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魔物、残り一匹。
どこにいるのか見当もつかず、一週間が過ぎた。
しかも、冒険者ギルドは変わらず機能していたし、僕たち以外の冒険者は魔物を討伐していた。
「どうなってんだよ」
自然とリビングに集まった皆のうち、ソファーでぐんにゃりしているジョーが苛立ちを隠さずに呟く。
「もうかれこれ二周してるのに、見つからないものね」
ピヨラが地図を睨みつけたまま、返す。
地図には二つ重なったバツ印が満遍なく付いている。
「デガさん。わたくし明日、教会へ行きます」
フィンベルが所属しているのはドルズブラの隣国、レトナークの大教会だが、今ここで言う『教会』は聖石を購入したこの町の教会のことだ。
「教会行って何するの?」
「最後に神の声を聞いてから四ヶ月以上経ちますし、また別の声が聞けるかもしれません。それで、デガさんにも一緒に行って頂きたいのです」
「……なるほど。わかった」
僕は聖女や聖者でもないのに、GODに直接遭ったことがある。
神に近い場所へ行けば、また何か起きるかもしれない。
起きなくても、他にやれることも思いつかないし、行ってみる価値はある。
「私たちは三周目突入してみるわ」
地図を見すぎたのか、ピヨラは眉間をぐにぐにと揉んでいる。
「明日の結果次第でいいんじゃないかな」
「そうだな。明日は休もうぜ、ピヨラ」
「うーん、わかったぁ」
ピヨラはぼんやりした返事を返すと、ジョーの横にどすんと座った。
翌朝、早速教会へ赴いた。
「まあ、ミヒャエル様にデガ様。今日はどういったご要件で」
僕たちがここへ来る理由は毎回、聖石の購入だった。
いつものシスターが満面の笑みで出迎えてくれたが、今日は期待に添えず申し訳ない。
「道に迷いましたので、神のお側で祈りを捧げたく」
当然、迷子になったわけではない。「神に祈りを捧げる」の前につける枕詞みたいなものだ。
とはいえ今回は本当に迷っているわけだが。
「左様でしたか。では、こちらへどうぞ」
聖石を買わなくてもVIP扱いだ。僕たちはすんなりと教会の奥の部屋へ通して貰えた。
神の像がある祈祷室は大人が十人も入れば満員電車状態になるほど小さいが、どこか厳かな空気が漂っている。
神の像は女神で、GODとは似ても似つかない。
「静かに祈りたいので……」
その場に留まりたそうだったシスターにベルが声をかけると、シスターは「失礼しました」と行って退出していった。
「では、ひとまず普通に祈ってみますね。デガさんも良ければ、こう……」
ベルが像の前で両膝をつき、両手を組む。僕がそれを倣うと、ベルはゆっくり一度頷いて像の方を向き、やや俯いて目を閉じた。
僕も真似をした。
「やあ」
場にそぐわない陽気な声を耳にして思わず立ち上がると、少年の姿をしたGODがいた。
あたりの景色は、先日と同じく真っ白で、地面もない空間になっている。
「お前っ!」
GODの胸ぐらをつかんだはずだが、GODはもう目の前に居なかった。
「野蛮だなぁ。……そう睨まないでよ。言いたいことはわかってるから。一旦落ち着いて? はい、深呼吸……」
「できるか!」
背後から聞こえる声に振り返ったが、いない。
「できなきゃ話もできないよ」
また声のする方を向くと、今度は青年の姿になっている。
「じゃあ、さっさと話せ」
「はいはい。最後の魔物の居場所は、堂努清良に伝えて、もう討伐は済んだよ」
「どうど……誰だ?」
「あれ? 君たち、お互いの本名も知らないの? 君がピヨラと呼んでいた少女だよ」
こんなところで本名を知るとは。
お互いハンドルで呼びあうのが普通になってて、本名で自己紹介するという発想自体が無かった。
「最後の魔物はどこにいたんだ」
「ドルズブラ城下町。下水道にスライムが一匹紛れ込んでたんだ」
「そんなの分かるかよ……」
「だから教えてあげたんじゃないか」
肩を竦めるGODの姿は、青年と少年の間を行ったり来たりしている。
「さて、これで魔王と魔物は全て討伐された。魔王の角も集めた。願いを叶えてあげようじゃないか」
GODはふわっと高く浮かぶと、今度は威厳に満ちた壮年の姿になった。
「その前に聞いておきたい。もし僕がこの世界の存続を願ったら、僕たちがいる世界はどうなる?」
「この世界がある限り、他の世界に影響が出ることは変わらない。この世界が存続したら、君たちの世界にも歪みが生じる。例えば……魔物が現れたりとか、ね」
やっぱりか。
「もう一つ。この世界の人達を僕たちの世界に移住させることは可能か?」
「できるよ。ただし、この世界由来のものが残るということは、この世界の存続も意味する。結果は同じだ」
これも駄目。
「……この世界と僕たちの世界、両方を救う術はないのか」
「無いね。さあ、そろそろ願い事を言いたまえ。こちらにも時間的制約というものがある」
詰んだかな……。
僕が言葉を発するのをためらっていると、GODが僕に、ずい、と顔を寄せてきた。少年の、生意気そうな顔だ。
「ほら早く」
何か、何か良い方法はないのか。
……何も思いつかない自分に、腹が立った。
その時。
<心理学を振りますか?>
声がした。
目の前にGODがいるというのに。
いや、心理学を振れと言った声と、GODの声は明らかに違う。
GODはどんな姿をしていても男の声だが、いつも僕にダイスロールのことを伝えてくれる声は、女性だ。
心理学。確か、宇宙的恐怖系TRPGでよく振ったりGKがこっそり振ってたな。
対人関係技能に関わるものだ。
僕は頭の中で「Yes」を選択した。勿論、チートで大成功付きだ。
「早くしてよ。ここで失敗したら、権能が奪われちゃうんだよ」
突然GODがそんなことを口走り、GODは自分で自分の言ったことに驚いて、手で口を抑えた。
<『説得』の判定をしますか?>
<説得:大成功。GODは何もかも喋る>
「権能が奪われる? 誰にだ」
「我は生まれたばかりの神だ。といっても、数千年は経っているから君たちより年上だよ。何度か世界を創ってきたけど、全部失敗してるんだ。今回は君たちが簡単に『世界』を創って遊んでいるのを見て羨ましくなって、真似した。実は今回も失敗すると、我は神としての権能を、上位の神によって奪われてしまう。だから君にこの世界を滅ぼさせて、我のせいじゃないことに……って、どうして喋っちゃってるんだ!?」
GODの姿がまたブレる。動揺するとブレが大きくなるようだ。生まれたばかりの赤ん坊から、百歳をとうに超えた老人まで、様々な姿を行き来し始めた。
「上位の神ってのは、僕にダイスロールをさせてる神のことか」
「そう……だからっ! どうして喋っちゃうかな!?」
GODはしきりになにかしようとしているらしいが、ことごとく失敗している様子だ。
多分、僕のダイス目チートが仕事してくれているのだろう。
これなら……!
まだ、GODの「願いを一つ叶える」が有効なら、もうこれしか無いだろう。
「願いを言うぞ。この世界のすべての権限を、その上位の神に譲れ」
最後に聞こえた名状し難い悲鳴は、GODの断末魔だったのだろうか。
*****
「……うわっ、ティッシュティッシュ」
足元にコーラをこぼした僕は、ボイスチャットどころではなくなった。
椅子に座ったまま靴下を脱ぎ、一旦コーラを吸わせてから、ティッシュで床と、椅子のタイヤを拭き取る。
後で水拭きしないとベタベタになるだろうなぁ。
「どうしたー、デガー?」
チャットに戻ると、皆が声を掛けてくれる。
「コーラこぼした」
「あらら」
「はっはっは」
「PCは無事か?」
「無事無事。……って、えっ、ここ、日本!?」
僕が思わず叫ぶと、皆もざわついた。
「……本当だ! GODは? ……いない」
「ねえっ、ルールブックのデータが無い!」
「キャラシートも消えてる」
僕たちが落ち着くのに、十数分を要した。
どこにいるのか見当もつかず、一週間が過ぎた。
しかも、冒険者ギルドは変わらず機能していたし、僕たち以外の冒険者は魔物を討伐していた。
「どうなってんだよ」
自然とリビングに集まった皆のうち、ソファーでぐんにゃりしているジョーが苛立ちを隠さずに呟く。
「もうかれこれ二周してるのに、見つからないものね」
ピヨラが地図を睨みつけたまま、返す。
地図には二つ重なったバツ印が満遍なく付いている。
「デガさん。わたくし明日、教会へ行きます」
フィンベルが所属しているのはドルズブラの隣国、レトナークの大教会だが、今ここで言う『教会』は聖石を購入したこの町の教会のことだ。
「教会行って何するの?」
「最後に神の声を聞いてから四ヶ月以上経ちますし、また別の声が聞けるかもしれません。それで、デガさんにも一緒に行って頂きたいのです」
「……なるほど。わかった」
僕は聖女や聖者でもないのに、GODに直接遭ったことがある。
神に近い場所へ行けば、また何か起きるかもしれない。
起きなくても、他にやれることも思いつかないし、行ってみる価値はある。
「私たちは三周目突入してみるわ」
地図を見すぎたのか、ピヨラは眉間をぐにぐにと揉んでいる。
「明日の結果次第でいいんじゃないかな」
「そうだな。明日は休もうぜ、ピヨラ」
「うーん、わかったぁ」
ピヨラはぼんやりした返事を返すと、ジョーの横にどすんと座った。
翌朝、早速教会へ赴いた。
「まあ、ミヒャエル様にデガ様。今日はどういったご要件で」
僕たちがここへ来る理由は毎回、聖石の購入だった。
いつものシスターが満面の笑みで出迎えてくれたが、今日は期待に添えず申し訳ない。
「道に迷いましたので、神のお側で祈りを捧げたく」
当然、迷子になったわけではない。「神に祈りを捧げる」の前につける枕詞みたいなものだ。
とはいえ今回は本当に迷っているわけだが。
「左様でしたか。では、こちらへどうぞ」
聖石を買わなくてもVIP扱いだ。僕たちはすんなりと教会の奥の部屋へ通して貰えた。
神の像がある祈祷室は大人が十人も入れば満員電車状態になるほど小さいが、どこか厳かな空気が漂っている。
神の像は女神で、GODとは似ても似つかない。
「静かに祈りたいので……」
その場に留まりたそうだったシスターにベルが声をかけると、シスターは「失礼しました」と行って退出していった。
「では、ひとまず普通に祈ってみますね。デガさんも良ければ、こう……」
ベルが像の前で両膝をつき、両手を組む。僕がそれを倣うと、ベルはゆっくり一度頷いて像の方を向き、やや俯いて目を閉じた。
僕も真似をした。
「やあ」
場にそぐわない陽気な声を耳にして思わず立ち上がると、少年の姿をしたGODがいた。
あたりの景色は、先日と同じく真っ白で、地面もない空間になっている。
「お前っ!」
GODの胸ぐらをつかんだはずだが、GODはもう目の前に居なかった。
「野蛮だなぁ。……そう睨まないでよ。言いたいことはわかってるから。一旦落ち着いて? はい、深呼吸……」
「できるか!」
背後から聞こえる声に振り返ったが、いない。
「できなきゃ話もできないよ」
また声のする方を向くと、今度は青年の姿になっている。
「じゃあ、さっさと話せ」
「はいはい。最後の魔物の居場所は、堂努清良に伝えて、もう討伐は済んだよ」
「どうど……誰だ?」
「あれ? 君たち、お互いの本名も知らないの? 君がピヨラと呼んでいた少女だよ」
こんなところで本名を知るとは。
お互いハンドルで呼びあうのが普通になってて、本名で自己紹介するという発想自体が無かった。
「最後の魔物はどこにいたんだ」
「ドルズブラ城下町。下水道にスライムが一匹紛れ込んでたんだ」
「そんなの分かるかよ……」
「だから教えてあげたんじゃないか」
肩を竦めるGODの姿は、青年と少年の間を行ったり来たりしている。
「さて、これで魔王と魔物は全て討伐された。魔王の角も集めた。願いを叶えてあげようじゃないか」
GODはふわっと高く浮かぶと、今度は威厳に満ちた壮年の姿になった。
「その前に聞いておきたい。もし僕がこの世界の存続を願ったら、僕たちがいる世界はどうなる?」
「この世界がある限り、他の世界に影響が出ることは変わらない。この世界が存続したら、君たちの世界にも歪みが生じる。例えば……魔物が現れたりとか、ね」
やっぱりか。
「もう一つ。この世界の人達を僕たちの世界に移住させることは可能か?」
「できるよ。ただし、この世界由来のものが残るということは、この世界の存続も意味する。結果は同じだ」
これも駄目。
「……この世界と僕たちの世界、両方を救う術はないのか」
「無いね。さあ、そろそろ願い事を言いたまえ。こちらにも時間的制約というものがある」
詰んだかな……。
僕が言葉を発するのをためらっていると、GODが僕に、ずい、と顔を寄せてきた。少年の、生意気そうな顔だ。
「ほら早く」
何か、何か良い方法はないのか。
……何も思いつかない自分に、腹が立った。
その時。
<心理学を振りますか?>
声がした。
目の前にGODがいるというのに。
いや、心理学を振れと言った声と、GODの声は明らかに違う。
GODはどんな姿をしていても男の声だが、いつも僕にダイスロールのことを伝えてくれる声は、女性だ。
心理学。確か、宇宙的恐怖系TRPGでよく振ったりGKがこっそり振ってたな。
対人関係技能に関わるものだ。
僕は頭の中で「Yes」を選択した。勿論、チートで大成功付きだ。
「早くしてよ。ここで失敗したら、権能が奪われちゃうんだよ」
突然GODがそんなことを口走り、GODは自分で自分の言ったことに驚いて、手で口を抑えた。
<『説得』の判定をしますか?>
<説得:大成功。GODは何もかも喋る>
「権能が奪われる? 誰にだ」
「我は生まれたばかりの神だ。といっても、数千年は経っているから君たちより年上だよ。何度か世界を創ってきたけど、全部失敗してるんだ。今回は君たちが簡単に『世界』を創って遊んでいるのを見て羨ましくなって、真似した。実は今回も失敗すると、我は神としての権能を、上位の神によって奪われてしまう。だから君にこの世界を滅ぼさせて、我のせいじゃないことに……って、どうして喋っちゃってるんだ!?」
GODの姿がまたブレる。動揺するとブレが大きくなるようだ。生まれたばかりの赤ん坊から、百歳をとうに超えた老人まで、様々な姿を行き来し始めた。
「上位の神ってのは、僕にダイスロールをさせてる神のことか」
「そう……だからっ! どうして喋っちゃうかな!?」
GODはしきりになにかしようとしているらしいが、ことごとく失敗している様子だ。
多分、僕のダイス目チートが仕事してくれているのだろう。
これなら……!
まだ、GODの「願いを一つ叶える」が有効なら、もうこれしか無いだろう。
「願いを言うぞ。この世界のすべての権限を、その上位の神に譲れ」
最後に聞こえた名状し難い悲鳴は、GODの断末魔だったのだろうか。
*****
「……うわっ、ティッシュティッシュ」
足元にコーラをこぼした僕は、ボイスチャットどころではなくなった。
椅子に座ったまま靴下を脱ぎ、一旦コーラを吸わせてから、ティッシュで床と、椅子のタイヤを拭き取る。
後で水拭きしないとベタベタになるだろうなぁ。
「どうしたー、デガー?」
チャットに戻ると、皆が声を掛けてくれる。
「コーラこぼした」
「あらら」
「はっはっは」
「PCは無事か?」
「無事無事。……って、えっ、ここ、日本!?」
僕が思わず叫ぶと、皆もざわついた。
「……本当だ! GODは? ……いない」
「ねえっ、ルールブックのデータが無い!」
「キャラシートも消えてる」
僕たちが落ち着くのに、十数分を要した。
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