異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第4章:偽りの聖女編

第134話:敗走

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 クソ男爵は煩わしそうに土煙を振り払いうが、追って来る気配は無かった。
 仲間を見ると、全員出口に駆け出しているのが分かるが、クソ聖女とその護衛騎士が先頭を走っているのが気に食わない。
 だが、完全に初動の動きとしては成功しただろうと思った。

 戦線を押し上げていた為、最初の方に倒したレッサー・デーモンの死骸をクソ聖女共が超えた辺りで何故か全身が総毛立った。

 ゾクリ

 と以前も感じた事のある悪寒を感じて、俺は一瞬思考がストップする。

「なーんてな、バァァカ」

 後ろから、か細い様でハッキリとしたクソ男爵の声が聞こえた。聞こえた気がした。

 突然前方からバキリグシャリと嫌な音が聞こえたかと思うと同時に悲鳴が上がる。
 ハッとして状況を確認するが、最悪だった。
 倒した筈のレッサー・デーモンが何故か立ち上がり、仲間達に襲い掛かっているのが確認出来たが、そんな事では無い。

「ア、アレは!?」

 隣を走るアリシエーゼが顔を強ばらせて叫ぶ。
 そう、あの隼人の中に強制的に埋め込まれていた核を元とする、正体不明のウネウネの触手が、レッサー・デーモンの一部飛び出して来ており、その触手が暴れていた。
 頭を吹き飛ばし殺したレッサー・デーモンからは頭部の様にウネウネが、胸部を穿つ大穴を開けて殺したレッサー・デーモンからは大穴を塞ぐ様にウネウネが蠢いており、共通して腕が触手の様になっていた。

「クソッ!!!」

 俺は一瞬後ろを振り返ると、まだ殺していなかった、ずっとクソ男爵の後ろの方に控えていたレッサー・デーモンも腕から触手を生やしてこちらに向かって来ているのを確認する。

 どうする・・・

 一瞬考えるが、どうするも何も無い。
 もう既に撤退戦は開始されているので、ここで立ち止まれば俺達は殲滅させられる。

「先ずは仲間を何としても・・・助けるぞッ」

 俺は後ろから迫るレッサー・デーモンを振り切る様に、アリシエーゼに告げる。
 その言葉に返事は無かったが、一段走る速度が上がったので、了承の意と捉えて俺も踏み込む脚に更に力を込める。

 仲間達は完全に浮き足立っていた。
 二度目の奇襲を受ける形になってしまい、撤退は隊等関係無く、皆バラバラに逃げ惑っていて、もうグチャグチャだった。
 俺はそのグチャグチャへと飛び込み、触手へと蹴りをお見舞いして吹き飛ばす。
 トドメは考えずに先ずは仲間達からこのウネウネを引き離す。
 一匹の触手を吹き飛ばしたあと、着地してまた走り出し集団の真ん中辺りで、ナッズとソニ、モニカが足を止めて迎撃しているのを確認した。


 俺は少し回り込む形で走り、丁度触手が二体線上に重なった所でそちらに走り込んで一体に飛び蹴りを放つ。
 不意を付かれて完璧に俺の飛び蹴りを喰らった触手は吹き飛び、もう一体の触手を巻き込んで遠くへと飛んで行った。

「早く走れッ!」

 俺は周りを確認しつつナッズ達に叫ぶが、返事は芳しいものでは無かった。

「アツシが足をやられた!後、明莉とドエインがはぐれちまったッ」

 振り向くとパトリックが篤の足に回復魔法を掛けている最中であった。
 傷を見ると、切断されたとかでは無かったが、深く脹脛の辺りがパックリと切れている。

「治りそうか?」

 パトリックに問い掛けると、無言で頷くのでそれを信じる。

「明莉達は・・・・・・・・・居たッ!」

 ナッズ達に篤の怪我が治ったら兎に角出口に走れと言って、近くに寄って来たユーリーの頭を一度強めに撫でてから明莉達の元へ駆け出した。
 ユーリーは何か言いたそうであったが、今はそれよりもと全力で明莉達の元へ向かう。

 直ぐに明莉の元へと辿り着くが、見るとドエインとファイの所のティアナの小隊、後は数十人の傭兵達が、十匹程の触手レッサー・デーモンと交戦中であった。
 ドエインは片手で触手の攻撃を上手く捌き、往なして雷速のリラの弟である事を示すが如く、凄まじい突きを繰り出して反撃する。
 突きが触手に刺さると、稲光の如く剣を振り抜き、そのまま触手を斬り裂いた。
 ティアナ達も応戦しており、まだ押し込まれてはいない様であったが、円陣を組んで中の仲間を護りつつであった為、包囲を上手く抜け出せずにいた。

 ここでおかしいと感じる。
 先程からの自身の戦闘等も踏まえるが、以前の隼人に寄生していた触手の攻撃は、俺には見切る事が出来なかった。
 それこそアリシエーゼも身体を真っ二つにされたくらいだ。
 ドエインもかなり強いが、ハッキリ言ってあれとではレベルが違い過ぎる様に感じる。
 だが、実際ドエインは今も攻勢に出ているし、他の奴らも攻撃自体は上手く捌いている。

 触手の強さは寄生する宿主の強さに依存する?

 そう思うとしっくり来た。
 そこまで考えると立ち往生する集団の前に辿り着いたので、俺は目の前の触手の一体に、引き離すのでは無く殺すつもりで飛び掛った。
 目の前の傭兵達に集中していた触手は俺が近付くのを察知出来ずに真面に俺の打ち上げ気味の右ボディを喰らう。
 腹の右側が吹き飛び苦悶の表情を浮かべたのかどうかは分からないが、動きが止まった触手に流れる様に延髄に飛び上がりからの蹴りをお見舞いすると、頭部が吹き飛んで崩れ落ちる。

 障壁は普通のレッサー・デーモンと同じくらいか?

 そう思いつつ俺は、身体はレッサー・デーモンの触手の胸の辺りを勢い良く踏み付ける。
 バキリと言う音と硬い何かを砕く感触が足から伝わり、触手は完全に動きを止めた。

「た、助かった」

 傭兵の一人がそう言うのを制して周りの救援に向かう様に言い、俺は円陣の中へと入った。
 中では明莉が負傷者の治療を行っており、怪我をして引っ込んだ者を次々と回復させて戦線へと復帰させていた。

「・・・ぅ、くッ」

 明莉は苦しそうにしながらも懸命に命を繋ぐ。

 やっぱりそんなにポンポンと出来る様な奇跡じゃない

 そんな事を思っていると、遂には力尽きた様にグッタリとそのまま座り込む明莉に俺は駆け寄り身体を支える。

「大丈夫か!?」

「・・・ぁ、は、暖くん」

 明莉は俺の顔を見ると力無く微笑んだが、やはり身体に力は入らない様でそのまま俺に身体を預けてくる。
 だが、このまま此処に留まる訳にはいかない。

「ドエイン!!!」

 俺が力の限り叫び暫くすると、円陣の外からドエインが中に飛び込んで来た。

「だ、旦那ッ!」

「話は後だ。俺が前方の触手をどうにかするから一気に駆け抜けて出口に迎え。明莉は動けそうに無いからお前が何とかしてやってくれ」

 俺は一気にそう言うと、ドエインは力強く頷いた。
 それを確認した後、明莉をドエインに預けて俺は立ち上がり、その場で叫ぶ。

「聞けッ、傭兵達!!前方の敵を俺が抑え込むから隙が出来たら一気に出口に走れ!!」

 俺の叫びに辺りの傭兵達は動揺する。
 指揮官でも無い唯のガキがいきなり偉そうに言い出した事なのでその動揺も分かるが、今はマジでそんな暇は無い。
 俺は指揮官でも無いし、その器でも無い。
 ただ、兎に角この場を凌ぐ為に敢えて続ける。

「いいかッ!周りを助けろ!ただ、立ち止まるなッ、生きて全員帰るぞ!」

 チラリと明莉とドエインを見る。
 ドエインは立ち上がり、明莉を前に抱いて準備万端な様だ。

「返事はッ!!!!」

 俺は喉が張り裂けそうになりながらも今ある全ての力を使い、能力を使わずに人の心を動かす為の全力を出す。
 その心が、思いが届いたのかは定かでは無いが、傭兵達から一斉に返事が返って来る。

「「「「「「「おうッ!!!」」」」」」」

「よし、俺が飛び出して合図したら走り出せ!行くぞ!!」

 そう言って俺は円陣の前方、一層とホルスを繋ぐ出口側へ大きくジャンプして飛び出した。
 円陣の外側に居た一匹に上から踵落としをお見舞いして頭部を潰す。
 そのままその触手は地面に膝を付くが、間髪入れずに足元の胴体部分をローキックの要領で蹴り飛ばす。
 両サイドの触手が傭兵達から俺へとターゲットを変更して襲い掛かって来るが、俺は右の触手の懐に瞬時に入り込み、ショルダータックルをぶち当てる。
 迷い無く踏み込んだ俺の勢いに負けて触手は吹き飛び転がる。
 タックルの終わりに右脚を限界まで踏ん張り、その力を地に伝えて一気に解放する。
 地面は爆ぜ、俺を凄まじ勢いでもう一方の触手の元へと運ぶ。
 そのまま一足飛びに触手の元へと向かい、接触の直前で右手を突き出して飛び込みの勢いが乗った右ストレートを触手の腹へと突き刺す。
 右手も破壊されたが俺は構わず更に押し込み、完全に俺の右手が触手の背中から突き出ると、そのまま持ち上げて残りの触手の方へとぶん投げる。
 二体の触手を巻き込んだのを確認して俺は叫んだ。

「行けぇぇぇぇッ!!!」

 瞬間、傭兵達の怒声が響き、出口へ向けて、数十人が一気に駆け出す。
 起き上がって来た触手を見付けて追撃を行い、俺は残って他の地点へと目を向けた。
 アリシエーゼは縦横無尽に駆け回り、触手を翻弄しては屠って行く。
 何も言わなくてもこちらは触手の強さを理解して立ち回っていた様だ。

「アリシエーゼ!俺達も引くぞ!」

 言い終わる前に俺は駆け出し、そのついでにクソ男爵の方を見る。
 クソ男爵はまだその場で―――

 居ない!?

 俺はハッとして明莉達の方を見る。
 その瞬間、明莉やドエインか居る集団が中心からまるで強力な突風が巻き起こった様に外側へと吹き飛ばされていた。

「明莉ッ!!」

 俺は駆け出した。
 全力で駆け出し、集団の方へと向かった。
 ブチブチと何かが千切れては修復しているが、構わず突っ込む。
 吹き飛ばされた傭兵達は呻き声を上げながらも起き上がって来る。
 詳細は分からないが、たぶん死者は居なさそうだと思ったが、目の前には最悪の自体が待っていた。

「残念だったなぁ」

 そう言ってゲラゲラと嗤うクソ男爵は、明莉を片腕に抱えており、明莉自身はグッタリとして動かなかった。

「テメェ!離せッ!!」

「馬鹿かお前、はいそうですかと返すと思ってんのか?」

 小馬鹿にした態度のクソ男爵に俺はキレそうになるのを必死で堪えるが、それを理解して尚、クソ男爵は俺を煽って来た。

「ほら、この女を傷付けたく無けりゃ、お前も来るんだよ。どうした?早くしねぇとこの女の脚食い千切んぞ?」

「・・・クッ」

 俺は動けずに居るがアリシエーゼは?と目だけで確認するが、アリシエーゼも俺の近くにおり、クソ男爵からは動きが丸わかりの位置になっている為、迂闊に動く事が出来なそうだった。
 クソ男爵は何も合図等していないが、突然、生き残った触手がクソ男爵の周りに集まって来た。
 何か合図を送った素振りは?と思うが今はそんな事はどうでもいい。
 仲間を集めたと言う事は次の行動は予測が付く。

「この女を主の元に連れて行け」

 そう言ってクソ男爵は脇で抱えていた明莉を触手に受け渡す。

 今だッ!!

 俺は躊躇無く飛び出し、クソ男爵に迫った。
 クソ男爵は俺を見て、笑いながらゆっくりと右手を振り上げる。
 懐に入ると見せ掛けて俺は途中で急制動を掛けて、左右にフェイントを交えながらクソ男爵の裏を取る。

 狙いは触手!
 先ずは明莉を取り戻す!

 そのまま触手に迫る。クソ男爵の相手はアリシエーゼがしてくれる!
 そう思っての行動であったが、現にアリシエーゼも同時に動き出しており、既に初撃をクソ男爵に放っていた。

 イケる!イケッ!!

 後一歩で触手に触れられる位置まで来て俺は奥にいる触手が明莉を抱えているのを目で確認する。
 先ずは先頭の触手を全力で殴り付け、一時戦闘不能として、殴り付けの勢いを使ってその奥に居る触手にタックルで―――

 と考えた所で何故か俺の動きが止まった。
 殴り付けの態勢に入ろうとした矢先だったのに、俺の身体がピクリとも動かなかった。

「ハルッッ!!!!!」

 アリシエーゼの叫びで俺は自分の腹や胸周りがもの凄く熱を持っていて熱い事に気が付き、目を下へ動かし自分の胸を確認する。

「・・・ぁ、ッが、な、なに・・・」

 見ると俺の胸部に先頭の触手の腹から伸びた腕が突き刺さり、身体を貫通していた。
 一瞬何が起こったのか分からなかったが、アリシエーゼが相手取っていた筈のクソ男爵が何故か明莉を連れ去った触手の集団に混じっており、先頭の触手ごと俺を穿いていたのだと気付く。
 それが分かった瞬間、非常に億劫だったが、胸を穿かれたままアリシエーゼの方を振り返る。
 そこには確かにアリシエーゼを相手にしていた筈のクソ男爵が居た筈なのに居ない。
 アリシエーゼの足元にどろりとした泥の様な物が広がっているのを確認して俺は意識を手放しそうになりながらも思った。

 分身体?
 あれ、これ俺治るよな・・・?

 そんな事を思いながらアリシエーゼから目を離そうとした時、アリシエーゼが叫ぶ。

「ーーーああぁぁぁあああッ!!!!」

 今まで聞いた事も無いアリシエーゼの雄叫びに俺はそのまま目を奪われた。
 そんな状況じゃ無いのは分かっていたが、目が離せ無かった。
 もしかしたら、もう目を離す事すら出来ないくらい瀕死だったのかも知れない。
 目を離せず見詰める先のアリシエーゼの目が金色に輝いていた。
 そう思った瞬間、アリシエーゼの姿が掻き消えた。
 そして、俺はクソ男爵の腕に穿かれながら持ち上げられていた身体がドサリと地に落ちる感覚に見舞われる。

 何だ?

 膝から落ちた俺は頭から地面に突っ伏す前に目だけで胸の辺りを見ると、クソ男爵の気色悪い太い腕が灰の様になって消えていった。

「旦那ッ!!!」

 地面に顔から崩れ落ちながら、ドエインの声が聞こえた様な気がしたが顔を向ける事が出来ずに居ると、右手が持ち上げられた気がした。
 その後直ぐに上体も持ち上げられるが、辛うじて目を向けると、俺の脇を支えたドエインが居た。

 まだ居たのか

 そんな事を思うと同時にアリシエーゼにも目を向ける。
 とてもじゃ無いが今の状態で目に追える様な動きでは無いアリシエーゼが、片腕を無くしたクソ男爵を相手取っているのだけは分かったが、そこまで確認すると、身体が自動的に反対方向に向く。
 何が?と思ったが、ドエインが俺を抱えながら踵を返して出口に向かって駆け出しているのが分かった。

 待て
 明莉が

 そう言おうとするが既に口は動かず、身体も動かない。

 待ってくれ
 明莉が連れ去られちまう

 そう叫ぼうとするが、やはり口も身体も動かない。

 明莉と約束したんだ
 必ず護るって

 そう泣き叫んだが、口も身体も動かず、涙も流れなかった。
 無情にも出口が近い事を地上の明かりが目に写る事で認識するが、それだけだ。
 身体が一切動かなかったのは、胸に大穴が空いていたからか、それとも明莉との一番大事な約束を護れなかった事への自身の無力感からか。
 暫くすると出口に辿り着き、ドエインと一緒に大勢が待つ場所へと倒れ込み、抱えられて安全な場所へと運ばれている最中もその答えは分からなかった。
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