異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第5章:帝国と教会使者編

第223話:イメトレ

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 準備期間十日目―――

「そろそろ情報も集まり切ったと言ってもいい頃合いかね?」

「そうじゃのう、これ以上傭兵からはあまり有益なものは望めんじゃろうのう」

 俺とアリシエーゼの会話は傭兵からの情報収集の結果なのだが、サリーとマサムネはそれを聞き顔を見合わせる。

「こっちもあまり尻尾を出さないからあんまり、ね」

「そうですね、これ以上となるともっと深くに入り込まないとならない為、危険が伴います」

 帝国側の動きを探って貰っていた二人からもあまり芳しい報告は無い。
 結局、帝国がこの魔界攻略を推し進める理由は分からずじまいなのだが、相当入れ込んでいる様ではあった。
 それは金に物資、人材の投入具合からの判断だが、主に傭兵の支援と帝国騎士の投入と言う形で如実にそれらが表されていた。
 新たな階層、新たな情報に新たな素材。そう言ったものを齎した者へは凡百もので報い、騎士が直接的に魔界攻略を行い、文官は様々な情報を纏めてその情報を公開して良いかの判断を本国へ仰ぎ、公開可能な情報は極力傭兵だらうが騎士だろうが、攻略に携わる者へ開示する。
 そう言ったある意味帝国の政策は調べればすぐに出ては来たが、肝心の理由に関しては出て来なかった。

「まぁ、最悪は俺が無理矢理情報は入手すればいいから、とりあえずは魔界攻略に集中しよう」

 結局、それしか方法は思い付かないし、それを行うのなら優先順位は攻略を先にしても何ら問題は無い。
 なので俺達はここからは魔界攻略へと意識をシフトさせた。

「この魔界はあまり大人数でのアタックは推奨されていない。それは物理的に通路が狭くて人数が多いと戦闘か困難になるからだ」

 俺の言葉に全員か頷く。因みに今は応接室で篤を抜かした全員が集まっている。
 篤から依頼された武具やその他アイテム等を作成する為の工房が欲しいと言われ、屋敷の庭に新たにそれ専用の建物を建てる事にして、そのに必要な道具類を揃えていたのだが、建物自体は雨風を凌げてある程度の広さが有れば良く、武具等を作成する為の鍛治用の炉を置ける様にさえしておけば良かったので突貫工事で建築自体は行い、凡そ五日程で完成した。
 その後、必要な人材と道具や材料を集め―――俺の能力でかなり無理矢理だが―――漸く今日全ての準備が整った所だった。
 完成した瞬間から篤は工房に籠りもう出てくる気配は無い。
 それは想定している事だったので俺達は居ないものと思って話を進めている。

「でも、私達は半分に別ける必要は無いのよね?」

 俺の言葉に頷きながらイリアか確認の意味を込めて聞いて来る。

「あぁ、俺とアリシエーゼが前線で出現する魔物共は相手取れば後ろは基本的に着いてくればいいだけだからな」

 俺とアリシエーゼで敵を殲滅し、打ち漏らしだけ後ろに控える残りの仲間で対処してもらう。
 そうすれば俺とアリシエーゼが動けるスペースだけ確保しておけば極端な話後ろはただ着いてくるだけでも問題は無い。
 ただ、何か不測の事態が起こった際に危険なのできちんと隊列は組む予定ではあるが。

「情報によると、どの階層も今の所所謂ボス部屋だけは迷路の延長では無く、広い専用のフロアがあるらしい。だからもしフロアボスと戦闘になった際は全員でやる」

 この辺りは聞き込みで出てきた情報でフロアボスに専用の部屋の様なものが用意されているのも、正しくダンジョンと言える。
 何故そんな作りになっていているのかは分からない。恐らく居ると思われる最下層の悪魔にでも聞けば良いとおもっているのでアタックの時には必要の無い情報なのだろう。

「今は十三層をオルフェの傭兵達が攻略中だ」

 ドエインが更に情報を付け足すが、ここで少し疑問が湧く。

「そう言えば、騎士達もどんどん投入されてるんだろ?其奴らの進捗はどうなんだ?」

「あまり芳しくは無いみたいだな。国としては協力しての攻略を推奨してはいるが、正直騎士が活躍したら傭兵の食い扶持が減るのは目に見えてるし、重要な情報なんて基本的には内輪だけで共有するもんだろ」

「まぁ、そうだよな」

 騎士達も馴れない魔界と言う環境にすぐ様適応出来る訳でも無く、なかなか本来のパフォーマンスを発揮出来ないのだろう。
 現在の所、騎士達の中での最高到達点は十層となっており、傭兵達の中の最高到達点である十三層には届いていない。
 ただ、この魔界に挑戦する傭兵全てがそこに到達出来る訳では当然無く、一部の優秀な十程の傭兵パーティがそこに辿り着いては居ると言う状況だ。

「私達はとりあえず十三層を先ずは目標とすれば良いんだな?」

 ダグラスもまた、確認する意図でそう口にする。

「そうだな。ただ、最初からそこを目指すのは止そう。この魔界に慣らしてからにしたい」

 その方がいいと皆が頷く。なので最初は無理をせず全員でこの魔界に身体も精神も適応させる。
 俺達の目的は完全攻略だ。嫌でも最終的には悪魔、それも爵位付きの上位の存在の悪魔との戦闘になるだろうと、予想は誰しもしている。
 ホルスでは色々唐突過ぎた。それに適応出来ず醜態を晒してしまい、取り返しの付かない結果となってしまった。
 なので万全と思える準備を整え、それが過ぎる事は決してないと全員が分かっている。

 先ずは三日後に潜ってみようと提案すると、全員神妙な顔で頷きすぐに決定した。
 その後仲間同士で雑談を交わしていたのだが、俺はここで思い出す。

 そう言えばイエニエスさんの約束も今日だったな

 お試し雇用期間か今日までであり、そこで問題無ければイエニエスさんの家族も纏めて此方で登用し面倒を見る約束となっていたので俺は応接室を出て、イエニエスさんに割り当てていた二階の部屋へと向かった。

「イエニエスさん、ハルです。少しお話大丈夫ですか?」

 部屋の前まで来て扉をノックしイエニエスさんに扉越しに声を掛ける。

「――はい、只今」

 部屋の中から返事が聞こえ直ぐに扉が開き、そこからイエニエスさんが出て来る。

「すみません突然。ご家族の登用の件ですが問題無いので明日から此方に呼んで頂いて構わないです」

「――ッ、本当ですか、有難う御座います」

 俺の言葉にイエニエスさんは顔を綻ばせ、同時に安堵の表情も浮かべる。

「はい、それで部屋についてなんですか、この屋敷、使用人専用の建物は無いので、ここで一緒に生活してもらう形になるんですけど、部屋は全員分けた方がいいですよね?」

「と、とんでも有りませんッ、私共は全員一緒の部屋で十分です!」

 俺の言葉に目を丸くして驚くイエニエスさんだが、流石に三人に一部屋だと厳しいのでは?と思ってしまう。

 私財もあるだろうし、それに―――

「でも娘さんも年頃でしょう?せめてイエニエスさんと奥さんは一緒でも、娘さんは別にするとかで良いんじゃないですかねそれくらいならまだ部屋余ってるんで出来ますよ」

「ですが・・・」

 使用人が主人と同じ屋敷にそれもこんな近しい場所で生活を送るなど基本的には有り得ないらしい。
 それは何となく分かるのだが、使用人専用の住居は用意出来ないし、俺としては執事やメイドと言う感覚よりもなんと言うか、家政婦さんとかそう言った感覚なのだ。
 そんな厳格に管理するつもりは毛頭無いし、主従関係も雇用する側とされる側とかその程度で良いと思っているのであまり畏まらないで欲しいと伝えると、何とか了承を得る事が出来た。

「じゃあ、イエニエスさんと奥さんはこのままこの部屋でいいですか?丁度この隣りが空いてるので娘さんはそこにしちゃいますね」

 まだベッド等は用意していないので、明日の朝一で用意させて、夕方までには受け入れ体制を整えると伝えると、頻りに恐縮していたが俺は大丈夫だと言って無理矢理会話を終了させた。

 イエニエスさんの気が変わっちゃっても困るしね

 イエニエスさんと別れそのまま一階に降りて玄関を出る。
 正面玄関を出て、左側に回り込むと厩舎と篤の工房がある。きっとまだ閉じ篭もって何かやっているのだろうが、手配した人材も二人程いる為その人が無理矢理拘束されていないか気になった。

 ちょっと明日確認するか・・・

 そんな事を思いながら俺はそことは反対に屋敷を右側に回り込む。
 そこは特に何も無い場所で、時折洗濯物を干す為に使用している場所だったので、俺はそこで一度立ち止まり空を見上げる。
 もう既にたいようは沈んでしまい、薄暗くなって来てはいるがまだ、夜の帳は降りてはいないそんな中途半端な時間。
 一度息を大きく吸い込み、呼吸を整える。
 何故だか火照った身体を一度クールダウンさせようとそうしたのだが、その火照りは収まりそうに無い。
 なので俺は諦めてその場でまだ見ぬこの西魔界の魔物や悪魔を夢想する。
 その夢と現の狭間で身体を動かす。型などとそんな綺麗なものでは無い。
 赴くままに腕を脚を肘を首を腰を全てを連動させて一挙手一投足を意識して確認しながら動かす。

 一体どれ程動いただろうか。空を見上げると辺りは完全に闇に沈んでいた。
 別に何か目的があってこうした訳では無い。
 身体を動かさずには居られなかったのだ。

 待ってろよ糞共
 必ず殺してやる
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