異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第4章:偽りの聖女編

第193話:狂気

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 俺はフェイクスを殴った。一発一発、丁寧に怒りや呪詛を込め只管に殴った。
 これは誰の恨みだ、これは彼奴の感じた痛みの分だと初めの頃は思いながら本当に丁寧に殴っていたのだが、やはりと言うべきか時間が経つに連れ作業の様になると言うか、その内何も感じなくなり淡々と殴る様になる。
 それは分かっていたので、俺は家族の分の恨みをまたま乗せていない。
 それを行う時は自身を奮い立たせ、全身全霊を持ってそれに望まなくてはならない。

 どれくらい時間経ったか

 何も感じ無くなってはいたが、痛みだけは確実に与えている。
 物理的に抵抗が一切無くなったフェイクスは目は虚ろだが、殴る毎に痛みにより焦点が定まりその痛みを認識する。
 が、また直ぐに焦点が定まらずにとそれを繰り返した。
 ただ、精神的な、根源、魂の抵抗は未だに続いていて、俺が時折ちょっかいを出す様にフェイクスの内へと侵入を試みると直ぐに俺を追い出そうと抵抗を始める。
 その度にバチリと電気が走った様な感覚が俺を遅い、同時に激しい頭痛も俺に襲い掛かる。

 この刺激も何だか慣れた気がする

 確実に、着実に俺を苦しめているこの頭痛だが、当初よりは痛みもそれ程感じ無くなっていて、今では気合いを入れ直す良いアクセントくらいの感覚になっていたりした。

「・・・・・・ッ」

 俺はイリアや他の仲間の前でそれを行っているが、大分時間も経っている事もあり、イリアなんかは何か言いたげだったが特にそちらを気に掛ける訳でも無く、ただ只管に殴り続けた。

 別に俺は永遠にこのまま苦痛を味わせ続けても良いんだ

 殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って、時折フェイクスに侵入し、嫌がらせの様に精神的に追い込み、弾かれてはまた、殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴ってと繰り返す。

 やっぱり悪魔も痛みにも苦痛にも慣れて来たりするもんなんだな

 フェイクスを見ていてそう思い、それではあまり意味が無くなって来てしまう為どうしようかと思案しながら殴り続けた。

「ね、ねぇ、そろそろ良いんじゃない!?」

「・・・・・・」

 イリアが痺れを切らして俺に語り掛ける。
 俺はその言葉を聞いてはいるが、イリアに顔を向けるでも無くフェイクスを殴った。

 何が良いんだろうか

「わ、私達は此奴を殺せれば、その、良いの。だから後はアンタが納得するだけなのよ」

 その言葉を聞き、俺は激高した。

「何がッ」

『ゴブァッ』

「良いんだッッ」

『――ッヅァ』

「納得ッ!?」

『ぁ、ァガァアアッッ!?』

「そんなの一生する訳ッッ!!」

『ぁッ、ギィッ!?』

「ねぇだろうがッッッ!!!!!!!」

『―――ッッッ!!!』

 フェイクスの鼻を殴り折り、目玉を潰して、左右の側頭部を叩き割り、両耳を引き千切り、胸部に右脚を振り下ろして胸骨なのか肋骨なのかを殆ど蹴り折った。
 俺は肩でハァハァと息をする。フェイクスは暫く聞いていなかった悲鳴を上げていたが、それを聞きまだまだイケるなと思った。

「―――ッ、ご、ごめんなさい」

 イリアはこの俺の姿を見てどう思っただろうか。復讐の鬼と化し、修羅へと堕ちて行く俺を怖いと恐ろしいと思ったのだろうか。
 それとも哀れだと思ったのだろうか。分からないが、悲しそうに謝った。
 イリアが悪いとか、そう言う事では無い。分かっているんだ。
 だが、この感情を抑え込む術も何かに代替する方法も、これを続けていて何時全ての呪詛を吐き出せるのか、其れこそ家族の死をどうすれば自分の中で納得出来るのか全く分からず、イリアに当たってあるだけなのは分かっていた。

「どうすりゃ良い・・・此奴にもっと苦痛を、苦しみを、其れこそ絶望を与えるにはどうしたら―――」

『ゎ、わだ、しは・・・ご、このてぃ、ど、の、ぃだみな、ど―――ゥッ、グゥ!』

 何か言い出したフェイクスを無視して顔面を蹴り上げる。此奴の声を聞くと途端に心が冷めてくるのが分かる。

『グッ、ククッ、こんな、もの・・・ぇ、永遠、に、たぇ、られ―――ッブフ!?』

 顔面に右拳を打ち下ろす。何の感情も込めずただ打ち下ろしたその拳は雑念など一切入っておらず、ただ打ち下ろされる為だけに存在している拳となり、フェイクスの顔面を的確に最短で完璧なタイミングで捉える。

 やっぱり、瞬間の脱力は課題だな

 何時も何かしらの雑念や思考が乗ってしまう俺の癖を反省しつつフェイクスを黙らせる。
 だが、それでもフェイクスは止まらなかった。

『こ、んな、ここ、こと・・・ぃ・・・くら、やってもお、ぉなじ、だ・・・ククッ、フフハハ―――ッゥグ、ゲハッ』

 最後は噎せていたが、言い切ったとフェイクスは倒れながらも得意気に俺を見詰めた。

 ふーん、へー、そう
 いいよ、締めだ

 俺は無言で倒れているフェイクスの左腕を掴み、アリシエーゼと同じ様に脚で身体を押さえ付けて無理矢理引き千切った。

『ギィアアッ!!??』

 何の前触れも無く、唐突に訪れた痛みにフェイクスは悲鳴を上げるが、俺は無言のまま続けて両脚を引き千切ろうとしたが。これがなかなか難しくて上手く行かなかった。
 仲間達は、何やっているんだと騒ぎ立てるが、俺はそんなのもは一切無視して暴れるフェイクスを押さえ付け、時に殴り黙らせようとした。

「めんどくせぇな・・・」

 俺はボヤきながら辺りを見回す。何か道具は―――と思ったがその時気付く。

 俺、短剣装備してんじゃん

 今まで全く忘れていたが、腰にモニカの村で手に入れた短剣を二本挿していたが、ベルトと鞘をモニカに一体化して貰っていた為、動きを阻害される事が無かったので装備している事すら忘れていた。

「・・・・・・アリシエーゼ」

 俺は少し離れていたアリシエーゼを呼び寄せる。
 俯きながら近付いて来るアリシエーゼも何も言わないが、まるで俺が言おうとしている事が分かっている様にフェイクスの前まで来ると胸部に脚を落とし動きを封じる。

「もう終わらせるのか?」

 ドエインも此方に近付いて来て俺にそう聞いて来たが、俺が短剣を両手に持っているからかこの後何をするのか察している様だった。

「・・・あぁ、最後に此奴にも味あわせてやろうと思ってな」

「・・・そうか、そりゃいい」

 そう言ってドエインはフェイクスの両足首を自分の両手で持ち動けない様に固定する。

 分かってんじゃねぇか

 俺はそっとほくそ笑み、両手に持つ短剣を握りこんでフェイクスを見下ろす。
 フェイクスは抵抗しながらも俺を見て嗤っていた。

 上等だよ

 俺は両手の短剣を逆手に持ちそのままそれをフェイクスの両脚の付け根に突き刺す。
 短剣が良いからなのか、俺が無意識に抵抗をさせていないからなのか、それとも別の要因なのかは分からないが、短剣はすんなりとフェイクスの脚に突き刺さる。
 ズブリと肉を刺す感触とフェイクスの悲鳴が交わり、それが一種のシーンを演出する音楽と成り、俺の心を一層高揚させた。
 そこからは、肉と骨を短剣で突き刺して少しずつ身体から引き剥がしていく作業を、俺とアリシエーゼ、ドエインの三人で行っていったが、他の仲間達は目を背けたり、忌避の眼差しを向けて来たりしていたが、俺は気にしない。
 この行為に参加するしないで別にこれを踏み絵代わりにするつもりも無いが、俺やアリシエーゼ、ドエインはこれでも尚、此奴を、悪魔を、魔物を許せないと言うだけだ。

 ついでに俺はあの糞目玉も許すつもりはねぇけどな

 フェイクスへと淡々と短剣を突き刺しながらそんな事を思っていると、いつの間にか骨も砕き、肉も削げ落ちて下腹部とか細い筋繊維の様な物で両脚が辛うじて繋がっている状態にまでなっている事に気付いて俺は立ち上がった。

「ちょっとそれ引き千切っておいてくれ」

 それだけを告げてアリシエーゼとドエインを置いて俺は離れて行き、先程辺りを見回した時に見付けて物の側まで歩いた。

「・・・・・・」

 俺は其れの側に立ち上から見詰めながらほんの少しだけ物思いに耽る。
 数秒で俺はまた自分の中のドス黒い何かに火を灯し、それを拾い上げた。
 両手で持たないとならない程の大きさの其れを担ぎ上げてアリシエーゼ達の元まで戻る。
 アリシエーゼとドエインは分かっていたのか、引き千切ったフェイクスの脚を持ちながら俺を見詰めていたが、他の仲間達は漸く俺の姿を見て何をしようとしているのかを理解した様だった。

「ア、アンタ・・・それまさか」

「・・・まぁ、お似合いの末路なんじゃないですかね。あッ、ユーちゃんは見ちゃ駄目ですよッ!?」

「・・・・・・」

「マジかよ・・・お前すげぇ事考えるな、ハハッ」

 他の仲間達は様々な反応を示す。ファイは特に何も言わずただ悲しそうに俺を見詰めていた。

「さて、どうやって串刺しにするか」

 そう、俺が運んで来た物は、魔物達が俺の仲間を、家族を無惨にも串刺しにして晒していた時に使っていた先端が尖った丸太だった。
 それを使い、仲間や家族と同じ様に串刺しにしてやろうと考えた訳である。

「ちょっとそれを立てて持っていてくれ。妾が一気にやってしまおう」

 俺に先端を上にして固定しておけと言ってアリシエーゼは両手脚の無い、達磨の様なフェイクスに近付いた。

『フッ、ハハッ!私を串刺しにするかッ、良いだろう!やってみるが良い!!』

 手脚は無いが、腹筋の力だけで上体を起こして俺の持つ丸太を見たフェイクスは狂気に満ちた眼を俺に向けて嗤う。
 だが、この頃になると俺もアリシエーゼもドエインも殆どそれで心を動かされる事は無かった。

「確り固定しておくのじゃぞ」

「あぁ」

 その短いやり取りの後アリシエーゼはフェイクスの身体をヒョイと持ち上げて跳躍した。
 後は何の事は無い、落下時にアリシエーゼが暴れるフェイクスを固定しつつ狙いを定めて落ちて行くだけで、悪魔の串刺しの出来上がりだ。

『―――ッッ!!?!?』

 断末魔の叫びが声に成らずにフェイクスは身体を貫かれ、丸太の先端が口から飛び出した。
 ピクピクと小刻みに痙攣するフェイクスを見て俺は身体の奥底から湧き出る嗤いに耐えきれずに吹き出してしまった。

「―――プッ!!ァハハハハハハハハハハハハッ!!!ザマァねぇな、おいッ!惨めだなぁ!!その姿、地上の人間に晒してやるからよ!たっぷりと恥辱を味わうんだなぁ!!」

 突然、嗤い出した俺を皆、凝視していたが俺は本当にそんなものはどうでも良く、何だか心地好いとさえ思っていた。

「このまま持ち帰るのかっ!?良いじゃねぇか!人間に楯突いた馬鹿な悪魔として未来永劫語り継いでやろうぜッ!!」

 俺の考えにドエインも賛同し、そして嗤う。狂気を宿した眼をして最高だと嗤う。

「ただ持ち帰るだけでは飽き足らぬわッ!氷漬けにして見世物にしてやろうぞッ!!」

 アリシエーゼも同じだった。三人は串刺しのフェイクスと他の仲間達を置き去りにして三人だけの世界に浸かり、復讐の最終段階を夢想して嗤い続けた。

「ア、アンタ達・・・狂ってるわよ」

 イリアが俺達三人を見てボソリと呟く。

 狂ってる?
 何を今更ッ

 俺達は元から狂ってるッ
 産まれたその瞬間から狂わされているんだッ
 人間同士で憎しみ合い、その果てに殺し合う様に設計され、愛や神に縋り、癒しを求めながらも己の、己が所属する国、地域、人種、宗教、価値観、そんな物の為にッ、己の信ずる正義の為に殺し合う様に遺伝子レベルでそう設計されている俺達人間のどこが狂って無いと言うのだ!?

 良いじゃ無いかッ
 この狂った世界に狂った奴が居て何が悪いッ!!
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