ペトリの夢と猫の塔

雨乃さかな

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第1章『始まりの村と魔法の薬』編

第36話 真実/Truth

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 震える吐息と共に、村長が鞘から剣を引き抜こうとする。
 彼が剣を抜いた時、刃の先端が欠けていて、さらにエレリアの持っている欠片と一致した時、村長が自身の妹を殺した真犯人だということになる。
 これまで村の歴史では、村長の妹ニーナを殺したのはその愛人フェイルメアだとされていたが、今その歴史が大きく動こうとしている。それも、少し前までよそ者だったエレリアの手によって。
「はぁ、はぁ……」
 素直に鞘に手を触れたのは良いものの、それっきり村長の動きがぴたりと止まってしまった。もう後には退けないはずだが、何かこの場から逃げ出す口実でも考えているのだろうか。
「村長さん、何を戸惑っていらっしゃるのですか!? あなたが犯人でないのならば、早くその剣を抜いて、逆に身の潔白を証明することもできますよね?」
 張り詰めた空気が漂う中、村人たちは急き立てるように、村長に早く剣を抜けと促す。
「くっ……」
 対して、村長はと言うと、村人たちから浴びせられる怒声とプレッシャーに、ただひたすら目を見開いたまま黙って耐え続けていた。
 その様子をエレリアはそばで静かに見つめる。
 その姿はもはや、村民たちという名の魔獣の群れによって壁際まで追い詰められた野兎のようだった。もう背後に逃げ場はない。彼には、大人しく真実を認める術しか残されていないはずだ。
「村長さん!!」
「……っ!!」
 そして、とある一人の村人の叫びによって、鞭で叩かれた馬が急いで駆け出していくかの如く、ついに村長は手に力を入れて、ゆっくりと引き上げた。
 青白い閃光と共に、その隙間から剣の刃が徐々に姿を表す。
「おぉ……!」
 次第に明かされていく真実を目前にした周囲の人々が、その待ちに待った光景に思わずどよめく。
 エレリアとソウヤがいくら精一杯力を尽くしても取り出せなかった剣の鞘を、村長はいとも簡単にゆっくりと引き抜いていく。
 ようやく姿を見せたその剣の刃は、蒼天の如く済んだ青色が内部に封じ込められた特殊な輝きを放っていた。誰もがその剣を見ただけで、他のものとは明らかに質の次元が違うと分かるほど、その村長の剣は独特な魅力に包まれていた。
「……」
 そして、鞘をおおかた抜き終わろとしたその時、村長の手がぴたりと止まった。まだ、刃の先端は収められている。
 その時の村長の顔は、底なしに湧き出る脂汗でぐしょ濡れだった。苦しそうな表情は張り詰めたまま次第に蒼白になっていき、激しい動悸と共に全身は細かく震えている。
 その姿を見て、村人たちもほぼ確信していただろう。もはや、彼の口から語られずとも、今の彼の様子からだいだい察しがつく。
 するとエレリアは、硬直したまま動かない村長にゆっくりと近づいた。
 そして、彼の右手の手首を優しく包み込むように握ると、それごと剣の鞘を最後まで引き抜いた。

「……!!!」

 ついに、剣の刃の全貌が明らかになった。
 それと同時に、虚実に塗りたくられていた歴史の真実を目の当たりにした村人たちが、一斉に声にならない驚愕の悲鳴をあげた。
 そう、エレリアの予想通り、その剣の先端は大きく欠けていたのだ。それも、綺麗にその断面が見えるほどに。
 何も語らず、膝から崩れ落ちるよ村長。
 そして、地面に転がった剣をエレリアは歩み寄って拾い上げると、自身が手にする欠片とその剣の先端を繋ぎ合わせた。
 すると、パズルのピースがハマかのるように、なんとお互いが見事に一致したのだった。それも亀裂の具合までぴったりと。
 村長にしか扱うことができない剣の欠けた先端と、何者かによって殺されたニーナの死体に残っていた剣の欠片の合致。これで、村長が真犯人だと言うことが鮮やかに証明された。
「……これこそが、あの夜カロポタス村でニーナさんから私に伝えられた真相のすべてです。彼女はフェイルメアによってではなく、村長さんによって殺されたのです!!」
 エレリアはこの日一番の自身を胸に、声高らかに言い切った。
 それはまさに、村長の手によって永く闇の底に潜められていた真実が、初めて日の目を見た瞬間でもあった。
「……」
 長い沈黙と共に力無くうなだれたまま、一向に起き上がろうとしない村長。その様子を見て、人々は呆れ果てて言葉を失っていた。
 まさか、自身の犯した罪をフェイルメアになすり付け、挙句の果てに村人を騙して、そのまま彼をも殺してしまうとは。いつも真っ先に村のことを考えて、村民に対して優しく接待する村長の人となりからは、微塵も考えられない行動だ。
 ただ、エレリアの示した主張を聞く限り、彼がニーナを殺した真犯人だと認めざるを得ない。そう、ここにいる全員がエレリアの見事な推理と活躍に感服するしかなかった。
 その時、いきなり村長が怒り狂った鬼のような眼差しで使用人の少女クレアを鋭く睨みつけ、自身の口から激しい威喝を吐き散らした。
「クレアぁぁあ!!!!」
 主人からの予想外の叱責に、屋敷の使用人として整然とした佇まいを崩さないクレアも、この時だけは平静を装う表情を隠しきれず、その驚きを思わず顔に表してしまった。
「なぜ、主人であるわしを裏切った!? 幼い頃のおまえの命を救ったわしへの恩は忘れたのかっ!!」
 自身の犯行を暴いてきたエレリアにではなく、なぜか真っ先に屋敷のメイドのクレアに向かって村長は泣き叫ぶ。
「も、申し訳ございません、ご主人様……」
 もともとは、クレアが村長の部屋からこっそり剣をここへ持ち出したことによって、彼の犯行が暴かれたのだ。
 彼女は主人のあまりに取り乱した態度に少し動揺しつつも、ただちに使用人の礼儀と志を立ち振る舞いに示して、そのまま深々と身を屈めた。
「しかし、ご主人様には申し訳ないのですが、実は、私もおぼろげながらに感じていたんです。ご主人様の犯した秘密を……」
「なっ……」
 すると、クレアは今まで誰にも口にできなかった胸の内を自ら語り始めた。
「あれは数年前のこと、だったと思います。私がご主人様へ軽食と紅茶をお出しするため、お部屋の扉をノックしようとした時、向こうからご主人様がぶつぶつと呟く声が聞こえてきたんです」
 村長の屋敷で働く少女の言葉に、集まった人々は静かに聞き入る。
「その時の私は、ご主人様は何かお仕事をされているのだと思い込み、仕方なく私はまた時間を改めてお食事を運ぶことにしました。しかし帰り際、少し気になる言葉を耳にしたんです」
 クレアは少しも躊躇することなく話を進めていく。一方で、村長は瞳を潤したまま再び動かなくなってしまった。
「『ごめんよ、ニーナ……』と、それは囁き声などではなく、ご主人様のむせび泣く声でした」
 その言葉に、エレリアを含む村人たちは神妙な顔つきで、口にする言葉を見つけることができずにいた。村長は今でもニーナを殺したことを後悔してるらしい。
 彼の使用人だからこそ語ることのクレアの証言により、謎に包まれていた事実が次々に明かされていく。
「正確な言い回しではないのですが、『すべてわしが間違っていた。わしの犯した罪を許してくれるか、ニーナ』と、ひたすらにニーナ様に謝罪の意を唱えられていらっしゃる瞬間を、偶然私だけが聞いてしまったのです。ご主人様の前で私情を見せる行為は使用人として厳禁ですので、私はあの発言の真意を尋ねることができずにいましたが、それ以来ずっと忘れることができませんでした」
 その時、ふとエレリアは村長を見ると、彼は感極まったのか、目に大量の涙を溜めて今クレアが語ったようにむせび泣いていた。
「もちろん、その一件だけでご主人様が殺人犯なのだと確信したわけではありません。しかし、昨日の夕べ、エレリア様がこっそり屋敷の裏口にいらしてくれた際に、そこで私は初めて真相を聞かされました。そして、その時ようやく、私の疑いは確信に変わりました。以上が、エレリア様にご主人様のご愛用の聖剣を今回ご用意させていただいた次第です」
「エレリアおまえ、俺たちの知らない間にそんなことやってたのか」
「まあね……」
 エレリアのあまりの用意周到ぶりに、ソウヤは半分呆れ気味な物言いでエレリアを細い目で見つめる。
「ご主人様の大切な私物を無断で持ち出してしまった行為について、使用人の立場として到底許されないということは、私も重々承知しております! また、どんな厳しい処罰を受ける覚悟もできております。誠に申し訳ございませんでした!」
 淡々とした口調で一通り言い終えると、クレアは深く頭を下げ、自身を雇ってくれた主人に対して精一杯の誠意とその忠誠心を表明した。
「……」
 しかし、目の前で屈服する少女に対して、村長は一言も口を開かなかった。怒鳴ることも、喚くことも。
 ただ、深く頭を下げるクレアを黙って見つめることしかできなかった。
 村長に誠心誠意の服従を見せる少女の姿に、広場は再びいたたまれない空気に包み込まれた。
 すると、その時だった。
「……ふっ、見事な名推理だったぞ、エレリア」
 エレリアたちを囲む群衆の中から一人の男がゆっくりと近づいてきた。思わずエレリアは声のする方へ振り返る。
「あっ、おやっさん。ちわっす」
 そして、ソウヤの呟きで、その人物がソウヤの師匠かつ村の鍛冶屋の主人でもあるダンテだと分かった。先ほどまで遠くの木に寄りかかってこちらを眺めていたが、ついにその重い腰を上げたようだ。
 ポケットに手を入れたままダンテはソウヤに目もくれず真っ直ぐエレリアに歩み寄って、相変わらずのドスの効いた声色で話しかけてきた。
「昨日おまえが道端で俺にこの話を持ちかけてきた時、正直言って、俺は信じきれず半分呆れて聞き流してた。まぁ、言われた通りにこうして人は集めてみたけど、後はどうやって話を進めていくか、ずっとおまえを遠くから観察してた。だけどよエレリア、おまえナヨナヨしてるわりには意外とやるじゃねぇか。少しだけだが見直したぞ」
「やめてよ……、恥ずかしい」
 柄にもなくダンテから称賛の言葉をもらい、エレリアは居心地が悪そうに頬を赤くして視線をそらした。
 今でもダンテのことは大嫌いだが、何を隠そうここに大勢の人々を呼び込んだのは彼のおかげでもある。今回に関してはエレリアも心の隅では彼の協力に感謝していた。ただ、正直に声に出しては伝えられないが。
「今でもまだ信じられない。けど、これが真実なんだな」
 そう言うと、ポケットへ突っ込んでいた手を外に出したダンテはそのまま身を翻し、泣き崩れる村長のもとへ近寄った。
 そして、少し声色を変えると、村長に話しかけた。
「村長さん、本当のことをお聞かせてください。きっと、村の者もあなたの口から真実を語れることを望んでいるはずです」
 ダンテの問いかけに、村人たちはうなずく。
 すると、先まですすり泣いていた村長はピタリと泣き止んだ。もはや今現在の広場には、コックル村中の民全員が押し寄せており、広場の中心にいる村長たちを静かに眺めていた。
「……」
 しばらく、顔を伏せたまま沈黙を貫く村長。
 そして、長い熟考の末に自分の中で気持ちの整理をつけたのか、村長はいつもの彼らしい穏やかな声色に戻りついにその口を開いた。
「どうやら、ここまでのようじゃな……。完敗だ……」
 村長は涙で赤くなってしまった瞳を拭うと、手にしていた杖を使って立ち上がり、そして自身の言葉で村人たちに語った。
「そうじゃ、エレリア殿の言うとおり、ニーナを殺したのはフェイルメアではなく、……わしじゃ」
 ぎこちない笑顔と共に、ようやく自らの口から真実を吐き出した村長のウィリアム。
 しかし、この期に及んで彼の言葉に驚く者は誰一人いなかった。みな固唾を呑んで見守るように村長を見つめる。
「わしがカロポタス村の自治権を父から譲り受けたのは、確かわしが30ぐらいの頃じゃった。父親は病で早くにこの世を去り、不本意ながらもわしは若くしながらカロポタスの村長を担うほかなかったのじゃ」
 過去を懐かしむような眼差しで空を見つめ、村長は昔話を続ける。
「当然、わしだってまだやりたい事はたくさんあった。特に、剣術がそうだった。剣術を極め、ゆくゆくはスカースレットの兵士になるのがわしの往年の夢だったが……、カロポタスの村長の座を父から強引に譲り受けられてから、そんなわしの夢を叶える余裕などなかった。だが、その時のわしの妹はどうだ? わしが自らの夢をも諦め必死に村のために働いているというのに、あいつはいつまでも気楽に遊び呆け、挙句の果てにどこの馬の骨とも分からぬ旅人と恋に落ちた。わしはあいつのそうした態度がどうしても許せなかった……」
「確か、ニーナさんはあなたと許嫁の話で喧嘩したと、あの時ニーナさんから聞きました」
「あぁ、そうじゃ。どうやらエレリア殿は、本当にニーナに会ってきたみたいじゃな。よく知っておる」
 村長の問いかけに、エレリアはこくりとうなずく。
「あいつのどこまでも幼稚で身勝手な態度に腹を立てていたわしだったが、ある時スカースレットの大商人のお方と話をする機会があり、偶然にも彼の息子を婿に取ることに成功したのじゃ。カロポタスに彼を婿として迎えた場合、莫大な財産が手に入るだけでなく、子を残してくれれば後の村長の跡取りとしても大いに役立つ。だが、ニーナはわしが苦労して手に入れたこの交渉を拒否した。なんとあいつは、フェイルメアと今後の人生を共にしたいと言い出したのだ」
 その時、剣の欠片をニーナの墓に忍ばせたあの老人が再びしゃがれた声で口を開いた。
「あぁ、あぁ……。よく覚えておるぞ、ウィリアムよ……」
 すると、村人たちの視線がその老人に集まる。
「あの時のおまえさんとお嬢さんは、一日中ずっと喧嘩していたなぁ。それはもう激しいと言ったらありゃせん。二人の怒鳴り声が、しきりに屋敷中に響いておった」
「そんなに……」
 当時の二人のエピソードを語る老人の話に、思わずミサが呟きを漏らす。
 そして、再び村長が話し始めた。
「何度も、何度も、何度も、何度も、あいつを真剣に説得したが、全然言うことを聞かんでな。挙句の果てに、あいつは『もう完全に縁を切る!』などとふざけたことを言い出してな。……ふふ、やはりあの日の出来事はそう簡単に忘れられんわい。今でもこうして鮮明に思い出せる」
「ちなみに、その時の村長さんはどういうお気持ちだったのですか?」
「そりゃ、全身の血が煮えたぎるほど頭にきたよ……。これだけ言っても分からないとは、何と自分勝手なんだと。なぜ、わしの苦労が分からないのだと」
 慎重に言葉を選んで尋ねるミサに、村長は落ち着いた様子で返答する。
「あいつへの憎しみが最高潮に達したその日の晩、わしは眠っている隙を狙ってあいつを……、わしの妹ニーナを……」
 そして、村長はそこでいったん言い終えると、先端の欠けた剣をゆっくり手にしてこう語った。
「この剣で、殺してしまったのだ……」
「……っ!!」
 大きく目を見開いたミサは、あまりにショッキングな彼の発言に驚愕し、背を震わせて思わず自身の口元に両手をあてた。
 自身の口からニーナを殺したと語った村長。
 すると、村長は再び震えた声を漏らして泣き出してしまった。
「……ふと我に返った時、すでにニーナは見るに耐えられないほど痛ましい姿になってしまっていたよ。なんと、バカなことをしてしまったのだと、わしは自分を激しく呪った。しかし、悔やんだところでニーナは二度と帰ってこない。う、うぅっ……」
 そして、めずらしく神妙な顔つきを浮かべるダンテが村長の代わりに口を開いた。
「そこであなたは妹を殺してしまった事実を隠すため、フェイルメアに濡れ衣を着せ、自身の手は汚さずに、村人たちを騙して、彼を殺した」
「あぁ……。認めたくなかったのだ。わしがニーナを殺したという事実を……。……愚かなことをしてしまったということはわしが一番分かっておる。ただ……」
 村長は溢れ出る涙を一度拭うと、エレリアを見つめてこう言った。
「今回、わしはエレリア殿に心の底から感謝しておる……」
 その言葉を聞いて、エレリアは目を丸くした。
「ニーナを殺し、同時にニーナを失うという矛盾した悲しみと、取り返しのつかないことをしてしまったという激しい後悔と、自ら犯した罪をずっと偽り続ける背徳感を生涯に渡って背負い続け、その後のわしの人生はもはや無いものに等しかった。だが、今さら罪を自白する勇気もタイミングもなく、わしはいつ終わるか分からない無限の苦しみにただ耐えることしかできなかった。あの時、よそ者のエレリア殿をこの村に招き入れた由縁も同じだ。これまでの古いしきたりを破ることで、何かこの村を変えてくれるのではないかと、いつかわしを救ってくれるのではないかと、心のどこかで期待していたのだ」
「そうだったんだ……」
 コックル村の人々は古くからよそ者を嫌う習性がある。これは、初めてこの村で目覚めた時、ミサから教えられた言葉だ。しかし、結果としてエレリアは村長から許しをもらえた。それも、村人たちの反対意見を押しのけて。
 まさか、このような壮大な理由が裏に潜んでいたとは。確かに、エレリア自身もなぜ自分だけがこの村で生きていくことを許されたのか不思議に思っていたが、この時初めて理由を知ることができた。
「エレリア殿。本当にカロポタス村でニーナに会ったのだったな?」
「……はい」
「あいつは……、ニーナは何と言っていた……?」
 すると、村長はエレリアにすがりつくように問いかけてきた。
 そして、涙ながらに尋ねる村長のために、エレリアはあの日の夜、ニーナから聞いたすべてのことを彼に語った。
「ニーナさんは……、怒ることも、悲しむことも、笑うこともなく、ただ私にこの真実を教えてくれた。そして、みんなに本当のことを知ってほしいと、ただそれだけを言っていました」
「そうか……」
 ここにはいないニーナに代わって、エレリアが村長に彼女の思いを伝える。
「村長さんはニーナさんを殺してから苦しい日々を送ってきたみたいですが、ニーナさんも未だに苦しんでいます。肉体を失っても、なおニーナさんの魂だけは未だあの呪われたカロポタス村に置き去りになってるんですよ?」
「な、なんとっ……!? では、あいつを助けるためにはどうすればよいのだ!?」
「だから、私はみんなに真実を語ったんです。でも……」
 とここで、エレリアはゆっくり息を吸うと、今まで冷淡だった表情から少しだけ優しい笑顔を村長に見せて、こう言った。
「こうしてみんなに本当の事を知ってもらった今、きっとニーナさんも救われているはずですよ」
 その瞬間、村長はもはや何度目かも分からない涙を大量に流しながら、勢いよく地に膝をつき、震える声で、
「うぅ……、ありがとう、エレリア殿……」
 と、これまでにないほどの感謝の意を漏らして、深く頭を下げた。
 こうして、村長の許されざる行いを村人たちに知らしめ、充分に彼の口から罪を自白させることができた。ニーナから託されたエレリアの使命はいったん幕を閉じたわけだ。
 なんとか無事に計画が終わり、エレリアもひとまず安堵のため息を漏らした。これから王国に向かうというミサとソウヤには申し訳ないが、とにかくニーナとの約束を果たすことはできたのだ。
「エレリア、村長さんの犯した罪をどう償わせるつもりだ?」
 すると、ダンテがエレリアの肩を軽く叩いて問いかけてきた。
「えっ、どう償わせるかって、……そんなこと私に言われても……」
 村長の罪を如何にして裁くか。ダンテからその決定権をいきなり委ねられ、エレリアは困惑した。
 静かにこちらを見つめる村長。
 そして、しばらく考えた末、静かにエレリアは口を開いた。
「……確かに、村長さんのやったことは簡単に許されることではない。だけど、村長さんは長い間苦しんだ。もうこれ以上の償いはいらないと思うし、きっとニーナさんもそう思ってくれるはず」
 本来であれば罪人として牢に収容され、そこでしばらく己の過ちと向き合うことが罪滅ぼしの道理だろう。だが、もはやこの期に及んでさらなる贖いは不要だと、少なくともエレリアはそう判断した。
「そうか、彼を許してやるのか。おまえは優しいな……」
 ダンテは半ば呆れたような笑みを見せた。
 そして、彼から『優しいな』と評され、再びエレリアは意図せず頬を赤らめて、居心地悪そうに背中を向けた。
「では村長さん、俺からも最後に一つだけ聞いてもいいですか?」
「……あぁ、もちろんじゃ、ダンテ殿……。今のわしに拒否する権利は一切ない。何でも好きなことを聞いてくれたまえ」
 ダンテの話の的が村長に移り、まだ涙声の余韻が残る声色で村長は気前よく応答した。妹を殺した後悔と罪悪感という名の呪縛から解放された彼の目は、どこか活き活きとしているようにも見える。
「あの時、魔物と化したフェイルメアの魂を鎮めた『ヴェルダネス』という謎の男。彼について、知ってることすべてを教えて下さい」
「なっ……、ヴェルダネスについてか……」
 いつになく強気に迫るダンテに、村長は一瞬だけだが焦燥に駆られた表情を見せた。
「うぅ……。あの方からは、この事だけは決して口を割ってはいけないと言われておるが……。くっ……。だが、やはり……。うぅむ、……今回だけは、致し方あるまい。彼の存在について特別に話すことにしよう……」
 苦しそうに一人で葛藤を繰り返すと、村長は不本意そうな表情と共に、仕方なくダンテの質問に答えることにした。
 ヴェルダネス。魔物と成り果てたフェイルメアと唯一互角に戦うことができ、そのまま彼の邪悪な魂を封印することに成功した男の名だ。だが村を救った英雄だと言うにも関わらず、その多くの素性が未だ謎に包まれている。彼がどこからやって来て、何のために村を訪れていたのか。確かに、言われてみればエレリアも彼について何一つとして知っていることがない。
「実はだな、ヴェルダネスという男は、わしの怨……」
 ようやく村長がヴェルダネスについて語ろうとし、エレリアたちが聞き入ろうとする。
 と、まさにその時だった。

「……おやおヤ? 困りますヨ、ウィリアムさん……。まさか、ワタシとの契約を破られるおつもりですカ?」

 突如広場に謎の声が響いた。晴れ渡った青空の彼方から突如降り注いでくるかのように流れてきた声は、エレリアだけでなく、どうやらここにいるすべての人が耳にしたらしい。
「えっ、何?!」
 背筋を凍てつかせるような不気味な謎の男の声に、広場は困惑と恐怖の空気が包まれる。
 そして、清々しい上空に不吉な黒い雲がかかり始めた頃、平和なコックル村にかつてない恐怖と絶望の存在が現れようとしていた。
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