異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

文字の大きさ
上 下
215 / 335
第5章:帝国と教会使者編

第215話:備長炭

しおりを挟む
「「「「「「「「「「「「・・・・・・・・・」」」」」」」」」」」」

 馬車は順調に進み、俺達は帝国の西に存在すると言われる魔界を目指している。
 そして今はホルスを出て初めての夜、つまりは初野営と言う事なのだが、それは同時にゴリアテを使っての初野営と言う事にもなる。

 篤の説明通り、ゴリアテには色々と隠し収納もあり、外側の外壁にも、食材やら水、調理器具に薪等の野営アイテムも格納されており、それら必要な物を取り出して、その隠し収納の中に更に格納されている板を展開する事によって、外に長テーブルを展開出来る仕組みになっていた。
 そのテーブルを展開して、料理を作りそれに舌鼓を打ち、快適な野営時間を過ごす筈だったのだが・・・

「な、なぁ、この消し炭は何なんだ・・・」

「「「「「「「「「「「・・・・・・・・・」」」」」」」」」」」

 目の前に置かれる皿に乗った、木炭の様な何かを見ながら俺は誰にともなくそう呟くが、誰一人として反応しない。

「アリシエーゼ、お前が今日は料理当番だっただろう。早く料理を持って来てくれ、腹が減ってるんだ」

「・・・・・・」

 俺達はソニが死んでしまい、コックが居なくなってしまったので、仕方無く外での食事の時の料理番は当番制にした。
 今日は誰がやるかと言う話になった際、真っ先に手を挙げたのがアリシエーゼであったので、俺はアリシエーゼに問い掛ける。
 が、アリシエーゼからの返答は無い。俯き黙り込むアリシエーゼに俺は虚しくなりつつも続ける。

「この目の前にあるのは料理を引き立てるオブジェクトか何かだよな?ここに料理が乗っかって見た目にも凝った料理が出て来るんだよな?」

「・・・・・・」

 俺の連続した問い掛けにもアリシエーゼは無反応であるが、俺達の目の前にあるこの真っ黒な物体は見るからに木炭の様な見た目で、大きさで言えばちょっと大き目の備長炭二つ程だ。
 試しに触ってみるが、カチカチでマジで炭にしか見えない。

「・・・・・・お前、料理した事あんのか」

「ッ!?」

 俺の問い掛けにアリシエーゼが身体をビクリと震わせる。
 いつもなら、妾をバカにしておるのか!とキレるのだが、その反応も無いので俺はゆっくりとアリシエーゼに顔を向ける。
 アリシエーゼは俯いているが、表情は何となく窺い知る事が出来る。
 その表情は曖昧で、かなり目が泳いでいるのが確認出来て俺は頭を抱えた。

「お前、マジでどうすんだよ・・・皆腹ペコなんだよ。皆浮かれてて昼飯食べるの忘れてたから腹ペコなのッ!分かる!?お腹がペッコリなの!!ジャパニーズ腹ペコ!!」

 俺は我慢成らずに発狂した。空腹と言うのもあったが、こんな訳も分からない未知の物体を堂々と出して来るアリシエーゼの神経が理解出来ず、それが我慢ならなかった。

「・・・の、・・・がり・・・・・・じゃし」

「あぁ!?」

 俺の悲痛な叫びにアリシエーゼは何か言ってくるが、よく聞こえない。

「消し炭って言うなッ、これはボア肉のこんがり焼きじゃしッ!!」

「こんがりどころじゃねぇんだよぉぉおおおお!!!」

 そこからはめちゃくちゃだった。
 俺とアリシエーゼは取っ組み合いの喧嘩をおっ始め、このよく分からない消し炭をお互いの口に無理矢理詰め合ったり、髪を引張り合ったり、しまいにはお互い頬を抓り、どっちが我慢出来ずに先に手を離してしまうかの勝負になった。

「ちょ、ちょっと!?やめなさいよ!?」

「旦那も姉御も落ち着けよ!?何やってんだよ、無茶苦茶だぞ!?」

 無茶苦茶なのは此奴だ!
 こんなカッチカチの備長炭をこんがり焼きと言ってんだぞ!?

 ん、姉御・・・?

「ふはへんはッ、ほいふはへひへーはほほひっへふはははほ!!」

「ひゃひほー!?わはわふぁへっひゃふふふっへひゃっはほひ!!」

「・・・ナニイッテルノカワカラナイ」

「いいのよ、ユーちゃん。関わっちゃダメ。頭が悪くなっちゃうから」

 おい、モニカ・・・
 ちゃんと聞こえてるからな

「はぁ、まさかこんな馬糞みたいな物が出て来るとは思わなかったわ、お姉さん。今から近くの村まで戻る事も出来そうにないし、今日はセンビーンかしら」

 態とらしく大きな溜息を吐くサリーは明らかにアリシエーゼを煽っている。

 それにしても馬糞とは・・・

 俺の備長炭の例えが可愛らしくなるくらい、直接的で挑発的だなと思いながら、アリシエーゼの頬を抓る指に力を入れる。

「――ッ!?イハッ!?はふんひゃほ!?」

 アリシエーゼはサリーに食って掛かろうとするが俺は逃がさない。
 更に力を込めて餅やチーズをビョーンと伸ばす勢いで両手でアリシエーゼの頬を引っ張ると、負けじとアリシエーゼももの凄い力で俺の頬を引っ張る。
 いや、引っ張ると言うより引き千切ろうとしてきた。

 痛ぇッ!?
 なんだこの馬鹿力は!?

「ほのはゃほお!ほとふふはへーほ!!」

 そっちがその気ならやってやろうじゃねぇか!

 俺が更に力を込めて泣かせてやる!と意気込むと直ぐに頭に衝撃が走る。

「―――痛ッ!?」

「―――ぎゃッ!?」

 その衝撃で直ぐに俺は手を離すが、アリシエーゼも同じ様に頭に衝撃が走り二人同時に手を離した。
 横を見ると、イリアが自身の武器である特殊警棒の様な金属の棒を両手に持ち立っていたが―――

「お前っ!?それで殴ったのか!?」

「いきなり何かするんじゃ!?」

 俺とアリシエーゼは状況を理解してイリアに詰め寄る。が、イリアは特殊警棒を持ったまま俺達を睨み返して来た。

「アンタ達いい加減にしなさいよッ、そんな事やってる場合じゃないでしょうが!」

「で、でも此奴があんな馬ふ―――グァッ!?」

 俺がサリーの言葉を引用してアリシエーゼをディスろうとすると、すかさずアリシエーゼは俺の鳩尾に肘を突き入れる。
 それがモロに入り、俺は苦悶の表情を浮かべながら必死に吐き出された酸素を取り込もうと藻掻いた。

「―――ッ、ぁ、ぐ・・・テメェ!やったな!」

「うっさい!妾が折角作ってやったものを糞に例えるとは!」

「あんな食っちゃいけないもん代表みたいなの作る方が悪い!ってか、あれは作ったなんて口が裂けても言えないレベルだ!」

「な、なな、なんじゃとぉ!?」

「だからやめなさいッ!」

 また低レベルな言い合い、取っ組み合いが始まりそうな勢いにイリアが一喝して特殊警棒を振り上げる。

「うわッ、お前ッ、それで殴るのは無しだろ!?」

「そ、そうじゃ!危ないじゃろうが!」

 俺とアリシエーゼはイリアが振り上げた特殊警棒にビクリと身体を震わせ防御の構えを取る。

「アンタ達頭がカチ割られてもピンピンしてるんだから問題ないでしょッ、それよりもいい加減どうするか考えなさいよ!」

 いや、ピンピンはしてないと思うぞ・・・
 それ金属の鈍器やし・・・

「どうにかと言われても・・・」

「小さい子供だっているのよ!?ちゃんと食べさせてあげなさいよッ」

「うッ、それはそうなんだが・・・」

 俺はイリアの迫力にタジタジとなる。確かにユーリーもお腹空いているだろうし、このままにしておくのは可哀想なのだが、だからと言って地球での生活の様にデリバリーを頼むと言う訳にはいかない。

「結局、選択肢としてはセンビーンとか保存食で今夜は我慢するか、もう一度アリシエーゼ以外が作り直すしかないよ」

「な、何故、妾が作ったらいかんのじゃ!?」

「お前・・・この塊を見て尚そんな事言えんのかよ、すげぇな」

 俺はアリシエーゼを可哀想なものを見る様に顔を向けるが、この馬糞―――は可哀想か―――基、備長炭はどれだけの火力でどれ程の時間焼けばこうなるのか想像が付かない。
 それをアリシエーゼは事もあろうか人数分きっちり用意して皿に盛り付けている。
 一つ備長炭が出来てしまったの時点で気付きそうなものなのになと俺は溜息を付く。

「なッ!?味噌汁すら満足に作った事も無いお主に言われたくないわッ!」

「はぁ?アホか。味噌汁くらい余裕で作れるわ!」

「作った事はあるのか!?自炊はしていたのか!?」

「り、料理を作った事ほ無いが、味噌汁くらい作れるわ!!」

 味噌汁なんて、水に具材入れて味噌入れるだけだろ?

「どうせ湯を沸かして味噌入れるだけとか思っておるんじゃろ!?」

 ぇ、違うの・・・?

「・・・・・・」

「ほれ見ろ!そんな味噌風味の湯など飲めるかッ、そんなお主に言われとう無いわ!」

 クソッ!
 何だ?何が足りない!?
 具材と味噌だけじゃ駄目なのか!?

「・・・アンタら、懲りないわね」

 俺とアリシエーゼがまた喧嘩をおっ始める様とするとイリアはすかさず特殊警棒を構えて俺達の頭をカチ割ろうとしてくる。

「だからやめろって、それ・・・」

 俺は素早くイリアと距離を取りつつ一度咳払いをしてから皆を見る。

「あー、じゃあ誰か料理を作れる奴はいるか?居るなら作り直して貰いたいんだが」

「「「「「「「「「・・・・・・・・・」」」」」」」」」

 あれ、居ないのか?
 あ、何?料理を真面に作れる奴居ないってどう言う事??

「イリア、お前アレだけ言ったんだ、当然作れるよな?」

「・・・・・・せ、聖女は料理しちゃ駄目なのよ」

 ボソリとそんな子供でも嘘と分かる嘘を付くイリアだが、お前はもう聖女じゃないだろと心の中でツッコむ。

「・・・マジで誰も料理作れねぇのか?ってか、これからどうすんだよ」

 俺は頭を抱えそうになる。自分を棚に上げておいてなんだが、まさか料理も出来ない奴らの集まりだとは思ってもみなかった。

 あれ?

「デス隊は普段食事はどうしてたんだ?」

 デス隊は今迄、常に俺の周りを付かず離れずにして来た筈だ。
 魔界の中までは来させなかったのだが、それ以外は俺達が街中に入れば同じく街中に、野営するのであれば当然その野営近くに潜んで来た事になる。

「街中の店であるならば、同じ店の離れた位置で基本的には全員食事を取っておりました。ハル様達が野営ならば保存食で過ごしておりましたが・・・」

 どうやら料理はしないらしい。当然と言えば当然かもしれない。
 影となり、隠密行動を多く取らせていたので、自分達で野営などしてそこで料理を作るなどの痕跡を残す筈が無いし、常に傍に居るのだから街中では自分達の拠点に帰って食事など取る訳も無かった。

「まぁ、そうか―――」

「あー、旦那、俺は作れるって言えば作れるぞ」

 デス隊との会話途中でドエインがオズオズとそんな事を言いながら近付いて来た。

「お前が?こう言っちゃ何だが、ちょっと意外なんだが・・・」

「まぁ、街道警備隊に入ってからは作って無かったんだが、それ以前はな・・・」

 何か訳ありっぽいが、何となく想像は付く。と言うかこれしか無いだろう。

「・・・リラか?」

 俺がそう尋ねるとドエインは本当に哀愁の漂う表情と佇まいで「そうだ」とだけ言って、簡易的な調理場へと向かって行った。
 その後、ストックしてあった食材を使い、ドエインがそんな一流料理人が作る程の料理では無いにしても十分な量と味の夕飯を作り、俺達はそれを堪能した。

 食後、満腹になり座って焚き火に当たりながらなんと無しに夜空を見上げる。
 生憎、曇り空の様で星は見えなかったが、そんな暗い夜空を見上げながらふと思う。

 やっぱりソニって凄かったんだなぁ

 ソニはいつも簡単に人数分の、それも店で出せるだろうと何時も思う程の味の料理を作ってくれていた。
 もしかしたら簡単では無かったのかも知れない。素人目から見ればパパッと簡単そうに作ってはいたのだが、きっと俺が同じ事をやれと言われても無理だっただろう。

「・・・はぁ、これは大問題だぞ」

 俺は今後の野営時の食事の事を思い、大きく溜息を付いた。

 コック探そう・・・
しおりを挟む

処理中です...