ペトリの夢と猫の塔

雨乃さかな

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第2章『悪夢の王国と孤独な魔法使い』編

第47話『ギルド/Guild』

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 城の兵士から貰った直筆の地図をもとに、エレリアたちはようやく城下町のギルドに到着した。

「よし、ここだな。間違いない」

 ソウヤが周囲の建造物と地図に書かれた地形を相互に確認し合い、ここが目的地だと確信した。
 粗末な木製建築を基本としながら、ところどころ錆びた鉄の板で補強されているその建物は街の中でもひときわ目を引くような存在感に包まれており、入り口の看板には乱雑に『GUILD』という文字が刻まれていた。頑丈な扉はすでに開放されており、特に許可証のようなものは必要なさそうだった。

「ねぇ、ほんとにここに入るの……?」

 すると、不安げな表情を浮かべながら不意にミサが口を開いた。

「どうしたんだ? この期におよんで」
「だって、なんかここ、ちょっと怖いんだもん……」

 彼女の言っていることも確かに共感できた。
 そもそも、この場所が街の大通りから少し外れている上に、先ほどからちらほらと出入りしている者のほとんどが屈強な大男や目つきの悪い者ばかりなのだ。建物の外見的な風貌も相まって、気安く足を踏み込んでよさそうな場所ではないことは容易に判断できた。

「おいおい、急に何なんだよ、ミサ。まさか、入りたくないなんて言い出すんじゃないだろうな……」

 しかし、ソウヤの問いかけに対し、ミサは恥じらいで塗りたくられた微笑と共に、こくりと小さく首を縦に振った。

「そもそも、城の手助けをしたいと言ったのはどこの誰だよ!」
「はい、私です……」
「おまえ、だよなぁ!」

 ソウヤから激しく叱責され、さらに肩身を縮ませるミサ。

「だったら、むしろ先陣を切っていく勢いで、俺たちを連れて行ってくれよ!」
「……だ、だってぇ! 私こんな怖いところに来るなんて、少しも思ってなかったんだもん!」
「怖いものは何もないんじゃなかったのか、あぁ!? あの時の自信はどこ行ったんだよ!」
「うぅ……」

 スカースレット王国の宰相であるロートシルトはこの場所から新たな仲間を見つけてきてほしいと要求してきた。
 だが、こんな状況で、本当にここから気が合う人間を見つけ出すことなどできるのだろうか。すでにエレリアは先が思いやられる気分だった。

「いいから、ほら! 行くぞ!」

 うじうじとごねるミサの手を掴み、半ば強制的に連行するような形で、エレリアたちは建物の中へ入って行った。



 ついに足を踏み入れたギルドの中は、思いのほか多くの人々で騒然としていた。
 先ほどから目にしている柄の悪そうな輩はもちろん、コックル村でも見かけるような普通の農夫や若い大工らしき青年、また、こんな場所に似つかわしくない魔法使いの少女など、それは多種多様な人々がギルドを利用しているようだった。これだけ人がいれば、お互いの目的を理解し合える仲間も一人ぐらいは見つけることができるかもしれない。
 エレリアたちは人の邪魔にならないよう部屋の端っこに移動し、ひとまず人々の様子を伺うことにした。
 ギルド内は建物の外見同様に粗末な造りをしており、一部の荒くれ者たちが吹かすタバコのせいでとても煙臭かった。
 入り口から入って正面のところには複数のカウンターと職員らしき人物たちが並んでおり、ここで自分が所属したいギルドの申請を行うみたいだった。さらに、奥には食堂も備え付けられており、ついでに食事をとることも可能らしい。

「……んで、どうするよ」

 すると、共にギルド内を眺めながらソウヤが誰に向かってでもなく、ぽつりと呟いた。

「うーん……」

 いざギルドにやってきたはいいものの、気軽に話しかけてよさそうな者が一人も見当たらず、エレリアたちは途方に暮れていた。
 自分たちと同い年の人物でもいてくれればいいのだが、ここにいるのはほとんとが強面の兄貴たちばかり。うろたえていると、逆にカモにされてしまう危険だってある。

「とにかく、何か行動を起こさないとだな」

 行き詰まった現状を打破するためにも、ソウヤが先導して改めてギルド内を見回してみた。
 みな自分のことに精一杯なのか、あるいは他人に興味が無いせいなのか、誰一人としてエレリアたちに視線を向けている者はいなかった。故に、新たな仲間を作るには、自分たちから積極的に接触を持ちかけるしかなさそうだった。

「おっ! あの人なんか、どうだ?」

 すると、ソウヤは早速めぼしい者を見つけたようだった。
 彼の指差す先を見てみると、そこには席に座って何か酒のようなものをグヒグヒ飲んでいる男の姿があった。
 それは、背中に大剣を背負った、まさに巨漢という言葉が似合う強そうな大男だった。

「あの人……?」
「そうだ。何か強そうでいいんじゃねぇか」
「でも、ちょっと危なそうじゃない?」

 しかし、ミサの反応はソウヤの期待していたようなものではなかった。確かに彼女の言うとおり、こんな田舎の村からやってきた少年少女が容易く声をかけて良さそうな相手ではなさそうだ。
 見るからに凶悪そうな見た目の男。
 だが、その他もほとんど同じような風貌の者ばかりで、どちらにせよ彼に声をかけないという以外に選べる選択肢はなかった。

「とにかく、あの人に声をかけてみようぜ。もしかしたら、めっちゃ優しい人かもしれないし」
「……それで、誰がいくの?」

 だが、その瞬間、誰も言い出せなかった暗黙の問題をミサが口にしたことによって、再びエレリアたちの間に沈黙の空気が流れた。

「……ミサ、おまえが行けよ」
「わ、私!?」
「なんだよ。元はと言えばだな、すべておまえが言い出したことなんだぞ。分かってんのか?」
「いや、そこは同じ男同士ソウくんのほうが話しやすいんじゃない?」
「はぁ?! なんだよ、そのふざけた主張は!」

 肝心の相手が決まったはいいものの、今度は誰が話しかけに行くかでエレリアたちは泥沼の議論になってしまった。

「だったら、エレリア。おまえが行け」
「えぇ、なんで!? ぜったいに、やだっ!」

 いきなりソウヤから指示を受け、エレリアは全力で拒否の意を示した。ただでさえ他人と話すのが嫌いなのに、ましてやあんな凶悪そうな大男と話せるわけがなかった。コックル村のダンテもなかなかコワモテの顔つきだったが、それとこれとは話が違うのだ。

「おいおい、お前らなぁ。これじゃいつまで経っても先に進まねぇじゃねぇかよ。……しゃあねぇ。なら、ここは『ジャンケン』で決めるしかなさそうだな」
「じゃんけん……?」

 その時、ソウヤが口にした聞き慣れぬ言葉に、ミサとエレリアが同時に首を傾げた。

「何それ、新しい剣の名前か何か?」
「おぉ、なんだ? もしかして、こっちにはジャンケンなるものが存在してないのか?」

 逆にソウヤは信じられないと言わんばかりの眼差しをこちらに向けていたが、ミサはもちろん、ましてや記憶喪失状態のエレリアには、『じゃんけん』なんてものを知る由もなかった。

「そっかぁ、ジャンケンが通用しないのか……。いや、でも、ちょうどいいや。どうせだったら、お前らに俺の故郷に伝わるジャンケンという最強の奥義を特別にここで伝授してやるよ!」
「な、なんかすごそうだけど、それって私にもできるの? 武術とかだったら、私すごい苦手なんだけど……」
「あぁ、別に武術とかそんな大それたものじゃねぇぞ。あっ、でも、片手だけで相手を負かすことができるっていう点では、おそらく世界最強の戦闘方法だな!」
「えぇ!? 片手だけで、相手を倒せるの!?」

 いきなりソウヤが語り出した『ジャンケン』という謎の奥義。一体それはどのようなものなのか。
 彼が片手だけで人を倒すなんてにわかに信じがたいが、嘘をついているようにも見えない。

「どうだ? 知りたいか?」
「うん、知りたい!」
「よっしゃあ、分かった!!」

 こうして、ギルドの端っこで、人知れずソウヤによる世界最強奥義の秘密の特訓が始まったのだった。




「まずはお前ら、手を出せ」
「手って、こう?」

 ソウヤに言われるがまま、エレリアとミサは半信半疑のまま右手を差し出した。

「ジャンケンはこうやって片手を使って発動する奥義だ。そして、グー、チョキ、パー、これが基本の形だ」
「えぇっと? ぐー、ちょき……」

 ソウヤの手に習って、同じように手を動かしていく。
 彼いわく、拳を握った状態の形が『グー』、そこから人差し指と中指だけを開いた状態が『チョキ』、最後に全部の指を開いた状態の手が『パー』らしい。だが、この段階でこれが『ジャンケン』というものと、どう結びつくのかエレリアには検討すらもつかなかった。
 それでも軽く練習を続け、グー、チョキ、パー、これら3つの動きを、なんとか習得することができた。

「まぁ、それぐらいできたらいいかな。その自分が出した手の形と、相手の出した手の形の組み合わせで勝負が決まる。それがジャンケンだ。分かったか?」
「これで終わり?」
「おう、そうだ。このジャンケンこそ誰も血を流さずに争うことができる最も平和な戦闘方法だ。どうだ、世界最強の奥義だろ?」
「すごい! じゃあ、昔ソウくんが住んでたところは、ジャンケンのおかげでみんな平和な人たちだったんだね!」
「いやぁ、さすがにそういうわけではねぇけど……」

 これで、ジャンケンというものが、どんなものかやっと分かってきた。
 ジャンケンとは手を使う遊びのようなものなのだ。手を使うと言うから、てっきり格闘技のようなものを想像してしまっていたが、意外と仕組みは簡単だった。

「そんで、肝心の勝ち負けの基準だが、ここからちょっとややこしいから、よく聴くんだぞ。いいか? パーがグーに勝てて、グーはチョキに勝てて、チョキはパーに勝てる」
「え、ちょ、ちょっと待って! えぇっと……。パーがチョキに勝てて……?」

 いきなり呪文のように唱えられたソウヤの説明に、早速ミサは手を動かしながら目を回してしまっていた。

「まぁ、急に言われても難しいか。だが、こう考えてみると意外と簡単だぞ。パーが紙で、チョキがハサミで、グーが石。どうだ? 手の形がそれを表してるんだ」
「えーと……? パーが紙で、チョキがハサミで、グーが……」
「石だ」
「グーが石。……うん。確かに、言われて見れば、似てるような気がしないこともないかも」
「紙は石を包めるから、パーはグーに勝てる。ハサミで石は切れないから、グーはチョキに勝てる。ほいで、ハサミは紙を切れるから、チョキはパーに勝てる」

 困惑に頭を抱えているエレリアたちに向かって、ソウヤは自分なりに分かりやすくジャンケンの勝敗基準の説明を続けていく。
 だが、その時ふいに頭の底から湧いてきた疑問をエレリアは口にした。

「でも、紙でハサミを包めることもできるよね? それだったら、パーが一番最強じゃないの?」
「あぁ? そんなこと知らねぇよ! そもそも、これ俺が考えたやつじゃねぇし!」

 エレリアの屁理屈じみた返答に対して、思わずソウヤはやけになってしまった。

「とにかく! 俺がこのあと『ジャンケン、ポン』っていうから、お前らは『ポン』のタイミングで何か適当にパーか、グーか、チョキを出しとけ。後は、俺がいい感じに進行してやる!」
「わ、分かった……」

 これ以上の説明は無意味だと悟ったソウヤは早速、エレリアたちを実戦に持ち込むことにした。

「いいか? このジャンケンで負けたやつが、あの男の人に話し掛けにいくんだぞ?」
「あ、そっか!」
「ちなみに、ジャンケンをやる際には、負けても恨みっこなしだからな」

 最後の念入りを促すソウヤ。
 このゲームに負けたら、あの男に話しかけなければならないと言われ、せき止められていた水が一気に放流されたかのように急に緊張感が高まってきた。ここは、何がなんでも絶対に勝たなければならない。
 ミサたちは何を出すのだろう。
 この時エレリアは、ジャンケンというものは実力勝負ではないということをやっと理解することができた。ジャンケンは運で勝負するものなのだ。
 自分が出した手の形と、相手が出した手の形。この時の組み合わに関して、運が良ければ勝つことができ、運が悪ければ負ける、ただそれだけだ。
 これがジャンケンだというのか。
 もちろん自分が勝ちたい。だが、ミサたちも同じことを思っているはず。グーを出すか、チョキを出すか、パーを出すか。どれを出せば勝つことができるのだろう。
 そうこうしているうちに、ソウヤの口からいよいよ戦闘開始の合図が放たれようとしていた。

「じゃあ、行くぞ? ジャンケン……」

 緊張の瞬間が訪れる。
 今だけは勝つことのみ。ただ、それだけを意識して、エレリアは少しでもこちらが有利になるように全神経を研ぎ澄ませた。

「ポン!」

 そして、ソウヤが勢いよく叫んだ瞬間、エレリアはこれ以上ないほどの勝利への渇望と願いを込めて、力強く拳を握り締めた。
 お願いします。どうか勝てますように!
 一方、ミサとソウヤの手元を急いで見ると、二人とも大きく指を開いて手のひらを見せていた。
 この場合どうなるのだったか。

「はい、エレリアの負け」
「えぇ!? なんで!?」

 あっさりソウヤから勝敗を決められ、思わずエレリアはすっとんきょうな声を上げてしまった。

「ほら、見ろよ。俺とミサがパーで、おまえだけがグーだろ? パーはグーに勝てる。だから、おまえの負け」
「そ、そんなぁ……」

 今にも膝から崩れ落ちてしまいそうだった。
 まさか、よりにもよって自分が負けてしまうとは。
 なぜ、あの時違う手の形を出さなかったのだろうか。
 今まで味わったことのないスリルに興奮を感じながらも、それ以上の激しい後悔と絶望の感情にエレリアは打ちひしがれていた。

「んじゃ、約束通り頼むぜ、エレリア」

 するとソウヤが、自分は無事に傍観者サイドにつけたことをいいことに、軽く肩を叩いてきた。
 だが、急いでエレリアは自身の額を地に擦り付けるかのような勢いで彼らに必死に頼み込んだ。

「お願い! 私ほんとに無理……!! こんなのできない!」
「おいおい、おまえなぁ……。そんなこと言ってたら、いつまで経っても先に進めないだろ?! ジャンケンで負けたやつに拒否権はない! だから、ガツンと行って来い!」
「そんな……。ほんとに私がやらなきゃいけないの……?」
「大丈夫だよ、リアちゃん! 後ろには私たちがいるから! 何か困ったら、すぐに助けてあげる」

 もしここがギルドでなければ、エレリアは思いっきり泣き出してしまっていたかもしれない。さすがにそこは理性が溢れんばかりの涙を目の奥でギリギリせき止めてくれたが、ひょっとしたらもう目は無様に潤っているかもしれない。
 そんなエレリアに対して、ソウヤとミサは呆れながらも彼らなりにフォローの言葉をかけてやったが、エレリアにとって、もはやそれらは他人事の装いにしか感じられなかった。

「おら! とっとと行って来い!」

 そして、いつまで立っても一歩を踏み出さないエレリアに呆れたソウヤは、彼女の尻を叩くかの如く強くエレリアの背中を押した。
 最後まで覚悟は決まらなかったが、エレリアは自分自身に平静を保てるよう強く言い聞かせ、ついに例の男に向かって仲間になってもらえるよう説得するべく歩き出した。


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