ペトリの夢と猫の塔

雨乃さかな

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第2章『悪夢の王国と孤独な魔法使い』編

第43話『魔導師/Mahra』

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 夢魔に対する防護魔法を受けるため、エレリアたちは城内のとある部屋に案内された。
 そして、軽く扉をノックし先導するマルロスに続いて、エレリアたちも部屋の中へ足を踏み入れた。

「うわぁ、すごい……」

 重厚な扉の先、そこは圧倒される程の大量の本に囲まれた、まるで図書室のような部屋だった。
 城の中に、このような壮大な部屋があるだけで意外だったのだが、驚くべきはその本の量だ。壁に沿って所狭しと小難しそうな書物が棚に収納されており、そのおかげでこの部屋の主の素性が容易く想像できた。きっと、今から会う魔導師は知性あふれる素晴らしい人物なのだろう。

「マーラ様!」

 マルロスが部屋中に響き渡るぐらいの大声で、恐らく部屋の主であろう魔導師の名を精一杯に叫んだ。
 しかし、なぜか数秒経っても、静まり返った部屋からは何の返答もなかった。静寂が部屋に満ちているだけで、どこにも人がいるような気配は感じられない。

「……あぁ! 何をやっていらっしゃるのだ!」

 焦れったそうに髪をかき乱したマルロスは、辛抱ならない様子でさらに部屋の奥へ名を叫んだ。

「マーラ様! マルロスです! 王救済計画の最終段階に向けて我々に防護魔法の付与をお願いしたい!」

 だが、それでも部屋からは誰の応答も聞こえてこなかった。王様を救出するためのタイムリミットが近づいているというのに、この城の魔導師は一人しかいないのか。
 そもそも、まずこの部屋に本当に人がいるのだろうか。それすらも、次第に怪しくなってくる。

「マーラ様!!」

 そして、エレリアたちが途方に暮れている隣で、マルロスが煩わしさにまみれた叫び声を上げた、その時だった。

「あぁ、あぁ、うるさいのねっ! 全部、ちゃんと聞こえてるのね!!」

 本棚に囲まれたさらに部屋の奥から、ようやく何者かの反応が返ってきた。ただ、その声もマルロスと同じく、苛立ちの感情が込められているように聞こえた。
 マルロスと共に急いで声の飛んできた方へ駆け寄ると、なんと本棚に囲まれた部屋の奥にはさらに小さな部屋があり、そこに声の主と思しき少女がこちらに背を向けて何か作業を行っていた。

「マーラ様! 王救済に向けて我々に防護魔法をお願いし……」
「分かったから、ちょっと待つのね!」

 しかし、マルロスの頼みを少女は遮り、そのまま目の前の作業に向き直った。
 どうやら彼女は何かに没頭してしまっているようだが、一人で何をやっているのだろうか。
 大量の本棚に囲まれた先の部屋とは違い、壁に謎の紋様が刻まれた紙が無数に貼ってあったり、天井からは見知らぬ生物の干物が吊るされてあったり、ここは少し気味の悪い部屋だった。それだけでなく、少し暗くて陰湿な感じが、また余計に部屋の不気味さを一役買っているように感じられた。
 そんな中、少女は目の前に並べられた何やら鉱石のような物に向かって、ぶつぶつと呪文らしき単語をひたすら唱え続けていた。
 すると、突然その石が何の予兆もなくいきなり目が眩むほどの輝きを放ち、次の瞬間には活力を失ったかのように冷たくなっていた。

「あぁ! もう、また失敗なのね!!」

 石が再び輝きを取り戻すことがないと悟った少女は一人で悔しそうに嘆き、すぐにこちらにふり返った。

「マルロス、あなたって人はいつもタイミングが悪いのね!」

 彼女はエレリアやマルロスたちと比べて頭一つ背丈が低く、長く切り揃えられた紫色の髪が印象的な少女だった。

「マーラ様、今は緊急事態なのです! 急いで、我々に防護魔法の付与を……」
「分かった、分かったのね! その事なら、もうロートシルトから聞いてるのね」

 騒ぎ立てるマルロスに少し呆れ気味のその少女は重いため息を一息つくと、立っていた土台から床に降り立ち、彼を邪険に扱うかのように指を指した。

「あなた一人でいいのよね? ほら、さっさとそこに立つのね」
「いえ、マーラ様……。私だけでなく、この方々にも……」
「なに?!」

 すると、マーラと呼ばれている少女がこの時初めて、エレリアたちの存在を認識した。

「……誰よ、あんたたち? 知らない顔なのね……」

 不審な眼差しで、ジロジロとエレリアたちの一挙手一投足を眺める少女。いや、どちらかというと彼女は「少女」というより、「幼女」と形容した方が適切な気がした。
 ありあまる長いローブの背の裾を引きずる彼女は幼い見た目に反して意外と高い知力を持っているようで、マルロスが彼女を「マーラ様」と呼んで敬意を表しているように、身分はマルロスより高いようだった。

「あっ、えっと……、私はコックル村から来たミサと申します! こっちがソウくんで、こっちがリアちゃん! よろしくお願いします!」
「……ふーん」

 冷ややかな目つきで、立ち尽くすエレリアたちを見つめるマーラ。

「見るからに田舎臭いやつらなのね……」
「んだとぉ!?」
「ちょっと、ソウくん!」

 幼女から侮蔑の言葉を吐かれ、思わずソウヤは激昂してしまった。
 しかし、返って彼の言動が逆効果になったようで、マーラはますます嫌そうに顔を歪めた。

「田舎臭いだけでなく、それに加えて野蛮だとは……。やっぱり、あの山の村に猿が住んでるっていう噂は本当だったみたいなのね」
「さ、猿だとぉ……!? こいつ、ガキのくせに俺たちをバカにしやがって……!!」

 平然と罵詈雑言の限りを吐き散らすマーラに向かって、今にも怒りのあまり飛びかかってしまいそうなソウヤ。だが、そこはミサとエレリアの2人で全力で押さえつけ、なんとか事態の悪化を防いだ。

「お願いします、マーラさん! 私たちにもあなたの魔法をかけてください!」
「ふん、お断りなのね」

 ミサは必死にマーラに懇願したが、その直後そっけない態度であえなく本人から断られてしまった。

「そんなぁ……! なんでですか!?」
「あんたたちだけじゃくて、今に至るまですでに何人もの兵士たちに私は防護魔法をかけてきたのね。だから、今残っている私の魔力だと、せいぜいマルロス一人が限界なのね。分かった?」

 そして、引きずってしまうほどの長いローブの裾を鬱陶しそうにひるがえすと、マーラは再びマルロスの方へ向き直った。

「ほら、私も時間がないんだから。マルロス、さっさとそこに立つがいいのね」
「マーラさん、お願いします! 私たちにも防護魔法をかけてください! 私たちも王様を救いたいんです!」
「あぁ、ギャーギャー、ギャーギャーほんとにうるさいのね! 無理なものは無理なのねぇ!!」

 ミサも負けじと懇願の限りを尽くしたが、いくら熱烈に頼み込もうともマーラの意向を少しも揺さぶることができなかった。
 それどころか、マーラ自身もやけになって取り乱してしまい、事態はますます悪路を辿っていく一方だった。

「あいにく、今の私はこの『月の涙』を作るのに精一杯なのね! ほんと、無茶言うのも大概にしてほしいのね……」
「つきのなみだ? なんだ、その饅頭にありそうなやつは。あっ、その石ころみてぇやつか!」
「石ころじゃない! 『月の涙』なのね!」

 嫌味を込めて放ったソウヤの皮肉に、さすがのマーラも無視することができず、すかさず訂正を入れた。
 この部屋に来た時、ちょうど彼女が夢中で作業を行っていたあの例の鉱石たち。あれこそが、今マーラの言った『月の涙』と呼ばれるものなのだろうか。

「これは、私とトールとの大切な絆なのね……」

 すると、マーラは誰も頼んでいないのにも関わらず、その『月の涙』にまつわるエピソードを勝手に話し始めた。

「トール。彼は私が唯一語り合える崇高な魔導師であり、それでいて私のよきライバルでもあった。だけど、半年前、トールはこの石を作るため薬草を採りに行ってから、それっきり帰らなくなってしまったのね……」
「そんな……」

 突然マーラの口から語られた『トール』という男の存在。しかし、彼が行方不明になってしまったという話を聞き、ミサは口に両手を当て言葉を失ってしまった。

「なんで、勝手にいなくなったんだよ。あっ。もしかして、おまえのことが嫌いになっえ逃げ出したんじゃねぇか?」
「今の言葉、取り消すのねッ!! トールはそんな人じゃない! そんなこと、するはずないのね!」
「ちょ、ちょ、マジレスすんなって……!! 冗談だよ、冗談……」

 怒りのあまり殺気立っているマーラから、今にも魔法を唱えられ殺されてしまうのではないかと悟ったソウヤは、全力で弁解の意を示し、身を震わせている彼女を必死になだめた。

「……ふん、まぁいいのね! とにかく、この『月の涙』はその時のトールが開発してたもので、私はそれをなんとしても完成させたいのね。そうすれば、あいつが帰ってきてくれる気がするから……」

 すると、どこか夢心地な気分でここまで語ってきたマーラはふいに我に返り顔を熱くさせた。

「……って、なんであんたたちにこんな話しなくちゃいけないのね!」

 とここで、恥ずかしそうに顔をあおぐマーラを前にして、いつになく真剣な表情のミサが一歩彼女のもとへ近寄った。

「な、何なのね……?」
「マーラさん。その『月の涙』に今足りてないものって何か分かりますか?」
「足りてないもの? そんなの分かってたら苦労しないのね!」

 彼女に手を差し伸ばしたつもりが、かえって火に油を注いでしまったか。
 しかし、ミサは少しも動揺することなく、ぽつりと独り言を呟いた。

「もしかしたら、その石には月の魔力が足りていないのかも……」
「月の魔力? どういうことか教えるのね」

 ミサが語った言葉の真意を問い詰めるマーラ。

「月から降り注ぐ光には、邪悪な力を鎮める不思議な魔力が込められているっていうのはご存知ですか?」
「そんなことくらい、王宮魔導師である私レベルならとっくに知ってる知識なのね! バカにしないでちょうだい!」
「ならば、『月の涙』という名前から考えて、その石には月の魔力が必要なのではないのでしょうか?」

 趣味のポーション制作で培った知識と一般常識をもって、ミサは自分なりの助言を彼女に告げた。
 だがその直後、どこか反論にも近い予想外の言葉がマーラの口から返ってきた。

「確かにそうかもしれないけど、この魔石を完成させるには、備えつけられた専用の作業卓が必要なのね! 月の光をこの石に当てるなんて絶対無理なのね!」

 『月の涙』という石を完成させるには、専用の作業台が必要だと語るマーラ。しかも、それはこの部屋からは動かせないらしい。

「それに何? あんたはこの天井に穴でも開けろとでも言いたいのね?!」
「……いえ、天井に穴を開けなくても、その石に月の魔力を宿すことができる方法が一つだけあります」
「ど、どうするのね……」

 ミサの語ろうとしているアイデアにまったく検討もつかず困惑しているマーラ。そんな彼女に向かって、ミサは自信に溢れた笑顔と共にこう叫んだのだった。



(続く)
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