異端の紅赤マギ

みどりのたぬき

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第7章:愚者の目覚めは月の始まり編

第315話:嗅覚

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「ほら、マスター。一匹残しておいてやったぞ」

「あ、あぁ・・・」

リリがそう言って髪の毛をふん掴んでいた男を無造作に俺の足元へ放る。
ドサリと音を立てて投げられた男は力無くその場に倒れ込む。

うーん・・・残すって身体の一部を残すって事なのか?

転がった男を見てそう思わずにはいられなかった。それは男の手脚が一本ずつ無くなっていたからだ。
転がる今もその無くなった手脚の鋭利な物ででも斬られた断面から絶え間なく血が流れている。

「何をやっている。早くしないと失血死するぞ」

「・・・・・・」

いや、だったら気絶させるなりなんなり取れる方法はいくらでもあったんじゃ・・・

などと思いつつ俺は素早く倒れる男と繋がる。

「・・・・・・こいつらは何も知らないな。偶然ここを通ったに過ぎない。全部で八人だな」

そう言って俺は目の前で倒れている男以外のリリに殺された奴らに目を向ける。

「なら此奴を入れて八人だから問題無いな」

まぁ、私のセンサーに狂いなど無いのだがなと鼻を鳴らしながら言うリリに少しばかり恐怖を覚える。
逃がすなとは言ったが、一切の躊躇無く七人もの人間を瞬時に殺すその技量もそうだが、こうどうふのうにするのでは無くそこで殺す事を選択したそのリリの行動原理と言うかロジックが一体どうなっているのかと疑問に思わざるを得ない。

俺だったら―――まぁ、殺しはしないよな・・・

自分が駆け付けた場合を想像するが情報が欲しいと言う事もあるが出会ったこの瞬間に殺人を犯していただとかそう言う事では無いし、自分達に危害を加えられたわけでも無いのでそこまではしないだろうと思った。

「って言うか殺す必要はあったのか・・・?」

直哉は思った事を口にしリリを見る。それを受けてリリは眉を潜めた。

「野盗など生きる価値など無いだろう。ここで見逃せば後に何処かの誰かがその代償を必ず払う事になっていただろうし何の問題がある?」

「いや、そうかも知れないが・・・」

直哉はリリの答えに納得は出来ないが、明確な反論も出来ないでいた。
どちらかと言うと直哉の思考は俺も分かる。この野盗立ち去るは記憶を読んだ今だから言えるがこれまでも外道と呼ぶに相応しい、異世界野盗そのものの行き方をして来ている。
なので今ここで殺さずに見逃したとしても、別の場所で俺達の知らない場所でこれまでと同じ様にぬすみ、恐喝、誘拐何でもやって生きていくだろう。
だがそれでも簡単に人を殺す事に俺ですら多少の抵抗はあったりする。

「まぁ、今更だし俺達はこう言う世界に来たって言葉だよ」

俺は直哉に言ったがそれは俺自身に言い聞かせていたのかも知れない。
そよりも今はと、野盗が持ち去ろうとしていた物などを一通り一箇所に集めて検分を開始する。
俺とイリア、ドエイン、直哉、ユーリーとモニカはこの集められた、恐らく馬車の持ち主であったオルファ達の荷物を一つ一つ見て行く。
残った者は横転した馬車やその周辺を見て気になる箇所の洗い出しを行う事にした。

「リリ、お前はその内蔵された何とかセンサーとやらで全体を俯瞰して見てみろ。俺達じゃ気付かない何かがあるかをな」

「・・・なんだその何とかセンサーと言うのは」

バカにしているのかと突っかかって来るリリを軽くあしらい俺は既に検分を始めているイリア達の元まで行ってしゃがみこむ。

「アギリーとリルカの装備品は無さそうだな」

「そうだな・・・あの勇者の装備品もこのロングソード以外は無さそうだ」

俺の言葉にドエインが反応すが、確かにラルファの物と思われる他の装備品も無い。
と言う事はラルファはこの神造遺物アーティファクトの剣のみをこの場に置いていった事になるが少しここで疑問が生じる。

何者かに突然襲われたとして、一番最初に手にしそうな武器だけ残されてるってのはどう言う事だ・・・?

逃げるなり迎撃するなりにしろ武器は一番最初に手が伸びる筈だが、そうでは無いとしたらどう言った事が考えられるだろうかと頭を悩ませる。

「ナオヤ、この剣はどの辺りで拾ったの?」

「ん、横転してる馬車の下だな」

下・・・?

「何でそんな所にあるのよ?横転した弾みでって事かしら?」

「俺に言われてもな・・・馬車の中を覗いたりした時に偶然目に付いただけだぜ」

イリアが言う様にラルファは馬車の中に居て何者かに襲われた?
その弾みで馬車が横転して荷物等が外に投げ出された際にこの神造遺物である件も投げ出されて馬車の下敷きになった?

その場合、馬車から出て剣を拾わなかったのは何故だろうかと考える。
馬車は大きくはあるが、身体強化を使えるこの世界の人間なら二人、三人と居ればそこまで苦も無く馬車を持ち上げて剣を回収するのは難しくは無い筈だ。

それをしなかったのは何故だ?
出来なかった?それかもっと別の要因か・・・

「ハル、ここにはやっぱり手掛かりみたいな物は残ってないわ」

「そうか・・・じゃあラルファ達は何処に―――」

「やっぱりこの剣は大事な物だから隠してたんだな」

「・・・ウン」

イリアの報告に俺が再び思考の海へ意識を投げ込もうとした時、直哉とユーリーの会話が聞こえる。

「ちょっと待て。アンタ今何て言った?」

「え?お、俺!?」

二人の会話に急に割り込んだ俺に直哉はキョドる。

「その剣が隠してあったって言ったか?何で隠してると思った?」

「えッ、な、何でって―――他に馬車の下敷きになってる物は無かったし、鍔と柄が出てる状態だったがご丁寧に土まで被せられてたからな」

「ッ!?」

土を被せて偽装の傭兵な事をしていたが、急いでいたのか何なのか完璧では無く、俺だから見付けられたんだけどなと何故か誇らしげに言う直哉を俺は睨む。

「それ早く言えよッ」

「うぇぁ!?な、何で俺が怒られる訳!?」

そこで俺は気付く。俺も焦っていたのか重要な手掛かりを探し出そうとしていない事に。

「チッ、マジでこの力忘れてたわ」

舌打ちをして俺は鼻を一度鳴らす。
直ぐに俺は記憶している中の一つの匂いを感知する。

「居たッ、リルカの匂いだ!!」

そう叫ぶと同時に俺は駆け出していた。
アリシエーゼの臭いを嗅いだ件を未だに引き摺るがあまり俺はこの能力を無意識に使わない様にしているのかも知れない。
アリシエーゼが近くに居る場合、意識してアリシエーゼの臭いを対象外にしておかないと大変な事になるので面倒臭いと言うのもあったが、こんな時まで忘れていた自分自身に苛立つ。
微かに漂うその匂いから、少し距離がありそうだと脚に込める力を強める。

何もかもアリシエーゼのせいだッ
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