異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第4章:偽りの聖女編

第172話:変化

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 実際問題、俺はパトリックや、死んじまった皆を仲間だと、家族だと思っていたんだろうか。
 普通に考えたら、出会って一ヶ月で自分の命を預けるに足る仲間だと、何を賭しても護りたいと思う家族だと思えるだろうか。

 普通に考えたら、無い

 そう、無いんだと思う。けど、俺は確かに仲間だと、家族だと思っている。
 それは嘘偽りの無い事実かと問われると・・・嘘偽りは無いと思うなんて言う曖昧な答えになってしまうのかも知れないが、この世の中で自分自身の事を全て完全に理解している奴なんているのだろうかと考えた時、そうは居ないと思うし、だったらそんな曖昧な答えになってしまうのも仕方が無い事なんだろうと思う。

 結局この世界は異世界でも何でも無くて、地球―――篤が言うには未来の地球だった訳だが、魔法やら魔物やら悪魔が実在するのだから、別に異世界でも良いんだと思う。
 結局は帰る術も無いし見込みも無い。だったら、ここを異世界だと思って、その世界を謳歌して何か不都合が有るかと言われると別に無いと思うので、俺は今でも地球であると同時に異世界でもあると思っている。

 まだ、パラレルワールド説は残ってるしな

 そんな異世界にいきなり転移させられて、右も左も分からず、しかも魔力を持ち合わせて居ない俺は自身の能力があるにせよ、この異世界を謳歌するのであれば、誰かにたよらなければ、誰かの力を借りなければならなかった。
 それはアリシエーゼに出会い、傭兵達に出会い、篤や明莉と出会い、皆の力を借りて今この場に俺が立っている事で証明されている。
 転移前には考えられなかったが、それはそれで別に良かった。
 欲を言えば、自分の力だけでこの異世界を生き抜き、世界を回って自由を謳歌して俺を取り巻く全てのものから解放されたかった。
 人を疑い、人を憎み、人を貶め、人を嘲る。
 俺にとって人とは何の価値も無い、息をしているだけで有害なゴミ虫以外の何者でも無かったのだが、転移して来てからまるで人が変わったかの様に他人を信用している自分に時折、以前の自分との乖離に違和感を感じていた。
 ナッズに諭され、アイツらを家族何だと認識してからもその乖離は俺の中にずっと燻っていた。
 見ない様に蓋をしていただけで、ずっとそこにはあったのだ。

 何で転移してからこんなにも変わったのかは分からない。
 もしかしたらずっとそう言った願望が俺の中で何処かに眠っていたのかも知れないし、そうじゃないかも知れない。
 それとも俺も実は作り替えられたなのかも知れないが、それでもここまで秒にも満たない刹那な時の間で考えてからたどり着いた一つだけ確かで揺るがないと思えるものがあると気付いて少しだけハッとする。

 彼奴らは自分の命を預けるに足る仲間で有り、そして自分の命を賭すに値する家族であったと言う事だ。

 これが、この想いがある限り、俺は俺で有り続けるし、きっとそれは死ぬまで変わらない。



 あれ?
 彼奴ら、俺にとってすげぇ大事な奴らだよな?

 あれ?
 それをお前ら奪ったのか?

 何でだ?
 何でそんな事した?
 何で奪った?

 奪われた・・・

 そんな事を、パトリックの元へと歩いて近付いている間に考えていたら、身体中の力が抜けていった。
 ダラりと腕が垂れ下がり、上手く歩けなくなるが、俺は何とかパトリックの元へと辿り着く。

 あ、あれ?
 パトリックだよな?

 身体は両断され、顔面が殆ど吹き飛んでしまった其れを見て俺はパトリックかどうかの認識が出来ない。
 脳が理解するのを拒むが、思考は加速する。
 パトリックは身体を真っ二つにされ、ナッズは左半身が無くなり、アルアレは自らの命を何処の誰だか知らない奴に捧げて死んだ。

 死んだ

 そう、死んだんだ。と俺は脳内で幾万回繰り返す。パトリックだった其れを見下ろしながら更に幾万回と繰り返す。

「ハルさんッ!!」

 遥か遠くの方でモニカの声が聞こえた気がするが、俺はそれよりもやらなければならない事があったんじゃないかと言う思いが自分の中で次第に強まって行く事に気を取られた。

 周囲に魔物が殺到しそうになると炎大精霊が其れを吹き飛ばす。
 打ち漏らした魔物をモニカが狩って行くが一人でどうにか出来る数が超えると、数匹の魔物が俺に襲い掛かる。
 目の前のミノタウロスもパトリックに振り下ろしたアクスを再度振り上げており、俺を同じく両断しようと見据えていた。

 嗚呼・・・
 思い出した
 そうだ

 此奴ら皆殺しにするんだった

 ミノタウロスがアクスを振り下ろす。
 それを俺はミノタウロスの眺めていた。
 岩が激しく砕ける音が響き、パトリックの死体が四散する。
 俺はそれをまるで夢でも見ている様な心地で眺めながら、ミノタウロスの横っ腹を右手で薙いだ。
 するとミノタウロスの上半身と下半身が瞬時に別々に分かれて上半身だけが物凄い速度で横に飛んで行った。

 遠くでブチャリと聞こえて其方を見ると、ミノタウロスの上半身が他の魔物にぶち当たり、そのぶち当たった魔物とミノタウロスの上半身が爆散するのが見えた。
 ミノタウロスの攻撃に合わせて俺を攻撃しようとしていた他の魔物が急に上半身が喪失したミノタウロスに驚き一瞬動きを止める。

 なんだこれ
 すげぇ移動が楽だな

 そんな事を頭で考えつつ動きの止まった魔物の背後に回り込んでいた俺は目の前の奴の頭をまるで目の前を鬱陶しく飛び回る蝿を叩き落とす様に右手で叩いて潰し、その叩き落としの動作が終わる頃には別の魔物の背後に移動して今度は左フックを魔物の側頭部に当てる。
 いとも簡単に潰れる魔物の頭部に自分で驚きながら、漸く俺の接近を察知した最後の魔物が俺の方へ顔を向ける。

 脱力状態が良かったのかな

 冷静に自己分析をしながら、左フックを放って遠心力に逆らわずにその場で回りながら影移動で此方に顔を向けた魔物の背後に移動して、顔を向け終わった頃には俺はバックハントブローを頭部に向けて放ち終わっていた。

 一瞬の間にこの影移動を使った一連の流れを思い出しながら脳内で繰り返し、そしてそれを細胞の一つ一つに覚え込ませて漸く肺に溜め込んだ息を吐いた。

「ふぅぅ・・・」

 家族を殺された怒りは確実に存在しつつも、それを毎秒繰り返し消化し続けている様な、そんな不思議な感覚に戸惑いながらも、やる事を明確に思い出して頭の中がとてもクリアになった。

 モニカの方を振り向くと、また炎の大精霊の攻撃をすり抜けた魔物が三体迫っていたので、俺は先程細胞に刻み込んだ、影移動を使っての戦闘の記憶を呼び起こしながら一歩を踏み出した。
 そして、最初の標的とした魔物の横に次の瞬間には移動し終え、それと同時に頭部を破壊してまた次へ。
 粗同時と言っても過言で無い程の速度で俺はモニカに迫る三体の魔物を屠った。

「・・・・・・ぇ」

 俺の動きに着いて行けず、俺の行動が終了した後に何とも間抜けな声をあげたモニカを見て俺は小さく溜息を付いた。

「何だ、そのアホ面は」

「・・・・・・ぇ」

 ピンチを救ってやったと言うのにそんな反応を示されるとは思わずに俺は眉を潜めてモニカの頭に手刀を落とした。

「あ痛ッ!?な、何するんですか!?」

「ピンチを救ってくれてありがとうございますだろうが」

「なッ!?」

 口をパクパクして何か言いたそうなモニカを置いて、俺はアリシエーゼ達が合流するまで迫る魔物を殺し続けた。
 どれくらい動いたかは分からないが、相当な数の魔物を殺した頃にアリシエーゼ達が現れたのでユーリーに精霊召喚を解除させると、ユーリーは直ぐにそれを解き、そしてその場で倒れた。

「ユーリーッ!?」

 モニカが駆け寄りユーリーを抱きと止める。

「・・・大丈夫じゃ。少し休ませてやるんじゃ」

 アリシエーゼも直ぐに駆け寄り、ユーリーの状態を確認するとそう言った。

 まぁ、アリシエーゼが言うのなら大丈夫なんだろう

 俺はそう思いながら仲間に陣形と整えさせて周囲を警戒させる。
 だが、ユーリーが大精霊を使い暴れ回ったからか、それとも俺が暴れ回ったからかは分からないが、俺達の周囲に魔物は居らず、近寄っても来ないのでまるで辺りは円形の穴でも空いたかの様だった。

 俺の心の様に。
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