異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第6章:迷宮勇者と巨人王編

第233話:別れ

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 最初に違和感を持ち、そして思った事は―――

 これ夢だな

 だったのだが、同時にまたかとも思った。
 夢を見ていると分かる夢、所謂明晰夢と言うものを俺は見ていて、ただこれが夢だと認識する前までの夢の内容は覚えていない。
 ただ今見ているこの夢はとても印象的だった。
 ホルスの魔界で死んで行った者達が、俺が顔を知っている者達、俺の仲間、家族が次々に現れては消えて行く。そんな夢だった。
 俺の前に現れて、何かを言ってから消えるのだが何を言っているのかが分からなかった。
 同時に俺も何かを叫ぶのだが声は出ず、目の前の奴らには俺の声は届かない。
 そして皆、最後は悲しそうに俺の前から立ち去るのだが、それが何を意図しているのか、どんな想いなのかは分からないが、これは夢であって俺の記憶などがそう見せているだけなんだと言い聞かせていた。

 アルアレもナッズもパトリックもソニも皆、最後は悲しそうに、まるで俺の行く末がそう言った悲しい結末になるかの様に、今回もまた俺が何も出来ずに同じ事を繰り返してしまうと言う事を暗示する様だった。

 この夢や夢に出てくる者達は俺の脳内で作り出した幻想である事は分かってはいたが、俺は叫ばずには居られなかった。

 待ってくれ!!

 お前達は何が言いたいのだと、俺に何かを伝えたくて出て来たのでは無いのかと問うが、返事は返って来ない。
 俺の前から去る間際に見せるその表情が俺を無性に責め立てる。
 俺の我儘や思い立ちだけで魔界に向かい、俺を狙った悪魔達からのある意味とばっちりの様なもので死なせてしまった。
 何も出来ず、護る事さえ、傍に居てやる事さえ出来ずに俺は無力のまま、此奴らを確りと弔う事すらせずにその後の人生を謳歌するかの様に、更にはまた無謀な魔界攻略に乗り出している俺を責めているのだと心の何処かで感じたのかも知れない。

 待ってくれ!まだ話したい事がいっぱいあるんだ!!

 そう叫んでもそれは言葉に成らず、俺の前から踵を返した者達は遠くに見える白い光の中へと消えて行った。

 俺は夢の中ではあるが、その場で膝から崩れ落ちる。
 光の中へと消えていく者達の背中にに行くなと叫ぶがその叫びは白い光の奔流に掻き消されたかの様に届かなかった。

 自身の無力感に苛まれ、同時にそれに対して憤る俺は膝を付いた状態で呪った。
 仲間の命を奪った悪魔や魔物を。あの時の軽率な判断をした自分自身を。
 そして自分自身の無力さや不甲斐なさを呪い、嘆き、悲しむと不意に無が訪れた。
 一瞬だったが何も無くなる。自分の中の虚無を感じ取った時、次に生まれたのは憎悪や怒りだった。
 自分の弱さに怒り、悪魔に憎悪する。その感情かま次第に大きくなるにつれて膝を付いたままの俺はその地面にめり込み、心と身体が下へと堕ちて行く感覚に支配されていく―――

 ―――が、そんな心と身体の落下の感覚が急に止まる。

 ッ!?

 何者かが地面にめり込み、堕ち行く俺の頭を背後から抱え込む様に優しくその腕と胸で包み込んでいるのだと気付く。
 顔は見えなかったが俺は直感した。

 明莉・・・?

 俺がそう思ったと同時に頭部を包み込むその温かさが急に無くなる。
 頭部の感覚が急に無くなってしまった事に混乱して振り返るが、その時地面にめり込んでいた身体が元に戻っている事に気付く。

 明莉ッ!!

 顔を上げて明莉の背中向かって名前を叫ぶが、明莉はアルアレ達が向かった方とは反対側に歩いて行く。
 その歩みは決して早いものでは無かったが、咄嗟に駆け出した俺が追い付く事が出来なかった。
 いくら走っても明莉に追い付く事が出来ず、必死に名前を呼ぶがこちらを振り返る事が無く、それでも俺は藻掻いた。
 皆とは反対側へと歩いて行く明莉に何か焦燥感の様なものを感じてはいるが、それが何かは分からない。分からないのだが、止めなくてはと思った。

 どれくらい走ったのだろうか、時間感覚の希薄なこの夢の中ではもう一日中走った気もするし、数秒程かも知れないとも思ったが、明莉との距離は一向に縮まらなかった。
 いつしか辺りは薄暗くなっておりその時に漸く、明莉の向かう場所が途轍も無く深い闇に覆われている事に気付く。

 ダメだッ!待ってくれ!!

 この時には何故か大泣きしていた。瞳からは止めどなく涙が溢れ、鼻からは鼻水も垂れ流しているのだが、俺はそんな事はお構い無しに、なりふり構わず叫んで追い掛けた。

 俺の悲痛な叫びが届いたのであろうか、ふと明莉の脚が止まる。
 良かったと思ったのも束の間、素鼠すねずみの外套を羽織りフードを目深に被った性別の分からない人物が明莉の隣に立っている事に気付く。
 その人物に誘われる様に目の前の暗闇へと一歩踏み出す明莉を見て、俺は

 巫山戯んなッッ!!!!
 誰だッ、テメェッ!!!

 俺は明莉の横に立つ人物にこれでもかと言う程の殺意を込めて叫ぶ。
 それはまるでこの世の全てを負や悪と言った概念そのものを極限まで圧縮した塊となり、正体不明の人物を飲み込もうと襲い掛かる。

 そっちには行かせないと自身の全てを賭したその叫びは、正体不明のその者が一瞥するだけで突然霧散した。
 呆気に取られてしまった俺の視界に映る明莉が一歩俺に向かい戻る様な素振りを見せる。
 だが、それを隣に立つ人物が明莉の肩にてを置く事で静止する。

 何やってんだッ

 俺が叫ぼうとするのを今度は明莉が首を降って制した。
 その表情はホルスでの内緒のデートで見せてくれたあの飛びっきりの笑顔とはとことん対照的で、悲しく、寂しく、泣きそうなくらい美しかった。

 そしてそれを見た瞬間、俺は諦めた

 別にこれは俺の中の夢であるのだし、現実に何か起こっている訳では無いのだろう。
 それを分かった上で、明莉の表情を見て俺は諦めたのだ。

 そんな儚い表情をする明莉は、極力明るく振る舞う様に一度微笑み、そして何かを口にする。
 その言葉を聞き取る事が出来なかったが、俺は明莉の口元を必死に凝視する。
 読心術なんてものを心得ては居なかったが、一語一句逃すまいと俺はその明莉の最後の言葉を心に刻み込む様に、その言葉を俺自身が理解出来る様にと願いを込めた。

 何かを言い終わり明莉は、隣に立つ人物と暗闇の中へと消えて行った。
 最後は此方を振り返る事無く、確りとした足取りで先を一切見通す事の出来ない闇へと身を委ねていた。

 明莉が去り、最後はこの夢の中に俺一人が取り残される。
 周りには誰も居らず、音も無いその空間で明莉消えた暗闇を見詰め、そして振り返り反対にある白い光の輝く先を見詰める。

 そこから一度、白い光と暗闇の方へそれぞれ進んでみるが、やはりと言うべきかその双方へと辿り着く事は出来なかった。
 いつしか歩き疲れて俺はその場で倒れる様にして地に突っ伏す。

 空すらも存在しないその空間の上空を寝そべりながら見詰めていると唐突に笑いが込み上げて来る。

 ふふッ、ハハハッ

 一度笑い出すと何故かその笑いが際限無く込み上げて来て、笑い死ぬかと思うくらい永い間俺は笑い続けた。
 一頻り笑うと俺は不思議な事にとてもスッキリとした気分になっていた。
 何時しか笑いは嗤いに変わっていて、最後に狂気が俺の中を支配する感覚に身を委ね、俺は全てを嗤う。

 だよなぁ!
 そうだよなぁ!!
 やっぱりそれしかねぇんだよ、俺が正しかったんだよ!!

 肺に溜まった酸素を嗤いと共に全て吐き出し、そしてまた大きく息を吸い込んで嗤いと共に吐き出す。
 何時しか俺は嗤い声を発していて、その声が音が、誰も居ない空間に木霊していた―――





 ―――と、ここまでは覚えているのだが、次の瞬間に認識したのは屋敷の自分の部屋の天井であった。

「あれ・・・?」

 その唐突過ぎる夢からの目覚めに一瞬思考が錯綜する。
 が、直ぐに正気に戻りベッドから身を起こす。
 一度背伸びをしてから窓に目をやると、窓から部屋に紅緋べにひの光が差込み、家具や部屋の壁を赤く染めていた。

「何で夕日が・・・」

 そこまで口にして俺はハッとする。居ても立ってもいられずに部屋を飛び出し、一階へと駆け下りる。
 ドタバタと突然聞こえだした騒がしい音に何事かと食堂から顔を覗かせるイエニエスさんを見掛けたので直ぐに飛び付く。

「お、俺ってどれくらい寝てました!?」

「え、昨日お帰りなってから今まで一度も起きる事は御座いませんでしたが・・・」

 やっちまった・・・

 俺はイエニエスさんの言葉を聞いて頭を抱えた。

「昼頃に一度、お部屋に行き様子を窺ったのですが、とても気持ちよさそうに寝ておりましたので・・・」

 俺は昨日帰って来て自分の部屋のベッドにダイブしてから次の日―――つまり今日の夕方近くまでずっと寝ていたのだ。

「・・・そうですか」

 折角の休日を寝て過ごすと言う、やってはならないミスを犯してしまい気落ちする俺にイエニエスさんは食事の提案をしてきた。
 丁度夕飯の準備が整ったので全員を呼びに行こうと思っていたとの事だった。
 俺はその提案を受け入れ、そのまま食堂に赴き椅子に座り夕食が始まるのを待つ事にしたのだが、暫くすると続々と仲間達が食堂に集結する。

「旦那、今日は姿が見えなかったけど何してたんだ?」

「・・・ちょっとな」

「ハルッ!聞いてよ、ダグラスったら休日なのに護衛だなんだとずっと付き纏うのよ!?」

「イリア様、付き纏っている訳では有りません。護衛です」

「ほらッ!」

「・・・・・・」

「ハル様ッ、見て下さいよ!マサムネと一緒にカタナの手入れ道具を買って来たんです!」

「なかなか良い買い物でしたね」

「ハル様ッ、俺なんか短いカタナもサブアームとして買いましたよ!アリシエーゼ様が言ってました。カタナを二本使って戦える奴の事をムサシって言うんですよね!?」

「・・・・・・」

 ドエインの言葉を皮切りに、食堂に集まって来ては俺に今日あった事だの何だのを嬉しそうに報告してくる面々に俺は何も言えずにいた。

 それにしてもムネチカ、ムサシってのは称号では無い、人物名だぞ・・・

 皆、休日を満喫していた様でとても楽しそうだが、俺はそんな様子を見て何とも言えない感情が心の中で渦巻き、モヤモヤとしていた。

「暖ッ!見てくれ!!南門の近くの露店にあの串焼き屋の支店があったんじゃ!!!」

 大変じゃ!と食堂に入ってくるなり直ぐにアリシエーゼは俺に飛び付いて来てそんな言葉を言い始めたのだが、あの串焼き屋とはつけダレが絶品のあの店の事だろうか?

「なんでもふらんちゃいず展開とか言っておったからもしかしたら、アレからあの店は上手いことやっておったのかも知れんの!」

 嬉しそうにそう報告してくるアリシエーゼに、マジかと思いつつも手土産はどうしたと問い質す。

「その場である限り注文して食ってしまったんじゃからある訳無かろう?」

 そう言って最後に「阿呆か?」と言い放つアリシエーゼに俺は無言で拳骨を振り下ろした。

「ギャッ!?な、何するんじゃいきなり!?」

「五月蝿ぇ!何、休日満喫してんだお前は!」

「な、何じゃ!?意味が分からん、暖の乱心じゃ!頭が可笑しくなってしまったぞ!?」

 そこからはギャーギャーと何時もの騒がしい食卓で食事をしましたとさ。
 めでたしめでた―――

 めでたくねぇよ!!
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