
 ギルドの宿泊施設をわざと避けたのに、追いかけてきたのか……。
 僕が心底面倒くさい、という雰囲気を纏うと、ヴェイグも肩をすくめるような素振りをした。

 扉を開けると、まず宿のご主人が謝ってくれた。誰が来ても取り次がないようにお願いしてあったせいだ。二人が強引に押し切ったのだろうと想像がつく。
 ご主人には気にしないでくださいと言い、僕と女性二人は表に出た。

「何の御用ですか。僕もう眠いのですが」
 日は暮れていて、夕食の時間もとうに過ぎている。とはいえ眠るには早い時間で、実のところそんなに眠くない。迷惑ですよというアピールだ。
「貴方は私に負けたのだから、私の言うことを聞くべきよ!」
 銀髪の女性が、ドヤ顔で妙なことを言い放ってきた。
 何その俺様ルール。
 もうひとりの女性は、銀髪の女性の少し後ろに控え、片手で口元を抑えている。笑っているようだけど、何に対してかな。
 笑っている人は、銀髪の女性より頭一つ背が高い。黒に近い緑色の髪を、長く背中に流していて、瞳は明るい茶色。この人も剣士風の装備だ。手にしていた灯りの魔道具は、今は足元に置かれて辺りを明るくしている。
 僕が黙っていると、緑髪の女性が口元から手を外し、俺様な女性に近づいた。
「シーラ、伝説レジェンドが困っています。ちゃんと要望を詳しく伝えないと」
 まともそうな雰囲気だったから窘めてくれるのかと思いきや、しっかり俺様さん改めシーラの味方だった。しかも煽ってくるタイプの。
「わかったわ、アイネ」
 短くやり取りし、シーラが改めてこちらを向いた。
「私と……」
「嫌です」
 何か言われる前に、僕から全てを遮断した。
 要望の内容が何であれ、僕が聞く義務はない。
「……言うことを聞くべきと、言ったはずよ」
「どうして? 確かに負けを認めはしたけど、言うことを聞くなんて約束はしてない」
「敗者は勝者に従うものでしょう!」
「初耳」
 念の為ヴェイグに確認してみた。
〝国同士の戦争ならば、なし崩し的にそのような状態に陥ることもある。しかし今回は個人の諍いで約束もなく一方的すぎる〟
 僕の反応で問題なさそうだ。
「いいから聞きなさいよっ!」
 町の外まで出たとはいえ、夜だと言うのにシーラの声が大きい。
 苦手だなぁ、人の話を聞かないタイプ。
 またクスクス笑っていたアイネが、僕とシーラの間に立った。
「アルハ、悪い話ではないのです。話だけでも聞いてくださいませんか?」
 アイネの物言いは丁寧なのに、微妙に上から目線だ。
 この人も何か勘違いしてそうだなぁ。
 一応きっちり言っておこう。

「僕に何か用事があるなら、ちゃんとギルド通してください。こんな無理やりな話、聞きたくないです。それに、魔物討伐ってことなら、そちらの方に負けた僕が手伝えるとは思えません」

 笑顔だったアイネの顔が、ぴしりと凍りついた。
 ギルドを通せっていうのは、自分でも何様かと思う。こうしないと、僕のランクからしてあちこちから依頼が来てしまい収拾がつかなくなるので、大目に見てほしい。
 冒険者への依頼は殆どが魔物討伐だ。シーラは僕に勝つほどの冒険者なのだから、僕と同じだけ難しい依頼もこなせる、ってことになるよね。勿論皮肉のつもりで言った。
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