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第一章 次元を操る者
しおりを挟む月日は移ろい、俺は十八歳になった。この三年で俺を取り巻く状況は……いや、俺自身が大きな変貌を遂げていた。
俺は"新魔創生"をなし得、この世界でただ一人の"次元操作"の使い手となっているのだから――。
「それにしても、あのじいさん『半日ありゃ着く』とはずいぶん適当じゃないか。まだ見えてすらこない」
前の村で道を聞いた老爺の顔を思い浮かべながら、ふいに悪態が口を衝いて出てしまったのは不可抗力だ。なにせ健脚の俺が、既に前の村を出て半日以上も歩き続けているのだから。
「ま、コレに免じて許してやるか」
俺は件の老爺が持たせてくれたスモモをポケットから取り出すと、ガブッと噛り付く。スモモは瑞々しい果汁を迸らせ、口いっぱいに果肉の甘さが広がった。
「おっ! うまいな」
肥沃な大地は豊かな実りをもたらす。
「これで次元獣が出なきゃ、この地はまさしく天国なんだが……ん? なんだ、ずいぶんと騒がしいな」
スモモを味わいながら足を進めていると、一キロほど先に聳える林の奥から風に乗って微かにざわめきが聞こえてくる。
続いて次元獣の出現を報せる共通警告である二連打の鐘が鳴り響く。
「次元獣が出たか……!」
次元獣は空間に穴を開け、どこからともなく現れる。時や場所を選ばず神出鬼没な上に、只人では到底太刀打ちできない強さときてる。
だから守備隊の雇えない小さな町や村は、ひとたび次元獣が現れれば抵抗する術はない。
「町はあの林の先だったか! じいさんよ、あんたの言葉もまったくのでたらめじゃなかったようだ。ただし、たったひと言『林の先』と言ってくれれば、こんなに気を揉むこともなかったんだがな」
俺は右手に持った荷物袋を肩に担ぎ直すと意気揚々と走り出した。
最短ルートを選び、木々を掻き分けながら林を突っ切って進む。物の二、三分で林を抜けて、目の前に町の全貌が現れる。
「チッ! ご丁寧に外壁で囲ってやがる!」
なんと目の前の町は、外敵防止のため高さにして五メートルはあろうかという外壁で周囲をぐるりと囲っていた。しかも、こちら側は町の裏側にあたるようで、門らしきものは見あたらない。
次元獣が出現した今は、外壁を回り込んで門まで向かう間が惜しかった。俺は迷わず次元操作によって力を得て、外壁を飛び越えて町中に着地した。
外壁の中に広がる町は直径一キロ程度で、町の規模としては中規模。円形の土地に田畑や家畜舎を有し、五十ほどの世帯が軒を連ねている。様相はまずまず豊かだ。
……次元獣はどこにいる!?
警告の鐘を受け、町民らは既に家屋に身を潜めており往来に人影はない。ぐるりと視線を巡らせると、俺がやって来た林とは対角の正門側の上空に体長三メートルほどの四足歩行タイプの次元獣の姿を認めた。
次元獣のサイズとしては小型だが、高威力の瘴気の波動を吐くやつだ。しかも、真っ黒い恐竜みたいな体に黒紫に光りを弾く三角柱の形に尖った水晶を複数生やしたいかつい見た目が、実際の威力以上の威圧感を与えていた。
地面から一段高くなっている石組みに乗り上がって目を凝らすと、次元獣の下で銀の鎧に身を包み剣と楯を携えた四人の男たちが、次元獣の町への侵入を阻止すべく密集陣形をとって防戦に徹しているのが見えた。視認した胸のエンブレムから、男たちが町に雇われた守備隊の隊員としれる。ちなみに、守備隊員というのは雇われてその土地に固着している冒険者のことを指す。
ここは大きな町ではないが、そこそこの装備の守備隊を雇っているようだった。
……ほう。あの見た目に怯まず、果敢に挑んでいる。なかなか気骨のある男たちだ。
「これ以上の進行を許すな! 撃て、撃てーー!!」
守備隊のリーダー格と思しき男が声を張り土属性の攻撃を繰り出したのを皮切りに、隊員らが火、水、風の攻撃を次々と打ち込んでいくが、次元獣にダメージは見られない。
ちなみに、次元獣の外殻は分厚くて固いから剣や弓といった武器での攻撃では歯が立たない。必然的に魔力での攻撃が主体となり、隊員らも魔力攻撃で応戦しているが……。
「ふむ。頑張ってはいるようだが、足止めが精いっぱいか」
状況を冷静に判断した俺は、四人の隊員らが防戦を展開する正門の方向へトンッと踏み出した。
俺が到着したとき、隊員らは正門の前に立ち次元獣が町に侵入するのを阻止していたが、誰の目にも極限まで押い込まれているのは瞭然だった。
「ガイア隊長! もう限界です! 我々も避難を!!」
隊員のひとりが、次元獣が振りまく禍々しい瘴気を展開した魔力障壁で防ぎながら叫ぶ。
「ダメだ! 私たちが逃げ出しては町が壊滅してしまう! 私たちがここで耐えなくてどうする!!」
短く刈り上げた黒髪に黒ひげを蓄えた男……ガイア隊長が隊員らの一歩前に踏み出し、土の魔力を込めた大楯を翳して部下への負担を軽減させながら苦渋に顔を歪めて声を絞り出す。
「全隊員、このまま魔力障壁の展開を継続! 奴からの攻撃に備えるんだ!!」
「火炎障壁増強!」「水流障壁加速!」「風塵障壁強化!」
隊長の声に奮起した隊員らは、なけなしの力を振り絞り魔力障壁の威力を増す。
「皆、このまま町を守り抜け!!」
ガイア隊長は楯を地面に突き立てると、土属性の上級魔力《大地の大楯》を発動した。地面が盛り上がり五メートル四方の分厚い壁が出来上がった。
……ほう。敵と味方の動きが良く見えているし、前に出て部下を守る気概もある。しかし、次元獣を相手にするための知識と経験不足が否めない。
そのとき、次元獣が彼らに向けて大きく口を開いた。まずいな、あれは攻撃態勢だ。あれを食らったら、こいつらの魔力障壁では到底防ぎきれない。
俺は両手を前に突き出し、次元獣に向かって構えた。次の瞬間、次元獣の口から放たれたまっ黒な瘴気が、直径一メートルはあろうかという波動となって伸びていく。黒い瘴気の波動は見る間に、火、水、風のすべての障壁を木っ端みじんに打ち砕き、一直線に正門の先を目指す。
「させるか!! この町もお前たちも、私が守ってみせる!」
頽れる隊員たちを横目に見て、隊長は死すら覚悟した様相で叫ぶと大地の大楯に力を注ぎ込み、何とか瘴気の波動を防いだ。
……よくやっているが、ここまでだろうな。
案の定、大地の大楯がビキビキと音を立て中心から亀裂が走り始める。
「ここまでか……無念だ」
苦し気な隊長の声と同時に、大地の大楯は中心からバラバラになって崩れる。俺は楯が崩壊する直前、差し出した両手のひらから次元操作を発動した。
――ブワァァアアアアッッ!!
目の前の空間に黒い渦が現れ、大地の大楯をも突き破った強烈な攻撃を吸い込んでいく。
「ガイア隊長と言ったな、ここまでよく耐えた。もう大丈夫だ、後は俺が引き受ける。隊員らと下がっていろ」
守備隊の隊員らが死力を振り絞って防いでいた攻撃を難なく呑み込みながら、地面に膝を突いてこちらを仰ぎ見る隊長に労いの言葉をかけた。
「あ、あなた様はいったい……!?」
「俺はセイ、通りすがりの冒険者だ」
「冒険者ですか……しかしこの魔力はいったい……?」
「これは次元操作だ。なんでも吸収できて、なかなか勝手がいい」
「なんと!? そのような技は聞いたことがありませんが」
……それもそうだ。なにせ、俺にしか使えないのだから。
次元操作は、俺がセイスだからこそなせる技。多くの属性を有せば、属性ごとの保有魔力が弱くなるのはこの世界の理だが、それはあくまで属性ごとの単体で考えた場合だ。
三年前、村に戻った俺はかつて聖魔法教会に所属していた両親が書き残した日記を見つけた。そこには、俺の既成概念を覆す衝撃的な事実が綴られていたのだが、それについては今は割愛する。
とにかく、両親が残したこの日記によって、俺は初めてこの世に六属性とは別の魔力が存在することを知った。
両親はこの魔力を新魔力、これを生み出すことを新魔創生と呼んでいた。属性の異なる魔力を掛け合わせることで、既存のものとは全く別の新しい魔力が生まれる。さらに、掛け合わせによって生まれた新魔力は、ウノをも凌ぐ強大な力を持つ。
俺は二年の歳月をかけ、自身が保有する六属性の魔力の掛け合わせに成功し、新魔創生をなし遂げた。そして俺が創生した新魔力こそが、次元操作なのだ。
「詳しい話はあとだ。まずはあいつを片付ける。ちょうど魔力も貰ったしな」
目を丸くして問いを重ねる隊長に告げ、目の前の次元獣に意識を集中させる。
……さて、これで全て吸収しきったな。
俺は次元獣が放出した瘴気を余さずに吸い上げたのを確認すると、一足飛びで奴の顎の下へ入り込んだ。
「……なんという速さだ!」
人間の限界を超えた速度を目の当たりにした隊長らから感嘆の声があがる。
実は、この動力は先ほど次元獣から吸収した魔力だ。俺は足の裏からその魔力を放出することで、瞬間的な推進力を得ていた。
さらに、次元獣の顎の下から右手を上にかざして魔力を放出する。顎下を突き上げられた奴はひとたまりもなくひっくり返る。
「ハァアアッ!」
弱点のヘソを目がけて渾身の右ストレートを打ち込み、掛け声とともにめり込ませた右拳から魔力を放出する。
『ごぎゃぁぁぁぁ』
次元獣は逃げ場のないまま自身の瘴気を被弾し、腹に大きな穴を開けられてピクリとも動かなくなった。
「討伐完了だ」
隊長と隊員たちから、そうして家屋から次々と飛び出してきた町の人たちから盛大な歓声と拍手喝采が湧きあがった。
次元獣を討伐した俺は、ガイア隊長と共に町長の屋敷を訪れた。既に先ぶれを受けていたのだろう、屋敷の玄関前では家人らが総出で俺の到着を待ち構えていた。
「町長、こちらが我らの危機を救ってくださり、次元獣を討伐してくださったセイ様です」
隊長の言葉を受け、白髪の老紳士が一歩前に進み出て、緊張の面持ちで丁寧に腰を折った。
「おぉ、あなた様が……。私は町長のミーゲルと申します。この度は町の窮地を救ってくださり、誠にありがとうございます」
「ミーゲル町長、頭を上げてくれ。年長者に頭を下げられるのは、どうにも落ち着かん」
俺が気さくに町長の肩をポンッと叩けば、町長は驚いたような顔をしてゆっくりと半身を起こした。
「優秀な冒険者でありながら、セイ様はなんと気さくなお方か……。立ち話もなんでございます。どうぞ、中へお入りください。心ばかりの食事と酒を用意してございますので、召し上がっていかれてください」
「それはありがたい。馳走になろう」
こうして俺は、ミーゲル町長の屋敷で厚い歓待を受けることになった。
「セイ様が来てくださらなかったら、雇っていた守備隊だけでは持ちこたえられず町は壊滅していたでしょう。本当に、なんと礼を申し上げたらよいか」
町長の酌を受け、渇いた喉を酒で潤す。
「なに、礼には及ばん。こんなに美味い酒を飲んだのは久しぶりだ。これで十分だ」
「い、いえ! そんなわけにはまいりません。小さな町ゆえ、決して多くは用意できませんが、きちんと礼金をお支払いいたします!」
「町長、我ら守備隊は固定報酬を辞退いたします。どうかその金額を、セイ様の礼金にあててください」
町長の言葉に、同席していた隊長がすかさず申し出る。
一般的に守備隊の賃金体形は、固定報酬と歩合制の成功報酬の組み合わせとなっている。成功如何にかかわらず、固定報酬は隊員の生活や装備などを正しく維持するために得るべき権利であり、契約でもそれは保障されているはず。
「おいおい。ガイア隊長、馬鹿言っちゃいけない。固定報酬はお前たちが得るべきだ。それに、お前たちが最後まで諦めなかったから、俺も間に合ったんだ。お前たちが早々に逃げ出していたら、町は壊滅していただろう。なかなかできることではない」
「とんでもない。我々だけでは、到底あの次元獣を倒すことはできませんでした。セイ様のおかげです」
「今回は結果的にそうなったがな。だが、あんたらのパーティは実力もあるし、バランスもいい。次元獣との戦い方を学べば化けるぞ。あの程度なら、お前たちだけで十分倒せるようになる」
ガイア隊長はかなりの土魔力の持ち主だ。それに加えて火・水・風属性使いの部下がいる。コツさえ掴めば、さっきのクラスの次元獣に負けることはないだろう。
「本当ですか!?」
「ああ、単に個別攻撃を仕掛けるだけでなく、連携を取った連続攻撃を仕掛けるんだ」
「と、申しますと?」
「四足歩行タイプの次元獣の弱点はヘソだ。火・水・風の魔力で次元獣の動きを止め、土の魔力で下からひっくり返せ。そして身動きできなくなったところで、全員でヘソを攻撃すればいい。さっきのクラスの次元獣なら、これで仕留められる」
ガイア隊長は真剣そのものの様子で、俺の言葉を一言一句聞き漏らさぬよう耳を傾けていた。
「なるほど。今後は隊員らで連携し、攻撃の展開を訓練します」
「ああ、それがいい。そして日々の訓練をしっかりと積み、有事に正しく備えるためにも固定報酬はきちんとお前たちが取っておけ。ミーゲル町長も、それで異存ないだろう?」
「もちろんでございます。……セイ様は優秀なばかりでなく、おやさしい方だ。戦闘に長けているだけでなく、この町の未来までも考えてくださるとは……」
ミーゲル町長はまぶしい物でも前にしたように、目を細くして同意する。その瞳が、微かに潤んでいるように見えた。
「実は以前、みっつ先の町が次元獣に襲われ、たまたま通りかかった冒険者のパーティに救われたことがありました。おかげで彼の町は壊滅こそ免れましたが、膨大な礼金を請求されて……。結局、町は深刻な財政難によって町としての機能が維持できなくなり崩壊してしまいました」
「ハッ! 町を潰すほどの金を要求するなど、冒険者の風上にもおけない」
「いいえ、セイ様。それくらい高位の冒険者の能力というのは得難いものです。そのパーティのリーダーは風の筆頭侯爵様のご子息で、プラチナのエンブレムを付けた勇者様だったそうですが、討伐には相当に難儀したようです。それを考えれば、礼金がそれなりに膨らんでしまうのも道理――」
「待ってくれ! 今、風の筆頭侯爵様のご子息と言ったか!?」
思いもよらぬ人物の登場に、不躾にも町長の言葉を割って尋ねていた。
「は、はい。そう聞き及んでおりますが……。あの、なにかございましたか?」
「いや、すまん。なんでもない」
……奴なら、村ひとつ食い潰すほどの金銭要求もやりかねん。
どこまで性根の腐った奴なんだ……いや、むしろ討伐に難儀しながらも、途中でほっぽり出して逃げなかったことを褒めるべきかもしれん。
内心で特大のため息をこぼし、胸糞の悪いヤツの存在を意識の外へと追いやった。
「とにかく、こうも謙虚でおられるあなた様は稀な存在でございます」
「なに。かくいう俺とて、そうそう謙虚なばかりではない。金はいらんが、道中で食える保存食を少し分けてもらえたらありがたい」
俺はそう言って、あえて軽い調子でヒョイと肩をそびやかす。
「お安い御用でございます。荷馬車を山盛りにして、用意いたしましょう」
「はははっ! 面白い冗談だが、この荷物袋に入る分で十分だ。……ミーゲル町長、さっきから酒を注いでばかりじゃないか。あんたも飲め」
「ええ、ええ。セイ様……」
ミーゲル町長は俺の注いだ酒をひと息で飲み干した。
「隊長もだ。今晩は共に飲み明かそうじゃないか」
「はい……!」
夜通しの酒宴は、翌朝に太陽が空の主役に変わるまで続いたのだった。
翌朝。
「セイ様、お近くにおいでの際はどうかまた立ち寄ってくださいませ」
「ああ。いつか必ず、また寄らせてもらおう」
俺は礼がわりにもらった保存食でパンパンに膨らんだ荷物袋を肩にかけ、一家総出の見送りを受けながら村長の屋敷を後にした。
正門に向かって歩いていると、隣を歩いていたガイア隊長が重く切り出した。
「セイ様、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「私は長く守備隊員として務めておりますが、セイ様の使われた魔力はこれまで一度も目にしたことがございません。次元獣の腹にたったの一発で大穴を開けてしまうほどの威力を持つあの魔力。次元操作とおっしゃいましたか、あれはなんなのですか」
「あれは奴から吸収した魔力をそのままお返ししただけだ。次元操作にはそれができる特性がある。ただそれだけだ」
俺の答えに、隊長は「わからない」というように眉間に皺を寄せた。
「……まぁ、具体的になにかと聞かれれば、企業秘密だな」
隊長の反応はもっともで『相手の魔力を返す』などと言われて、はいそうですかと納得してくれる者などいない。それくらい、俺の次元操作は、この世界の常識で見てもあり得ないものだった。
かと言って、新魔創生については安易に口にしていいものではなく、俺は『企業秘密』のひと言でこれ以上の追及を躱す。
「そうですか、それは残念です。ですが、いとも簡単にその技を操り、一撃で奴を倒してしまうセイ様は本当にお強い」
ガイア隊長は俺の真意を汲んでか、あっさりと頷いた。そしてこれ以降、彼がこの話題に触れてくることはなかった。
「はははっ! ありがとうよ、あんたとは機会があればまた飲みたいもんだ」
「はい。その時は、セイ様に教えていただいた連携攻撃を強化して、一層強い守備隊員になっています! この町を、決して次元獣などに踏み荒らさせはしません」
ガイア隊長は決意の篭もった目をして断言した。
「ずいぶんとこの町に思い入れがあるんだな」
「私は守備隊員になる前は、聖魔法教会に所属する魔導士をしていました」
聞かされたガイア隊長の過去は予想外のものだった。聖魔法教会所属の魔導士は、ギルドに登録する冒険者や守備隊員よりも社会的な地位が格段に高い。
「そうか、以前は教会にいたのか。しかし、どうして守備隊員になった? 待遇はあちらの方が破格にいいだろうに」
「お若いセイ様はご存知ないかもしれませんが、この町では二十年ほど前にウノの赤ん坊が生まれています。ウノが平民に生まれることは非常に稀ですから、遠く王都でも話題になりました。これを聞き付けた教会は、あろうことか赤ん坊を強引に取り上げて高位貴族の養子にしようと計画しました。その頃の私は教会に所属したばかりの若輩で、そんな非人道的なことが決してあってはならないと思いながら、幹部らに進言などできる訳もなく口を噤むしかできませんでした」
ガイア隊長はここで一旦言葉を止め、再びゆっくりと口を開く。
「あげくに私は、赤ん坊を引き取りに行く幹部に同行を命じられました。ミーゲル町長はやって来た私たちに断固とした姿勢で赤ん坊の引き渡し拒否を告げ、追い返しました。結果として、赤ん坊の養子話はなくなりましたが、この町はそれ以降聖魔法教会からの加護をもらえなくなりました」
「加護? そんな物があるのか!?」
これは、俺にとって初耳だった。件の日記にも、そのような記述はなかった。
「これは公にはされていませんが教会からの加護は、次元獣の出現を防ぐ最大の守りとなります。しかし、この加護をどこに授けるかは教会の気持ちひとつなのです。この町は教会と比較的友好的な関係を築いていましたが、この一件によって加護を失い、守備隊を雇うことを余儀なくされました」
「なるほどな。それで町の規模に対して、不釣り合いな装備の守備隊を置いていたわけか」
「ええ。加護がなければ、いつ次元獣が現れるとも限りませんので。……私は、あの時の町長の強い眼差しを忘れることができませんでした。しばらく悩み、教会を辞めました。もちろん、辞めたのはこの一件だけが理由ではなく、教会内で多くの傍若無人な振る舞いを見て、彼の組織に嫌気が差していたことも大きいのですが。そうして守備隊員として幾つかの現場で経験を積んだ後、ミーゲル町長以下、町民らで一致団結し、奮闘するこの町の力になりたいと思い、この町の守備隊長となりました」
「そうだったのか」
そうこうしているうちに、正門に辿り着いていた。
「……ガイア隊長、やはりあんたは気骨のある男だ。必ずまた、酒を酌み交わそう」
俺は隊長にヒラリと手を振って門の外へと踏み出した。
「またお会いできる日が楽しみです。セイ様、どうかお気をつけて」
俺は隊長に見送られ、晴れやかな気分で町を後にした。
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