異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第4章:偽りの聖女編

第186話:変化

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 思い出せる限りではだが俺は泣いた記憶があまり無い。
 この能力に気付くまでは所謂、普通の子供だった訳でその頃はそりゃ、小さかったし転べば泣くし親に怒られれば泣いたのは確かだが、能力が発現した後は記憶に無い。
 生理現象で意図せずに涙が出て来ると言う事はあったが、悲しくて怖くて感動してと言った事で感情が刺激されて泣いた事が久しく無かった俺が泣いた・・・

「うぅッ、ぉえッ、もう勘弁じでぐだざいぃ・・・ぅッ」

「何を言っておる!?まだ一口しか食べておらんでは無いか!ほれッ、無駄口叩かずに口を開けんか!」

「もう無理ですぅぅ」

 本気で泣く俺に容赦無くアリシエーゼは調理?したフェイクスの残骸を俺の口に無理矢理詰め込もうとする。
 と言っても、頭を丸ごとは俺の口には入らない為、アリシエーゼの優しさか頭部を鷲掴みにしながら、一部分をバリッと割いて――――いや、止めておこう。思い出すだけで吐きそうになる。

「二人ともッ、今は本当にじゃれ合うのは洒落になってないぞ!」

 ドエインが俺達をどう見たらそう思えるのかは分からないが、じゃれ合っていると思って声を上げる。

「ド、ドエインッ、助けてくれ!!」

 人の形をしたら何かを無理矢理食べさせられそうになっている俺を当初全員が同情して、アリシエーゼを止めようとしたのだが、アリシエーゼの一睨みで当然の様に今の状況を黙殺する動きとなっていただけに、このドエインの介入が俺には助け舟の様に思えた。

「い、いや、旦那はとりあえずそれを早く食っちまってくれよ。彼奴もう目の前まで来てんだぞ」

「喰える訳ねぇだろぉぉッ」

「うっさいわッ、良いから口に入れて飲み込んでしまえ!」

 ドエインに裏切られて俺は心から絶叫するが、俺が口を開けたのを見計らいすかさずアリシエーゼは肉片の様な物を俺の口に押し込み、俺の顎と頭部に手を当てて吐き出さない様にと力を込める。
 何故かメキメキと頭蓋が軋む音が響くが、アリシエーゼの馬鹿力により口を開く事が出来ず、俺は再び其れを飲み込む。

「―――んぐッ」

  正直、味を認識してしまったら終わりだ。きっと自我を保てない。
 口が強制的に閉じられ開けられないと言う事もあるので飲み込むしか無いが、この歳になって本気で虐めにあうとは思っていなかった。

「よしッ、もう大丈夫じゃろ!さっさと残りをチキンの様に喰ってしまえッ」

「ぅッ、ハァッ、んな事出来るッ―――」

 アリシエーゼは一仕事終わったと言わんばかりに額の汗を腕で拭うとそんな事を言ってきたので、俺は思わず涙目で叫んだが、フェイクスをほんの一部でも取り込んだからなのか、突然心臓がドクンッと大きく脈打ち、それにより俺の動きが止まった。

「おッ、始まったか」

 アリシエーゼのそんな軽い調子の言葉を聞きつつ、俺はどんどんと鼓動を早める心臓を不安に感じていた。
 両膝を付いた体勢の俺は自身の心臓の鼓動が尋常では無く速くなっていくにつれて不安が爆増し、呼吸も荒くなり何時しか両手で受け身を取る事無く、跪いた体勢で頭から地面に倒れ込んだ。

「暖くんッ!?」

「ちょっとッ!?大丈夫!?」

 明莉やイリアの心配する声が遠くに聞こえるが、俺はそらどころでは無かった。
 一秒間に何回も脈打つ心臓が、浅い呼吸を何回も繰り返すが、肺に満足な酸素を送り出す事も出来ないその呼吸が俺はこのまま死んでしまうのでは無いかと思わせる。

「今、助けるからねッ」

 明莉の声が聞こえ、あの奇跡を俺に起してくれるのかと期待するが―――

「止めるんじゃ」

 それをアリシエーゼが止める。

「何でですか!?暖くん、こんなに苦しそうなのにッ」

「見ておれば分かる。もうすぐこの残骸を貪り食い出すぞ」

 んな馬鹿な

 と思って聞いていたのだが、俺はいつの間にかフェイクスの残骸に自分の手が伸びている事に気付く。

 あれ?

 跪き、顔を地面に付きながらも、腕を伸ばして目の前に転がるその残骸を欲している自分に訳が分からなくなって来る。

「ほれ見ろ。妾の時もそうじゃった。変化は直ぐに訪れるんじゃ」

 アリシエーゼの声を聞きながらフェイクスの残骸をガシリと掴むと、その瞬間からもう周囲の声も音も聞こえなくなった。

「ッ!!」

 残骸の首筋に先ずは噛み付きその肉片を歯で食い千切り引き剥がす。
 それをムシャムシャと咀嚼して後はもう本当に貪り喰った。
 時折、骨まで食いち千切ってしまった為、咀嚼しながら器用に骨だけを口から吐き出したりするが、口が、服が汚れようと構わずに喰う。

「あ、言い忘れておった。核は絶対に食べてはならんぞ」

 アリシエーゼのその言葉だけは妙にクリアに聞こえた気がするが、俺はそらは分かっていると思った。
 何故それを分かっているのか説明が付かずに自分の中で疑問が湧いては、どうでもいいかとかき消した。

 粗方喰い終わり、俺は満腹感と言うよりは達成感が湧き出て来る事を不思議に感じているとアリシエーゼが俺を見下ろしながら言う。

「この行為はの、ただ食欲を満たす為の行いでは無い。力の渇望、生への執着がそうさせるんじゃ。じゃからこれは腹が満たされる物では無いが―――」

 アリシエーゼは一旦そこで言葉を切る。
 俺はそれに合わせて無言で立ち上がった。

「―――急激な変化を感じるじゃろ?」

「・・・・・・あぁ」

 俺は立ち上がり、自分の両手を眺める。そしてその手を握ったり開いたりしながら感触を確かめるが、アリシエーゼの言う通り、急激に自分の身体が変化していくのが分かる。
 それは外見の変化では無く、内側から、細胞の一つ一つ。もっと言えば遺伝子の一つ一つが自分の中でどんどんと組み変わって行く。そんな感覚が俺を支配していた。

「で、どんな感じじゃ?」

「分からないけど、俺はもう人間じゃないってのは分かった」

 そう、俺自身もう自らを人間と名乗る事が出来ないと自覚する。が、別にだから何だと言う話だ。

「・・・そうか」

 アリシエーゼは少し悲しそうな表情をした。

 此奴もこんな思いをしたのだろうか?
 俺が現れるまで、誰ともこの感覚を、想いを共有出来ず一人だったのだろうか?

 やはり俺はもう、アリシエーゼと一心同体なのかもしれない。
 神が受肉した聖なる肉を喰ったアリシエーゼと、悪魔が受肉した悪しき肉片を喰った俺は属性は違えど同じだ。
 細かく言えば俺は更にそんな規格外な存在から能力を分け与えられていてその元から違うが、きっとこの思いは一緒なのだろう。

「でッ!!どうなったのよ!?踏み潰されるわよッ!!」

 限界に達したかの様にイリアが叫ぶ。
 俺はそれを分かっていると一蹴し、足元に落ちている、俺が食べ残した残骸の残骸から、フェイクスの物質体マテリアルボディの頭部に生えていた角とそれに付随する頭蓋を持ち上げる。
 そして、邪魔な頭蓋を手で払う様に砕き角だけにする。
 二本の角は、巻いてはいるが先端が尖っており、俺はその二本の角の根元を両手に持ってその場で少しかがみ込む。

「え、なに―――」

 イリアが俺の行動に疑問をぶつけようとしたが、その前に俺は跳躍して鳥頭フェイクスへと弾丸の様に向かって行った。

「ぎぃやぁぁぁあああッッッ」

 俺は瞬く間に鳥頭に肉薄し、その糞ウザい目玉に角の一つを突き刺した。

 鳥の癖して一丁前に叫び声なんて上げてんじゃ―――

 突き刺した角を更に奥へと突き入れる為、俺はその場で膝蹴りを繰り出す。

 ―――ねぇッ!!!

 角の根元に膝蹴りをぶち当てて、目玉から飛び出る形となっていたその角をより奥に突き刺した。
 もう一度、凄まじい叫び声を発する鳥頭フェイクスだが、俺はその叫びの一切を無視して反対側に回り込んで同じ様に残りの角もまだ無事な片目へと突き入れた。

「ギャハハハハハッ!!どうよッ、お前ら!?」

 俺は鳥頭フェイクスの頭部の辺りから下に居る仲間達にガッツポーズを取り、凄いだろアピールをした。

「いいから降りてくるんじゃ!このバカタレがッ、はしゃぎおって!」

「暖くーん、そんな高い所危ないよーッ」

「いきなり飛び出してくんじゃ無いわよッ!私達を置いて行くなんて有り得ないでしょ!!」

 概ね、不評である事に俺は肩を落とした。

「あぁッ、角が!?角は駄目と言っただろう!?」

 篤は何かベクトルが違うと思った。

 まぁ、今更か・・・
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