異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第1章:異世界と吸血姫編

第15話:嶋崎流

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 俺が師事していた嶋崎寿光は、若くして嶋崎流を創設した所謂伝説の格闘家だ。
 俺がまだ小さい頃、当時の日本は空前の格闘技ブームであった。空手やキックボクシング、ムエタイと言った立ち技の最強や、急所攻撃以外、打撃に寝技何でも有りの総合格闘技最強を決めるなんてキャッチフレーズの大規模なイベントが年に何回も開催され、一撃必殺のK.O、過剰な演出も相まってお茶の間を多いに湧かせた。
 筋骨隆々の逞しい肉体を持つ格闘家達は、老若男女問わず皆から尊敬の眼差しを浴びていたし、破格の優勝賞金、高額なファイトマネーの存在も相まって格闘家は男子のなりたい職業ランキングの上位に毎回食い込んだ事からもその人気ぶりが窺えた。
 嶋崎寿光しまざきとしみつはそんなブームの火付け役として初期から活躍した格闘家であったが、その存在は今尚伝説として語り継がれている。
 日本での格闘技ブームは、五年程続いたが嶋崎寿光は王者で有り続けた。誇張でも何でもなく王者である。No.1だ。
 日本で格闘技ブームを巻き起こしたその一旦と言うよりは大部分を担ったイベントがあるのだが、嶋崎はこの大会の第1回大会から出場しているがその第1回大会で圧倒的な強さを持って優勝。決勝トーナメント全て一撃必殺。ノーダメージだった。それからすぐにアメリカへ渡りアメリカのメジャー団体と契約を行うとそこでも常勝無敗。日本のブームが下火になり始める5年程の間正に絶対王者として君臨し続けた。
 ちなみにアメリカを主戦場としていたのになんで日本でも王者なのか。
 それは日本で年末に行われる嶋崎が優勝した大会に毎年、その年末に行われる大会にのみ参戦するからだ。所属団体とかそんなもの一切無視して無理矢理参戦。その大会でも毎回圧倒的な力を見せ付けての優勝。日米両方で絶対王者であったのだ。
 下火になったのを見越したのか元々そのつもりであったのか、嶋崎は無敗の王者の名の元、突如として現役引退を表明して日本に帰国をし、数年後に自身のジムを開設し、名を嶋崎流とした。

 俺はその開設されたジムに遇々通っていたのだが、嶋崎先生曰く、誰にでも門戸を開いている訳ではないらしい。入門希望者には隔てなく所謂入門テストを行っているらしいが、俺の記憶ではそんなものされた記憶は無い。
 只、嶋崎先生自身と話を少しして、ジム内を見学しただけで通って良しと言い渡されたのだったが、他の門下生もそうだったのかは定かでは無い。別に他の奴らに興味も無いが。
 俺としては、通い始めたスポーツジムに近かったからスポーツジムで身体を鍛え、その足で格闘術を学べると言うだけの理由でその門を潜っただけであるが、運が良かったとも思う。
 嶋崎流は所謂流派と言うものにカテゴライズされない流儀であった。
 在りと在らゆる格闘術を取り込み最適化された正に変幻自在の唯一無二の格闘術で、ある時は唐手、ある時はキックボクシング、ある時はレスリング。その時々、相手や状況に合わせて自身のスタイルを変化させて対応する格闘術であった。
 こう言うと何だか器用貧乏な感じも否めないが、実際はそんな事は無い。
 ボクシングスタイルのファイティングポーズからの浴びせ蹴り。レスリングスタイルからのタックルと見せ掛けてのバックハンドブロー。言い出したらキリが無いが、正に変幻自在、予測不能。
 出鱈目に技を繰り出す訳で無く相手の癖や出方、雰囲気を感じ取り予測し経験則や理論に裏打ちされた全てを十全に使い相手を仕留める。
 俺としては正に求めるスタイルであり、何個もジムを掛け持つなんて面倒な事をしなくて済んだし、何よりも嶋崎先生は強かった。
 俺は能力を使いその全ての格闘家としての記憶、技術をすぐ様取り込んだ。
 まあその全てを十全に扱えないとしてもある程度体現出来るであろうと高を括っていた。
 だが実際は全く持って論外、嶋崎先生には疎か門下生にも一切の手出しが出来ずに初日の初っ端のスパーリングは完敗をし如何に肉体と精神に乖離があるかを認識すると共に、その技術を体現させる為の身体トレーニングと日々の反復練習がどれ程重要かを強く意識せざるを得なかった。
 天狗になっていた鼻っ柱をポッキリとへし折られたかの如くそこから俺はほぼ毎日の様にスポーツジムと嶋崎流のジムを通う毎日を送ったのだかーー2年間1度も嶋崎先生には勝つ事は出来なかったなぁ・・・

 おっと、ちょっと思考が逸れた

 異世界でも嶋崎流が通用する事を証明するのも実は俺の中では結構優先順位が高かったりする。
 神?悪魔?なめんじゃねぇよ。掛かって来い、ぶっ飛ばしてやる!

 まあとりあえず今後の方針が大体決まった。
 まず第一に、此奴ら元傭兵団を姫様の所へ行く。
 操っていると言ったが、十中八九、精神操作系の能力、魔法?を使っている。元傭兵団の奴らの記憶が一部ごっそり抜けていたり、暈していたりしている事から俺は脳操作だと思っているが、姫様の能力が脳に作用するのかそれとも魂に作用するのかを確認するのが目的だ。
 第二に、俺自身の戦闘力の確保。魔法とスキルは絶望的な事は分かった(クソッ!)ので残る可能性――魔法具マジックアイテムだ!どうだ!この野郎!!
 身に付けるだけで身体能力強化の魔法や魔力障壁みたいなものが展開される指輪だとか、もっと強力で凶悪な魔法が封じられている篭手だとかそう言う物を探し出す。
 当然ながら店売りしている様なジョボい物じゃダメダメ。国宝級や伝説級の物を探し出す!国宝でどっかの国が厳重に保管しているのならその国の代表にして譲り受けるし、極悪なダンジョンの奥深くに眠っているのならだとかみたいな人外並の強さを誇る御歴々の方々にこれまたをして一緒にダンジョン攻略をして貰うなり取って来て貰うなりすれば良し!

 え?勇者、賢者いるよね?

「完璧じゃないか…!」

 その後は悠々自適に冒険者(傭兵?)生活を満喫して、この異世界人生を謳歌する!

「そうと決まればまずは姫様よな」

 俺の願いが通じたのかどうかは兎も角、俺の呟きとほぼ同時に馬車の走るスピードが緩まり暫くして完全に止まる。
 すぐ様虚ろな操り人形と化しているアルアレとトイズの接続を俺はパチンと指を鳴らして解除する。

「「…??」」

 アルアレとトイズは状況がよく飲み込めないのか目を白黒させ、馬車の中をキョロキョロと見回している。

 ふふ

 その時、幌の入口の幕を片手で押し上げ中を覗き込むようにしてナッズが声を掛けて来た。

「ハルさん、とりあえず今日はこの辺で野営します」

 いつの間にか大分いた様だ。ナッズが押し上げた幕の外は少し薄暗くなって来ているのが分かった。

 さて、とりあえず試したい事あるし…

「トイズ、表出ろや、ぶっ飛ばしてやる」

「「「…え??」」」

 トイズにアルアレ、更にはナッズまでもが声をハモらせるのであった。
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